ネイティブアメリカンの朝は?

エサレンでの、なんちゃって通訳1週間。
いろんな方から、いろんな事を学びましたが、ネイティブアメリカンのタヒクパスさんはとりわけいい事をたくさん教えてくれたので、シェア。

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日本語では 呼吸する事を「いき(息)をする」といい、生命活動を「いき(生きる)る」といいます。日本だけでなく、多くの国で「呼吸をする」と言う言葉と「生きる」という言葉が似ています。

これは何故だかわかりますか?あなたがこの地球という惑星にやってきて、一番最初にする事は「息」ですよね。そして地上での命が生まれる。
そして、一番最後にすること。これも息。息をとめたら、いわゆるこの地上での身体が終わります。

だから、息とは生きる事なんです。空気がなかったら5分と生きていられないんだからね、僕たちは。

そこで、提案です。
毎朝目覚めたとき、まず一番最初に、”意識的に” 息をしてほしい。
そして、その次には、私たちが無料でいただいているエレメントを自分の身体の中に ”意識的に” とりこんで欲しい。太陽をハートに意識的に入れるんだ。その次は、足の裏から大地を感じて欲しい。そして水。シャワーを浴びるときは、できればお湯でなく、水から浴びて、その水を血管の隅々まで行き渡るように。。。

いいかい?
1つめ 「風」のエレメント 息を吸う
2つめ 「火」のエレメント 太陽を胸に吸い込む(とりこむ)
3つめ 「地」のエレメント 足の裏から大地のエネルギーを入れる
4つめ 「水」のエレメント シャワーをあびる

こうやって身体を起こしてあげてほしい。

また、人を起こす時、ネイティブアメリカンでは、やさしく歌で起こします。
「ウェンデーヤーホー ウェンデーヤーホー
 ウェンデーヤー ウェンデーヤー ホホホホ 
 ヘイヤホヘイヤホ イヤー イヤー イヤー」

この歌で「あなた。朝よ」
そして隣のティピがそれを聞いて 「お前、朝だよ」と同じ歌を歌う。

そして村中のティピがこのやさしい歌で目覚めるんだ。
村中のティピで大輪唱となる。

素敵な朝だと思いませんか?

4つのエレメントを。
そして、いつも音楽を。

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長老、タヒクパスさんのお話
訳:高井雅代 copyright / Thanks for TKN心理サロン 横井先生&皆様

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君は何歳? ネイティブアメリカンの話

チェロキー族に生まれ、ヨーロッパを旅し講演しつづけ、エサレン族の継承につとめている、ネイティブアメリカンの長老、タヒクパスさんの話の続き。とても心があたたまったのでシェアします。

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世界の果てといわれる土地、別世界の「窓」があると言われている端っこの土地、エサレンへようこそ。
今日はここに全米中から来てくれた友がいます。そして、もっと遠くから海を渡って来てくれた友がいます。日本から来てくれた皆さん、ありがとう。
日出る国から、日がしずむこの土地へようこそ。

ここには世界に二カ所しかないと言われている「杉」があります。その二カ所とは、エサレンと、日本です。ね?不思議だと思いませんか?端と端とで、ちゃんと繋がっているんです。

さて、今日は皆さんに年齢を聞きたい。
あなたは何歳ですか?
はい、次のあなたは何歳ですか?

25歳?34歳?41歳? 
全員、違う。全員、不正解だ。

人類の歴史が始まってから、今までの間、どれくらいの人が戦争で死んでいったでしょうか?
人類の歴史が始まってから、今までの間、どれくらいの人が病気で死んでいったでしょうか?
人類の歴史が始まってから、今までの間、どれくらいの家族が災害で消えていったでしょうか?

でも、あなたはここに居るんですよね?何故でしょう?

数ある殺されて来た人類、家族の中、あなたの祖先だけは生き残ったんですよ。
あなたの家系は、ものすごく強かった、という事です。
でなければ、あなたはここには存在しない。

という事はすなわち
あなたという生き物は、あなたの祖先が人類として地球に誕生してから今まで引き継いでくれた、「結果そのもの」なんですよ。
あなたは、祖先の代表者。祖先そのもの。祖先は、あなたそのものです。

恐竜が絶滅したのが6億年前。
そして人類が生まれたのが4億年前。

その4億年前からの祖先がどんな厳しい時も死なないで生きてくれたからこそ、あなたがここに居るんじゃないですか?

