誕生時のトラウマをリリース

On December 19th, (書きたい事が多すぎて遅れてます)

ファイブリズム(ダンス)のクラスに行った。
そのクラスの、その日のテーマは「淋しさをリリースする」だった。
時々、ペアを組んで踊るが、今日の私は一人で踊りたいと思った。
自分の奥底に潜んでいる淋しさとか、どーでもいいや感を取り除く為に。。。

大好きな先生Joが「今日は他人の事は完璧に忘れて、自分のためだけに踊りましょう」と言った。

気持ちが通じたかのようで嬉しかったと共に、とある事に折り合いをつけ最後にしたかったので、これはとてもいいチャンスだと思った。

実は、産まれる前の記憶というか自分のイメージで、小さな男の子が宇宙かどこかに腰掛けて体育座りをしていて、目の前にあるトンネルの中を通るのを嫌がっていたイメージが幼い頃からあった。
自分の意志ではなく、どうして行かなくてはならないのか、行けと命令した神さまに少し腹をたてていた。

男の子は全身で細胞を閉じており、そのトンネルは産道であり、その子は「私」だという確信があった。(彼はそのトンネルで腰を打ち、私も同じように何度かそこを怪我している)

もういい大人だし、「産まれてきたくなかった」思いに折り合いをつけ心から幸福感を味わいたい。宇宙に腰掛けたそんなスピ系ファンタジーにつきあうのは最後の最後にしたいワケ。

インナーチャイルドかなんかワカランけども、今日はこの少年とドップリ一時間つきあって、この少年のために踊る事にした。

 ***

無理に彼の手をひろげるのではなく、ただ、彼のしてほしい事を察するようにしてみた。全てのアテンションを彼にあげて。。。
「私がしてあげたい事をする」のではなく「彼がしてほしい事」を探し、ダンスの中で与えた。

そして次の曲では、彼自身になった。
嫌な気持ち、困る気持ちを、踊りに託してみた。バカヤローと言えなかった事、地たんだを踏みたかった事、それを彼となって、リリースした。

踊って踊って、そのうち彼と私は統合して、
気がつけば、もう拗ねた顔はどこにもなかった。

おめでとう。

「産まれてこなきゃよかったよ」という重石が外れた。

 ***

クラスの最後に、今週お誕生日の人は輪の中に入り、皆で身体を持ち上げて全員でオームをとなえてくれる。20人のオームは細胞にしみ込む。前から絶対にして欲しいと思っていた。

「受け取る」事を全身でした。
ああ、うまれてきてよかったな。

もう、あの子は憂鬱じゃない。
もう、わたしは憂鬱じゃない。
どこかしらハスに構えていた私は、あの子の言い訳だったと思う。

あの子がもう笑っている今、
かっこ悪く、自分にチャレンジしつづけてもいいと思った。

HAPPY BIRTHDAY TO ME.
私をこの世に運んでくれた父母、ありがとう。
誕生日はそれを親に伝える日。

お父さん、お母さん、そしてそのまたお父さんお母さんたち、
命をつないでくれてありがとう☆
本当にありがとう☆

私、シアワセです☆

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