家のエネルギーをクリアにする

友人が数人、この時期に引っ越しをする。
引っ越しとは最大の断捨利だと思う。

私たちもこのコンドミニアムに引っ越して来る前は、オフィス分もふくめて、荷物を持ちに持っていた。
ガレージセールを3回し、Good willやサルベーションアーミー(救世軍系)への寄付に10回以上通い、ゴミを数えきれない袋ぶん出した。

その後も欠けたお皿やカップは使わない事に決めて捨て、不便になるまで買わずに、あるものだけでやって行く。
CDもデータにあげ、よほど思い入れのあるもの以外は処分した。本は、手持ちは10冊未満。あとは全て売ったり寄付したり。
「持っている」という満足感だけで所有するのを完璧にやめた。その時に必要なエネルギーや知識はもう、いただき終わっているという考え。また必要になったときは、また必要になったときに、その時の方法で採ればいい。

洋服も、今、流行の「こんまり」さんの、トキメキのなんとか、に乗っ取って、夏冬全部ハンガーにかけて1メートルまで減らした。
本当に気に入ったものが解り、それらを一旦持ってしまえば、それ以外のものは一旦着てみるものの、やっぱりピンとこなくて着なくなる事に気がついた。

たくさんのものと暮らすと、持っている事も知らずに「固形ーカタマリ」となってしまっている「開かずの場所」がある。
少ないものと暮らすと、全てを見る事が出来るから、結局のところ、持っているものすべてを把握できるし、大事にする。この違いは大きい。

さて、そこまでしたら、毎日の部屋のエネルギーも気になる所。

掃除が大嫌いだった私が、一週間に2回以上掃除機をかけ、窓を毎日あけ、家具をずらして、セージを焚き、チベタンベルを鳴らし、エネルギーが淀まないようにしている。

大好きなお客様が来てくれた後も、数時間、楽しいエネルギーが存在しているけれども、次の空間にアジャストするために、全てを片付け、掃除をする。

非日常は、掃除をするきっかけをくれる。
だから、お客様は大好き。
だから、旅行も大好き。
そのたびに、新しいエネルギーをもらって、不必要なものをクリアリングをする。

それが自分の瞑想になるなんて、ああ,5年前の私には想像もつかなかったコトだわ。。。
「これは必要か これは必要でないか」
「これは好きか これはトキメかないか」
それを感じて、好きなエネルギーだけにかこまれていられる。

たえず動いている空気。
絶えず動いている空間。
透き通っている空間。

とにかく、エネルギーをクリアリングする。
窓あけて、掃除して、セージ焚いて、
空気はよどまないほうがいい。

今日はセージの後に、コパールでも焚こうかな。

なんて言ってみる私の昔は、、、
それはそれはヒドいもの、、、

子供の頃はおばあちゃんが私の後をついて片付けてまわり、お風呂へ行くまでに二階から歩きながら服を脱ぎ散らかし、10代の後半の一人暮らしでは、部屋は足の踏み場もなく、掃除せず、洗濯ものをたたむのが何より嫌いだった。
一人暮らしの小さな冷蔵庫の中は化学実験の場となり開けるのも怖くなり、冷蔵庫を中身ごと、粗大ゴミに出した事がある。
片づけをしなきゃならないなんて、結婚とは墓場!と思いながら、冬ははんてん着てこたつムリとなり、出前の器にハエがたかってもハエのせいで憂鬱、くらいに思い、40才すぎてから、妹からジャージでの生活をやめるように提案された、、、
そんな人間がこんな事を言っている。

ね、人って変われるんだね。(笑)

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イキだね、5R、マイケルの感謝祭

ファイブリズムの先生、マイケル・スケルトン。奥さんも同じく先生のアナリー。
一回15ドルのウォークインのクラスで、入り口に木のボウルがおいてあり、そこにお金を入れて(時にはボウルから勝手におつりをもらって)それらの支払いは生徒の信頼により成り立っている。

(パワーヨガのブライアンケストのクラスもそう。ブライアンはしかもドネーション制で、推奨金額しか決まって無いから1ドルしか払わないヤツもいる。)