あなたは24歳なんかじゃない、36歳なんかじゃない、
あなたがた皆は4億年の結果なのです。

だから、みーーーーんな、4億歳。

私はここに、深く深く頭を垂れます。
あなたが私より若い生き物であろうと、なかろうと。
あなたという存在そのものに。あなたが生きていてくれることに。
そして、遠く、日出る国から、4億年の祖先を私の祖先の前に連れて来て下さって、ありがとう。

私はここに、深く深く頭を垂れます。
あなたと共に居る、4億年分の祖先のスピリットに。

ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

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長老、タヒクパスさんのお話
訳:高井雅代 copyright / Thanks for TKN心理サロン 横井先生&皆様

チェロキー族、自ら撃たれた白鹿の話

チェロキー族出身で、現在はエサレン族の継承に力を入れている長老、タヒクパスさんの、スエットロッジの中でのお話。

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今日は感謝祭。感謝祭にあたって、感謝というものを考えてみる。

昔、あるところに一人の男の子がいた。その子はおばあさんと、妹の面倒を見ていた。
おばあさんは病気がちで、妹は小さかった。冬になり、もう食べ物が底をついてしまった。おばあさんも妹も、お腹がぺこぺこで、あと何日、命が持つだろうかというところまできていた。

男の子はなんとかして食料を調達しなければいけなかったが、弓矢が下手くそだった。
自分の力で動物を射止めてくるなど、絶対に不可能な事は知っていた。
それでも家族を守らなくてはならず、そのために狩りへ行かなくてはならなかった。

弓矢を持ち、森へ入ると、動物の気配がした。
が、自分でそれを射止める自信などなかった。実際に何度かやってみたが、まったく当たらなかった。

とぼとぼ歩きながら、自分のふがいなさを嘆いた。僕はおばあさんと妹を死なせてしまうんだろうか。このままでは帰れない。
泣きながら地面にひざまずいて、何度も何度も天に祈った。

「父なる天よ、母なる大地よ、グレイトスピリットよ、どうか私にその命をお与え下さい。食べ物がなくてこのままでは私の家族は死んでしまいます。私たちの命を繋げるために、どうか、どうか、あなたがたの大切な命を私たちにお与え下さい」

森の中、真っ白な鹿が近くにいた。その鹿は、男の子の祈りを聞いていた。
そして、その鹿は少年の前に姿を現した。

男の子は、夢中で弓矢を引いたが、的とはまったく外れた空中、空高くへ、弓矢が飛んで行った。

その、話を聞いていた鹿は、もうすでに決心していたので、とんでもない方向に放たれた弓矢の先に、自ら進んで飛び込んでいった。
「私の命を差し上げましょう。あなたの体に入って生き続けましょう」

矢をめがけて高く高く飛んだその鹿は、心臓から矢に当たって行った。自ら撃たれてくれた。それは幸せな顔をして撃たれていってくれた。

男の子は大きな感謝と感激とともにその鹿を持ち帰り、おばあさんと妹に食べさせる事が出来た。

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このように、感謝の祈りを聞き遂げた”動物の人々”は自分を捧げものとして、自ら命を投げ出し、人間の一部として命を繋いでくれる。

だが、動物に聞かない、許可なしに殺される鶏、牛、豚たちはどうだろうか。化学薬品処理という毒につけ込まれた食べ物、殺される時の恐怖を持ったまま食卓にやってくる肉たち。それらを自分に採り込み、その毒を母なる大地に返すのか?

すべては循環している。
草、虫、鳥、動物、人間、人間は大地へ帰り、石となり、ミネラルとなり、やがてまた草となる。
こうして循環の中で命をいただき、命を繋いでいる。私たちの観点からいえば、すべては結果的に「人」になる。だから私たちは「石の人びと、虫の人びと」というふうに呼ぶ。

では、逆を考えてみようか。たとえばライオンに食べられた人間。
もし、人間が恐怖の肉やドラッグ、酒といったものをとっていたら、そのライオンはどうなるだろう?可哀想なライオンは、それでも生き続けるだろう。

