バイロン・ケイティ「3つの領域」

バイロン・ケイティの事を心友から聞き、その本を買った。
「The Work」

バシャールも、エクハルトも、多分ブッダも、ヨガの人たちも、小林静観さんも斉藤一人さんも、みーーーんな同じ事を言っている。
「あなたの目に写る世界は、すべてあなたの心象風景なんだ」

私がダンナのグチを言っていても、それはそういうダンナを選んだ私の世界。
アタマが痛いのも、「ああ、こんな悲劇、可哀想に」とソコにフォーカスするのも、「今日はなんて素敵な日!」と思うのも、全て、私が感じる私の世界。

そして、私の世界は、私にとって全てなのであって、あなたの世界と私の世界がイコールで測れるものではナイ。

ようするに、自分が見てる自分の世界の責任は、全て自分で取れ,って事。
もっとハッキリいうと、テメエのケツはテメエで拭きな、って事。
人の文句を言うという事は、そんな風に人の事を見えてしまっている自分がいる、という事だから、それをふまえて自分で責任とりなさいよ、って事だ。

実際によく言われるのは、「仲間が変わって来る」
まさに、結界を張ったとしか思えない程、以前のオトモダチが寄って来なくなる事があったりしたら、それはその人を自分の見ている「自分の世界」に入れない。単的に言えば、波動が変わったのだと言われる。

バイロンケイティは「まわりの人を批判しなさい」と言う。
批判するシートを書いて行き、それをじっくりじくり吟味して、
最後には「置き換え」をする。
するとほら。全部自分の責任。

そもそも、人間の悩みというものは、自分の領域じゃない事でああだこうだと思うから、なんだそうだ。(こちらがメインなのに前置きが長かった)

世界には三つの領域がある。

「私の領域、あなたの領域、神の領域」

あなたが私をどう思うとか(あなたの領域)、寒くて暑くて地球はどうなっちゃうのかしらとか(神の領域)、そういう、自分にどうにもならない事に心を燃焼しちゃってるとき、人はむなしいらしい。

そのとおり。

だから、私は わたしの領域だけを 一生懸命する事にした。

したら、トムにハラもたたない。
したら、人にやさしくなれた。
したら、あせらなくなった。

バイロン・ケイティ。万歳!

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ほぼ初めて、本当に感謝してる

私はあまのじゃくで、横柄だ。
だから、感謝など、したことがなかった。
「ありがとうー」と口では言っていても、本当に心から涙が出る程感謝したことなど、ほぼ、なかった。

ちまたのニューエイジやスピファンは、ことあるごとに「感謝だよね」「感謝が足りないのかしら」とヌカし、ありがとうろうそくなど焚いて(かくいう私は小林静観さんのイベントを仕切らせていただいた事もある)眉間にシワを寄せながら、ありがとう、ありがとう、と呪文を唱えていた。

それらを横目で見ながら、アタマ悪いと思っていた。

だいたい、念仏となえりゃウマく行く、他力本願系は昔っから大嫌い。
運も実力のうち、などと言いつつ、運はなかなか向いてこず、たまたま向いて来た時には「自分の実力だ」と思って、ふふん、とさげすみ、その結果、何も成果を残せなかった。

ところが、、、

ここのところ、私は支えられてるんだ。
お友達みーーんなに、そして、神様に。
本当に支えられているとしか考えられない事がいっぱい起こって、
これはもしかしたら、天上界ミーティングをしてくれて、私をアゲてくれてんじゃないかと思っている。

たとえば、そんなに近しくない人が、以前のクライアントさんのアルバムを見て下さって、他のお客さんをご紹介下さったり、たまたま撮らせていただいた若いピアニストちゃんの写真が、「とっても気に入りました。今度CD出すんで、使わせていただきますよー」なんて事があったり、
一生懸命やっていたデザインの仕事がNGになり、ダメかと思いきや、「こちらのせいだから、さらにもう一度、お金を払い直すからやって」と言っていただいたり。。。

また、とある有名な方の撮影を、現地で探しているから、と、何故か私に言って来られたり、、、

ありえない=有り難し 事が続いているワケ。

今までの私だったら「私には無理!」と思う気持ちがあったのだろうが、何故かこの6月くらから、「ちゃんとお金にしなくちゃイケナイ」と思うようになり、まさにそれが天に届いたかのように、お仕事としてやってくるワケ。

有名な方の撮影は、ヘタクソで申し訳ないが、それを頼んで下さった、その方の運のつき、だと思う事にし(笑←笑ってる場合じゃナイ。すみません)、是非ともやらせて下さい、と答えた。
また、コーディネーターを頼まないとムリ!と打診した相手が、もうその撮影のためのコーディネーターとしてすでに雇われて準備されていたり。。。

天候はあいにく雨っぽくて、通常なら撮影に適さないところが、発注の時に私が持ったイメージや、私のチカラから行けば、これ以上パーフェクトな事はない天気。
また、時々来る晴れ間も、ありえないような光が差し込んだりと、ああ、誰かに動かしていただいてるんだなあ、としか思えない事が続々と。。。

もう、何事においても、ただひたすら感謝するしかないような状況で、撮らせていただいてる、としか思えず。

あああ、ありがたい、ありがたい。
いまならありがとうろうそく焚いて手をあわせちゃうよ。
マジで。

こんなふうに思えるようになったキイをちょっと思い返してみた。

すると
「決心、無心、無欲、無執着」
そして
そして全ては自分の心象風景だから、自分で自分に起きる事を全て責任をとる覚悟。
これしかないような気がして来た。

その後の私は、全てのものに、心から「ありがとう」と思うし、「神の手先として使ってくれて感謝」したいと思えるのだった。
ああ、ええ人間になったもんやのう〜♪

私を支えて下さっている、親姉妹、お友達、知り合い、そして天にまします我がハイアーセルフ&サムシンググレイト。
心からお礼を申し上げます。

ありがとうーー。& I Love You!!!