木曜日のクラスはワークショップ形態で、とても奥深い。が、時間帯もあって、大概15人未満の小さなクラス。行く側にとってはとてもオトクな濃いクラスとなる。

最近はアナリーが子供を産んだため、マイケルがひとりでがんばっている。
黒人のマイケルの動きはとても魅惑的で、身体がアンテナのようで、喋るのが苦手なマイケルは、まさに踊りで話す。
どうやってもかっこいいであろうマイケルが最近DJをするときに眼鏡をかけるのが、とても微笑ましい。黒人は得てして年齢不詳だが、最近、彼が58歳なのだという事を聞いて驚いた。58歳にしてパパになったマイケル。何にも臆する事なく等身大で(先生に向かって失礼な言い方だが、気負いやハッタリがナイ)大好き。

木曜は少人数だが、火曜の夜や土日のクラスは大人数が来る。
それらが弾けて乱れて、大人のためのレイブ、または大人のためのソウルトレインとなる。

最後に全員で輪になって自分の名前を言う時についついカウントしてしまうのだが、少なくとも80人、多くて120人が集う。
15ドル x 100人だとしたら1500ドル!!
単純に週二回、これが発生するとして、一ヶ月12000ドル。(100万円ほど)
これはすごい。
確かに定着するまでに時間はかかったと思うが、継続はチカラなりとはこの事か。

と、ビジネス面に感動してみたりする。

大人数の日曜日、このクラスの伝統的行事がある。
「はい、今週誕生日の人!」
と、マイケルが言うと、必ず数人が現れ、その数人に10〜20人づつがまわりについて、全員で「オーム」をとなえながら、レイキのできる人はレイキ、ディクシャのできる人はディクシャなどをしながら、誕生日の人を皆で背の高さまで持ち上げてお祝いをする。なんと豪勢なエネルギーワークだろう!
絶対に自分の誕生日の週には休みたくない、と思うのだった。

長すぎる前置きはこのへんにして、、、

マイケルはサンクスギビング(感謝祭)にむけて、こう言った。

 感謝をする事、すなわち受け取る事。Thanks
 そして、人にさし上げる事、奉仕をする事。Giving

 受け取る事と捧げる事、これはイコールだよ。
 ダンスをみてごらん、
 受け取る形をするときと、ささげる形をするとき、同じでしょう?

 だから、サンクスギビングにはその事を少し頭において、
 感謝して受け取り、
 それを奉仕で返したいと思う。

 木曜日、感謝祭の日、平常通りクラスはやります。
 だが、ひとつだけ違う事がある。

 どうか、家にサイフを置いてきてください。(クラス費をタダにします)

===

イキだね。

こういうの、最高だと思う。

自己統合 まずは自分を満たす

Happy Thanksgiving!

ゆっくりな時間が流れるLAライフの中、この11月はハードに動かせていただいた。通訳とか、旅(セッション)のコーディネイトとか、なんだか、秋からそういう流れになっていて、やたらセッションとかワークショップにスタッフとして参加させていただきまくっている。

たくさんのたくさんの学びがあり、まったりとそれらの経験を見返している。

ーーーー

エサレンでのワークショップで、半日だけ、エサレンマッサージの手ほどきをうけた。
その時にルシア(5リズムの創始者:ガブリエル・ロスの義理娘で、エサレン創立時のメンバーの1人、ペギーの娘)が言った言葉からはじまった。

「いいこと?マッサージをするという事は、人のエネルギーフィールドに入って行くという事。相手と同調する前に、”まず、自分自身と統合して、自分と繋がって、自分をセンタリングして”。それをしてはじめて、人と同調する事ができるの。片手をハートに、片手をお腹に、自分の身体をしっかりと感じて、自分を満たしてから、人の中に入っていきましょう」

ほう。。。

ダンスの時も言っていた。
「自分を満たす。自分と統合する。本当の自分になる。そうしたら簡単に人とハートが繋がる」
自分の感覚を大事にして、「他人のためでなく」自分のために踊る時、人のエネルギーを一番感じられるようになる。

パラドックスだけど、何事にもソレが言える。

ーーー

ドンミゲルルイス氏に あわせていただいた。長〜〜いハグをしていただいた。
愛、愛、愛の人。
からっぽの心や、かたくなな心、傷ついた心には、この人の愛はすごく染み渡るだろう。

私は、ハグされている間、楽しかった。そして、ミゲル氏との間で、二人の愛を循環させようと思った。

「私たちは一滴の水です。湖の水も、大海の水も、皆おなじ、一滴の水から出来ています。
 だから、私たち一滴の水たちは、大海の水と同じである事を覚えておいてください。
 私たち、ひとりひとり、ひとつぶひとつぶが完璧である、
 ひとつぶひとつぶが愛に満ちあふれているという事。
 そうしたら、池の水も、大海の水も、どこの水とも同じであり、
 繋がっているという事がわかります」