循環の中で、地球に存在する命を繋ぐという意識で食べ物をいただくならば、遅くてもいいから感謝をすることだ。お皿に乗った鶏や牛の切れ端。恐怖で殺されたかもしれない、その、命を失った命にさえ、もう一度感謝して、もう一度許可をいただいて、自分のための血肉になっていただけますか?自分のために命を与えていただけますか?と聞いて、あらたに命を吹き込む事ができる。毒や恐怖も消えてゆくだろう。はじめて殺された牛たちは生きられる。

あなたが新たに彼らの命を呼び起こしてから、体内に入れさせてもらい、あなたという身体のなかで彼らを生かすのだ。

そんな事を少し考えて、今日の感謝祭のディナーを食べて欲しいと思う。

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エサレン・インスティテュート。 スエットロッジにて。
長老、タヒクパスさんのお話
訳:高井雅代 copyright / Thanks for TKN心理サロン 横井先生&皆様

加奈ちゃんの虹

エサレンに着きました。なんちゃって通訳です。
時間限定でネットが繋がるらしいですが、朝から夜までワークが多いので、どこまで書けるか。

さて、私、はじめての一人長丁場運転。超緊張しながら寝て、明け方の5時、豪雨の音で起き、通訳なんてブっちぎろうかと思いましたが、8時に近づくにつれ、雨は上がり、カラっと晴れた。
気分を盛り上げる為にDeep Purpleを聞きながらハイウエイ5を北上〜46で西へ。雲がシュークリームみたいにもくもくする青空を見ながらドライブ、ドライブ。

ヤバいのは、このあたりは初めてシャスタへ行くときにBIG SURへ寄っていった道。思い出す6年くらい前。
加奈ちゃんと里美ちゃんと、三人の初の冒険旅行。

加奈ちゃんが死んじゃってからもうすぐで、ちょうど一年たつ。

行く場所行く場所、見る景色見る景色、加奈ちゃんと里美ちゃんを思い出す。
休憩所で食べるおにぎりも、あの時、加奈ちゃんはこんな顔をしていたとか、涙がぼろぼろこぼれて止まらない。
長崎に帰った里美ちゃんはしょうがないにしても、加奈ちゃん、なんで死んじゃったんだよー。

空を見ると、加奈ちゃんの笑顔が見えて、いつもよりもハッキリと声が聞こえるような気がした。
「雅代ちゃん、次に出て来るの橋の所で止まって」
その声の後には太陽がキラキラ光る海に、いきなりスコールが。

あ、これ、虹だ。虹が出るんだ!加奈ちゃんが虹を出してくれるんだ!
でも後ろからアオられて止まれない。だめだよ、加奈ちゃん、止まれないよ。
すると、「大丈夫だいじょうぶ。何度でもトライしてあげるから」って聞こえた気がした。

次よ、というのを2回くらいミスした。次よ、の声が聞こえると、必ず小さなスコールがあった。

結局、うまく止まれずに、ダメなのかな、って思ってエサレンに到着。
落ち着いてしばらくすると、いきなり大雨が降って、あ、これだ!と空を見上げると

本当に虹!!

しかもダブルレインボウだよ。。。

私はボロボロに泣いた。
景色はこんなにも自分の想い出を揺れ動かすのだ。

加奈ちゃんが空の上で魔法を使った。
私は間違いなく、加奈ちゃんと話した。

ステージ裏のマザーテレサ

ライザのキッズ・ミュージカルに写真で参加するようになって、もう6年経つ。最終ドレスリハーサル(ゲネプロ、ランスルー)の時に写真を撮るが、その時にライザからキッズたちに訓示がある。そして、彼女の言葉はキッズによりも、私に響き、カメラを構える振りをしながら、私はいつも涙をこぼすのだ。

ステージの上では幻想を作り、それを観客に信じ込ませる魔法をかけているのだ。一人でもそのエネルギーについて来ないと、それは一人の問題じゃなく、舞台全体を台無しにしてしまう。そういう人は今のうちにステージを降りなさい、お金をとる以上、プロフェッショナルなんだから、と、小学生に演説するライザ。

今回のミュージカルは
「Joseph And The Amazing Technicolor Dreamcoat」

そしてライザのおコトバは。。。

「いい事?みんな、スマイルよ。今回のは特に、歌とダンスナンバーが多い。あなたたちのスマイルを見ているとね、私は泣きそうになるくらいに幸せになるの。わかる?あなたたちのスマイルはね、世界を変えるパワーを持っているのよ!絶対にそう思う。それをちゃんと知っておいて欲しいの。そして、お家でもそのスマイルを両親や親戚、近所に見せてあげなさい」