魔女のシャトル

久しぶりにセドナへ行っていた。1年半ぶりくらいかな。
もうセドナはいいかな、他へ行く時間がなくなるし、と思いつつ、やっぱりセドナは圧巻で、ちょうどお伊勢さん参りみたいに、一年に一度くらい行くのは、精神安定ならぬエネルギー調整にとてもいいような気がする。

そもそも、今回のセドナは、しょっぱなから不思議な事づくめで、「ゆだねる」という事を学ぶ旅だったような気がしないでもない。

今回は仕事で、先方が車を出してくれるというので、レンタカーを借りず、シャトルで行く事となった。
朝、6時に家を出て、9時50分に着いて、10時のシャトルに乗るように予約を入れてあった。が、人数が早めにそろっちゃったから、あなたは11時半のシャトルで来てくれと連絡があり、空港でツイッターなどをしながらゆっくりと構え、シャトルを待つ。

ようやく11時半のシャトルが来た。9人乗りのセドナ行きシャトルは、私を含めて4人のお客さん。私以外の3人は西洋人の60才近くの女性。
ダーリン、メアリー、コニー。皆、するどい眼光をしており、斜め45度下を見下ろすような風体で、それぞれの味が濃い。

完璧なカントリーソングから出て来たようブロンドのカーリーヘアのコニーは、男言葉っぽくしゃべりつつ、車に乗るや否や,手づかみでホットウイング(チキンの辛い唐揚げ)を食べ始めた。

ショートカットに鶏の手羽先みたいな手をした指にジャラジャラと指輪やブレスレッドをつけ、細部に至るまでオシャレなダーリンは、小説家であり、学校でも時々教えてるんだ、と言った。

眼光のするどいブルネットのメアリーは、身体が悪くて、旦那ともうまくいってなくて、ストレスたまりまくり。人に相談したらセドナへ行くといいと言われ、PCも何もかもとられてここへ来たと言った。

私はメアリーと席が近かったので、話をしているうちに「誰かいいチャネラーを知らないか?」と聞かれた。
「何人か,知ってるよ。だけど、、、」と私は彼女の顔をみつめ
「あなた、チャネれるでしょう?」と言ったら
その眼光のするどい目がキラリと光り
「何故わかったの?」と声をひそめて近づいてきた。

私のまわりはとてもチャネラーさんが多いので、なにも難しい事ではない。だいたいチャネれるんじゃないかという人は雰囲気でわかる。
チャネれる人が見てもらうんだと、本当に能力のある人じゃないとダメだから、そうねえ、クラウディアはどうかしら?と名前を教え、そのまま会話の途切れを期に、ウトウトとした。

シャトルが停まったので、トイレ休憩かしらと思い、目をあけると、高速を見上げる畑の横に停まっていた。

運転手が携帯に向かって大きな声で話している。
「なにかのオイルが漏れて、煙を噴き出して来たんだよ。今、サンセットポイントの近くだ。危ないから高速を降りた。もう少し走ると思うから、路肩で少しだけ車を冷やしてからレストエリアまで行って、そこに止めてからまた電話をかけるよ」

カントリーが似合いそうなコニーが、チキンの手をジーンズで拭きながら外にでて、ボンネットをあけて色々調べている。9月のセドナの真昼はまさに炎天下で、汗をしたたらせながらスパナやレンチを使っていた。
「ダメだね、ホースに穴があいて、オイルが全部漏れちゃってる。このままレストエリアへなんとか行っちゃったほうがいいよ」

ダーリンは携帯で迎えに来てくれる人に事情を説明している。
「迎えに来てくれるのはね、元旦那のエックス(元嫁)。可笑しいもんだわよ、こんな”地の果て”で動けなくなった時まで、一番最初に連絡するのは彼女なのよ」

メアリーも「まあ、なんとかなるんじゃないの?」

運転手のアーニー爺さんは、あと1キロだけ走ってくれればいい。と、レストエリアへ車を向けた。最後は上り坂で、上る最中に「プスン、プスン、プスン」という音がしはじめた。

乗客の女達は
「大丈夫、あんた、出来るわよ!You can do it! You can do it!!」と座席に座りながら車を励まし、「まるで中学生に戻った気分ね」と笑った。

まるで念力が効いたかのように、なんとか上り坂を終え、レストエリアの三番目に駐車した途端、プシューーーッ、と音をだして、車は完全に停まった。

誰も驚かない。
誰も責めない。
皆、困った顔もしない。

外へ出て、サンセットポイントの風に吹かれながらそれぞれに「思い」もなく(普通なが「思いを噛み締めながら」という所だろうが、彼女たちには何の思いもなかった)その場を楽しんでいるようだった。

「私、ここにいる女の人、皆、魔女だと思うわ」と言ったら、全員がピクンとした。
その反応に、あ、こりゃ本当だ、と一人でウケて笑ってしまった。

1時間ほどボーーっとした後、替えの車が到着し、魔女たちのシャトルは、再度動き始めた。

袖振り合うも他生の縁 と言うが
私たちは他生で一体、どんな風に一緒に居たのだろうか?
そんな事を考えると、遅れたシャトルも、妙に数百年、トリップしたようで、愛おしく思えるのだった。