おお、自己統合! マクロとミクロ、、、

ーーー

バシャールのグループセッションでも、、、

バシャールも同じように言った。
自己統合をする事。自分を愛する事。自分にうそのない事。そうするとスピードが早い。
「本当に楽しいと思って本当に楽しい事を発すると、本当に楽しい事がやってきますが、
 本当に楽しくないのに、楽しいとウソをついて言葉に出しても、
 楽しい現実はやってこないこの論理、わかりますか?」
と、バシャールらしい口調でまくしたてた。

では、本当に楽しくなりたいのに、楽しくなれない場合はどうしたらいいですか?
の問いに
「何が楽しくさせないか、その恐怖を見てみなさい。
 楽しくない場合、嫌な事を見てみるのも大事。
 いやだという感情は、あなたの恐怖を教えて、あなたを守ってくれていますからね。
 その恐怖を知り、それらをクリアしたら、簡単に楽しくなる。まずは自分。自己統合です」と。

「ファースト、 インッテ〜グレイト ユアセルッフ」というバシャールの口調が耳に残っている。
そして、それから 愛へ。

ーーーーー

セドナではAYAの神聖幾何学のレクチャー。

グラウンディングしている事がいかに大事か、マザーアースのど真ん中に、足から自分を繋げていき、頭は天に。黄金比率などを学びながら、上へ、上へだけ行くのではなく、しっかりと根を張っている事。
「まずは自分としっかり繋がって、センタリングして、そしたら、次に人と繋がる事ができます」

ああ、ルシアもいってたっけなあ、バシャールもいってたっけなあー

また、陰と陽の統合でもあり、○と|の統合でもある、”ファイ∅” でもある、と。
私が昔歌っていたユニットが ルナティック ファイ(∅)というので、ひさしぶりにファイを見るなんて、と少し嬉しかったりもした。

AYAもまた、愛、愛、愛の人。

ーーー

日程も短かったので、ボルテックスなどをチラっとカスった後、スエットロッジへ。

地面に描かれていた文字は無限大のインフィニティ ∞ (←8の横になったバージョンね)

まずはグラウンディング、そして自己センタリング。
そうすると初めて外と繋がる、と。
自己統合、内部統合の後、外と繋がる。
それらは永遠に続くから、インフィニティを選んだ、とスエットロッジをやってくれたシャイナが言っていた。

ーーー

まあ、人というのはえてして自分に必要な部分だけを吸い取るので、私の仮題がそういう事だったから、全ての人がいっていた中で、ソコに反応しただけかもしれないが、これだけの人が「自己統合」を言うのは、オモシロイなと。

自分が寂しいから人の面倒をみたり、自分を満たす事のかわりに、他人の世話をするタイプとか、
他人の事で忙しい忙しいといって、自分がぽっかり空っぽになっちゃうタイプとか、
自分にヒーリングが必要だからヒーラーになっちゃうタイプとか、

まあ、どれも多かれ少なかれ、私にも当てはまるんですが、

約20日以上にわたる「人と一緒」の時間が終わり、やっと1人になり、
「ああ〜〜、自分を満たす時間〜〜〜」と、今、まったりとシアワセ。

===

「センタリングして自分と繋がる」をビジュアルでたとえるならクリスマスの電飾のようなモノかもしれない。
自分の電球が切れてるのに、皆とつながっても光らない。まず、自分の電球のタマ、チェックしましょうって事なのかもしれないな、なんて。

ああ、モノのたとえにクリスマスが出てきちゃう季節になっちまいました。
え?もう? みたいな。景色的にも時間的にも、季節感全然ないんですけれども、、、(笑)

ジャッジするべからず?

ジャッジするな、と言われて久しい。
私も基本は同意。

アメリカへきた頃は、アメリカの人、全員が間違っていると思ってた。
「気が変わった」が理由になり、連絡せずに遅れてくる。
「私は今左折したいんだから!」堂々と禁止区域でジェスチャーとともに主張し、渋滞を作る。
「彼女にふられたから会社なんかへ行けるワケがない」と、来ないので電話したらそういう理由。

おまえ、いいかげんにしろよ!、そんなんでいいと思ってんのかよ!的なところで怒っても、アメリカ人は「why?」と、きょとんとした顔で見る。
あげくに「マサヨ、アンガーマネージメント(怒りを癒すセラピー)いってきたら?」