「これは、愛と許し”のお芝居なの。わかる?皆を区別しちゃったから憎しみが生まれ、それでもそれを最後には許すの。この背景に描かれているエジプトの壁画の意味、これは愛と許しなの。だから、あなたたちも、今まで自分が不満に思って来た事をリリースするつもりで、観客もその世界に誘うつもりで、このお芝居に臨んでちょうだい」

小学生、わかるんかなー、と思いながら、私の頬には、はらりはらりと涙がこぼれた。

ライザに育てられる子はものすごく幸せだと思う。
私も、年上だけれどもライザの子。
女性の中には誰しもマザーテレサの要素を持っている。
それがやさしくても、強くても、元気でも、お茶目でも、、、
ホンモノのマザーテレサだけが偉業をなして、手の届かない存在なんかに区別しちゃう必要はないんだ。

・・・どこにでもマザーテレサはいる。
ライザはステージ裏のマザーテレサだ。

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写真は、写真屋のミスと別な写真屋もプリンターが壊れたという事が重なり、納品時間に著しく遅れてしまった。初のデッドライン破り。
なんとかお芝居の休憩までに持って行けるようにガンバルけど、不可抗力だから期待しないで、とライザにテキストを打つと、「やれる!アンタならやれる!」という力強いメッセージをもらった(笑)

どうして自分を探すのか?

それは6年程前のことだった。
友人のスピサイトを見ていたら、あまりにシンクロしたので、突然思い出した。

インドの「サティーシの瞑想会」というのがあり、それに参加した。

探し当てた場所はちっちゃなアパート。そこに、やせっぽちで、ややキレイめのホームレスみたいなおっさんが立て膝で きょとん、と座っていた。それがサティーシ。
インド人と聞くと、皆悟ってるような錯覚に陥った、まだ青かったあの頃。サティーシはエラぶりもせず、フツーに、ひもじそーーに指をくわえ、瞑想後のために用意されたランチを見つめながら、片膝を立てて座ってた。

あの頃、スピリチャル系のものがあると西に東に走り、自分は凄い事をしているような錯覚に陥った。ロスの日本人スピフェチは、そりゃもう夢中だった。ありがたい、だって、ラブだって、言いまくって言いまくって、他の人より抜きん出て「よく」なろうとしていた。

今となってはそんな気合いの入ったスピ合戦は、お釈迦さまだってソッポをむくわと思うが、あの当時は必死だった。

で、サティーシが言った。

「なんで皆さんは 自分を探すのか?そんな面倒な事。さっぱりやめてはどうでしょう?」

一同、

  えゞ ? ? ?

「だって、昨日は今日ではない。今日は明日ではない。毎日、新しい日々が作られていく。自分も、毎日クリエイトすればいいだけの話。どうして、自分を新しくクリエイトする時間を、”自分探し”などに使うのか? ああああ。もったいない。。。」

そういって、そのへんにあったポテトチップスをぽりぽり食べた。

「それでは、そこからが本当の自分探しなんですね!」と言ったバカがいた。

「・・・はぁぁ〜〜ァ、探したければ探せばいい。でも、そのうち、せっかく探した”我”を、今度は捨てなきゃならなくなる。じゃ、最初から探さないほうがいいでしょ」

そして、じゅるるん、とお水をのみ、てろん、てろん、と歩きながら
「ほなこのへんで、瞑想でもしときましょか」

サティーシは別に瞑想なんてどうでもよかったと思う。
瞑想中,私は密かに顔が笑っていたと思う。

やる気最大限!モチベーションの上げかた how to lift your motivation?

how to lift up your motivation ?

my hubby was told by someone.
30 min, whatever you want. 30 min concentrate on your job.
using this 30 min cycle, is most effective way to do something.

we tried. that’s totally cool! no stless.
using timer on iphone, 30 min singing, and 30 min work on computer without any twitter or facebook.

why don’t you try ?

