生と死、どちらで集う?

日本へ向かう飛行機の隣にすわったのは2〜30代のアメリカ人男性。
彼は日本に住んでいて、コンベンションの帰りだと言い、日本語がペラペラだった。

今回の日本への目的を聞かれ
「おばあちゃんの25周年? いやいや、お祝いじゃないんだから、25回忌だ」と言うと、
「Whaaaaattttt?(な、なにを〜〜っ)」
と驚いた彼。

「そうね、25回忌があるなんてビックリだわよね。ウチは田舎だし、両親は信心深いし、法事って大切な行事なの。それに両親はもう年だし、そのようなセレモニーを二人揃ってホスト出来るのは最後かもしれないという事で、遠くロスから帰省するように言われたのよ」
と言うと
「オーマイガー!アンビリーバボー!僕はこの違いに驚きを隠せない。多少言葉は解っても、異文化にはまだまだ驚かされる事がたくさんあります」

私の家のお寺は禅宗で、法事は1回忌、2回忌、3回忌、5、7、13、17、25(一般には23、27と言われるが、それを一緒にして25にしたものと思われる)、33、50回忌まで。

「結局の所、法事というのは、故人に祈りを捧げる宗教的行事というよりも、そういう機会を利用して、家族が集まったり、親族、祖先に戻り、今ある自分に感謝をするという事なのかもしれない」
と説明した。

「へえ〜、日本の文化はおもしろいね。アメリカと全く反対だね。」

「え?どうして? ねえ、アメリカには法事のようなものはあるの?」

「ううん、お葬式の後はもう一切ないよ。」

そして、彼はこう続けた。

「君は、いない人の25年メモリアルに帰るわけだよね? 行ってもあえるわけじゃないんだよね?僕は、生きている両親の結婚25周年記念とか、50周年記念なら、喜んで帰るよ。でも、死んでこの世にいない人のための25年目には帰らないだろうな」

そしてこう続けた。

「でも、結局は同じなんだ。生を祝って集まるか、死を偲んで集まるか、同じ事をしていて、同じコンセプトだけれども、切り口が日本とアメリカじゃ、真っ反対だね」

そういう観点には気付かなかったので、私もびっくりした。
生きているうちに、生きている事を祝うために集まるのか
死んだ人の魂が成仏するように集うのか

生から学ぶか、死から学ぶか。

そして彼はこう付け加えた。

「ところで君、両親の結婚記念日、覚えてる?」
  ・
  ・
  ・
「あ、知らない。。。」

「Wow!」
彼は声を出して笑った。
「それだけは、聞いといた方がいいよ。彼らの結婚がなければ、君はここにいないんだからね」

=========

いずれにせよ、うん、そうだ、集まる事に意義がある。
私は楽しく、その一部となろう。

かくして、法事はダンゴ作りからお坊さんへのインタビューまで、
大笑いの連続だった。
お坊さんとも、この話ほか、いろいろと盛り上がった。

25回忌を間違えて25周年、と言ったけれども、
コンセプト的にはまんざら間違いではないかもしれない。
  ・
  ・
そして、彼のおかげで、両親の結婚記念日を聞く事も出来た。

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モンローの角度

ゴールデングローブがビバリーヒルトンで開催されている日曜日、午前中は友人のセミナーで、講師の一人として、参加させていただいた。

体、顔、姿勢、精神、感情、それらを組み合わせて、自分が普段無意識にしている表情が、人にどう映っているか?
「自分で認識すること」をテーマにし、演劇畑から出てきた事と写真を撮っている観点を生かしての話をさせていただいた。

言葉だけがコミュニケーションではない。
姿勢、クセ、表情。
見かけだけで判断してその人がわかるくらい、みかけは正直だ。
見かけと感情の関係がわかると、とてもオモシロイ。

役者は、天性で(もしくはいい先生がついて)それを上手に生かしている。

  ***

「My Week With Marylin (邦題:”マリリン、7日間の恋” 日本公開4月?)」のミッシェルウイリアムスがミュージカルコメディ部門でで、ゴールデングローブをとった。
彼女はこの映画の中でマリリンモンローを演じ、それはそれは魅力的で、それはそれはマリリンモンローだった。