こいつら、常識を逸脱している、地球に向いてない、全員インディゴかよ?と思った。(すまん、インディゴ。しかし、インディゴを誇りすぎるのはやめてね♡ 逆差別&迷惑)

そんなアメリカという国に鍛えられた自分も、その昔、トクに日本ではとても批判的で、演劇系からきているので「ダメ出しの女王」として、バッサバサと人を斬ってきた。
今でもやれといわれればいくらでも出来る。
が、意識的にそれを止めている。
そのうち、どーでもよくなってくるが、元々あまのじゃくなので、昨今の風潮により、ジャッジがイケナイ、イケナイと言われると、なんでだよ!と反旗を翻してしまうくらいに、シヴァ入ってる自分がいる。

そもそも、客観性を持っているから批判(ジャッジ)ができるのだ。
陰陽をわかっているから判断(ジャッジ)ができるのだ。
わからなければ全てすばらしく、「素敵ね、素敵ね」と浮いていればいいと思う。それもひとつの生き方だと思うけれど、私から見たら、それは、そこはかとなく気持ち悪い。誰になんと言われても、パンツにウンコはさんだように気持ち悪いんだから仕方ない。はさんだまま「素敵ね」と言ってごらん、と言いたい。

そんな私も、昨今ツルませていただいた皆さんが、あまりに心清く、ウンコはさんでも泣くか、自分のせいだと言うか、そんな優しい人たちを見ていると、「あれ?私ってひどいのかなあ」とこころなくも思い、ほんの少し落ち込んで、ある夜、近所の友(おねえ系)に聞いてみた。

「あーーら、ジャッジのどこがわるいのよ! イヤなモンはイヤなのよ。
 そんなもん、バッサバサすればいいのよ、 ダメなモンはダメなのよ。
 ヒヨコの選別と同じじゃない」

スっとした。

そう。

クリティサイズ(批判)せずにジャッジ(判断)して、自分に必要なものだけとりいれるのは、自分を大切にしていく事とイコールだ。
私はヒヨコを選別する事にする。

私は私らしく でかまわない。
シヴァで かまわない。
それぞれの舞台で かまわない。

「選別したつもりでもねえ〜〜、妊娠しちゃうのよ、
 あらー、メスだったのね〜〜、みたいな」

というオチがついて、、、

Have a good one!!

悲しいお話のちハッピーエンド

エサレンで日本人のグループのなんちゃって通訳をやらせていただいた。
これで三年目で、毎年会う人たちもいて、親戚のような感覚になる。
みなさん、とても可愛いひとたち。&ボス、ありがとうございました。

ワークショップを受けると、物事が勃発したときの受け取り方などに特に強くそれぞれの国民性が出ると感じる。
アメリカ人はえてしてものごとを大げさに言うけれども、あんがいどーってことないじゃん、系が多い。でもハートで受け取る人が多いので、ほんのささいな事で心に響き、もらい泣きをしてくれたりとかする。
芯の強さがあるのは断然アジア人。

まあ、そんなこんなで、アジアの瞳は強く、悲しみや怒りを心の奥深くにしまい込む癖があるともいえる。
周りの目を気にしながら生きてきた日本人にとって、それら奥深くしまった感情は、たまねぎのように、むいてもむいても、超えたかと思っても思っても、まだまだ出て来るだけでなく、あいかわらず変わらぬ世間のため、せっかくぬいだ仮面を、もう一度かぶりなおさなくてはならなかったりして、多分、心理学的に言うと、面倒くさい複雑な患者なんじゃないかと予測する。

「克服しても怒りが消えないのはなぜ?」系の質問が多かった。
そして、先生も民族的な考え方を理解しようとしてくれていたので、多分、先生は普段なら言わない事をいきなり言い始めた。

「今からとても悲しいお話をするわ。だけど心配しないで。最後はハッピーエンドだから」

ーーー

みんなにとてもプライベートな話をするわ。
ちょっと必要だと思ったから。

私は、25歳になったばかりのとき、とある男性に一目で恋に落ちたの。
そして、5年間一緒に暮らしたわ。
大好きで大好きな彼。

ある日、自宅に強盗が押しより、彼は殺されたの。
あまりにも突然、そんな事が起こってしまって、意味がわからなかった。
これは、ほんとうの話よ。

なぜ?なぜ?という怒りと悲しみ。
泣いても、泣いても、泣いても、泣いても、おさまらなかった。
3年の間、毎日私は泣き続けた。
その間、ダンスは踊っていたのよ。踊りながら、何故?何故?と問いかけた。