「モチベーションが一番あがる方法を聞いたよ!」と夫。

30分。とにかく自分のやりたい事をやりつくして、やりつくして、やりつくして、そしてその後、30分、きっちり働くのだそうだ。
30分のサイクルで、この繰り返しをするんだそうな。

二人とも在宅ワーカーなので、試してみた。

おおおおお!!これはストレスがないっ!

タイマーをかけ、30分、必死で大声で歌を歌った。近所の人、スマン!
そして、30分、必死でパソコンに向かって働いた。この間、メールチェックとかYoutubeとかTwitterとか絶対しないの。ひたすら働くの。
で、30分、犬と遊ぶ。
で、30分、また働く。
で、30分、ツイッターとかfacebookとかネットで遊んで、、、

30分、やりたい事をするときに絶対に「罪の意識」を持たず、遊ぶ事が仕事!くらいに必死で遊ぶのがポイントだそうな。

これ、いいわぁ〜〜〜!

商売やってる方には無理かもしれないけれども、
やる気が出ない人、やれるチャンスがある人は、是非やってみて!

でも、その前に「TO DO リスト」は必要そうだ。

一秒30コマ

アニメーションや動画は、一枚づつの絵の連続である。ひとコマひとコマ停めてみると、写真や絵の連続だ。
テレビやデジタルの画像は一秒30コマ基本である。(本当はさらにそれを走査線で二つにインターレースしているので、厳密にはその倍)

それに対して映画は一秒24コマ。

カメラについている動画機能の、コマ数切り替えスイッチをいじりながら
「アタシが撮るとしたら、30コマ?24コマ?どっちがいいんだろう?」と、
その筋の専門家、ライアンに聞いてみたところ、彼が教えてくれた答えはコレ。

 本来、人間の目は一秒30コマで見えてるらしいんだ。
 いつも自分が見ている30コマで映されると、リアリスティックすぎるんだよな。
 ところが映画は24コマで、人間の脳で理解できないリズムになり、
 30コマのときの妙なリアルさが抜けて、とても幻想的に見える。
 別世界を作っちゃうんだよ。
 30コマで録画されているテレビドラマがわざとらしく見えるのは、
 あまりにリアルだから。
 昔のテレビ映画がチープに見えるのはそういうわけさ。
 逆に、デジタルでわざと24コマで撮影したものをテレビで流すと、
 映画っぽく見えて、逆に自然に見えるんだよ。

===

なるほど。

リアリスティックすぎてウソにみえちゃうのと、
幻想的で 「本当の見せ物」に見えるのと、

目といいうのはオモシロイ。

私たちは、どうやら1秒30コマで日常を脳にインプットしているのか。。。

さて、、、
酔ったときは脳は24コマなんだろうか?

真夜中のサービス

犬の散歩が遅くなるときは、夜中の一時くらいになる。このあたりはそんな時間に犬を散歩させている人が何故か多いので、他の地域にはありえないくらい安全といってもいいかもしれない。

出張から帰ってきた夫と一緒だったので、いつもより少し大回りして帰る事にした。すると、スーパーカー系(車音痴につき、車種は不確か)の白い車が縦列駐車しようとしていたのだが、本当にギリギリのところへなんとか滑り込ませようとしていて、もし私が駐車するとしたら絶対に無理。そんなスポットだった。

反対側の舗道を歩いていたが、吸い込まれるように走って近寄って「おい〜、ここに一人で入れる気なのか?後ろみてあげるよ」と夫。
「あぁ、ありがとう、助かるよ」

すると、、、
夜遅い組の犬の散歩の人とその友達がやってきて、「あ、こりゃ大変だな。ノーズが長くて前見えにくいだろう?俺らが前見るわ。前オッケー、前オッケー、あと8インチほどオッケー、切り返して!」

夫は「はい。後ろ。バックオーライ、オーライ、オーライ!」
私が後ろの反対側で「はい。左オーケー、もう少し、もう少し、ストップ!」

結局、前が20センチ、後ろが30センチ!
そんだけしか空間のないところに、スーパーカー系の車、すんなり入っちゃった。まわりにいる5人が拍手。「上手だねーー」

運転手くんは、
「本当にありがとう。今までロスアンゼルスで受けたサービスの中で、これがベストだったよ!真夜中のサービスだな」

言われたほうも心がほっこりしたが、こういう助けは嬉しいと思う。一人よりも楽しいし、お互い様だし。

心なしかニコニコしながら歩く私たちに、夜風が心地よく吹いてくれた。

息をすること

ヨガ=呼吸である。と言われる。

演劇も呼吸。コントも呼吸。「間」とも言われる。

演劇的観点から見てみる。

たとえば勧誘が来たとする。勧誘は大抵早口でしゃべる。「いやー奥さん、これはカクカクしかじかで(中略)コレ買っとかないとソンですよ!ね?すっごくいいんです、すっごく!!」