ミッシェルウイリアムスといえば、バッドマンでジョーカーを演じた、故ヒース・レジャーのガールフレンドで、彼との間に一人の娘がいる。

彼女のスピーチでは
「私は、何にも置いて母親である事を一番に、そして女優を二番に考えてきました。だからこそ、勇敢でキラキラ輝いている、私の小さな娘に、最も感謝の気持ちを捧げたい。
この一年、すっかりマリリンモンローの役づくりをそのまま娘との生活にも持ち込んじゃったような気がします。寝る前に娘に本を読み聞かせるのもマリリンモンローでした」

 ***

ミッシェル・ウイリアムスは女優さんにしてはめずらしく、どちらかというと、伏し目がちな人である。
一方、マリリンモンローのグラビアを見ると、8〜9割、アゴがあがっている印象がある。

日本人は目を中心に、目線を平行にする事でものを見る。
が、アメリカ人は「鼻で」ものを見る。
ここに姿勢と感情の大きな違いが出てくる。
どちらが良い悪いではなく、単に、こうするとこうなる、というロジック。

上を見るというサインは、「開く」「喜び」「光」
自分の外側に意識を放つ事。
下を向くという事は、体を丸めるという事で、「閉じる」「守る」「自分の内側に入る」という事。

この控えめ系キャラのミッシェルウイリアムスがどのようにモンローを演じるのだろう?と興味津々だった。

彼女の演じたステージ裏のマリリンモンローは、絶えず下を向いていて、人を見るときもおずおずと見上げる。
しかし、ステージにあがったり人前でスピーチをしたりするときは、花が太陽に向かっているように首をしっかりたてて上を向く。

その、オンとオフの微妙さ加減を演じ分けられる女優さん。
役よる「エネルギーの違い」をしっかり見せてくれているからひと味違う。

 ***

●アゴを下げて、上目使いの目線は
 自分の弱さ(幼さ)をアピールするカワイイ系。
●アゴを上げて、上からやや見下ろす(鼻で見る)と
 強さをアピールするセクシー系。

やってみたら、エネルギーの違いが微妙にわかるハズ。

いつもより大人っぽいお洒落をした日は、ほんの少しだけ、モンローのように、「鼻で」ものを見る目線で、首を上げてみてはいかがだろうか。
歩き方も、必ず「前足のヒザをまっすぐに」歩くと、セクシーさ増大。

Have a fun!

男の手

その手は、若く繊細な表情をしていた。
ただひとつ、通常の繊細な手と違ったのは、細胞の核質の間の、細かいシワ全てが、とても白かった事。

  ***

その手の持ち主はまだ30台の日本人。ハリウッドにほど近い場所で、人気のある高級寿司屋を営んでおられ、自ら花板さんとして、包丁を握っていらっしゃる。
彼の風体から、彼の料理はとても繊細で美意識の高いものだろう。

ご縁あって、ベイビーフォトを撮らせていただいた。
パパの手の上にベイビーの足をのっけて足のアップを撮らせていただいた時、パパの手の白い筋に釘付けになった。

  ***

LAの冬はとても乾燥している。
今年はいつにも増して乾燥していた。
お風呂上がりに肌が乾くとカユミがでたり痛くなるほどの年は初めてだ。

普段の台所仕事だけでも乾燥で手が痛かった。ハンドクリームを塗っても塗っても追いつかないほど。日本に居た時のアカギレとはケタ違いだった。

その中で、お寿司をどれくらい握り、手をどれくらい水気に浸し、仕事をしていらっしゃるのだろう?
お寿司の酢は、乾いた手に、どれくらいしみる事だろうか。
乾燥した手の細胞の核質の中に酢が入り込んだのであろう、白い筋のいっぱい入った手。
仕事柄、ハンドクリームなんて仕事中は塗れないのだ。
痛いなどとも言っていられないのだ。

なんて尊い手。

私よりうんと年下だが、家族を養う気迫や責任感と、ベイビーを抱くときの壊れ物に触れるような優しさが、彼の白いシワの「手」と重なり、感動しないではいられなかった。

この手がお金を生み出しているのだ。
この手が家族を守っているのだ。
彼の手のシワの白さは、それを物語っていた。

その白い筋の入った手に触りたいと思った。
その手を抱きしめたいと思った。
なんと愛おしい男の手。。。

  ***

まだ幼かった頃、自分の父の手が自転車の修理の油で真っ黒に汚れていて、ちゃんと洗ってくれないと汚く、友達に父の手を見られたらカッコ悪いと思っていた。
私は、その真っ黒い手に、育ててもらったのだ。
あの時の父も、30数才。