そして、泣き尽くすだけ泣いたら、涙もからっぽになって、ある日、自分の心に亀裂が入って、そこから小さな喜びの光が差し込んできたの。からっぽにしてなかったら、喜びの入って来る許容量も少ないと思うの。

今でもまだ悲しみを出すわ。だけど、悲しむんじゃなくて、悲しみをダンスという形に変えて、アートにして出すの。
わき起こった感情にストーリーを加えて、身体がとまったらダメなの。感情に形を与えて、身体を動かすの。そうすると全部出て行って、からっぽになったところに、次の感情が来るの。

私は大切なものを失っている。だからこそ誰よりも、失って悲しんでいる人の心がよくわかる。
自分の一番弱いところは、自分の一番の強みになるのよ。
傷ついたヒーラーしか、人を癒せない。これは本当だと思う。

だから、今弱い所があれば、克服するのでも戦うのでもなく、それらを流して、それらとともにダンスを踊り、それを強さに変えていけばいんだと思う。

あ、ハッピーエンドは何かって?

新しい彼が出来たの。
いまだかつてないほど、素敵な人。
前の経験がなければ、今の彼に出逢ってないでしょうね。
前の経験がより大きな私を作ってくれて、より大きな人と出逢った。
世の中に起こる事は全て必然だとつくづく思うわ。

で、そのハッピーエンドなんだけども、、、

どんなに私が彼を愛しても、愛しきれないくらいに、
彼のほうが私を愛してくれてるって事。

やだわ、ちょっと照れるわね。

ーーーーー

通訳をしながら、涙がいっぱいいっぱい出た。

その事柄も大変だったと思うけれど、それを皆のために話してくれた先生の、裸になってくれた心に感動した。

全身で受け取る「いまここ」をエサレンで

ファイブリズムのワークショップで、通訳として参加した
エサレンの一週間が終わった。

時間の流れ方が違うと感じる。

全ては今この瞬間のために。

この瞬間に生きるという事は、なんと贅沢な事だろう?
身体全身を使って生きている、と感じる事の幸せ。

なんちゃって通訳をしているとき、私の脳はフルに動いている。
通訳すべき英語を聞いている時、身体全身でニュアンスを感じ取っている。
私の感覚は自分の感覚の最大を開き、全てをうけいれられるよう、体中でアンテナを張り巡らせている。

それを、日本語にするまで覚えていられるよう、別の脳が全身で動いてくれている。

通訳と通訳の間では、皆と一緒に、全身を使って踊る。
全部の感情を起こし、それらを解き放ってゆく。

そして、そのクラスが終わると、まさに、「全力をあげて」リラックスする。

そんな後の食事は、身体と心が喜ぶ。

全部の細胞がオーガニックの食事を全身で吸収しようとしている感覚がわかる。

日常生活の中では過食な私も、このように身体が身体自身で選んで栄養をとりこんでいるので、ここでは身体の「おなかいっぱい」という声が聞こえ、ちゃんとそこで辞めることができる。

夕陽をみながら、海をみながら、思いっきりそれらのエッセンスを吸う。
夕陽が落ちるのをただ、静かに20分、見る。

夜は、切り立った崖の上の露天風呂(硫黄の温泉)で、全身の力を抜いて、ただ浮く。

一つひとつの呼吸に意識を集中する。

呼吸毎の体の浮き沈みを知覚する。

鳥の声、風の音、木々のざわめきを聞く。
それらと全身で一体となる。

混浴のエサレンで奇麗な男が入ってきたら、開いたアンテナがそれをキャッチする(笑)
同じ湯船に入って、会話を楽しむ。
そして、自分の空間へと戻ってゆく。
いちおうカラダのチェックはしっかりしたりして。

夜は湯船に浮かんだ月を手ですくって顔に浴びる。

そして、湯船に浮かびながら、星を眺める。

エサレンマッサージを受ける時も、全身で受け取る。

Cジェイのマッサージは まるで海。
私は海につつまれたイルカになった気分。

互いの呼吸を合わせ、一体となる。

やってもらう、やられる、ではなく、ひとつとなる。

こんな生活だから、一瞬一瞬を一生懸命やってると、
結果的にとても忙しい。
幸せな 幸せな忙しさ。

ああ〜〜〜、しあわせ〜〜〜!!!!!

http://www.esalen.org/