たとえばお願いされたとする。「ね、お願い!すごく困ってんの、頼む、ね?ね?一生のお願い!」

早口=早息。ハイテンションなときは早い息になる。「呼吸をのまれる」と言う言い方があるが、息のペースが同じになると、ほぼ必ず、負ける。こういうハイテンションな呼吸を破るには「ゆっくりの息」しかない。相手をゆっくりの息まで落としてこられたら、勧誘の誘いには乗らずにすみ、「一生のお願い」は断れる。ましてやテレビショッピングに乗らず、みのもんたの言いなりにならずにすむ。

説得する側は、相手をのむような呼吸が必要。

説得される側は、相手の呼吸にのまれないように自分のペースで呼吸する事が大事。

 

ヨガ的観点から見てみると、ヨガをやるとき、どんな辛いポーズでも、「息をする事」を忘れてはいけない。

わが師、ブライアン・ケストがいつも言う。

「チャレンジングなポーズのとき、痛いところに息をたくさん入れてみるといい。辛いポーズの時、どうしてそんなに大変そうな顔をする必要があるんだ?こんなくらいで大変な顔をしなきゃなんないなら、世の中で大変な事にブチあたったら、どういう顔するんだ?ヨガとは呼吸を忘れない事。どんな時も呼吸に集中する。呼吸を制するという事は、自分を制する事だ。ヨガマットの上でやる事を、ヨガマットの外で生かす。そのためにヨガをやるんだよ」

桐朋演劇の永曽センセイも「呼吸はキャラクター作りの大変重要な要素だ」と言った。

演劇的にもヨガ的にも、呼吸は す ご く 大事。

忙しい忙しいと走り回っている人を見てみると、大概呼吸が浅い。大変な人はいつもハアハア(時には犬みたいに ハッハッ!)言ってる。

ゆっくり呼吸をするって、案外勇気のいる事だ。だけど、それが出来たら、ほんの少し変わる。生きるって事は呼吸をする事だと、わたしは思う。

彼岸、でてこーい!

背中に一筋の汗が流れた。生暖かい風が 汗ばんだ肌にあたると 心地よい冷たさを感じる。

今宵、下痢気味の犬を連れて街に出ると、狂おしい記憶が蘇る。一番好きな季節、夏の終わりの切なさを私の身体はまだ覚えている。通り行く男男(not男女)は手をつなぎ、腰に手を回しときおり頬をよせる。街角のカフェにはショートパンツから小気味よく出た長い足がテーブルの上に無造作に投げ出され、男達はアイスコーヒーの氷を揺らしながら額の汗を拭う。

などと、わけわかんないエロ小説のような出だし。。。

井上陽水の「夏の終わりのハーモニー」ピンクレディの「モンスター:♪夏の夜は色っぽくふけてゆき,誰もが熱いキスをかわしタマラナイ そこのけそこのけホ〜ラ♪」この二曲が頭の中をグルグル回っている。音楽ってスゴイな。

そして昼間は激暑だったし。。。

腰には大変いいので嬉しいが、超寒がりの私がクーラーをかけた家の中でさえタンクトップに短パン。日なたはメキシコなみのキケンな日差しで32度越え。夕方、日が陰った頃に犬を連れて日陰の多そうなドッグパークへ。

エコ系では地球温暖化、スピ系ではアセンションの前触れ、またはポールシフトとか色々言われて久しいが、思えば今までずーーっと同じように四季を繰り返し、同じ季節にはたいがい同じ温度が来てたって事自体が奇跡的だったんじゃないかとさえ思う。

アパートのプールへ行こうと思ったが、そういったわけで、長ーい散歩へいっていたら、プールの時間、終わっちゃった。残念ーー!

「暑さ寒さも彼岸まで、と申します」

で? 彼岸はどこよ?