  ***

今の私よりうんと若くして、無条件の愛に生きる男たち。
愛する者を守るため、必死で働いている。
深く頭を下げずにはいられない。

カメラ越しに見せていただいた手に、男の人生を見、
男の愛に、男の人生に、涙が止まらなかった。

その手は、愛する人たちを守っている手だ。

男の手。
それはとても美しい。

ダイナミックに肌の上を踊る

人に魅了される時、酔わせられるとき、魔法にかかったようになる時、何が原因かをよく考える。
その答えを探している時、私の心の中に「ダイナミクス」という言葉が浮かぶ。力強さ、精力的、とともに、強弱、緩急。多くの芸人さんも、素晴らしい方は皆このダイナミクスを持っている。

人は淡々と生きていても、ドラマチックなものに触れるが好きだ。人生のスパイスのようなもの。
ドラマチックなものの中にはちょっとしたスリルやダイナミクスがある。
ダイナミクスはハートをわしづかみにし、揺さぶってくれ、味も、香りも、エネルギーも、音も、リッチにしてくれる。

ディズニー・アニメの動きがキレイなのもダイナミクスによると思う。
動きが直線でなく、イーズイン(加速する動き始め)とイーズアウト(減速する動き終わり)するから動きがダイナミックになる。
ダンスに置き換えて言うならば「タメとキレ」。多くのタメとキレは、感情の表現とも関係し、ラジオ体操や盆踊りにはないダイナミックさが出る。

エサレンでのファイブリズム(ダンス)のワークショップの中で、ダンスにもかかわらずマッサージを半日づつ習った。

ペギー・ホランの娘、ルシア先生からの言葉
「相手の領域の中に入る時、急激に入っちゃダメよ。ゆっくり入るの。そして、相手とひとつになって、それから相手と一緒に呼吸をあわせるの。相手とダンスするみたいに」

ペギー・ホランの義理息子でガブリエル・ロスの息子、ジョナサン先生からの言葉
「マッサージはまさにダンスだよ。ダンスフロアが肌に、足が手に変わっただけだ。肌の上を踊るように、手を、腕を、ダンスさせればいい。そのダンスに夢中になればいい。マッサージとは、いわば相手とのペアダンスだよ。疲れるようじゃペアダンスじゃない。一方だけがあげてるんじゃない。両方が互いに肌で会話をするんだ。だからエネルギーがまわる。どちらも疲れない。メークラブ(セックス)も同じだよ。マッサージも、ダンスも、メークラブも、まるで瞑想だよ」

それを聞いてからマッサージの実習をしたところ、疲れるどころか、マッサージをした側のほうが、エネルギーをもらえて元気になったほど。

上手い人のマッサージはまさに、うっとりとする上質なペアダンス。
互いのエネルギーが循環する。

バシャールへの質疑応答でも言っていたっけ。
Q「私はマッサージセラピストなんですが、どうしたら疲れずに仕事ができるでしょうか?」
A「何故マッサージをする側が疲れると言う図式を信じるんですか?まず、あなたが”あげている”という考えをやめる事。互いのエネルギーを回していれば、疲れるはずはない」

*****

マッサージだけじゃなく、全てに同じ事が言えると思う。
「料理」「営業」「歌」「漁」「商売」「工事」何にかえてもいいと思う。
エネルギーがうまくまわると、それはそれは「Yummy(美味しい)」

そして、肝心なのは、「呼吸」と「ダイナミクス」

「愛」と言う音楽にのせて。
人生というお皿の上で。

ボナペティ☆

この石をあなたに

仮装をしたままの私に、天使の羽根と仮面の仮装の、1人の女性がやってきてこう言った。

「この石を持ってて。これはあなたの石。ライターの石。あなたはモノを書く人でしょう?書く時にこの石をにぎって、少し瞑想してから書くといいの。お守りに持ってて」

その石は、ビー玉とかおはじきみたいな石だったが、黒い手袋をした私の手のひらの中で、キランと光ったような気がした。

 ***

大晦日の仮装パーティー。コスチュームで踊り狂う年越しはまさにアセンション!(笑)
参加したワークショップのメインイベントは、この仮装年越しであると言っても過言ではない。

キラキラカツラに金のシルクハット、へんな眼鏡をかけて、スパンコールのトップに黒の手袋とブルーのチュチュを着たヤツが私だと誰も気付かなかった。誰がどこの国系の人かなんて、もはやワカラナイ。

