チェロキー族、自ら撃たれた白鹿の話

チェロキー族出身で、現在はエサレン族の継承に力を入れている長老、タヒクパスさんの、スエットロッジの中でのお話。

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今日は感謝祭。感謝祭にあたって、感謝というものを考えてみる。

昔、あるところに一人の男の子がいた。その子はおばあさんと、妹の面倒を見ていた。
おばあさんは病気がちで、妹は小さかった。冬になり、もう食べ物が底をついてしまった。おばあさんも妹も、お腹がぺこぺこで、あと何日、命が持つだろうかというところまできていた。

男の子はなんとかして食料を調達しなければいけなかったが、弓矢が下手くそだった。
自分の力で動物を射止めてくるなど、絶対に不可能な事は知っていた。
それでも家族を守らなくてはならず、そのために狩りへ行かなくてはならなかった。

弓矢を持ち、森へ入ると、動物の気配がした。
が、自分でそれを射止める自信などなかった。実際に何度かやってみたが、まったく当たらなかった。

とぼとぼ歩きながら、自分のふがいなさを嘆いた。僕はおばあさんと妹を死なせてしまうんだろうか。このままでは帰れない。
泣きながら地面にひざまずいて、何度も何度も天に祈った。

「父なる天よ、母なる大地よ、グレイトスピリットよ、どうか私にその命をお与え下さい。食べ物がなくてこのままでは私の家族は死んでしまいます。私たちの命を繋げるために、どうか、どうか、あなたがたの大切な命を私たちにお与え下さい」

森の中、真っ白な鹿が近くにいた。その鹿は、男の子の祈りを聞いていた。
そして、その鹿は少年の前に姿を現した。

男の子は、夢中で弓矢を引いたが、的とはまったく外れた空中、空高くへ、弓矢が飛んで行った。

その、話を聞いていた鹿は、もうすでに決心していたので、とんでもない方向に放たれた弓矢の先に、自ら進んで飛び込んでいった。
「私の命を差し上げましょう。あなたの体に入って生き続けましょう」

矢をめがけて高く高く飛んだその鹿は、心臓から矢に当たって行った。自ら撃たれてくれた。それは幸せな顔をして撃たれていってくれた。

男の子は大きな感謝と感激とともにその鹿を持ち帰り、おばあさんと妹に食べさせる事が出来た。

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このように、感謝の祈りを聞き遂げた”動物の人々”は自分を捧げものとして、自ら命を投げ出し、人間の一部として命を繋いでくれる。

だが、動物に聞かない、許可なしに殺される鶏、牛、豚たちはどうだろうか。化学薬品処理という毒につけ込まれた食べ物、殺される時の恐怖を持ったまま食卓にやってくる肉たち。それらを自分に採り込み、その毒を母なる大地に返すのか?

すべては循環している。
草、虫、鳥、動物、人間、人間は大地へ帰り、石となり、ミネラルとなり、やがてまた草となる。
こうして循環の中で命をいただき、命を繋いでいる。私たちの観点からいえば、すべては結果的に「人」になる。だから私たちは「石の人びと、虫の人びと」というふうに呼ぶ。

では、逆を考えてみようか。たとえばライオンに食べられた人間。
もし、人間が恐怖の肉やドラッグ、酒といったものをとっていたら、そのライオンはどうなるだろう?可哀想なライオンは、それでも生き続けるだろう。

循環の中で、地球に存在する命を繋ぐという意識で食べ物をいただくならば、遅くてもいいから感謝をすることだ。お皿に乗った鶏や牛の切れ端。恐怖で殺されたかもしれない、その、命を失った命にさえ、もう一度感謝して、もう一度許可をいただいて、自分のための血肉になっていただけますか?自分のために命を与えていただけますか?と聞いて、あらたに命を吹き込む事ができる。毒や恐怖も消えてゆくだろう。はじめて殺された牛たちは生きられる。

あなたが新たに彼らの命を呼び起こしてから、体内に入れさせてもらい、あなたという身体のなかで彼らを生かすのだ。

そんな事を少し考えて、今日の感謝祭のディナーを食べて欲しいと思う。

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エサレン・インスティテュート。 スエットロッジにて。
長老、タヒクパスさんのお話
訳:高井雅代 copyright / Thanks for TKN心理サロン 横井先生&皆様

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チェロキー族、自ら撃たれた白鹿の話」への4件のフィードバック

  1. いいお話じゃ(涙)
    ちょうど昨日は2日遅れて我家でも感謝祭の大ディナー大会をしました。自分はもう肉を食わんとはいえ、家族のために料理する日々はまだまだこれからも続くだろう。料理するときに、お肉を扱いながら、家族の肉血になってくれることに感謝して祈ろうと思う。

    チェンマイでは市場なんかに行っても、豚の頭(顔付き)とかゴロンと売ってたりするので、切り身パックになって売られている日本やアメリカよりも、動物の死がより身近で生々しく、なんか痛みを感じやすいかなと思うな。

    1. 有香ちゃんーー、ありがとうー。
      ネイティブの人は、とても朴訥に、区切って話をしてくれるので、通訳しやすかった。
      私も肉食わん、とそっぽむくんじゃなくて、肉に比喩されるだけで、本当は全てがそうだもんね。意識を感謝にかえると、全てのリソースをタダでとりこませていただいてる。5つのエレメント、いっこ欠けたってダメだもんね。

      素朴な土地へ行くと、素朴に地球と繋がれるなあ、って心から思った。でも、悲しい痛みの伴う循環は断ち切っていけたらいいよね。悲しんだ後に有香ちゃんが祈る事で、少しでもすくわれると思う。そして、有香ちゃんの料理を食べた「人間のひとびと」が輝いて生きれば、痛みは報われるのかもしれない。命をいただいて、しっかり生きる事。こっちにフォーカスするといいのかな、って今回思ったよ。

      1. 命をいただいて、しっかり生きる事。こっちにフォーカスするといいのかな

        って、ほんとだねー。食事をするとき、美味しいとかキレイとか、そういうことに夢中になるけど、野菜やフルーツにしても、命をもらってるんだということに対して、ひとくちひとくち、もっと意識的になりたい。まさよん、ありがとねー。

      2. こちらこそ、ありがとうーー!!
        大切な命、いただいてるんで、私たちの中の「野菜の人々、フルーツの人々」を生かしていかないと、と私も思いました♪ ありがとー。

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