ヨーロッパ3:ドイツ、アウトバーンほか。

アムステルダムが全て終了後、スイス人、ロバートの運転で、一路、彼の家へ向かうが、スイスまでは10時間。出発自体が夜の6時を過ぎていたのもあり、「今夜はドイツのどこかで一泊」

うわ、やった!ドイツも見られるんだ。多分2時間後くらいにはドイツっぽいパブで、ジョッキにビール、フランクフルトのソーセージの匂いのする中、ザワークラウトとパンを食べる自分の映像が脳裏に浮かぶ。

スイス人ロバートはチューリッヒ近くのルッツェルン二住むスイス・ジャーマンと呼ばれるドイツ語を話す人種。彼の車のナビはドイツ語で「リヒト、シュプール(右車線へ)」と言うナビの声から、スキーのシュプールはドイツ語だったのか!とミョーに感動。

アムステルダムから2時間半、ドイツ語圏へ入った頃からか、2車線しかない高速道路がスイスイ動く。皆スピードをガンガンに出し、メーターは110キロをフツーに超していた。そして不思議な事は、「追い越し車線が、完全にいつも空いている!」

渋滞とかダンゴになる原因の多くは、隣のレーンを同じスピードで並列に走り、追い抜けない事。ところが1レーンきっちり空ける事でダンゴが発生せず。なんて効率がいいんだろう!さすが!これがかの有名なアウトバーンなんだ。

しかし、そういう事が出来るにも国民性が関係あると思う。

余談だがこういうジョークがある。「タイタニックが沈むとき、人を動かさなくてはならない。そんな時アメリカ人に向かっては”ヒーローになりたくないか?”と言い、ドイツ人に向かっては”ルールですから”といい、日本人に向かっては”他の人も皆、やってますから”と言う」いささか日本人にはありがたくない話だが、このジョークのとおり、ドイツ人はおおむねルールをしっかり守るのだろう。

アウトバーンには、スピード制限を書いた数字はみあたらなかった。「速度制限は?」の質問にも「雨や雪による車の限度がスピードリミットだよ」

さて、こういう長旅では「街と街の間にある小さな村で泊まるのが安い」というロバート独自のルールがあり、村の安ホテルを探せるまで、休憩所の駐車場、しかもトイレ前で電話をかけまくり、この日は何故かどこも混んでいて、探せるまで一時間近くかかったので(じゃあ、街で降りてレストランへ行けばよかった!)、結局村に真っ暗になった着いた。私のビアホールの夢ははかなく崩れ去り、なんだか喫茶店のようなところで、パスタを食べた。ま、ビールは美味しかったけども。。。

 

さて、翌朝、目覚めると、なんと、目の前にお城が!

夕べは真っ暗につき周りが見えなかったが、ホテルの窓から見える景色は森と泉に囲まれて静かに眠るブルーシャトーだった。もちろん、ベランダに出て「森とんかつ、泉にんにく」と歌ったが、これをわかる人はもう世の中に30%くらいしかいないと思う。

早起きをして朝食までの間、カメラを持って2時間だけのドイツ、古城の街、散策!

最高だ。これが旅だ。

ヨーロッパは陸続きだとつくづく感じる。どの国も、この季節は燃える緑に石畳と古い建物。なのに、少し移動するだけで、建物の色と全体の持つ雰囲気が微妙に変わる。アムスはおおらかで、ベルギーはユーモラスで、ドイツはどことなくカチっとしていた。前者の二つは窓を大きく空ける事にデザインの焦点を持って行く事に比べると、ドイツは柱の「梁(ハリ)」をかたどったデザインが多いように感じた。

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ところで、このあたりは、英語がまったく通じない。日本語と母音が似ているから聞き取りやすいが、何いってるかワカラナイ。ドイツへ来ると思ってなかったので、ドイツ語なんて一つも「ありがとう」さえ知らずに来た。

そんな時は突撃ジェスチャーに限る。9時の朝ご飯には「ダンケシェーン、ビッテシェーン(ありがとう、どういたしまして)」を学び、「コーヒーをもう一杯下さい」まで言えるようになった。これだけで村の人たちとコミュニケーションが変わってくる。美味しいパンと手作りのジャムに感激し、コーヒーをおかわりしてはダンケシェーン。

「〜〜を下さい」の1センテンスを胸に、最後30分だけもらって、また村の中へ出て、地図をゲット。村の人たちは皆で嬉しそうに笑い、地図という単語を今度はドイツ語で「カルタ」と言うのだと教えてくれた。カルタ!、カルテ(カード)だ!

また、日本語にとても発音の似た言葉もあった。「ア、ソウ」これ、相づちで、日本での「あ、そう」と使い方まで一緒で、驚き。

もう一つは「チュィーーッス」と響きは体育会系。「じゃね、バイバイ」の意味。発音もまったくあのまんま、「ちわーっす」と「チーーッス」の中間のような、、、しかし、どんなに優雅なマダムもお別れするとき「チュィーーッス!」

ウケた。これらを巧妙に使いこなしながら一人で散策。オモシロイ。

知っているかもしれないような錯覚にとらわれながら散策し、このドイツの片田舎、ブランケンハイム(ケルンの近くだった)という町(村?)を去った。

その後は、ライン川のほとり、ローマン・シュトラウス(ローマ古城街道)をひたすら走り、ところどころでお休みをしてはコーヒーを飲む。やっぱりどこへいってもヨーロッパのコーヒーは美味しい。これこそがコーヒーであり、アメリカで飲むコーヒーは、コーヒーとは似て非なるものだと思ふ。

助手席にのって写真のチャンスを伺うも、ロバートの「ネーイネーイネーイ!!(否、否、否)こんな所撮ったっていいわけないじゃないか」の言葉にシャッターを押せず、さすが古城街道、ライン川の向こう岸には500メートルに一度くらい見えるお城を流し撮りしてもボケ産出で、いざ、ロバートが「ここが一番お城に近い」と下ろされても、うーーん、近すぎて城、見えないんですが、どうしましょ、という所ばかりで(笑)

ま、こんなところにも?え?また?こんなところにまで?というくらいお城がある。ドラクエ、ダンジョン、そんな単語が浮かんだ。

白ワインの産地と、ローレライの里でもある場所でコーヒー休憩。お昼ご飯かと思ったらチーズケーキを3人前頼んだロバート。「お腹いっぱいになると運転が眠くなるから、これがランチだ」。ひえーーー、ランチも楽しみの一つなんですがーーー。しかもケーキ好きなギャルじゃないんですけど〜〜〜(泣)

途中、ほんの10分ほどフランスを一度通った。たった10分なのに、標識が全部フランス語だった。へえ〜。

まあ、そんな陸続きを感動しつつ、いよいよスイスへ。

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