普段は案外、笑顔やコトバ、自分の好みの洋服でキャラクターが成り立っている。服装は主張であり、その創り上げたキャラクターの中に自分をおいている。
が、仮装をすると、それら自分の普段のキャラクターはどこかへ姿を潜め、「一定の鋳型の仮面」の下で、その人本来のもつ雰囲気、その人のリズムのとりかた、心の開き方、他人への侵入して来かたのみで、相手を判断する事になる。
まさにエネルギーそのもの。

そんなわけで、自分が誰かは、バレていなかった。
80人近くいる人の中で、仮装した私をめがけてその女性はやってきて、突然、石をくれたのだ。

ただ、日本人アクセントで会話をはじめたら
「あら?あなただったの?」というような微笑みを、相手が投げかけてきた。

 ***

確かに文章を書くのは好きだし、以前はメルマガも出したり、作詞家、森浩美さんのサイトにレギュラーも持たせていただいていた。
が、仕事としてなりたってはいない。

「ありがとう。ありがたいけど、私はモノ書きが仕事じゃないの」

「いいえ、あなたは書くと思うわ」
スパンコールを身にまとい、手袋ごしに石をいじっている私の手を両手で覆いながら、仮面と羽根をつけた彼女はそう言った。

「どうしてそう思ったの?どうしてこれを私に、と思ったの?」

困った様子もなく、
「わからないわ。でも、石が、あなたのところへ行くようにって、私に伝えたから」

そう言うと、彼女はダンスフロアーに消えていった。

 ***

というわけで、

2012年、
忘れかけていた文章への情熱をもう一度胸に、

書きます。

メルティキッス記念日

ミックの誕生日(1月5日)に。。。

夫、トムが
「今日はミックの誕生日だよね? 犬の散歩に行ったらね、変な事があったよ。ミックの事を考えてて、ミックかい?っていったら道行く車が「プー」とクラクションをならし、本当かい?ってもう一度頭の中で聞いたら全然知らない人が「イエーイ!」と言い、「これは何かのサインなのか?」ともう一度自分にといかけたら、目の前のヨソの犬が「ワン!」って鳴いたんだ。まるでミックの魂が、僕と遊んでるみたいだったよ。

ミックの魂は間違いなく、人を揺さぶっていたようだ。
今日はワシントン州のポイントロバートでも、彼は人の心をくすぐっていたらしい。
シエラからメッセージが入った。
「見て、ほら、メルティキッスよ」

 ***

ミックが自らの命を絶ったのは3年前の9月の終わりだった。
ベスからの悲痛な叫び声の電話でその知らせを聞いた。あのときの景色、音、家の床の色、階段に落ちていた犬の毛。
記憶とは、何故そういうクダラナイものを一緒に覚えているんだろう?

ミックはLAが嫌いだと言い、カナダとワシントン州の国境にある、ポイントロバートという街へ引っ越し、そこに三年住んだ。最初の頃は新しい場所の素晴らしさをたたえていたが、そのうち、何も無い田舎は憂鬱だと言った。またLAに戻りたいと言っていた。多分ミックが嫌だったのはその街、その街ではなく、自分を最後まで、ちゃんと愛せなかったのだろう。

寒い冬。
どこへもでかけられないホリデーシーズン。
ミックの誕生日は1月5日。
弟のような彼のために、様々な日本の品物、とりわけ彼の好きだったものを箱に詰めた。

クリスマスは淋しい季節だと言っていつも酔っぱらっていた。
そんな淋しいクリスマスから新年、そして彼の誕生日にかけて、彼はものすごく憂鬱になる。
そんな彼がうまく笑えるように、私は一つづつのラーメンを、キレイに包装した。バカバカしさは時に大切だ。

正月明けにはミックから電話が入り、全部開けてみた?と聞くと、
「まだ、もったいなくって全部あけてないんだ。ひとつ開ける毎にラーメンとか、わさびマヨとかが出てきて、本当はその度に笑いながら泣いてる。涙でなかなか全部開けられないよ。ありがとうマサヨ、、、」

お好み焼きの粉、お好み焼きソース、わさびのチューブ、わさびマヨネーズ、とんこつラーメン、ミルキー、ハローキティのキャンディ、ポッキー。
そして、彼がケラケラ笑った「冬季限定とろけるチョコレート、メルティッキス」

「メルティキッスってどういうネーミングなんだよ!君たち日本人ってほんっと可笑しいよな」と、大笑いした後、ひとつぶを口に放りこんだ後、「オーマイガーッ!」といって、目を閉じたまま無口になった。
ほんとだ、これは本当にメルティキッスだ!
それ以来、そのネーミングを笑わなくなった。
ミックが一番好きになった日本のお菓子。

 ***

ポイントロバートでのお葬式に参列したとき、私を見て驚いた顔をした一人の女性がいた。
彼女はそれまで彼氏にささえられながら、崩れるように泣いていた。が、私を見るなり、私を指差し近づいてきて、こう言った。
「うわぁ!!!  メルティキッス!!」

「ミックがね、毎年お正月になると、大事そうにあなたから送られてきた箱をかかえて、私たちに見せて、そして、ひとつだけメルティキッスをくれるの。”いい?これは最高に美味しい魔法のチョコレートなんだ。みんな目を閉じて、これを味わって。噛んじゃダメだよ、口の中でとろけさすんだよ”って。私たちは皆で目を閉じて、このチョコレートを味わったのよ」

ミックがどういう表情でそう言ったか一センチ違わず解る私とトムは、お葬式の教会で、泣きながら大笑いをした。

 ***

フェイスブックで、シエラがメルティキッスの写真とともにメッセージをくれた。

「ねえ、メルティキッスの事覚えてる?。あなたが始めちゃったあの伝統行事、まだこのポイントロバートで続いてるわよ。私たちはあの後、ホリデーシーズンには、何が何でもメルティキッスを手に入れて、贈り合う習慣が出来ちゃったのよ。ああ、忘れられないわ、あの日々の事。。。」

「シエラ、知ってる?今日はミックの誕生日よ」

「ああ!だから!!なんだかミックがそこにいるみたいに、本当にありありと思い出したのよ」

Happy Birthday Mic.
あなたのことは忘れられない。
一緒に家族のように過ごした日々。
一緒に日本へも行ったね。
キラキラと瞬間瞬間を生きた、輝く人生だったね。
あなたと出逢えて嬉しかったよ。

また、いつか、どこかで。。。

ミックはまだ、そのへんで きっと笑っている。
「あはは、マサヨ。僕はここにいるよ」と。

それぞれの愛のカタチ 2)

アンの家はオリンピア郊外。
自分の息子デイビッドは10月に21歳になったのを期に、一人暮らしをすると、1ブロック先に引っ越して行った。

25歳のマイカはここから仕事へ通い、26歳のチェイニーは数ブロック先の、彼女の家に住んでいるのだという。

猫が二匹。年寄りの黒猫は、椅子とたわむれている。
まだ2歳になったばかりのシャム猫は、火事で家がなくなった人の子猫で、誰もひきとってくれなければシェルターに入って処分されるとこだったのを、兄、チェイニーの彼女がもらってきて、アンに見せた。
彼女は動物病院で働いているのでそう言う事は多々あるが、特にその猫をみた時には、他の人ではない、この猫はアンの猫だ、と思ったらしい。アンは見た途端にとても気に入り、ひきとった。

やんちゃな子猫はある日手のひらをハチにさされたが、アンはすぐにチェイニーの彼女に電話して、どうしたらいいか聞いた。彼女の適切な処置で、大事に至らずに済んだの、と言った。

チェイニーの彼女は、とても頼りにされているんだなあ、と思った。年齢に関係なく、アンはチェイニーの彼女をとても頼っているように思えた。

 ***

テッドが煎れてくれたコーヒーを飲みながらキッチンのカウンターで猫と遊ぶ。

天井が高く、天窓がある。リビングも広く、キッチンもダイニングも広く、裏庭がある夢のような3ベッドルームの平屋。しかも、華美でなくすっきりしていて、機能的な大きなキャビンがモダンになったような家だ。

「こんな素敵な家、どうやってみつけたの?」
「それはね、チェイニーの彼女がこの近くに住んでいて、たまたま”レント;貸します”という看板をみて、すぐに電話してきてくれたのよ」

「あら!またチェイニーの彼女!すると、彼女はこの家のラッキーガールなのね!」
と言うと

「ほんとにそうね。ただひとつ。二人の男性とつきあってるのさえ除けば。。。」

・・・ え ゞ ? ? ?

・・・ は ? ? ?

  ***

「それぞれの愛のカタチがあるんだと思うの。だからジャッジする事じゃないと思うのよ。
チェイニーが彼女と初めて出逢ったとき、彼女は他のボーイフレンドとつきあってたんだけど、チェイニーの事が気に入っちゃったのね。まるで私とテッドみたい。で、そのボーイフレンドに『チェイニーを好きになっちゃった』って告げたらしいの。そしたらボーイフレンドが『じゃあ、僕の他に、チェイニーともつきあえばいいじゃないか』と言ったのよ」

う、うひょ〜〜〜〜〜っ!?

すすんでるんだ、インディゴチルドレンの世代は、、、

いや、もしかしたら、インディゴ云々より、ヒッピーの継母のほうがすすんでいるのか?

「前はね、彼女はその彼氏と週に5日居て、週末、彼がでかけた時にだけチェイニーが訪ねて行ってたの。だけど、その彼、別な恋人に夢中になってきて、家から出ていっちゃったの。まだ彼は彼女とも付き合いは続いてるんだけど、とにかく私たちはチェイニーに ”ほら、今度はあなたの番よ!さっさと彼女の家に転がり込みなさい”ってハッパかけちゃったのよ」

すすんだ親だと思う。

「その彼も二人の女性とつきあってるんだね。どういう人なんだろうね?」と言ったら
「あら、彼のもう一人の恋人は、男性よ」

「は?」

「彼はバイセクシャルだから」

朝の10時すぎにコーヒー飲みながらこういう話をするのは、案外シュールだった。
自分の予想を超えた答えが来ると、心臓が案外バクバクするものだと言う事を知った。

今後、男性、女性、というくくりは少なくなって行くのだろう。そして「〜〜でなくてはならない」事は少なくなって行き、流れのままに動くと、こういう事も多くなるのかもしれない、と思った。

折しも、私が参加したワークショップは
「God, Sex and The Body」

カラダというカタチには男と女があるけれども、
”神である自分=自分の神性”は、
性別を超えたところにある。
「男」というカテゴリーも「女」というカテゴリーも、単なるアーキタイプだ。

それぞれの愛のカタチ 1)

「アンは最高にいかしたヒッピーガールだったんだ」
夫は、ワシントン州オリンピアに住む姉、アンの事を話す時、いつもそういいながら嬉しそうにする。姉、アンは、ポートランド、オリンピアと、ヒッピーのメッカにばかり住んでいるんだ、と笑う。

オリンピアでのファイブリズム(R)ダンスのワークショップに急遽参加する事が決まった私に、正月にもかかわらず、アンは快く宿を提供してくれた。

「私も昔、オレゴンのポートランドでファイブリズムをやっていたのよ」
もう、この言葉を聞いただけでアンは「My People(私の仲間)」であり、いらない社交辞令は必要ナシとなった。

ワークショップの時に消化しやすいように、いったその日に大鍋にスープを作ってくれ、野菜のヘタなどはコンポストにして、裏庭の畑へ埋め「ミミズがちゃんと出てきてるからほら、鳥がいっぱい来るでしょう?」と笑った。

彼女はスープのみならず、青汁系プロテインを水筒に詰めてくれたり、バスの時間のチェックから遅い時間の送り迎えまで、まるでステージママのごとく色々とやってくれた。

===

とある朝、私が10時ごろキッチンに出て行くと、アンの夫、テッドが料理をしていた。
「君はスープを食べなさい。僕はアンにランチを作るから。アンが君を乗っけて行く時に食べやすいようにエッグ・マフィンを作ってる」

大きなテッドが持った1つの卵用の小さなフライパンはまるでオモチャに見えた。丁寧に丁寧に愛情をそそぎ、そのフライパンにバターをころがす姿をカウンター越しに見ている時間が大切に思えた。

「テッド、自分のぶんは?」
「僕は別なものを食べるからいいのさ」
「そうやっていつも、アンの食事をつくるの?アンだけのために?」
「そうだよ。愛する人のために作るのは、とても楽しいものさ」

=====

アンとテッドは2011年の10月に結婚した。
57歳同士の再婚だ。

卵とバターの匂いが立ちこめてくる中、テッドはこう言った。

「僕とアンは、もう30年も知ってるんだよ。君も聞いたかもしれないけれども、僕がアンにはじめてあったとき、お互い一目で恋に落ちた。だけどその時、アンは僕の親友、ジムとつきあってたのさ。僕たちは一緒に同じバーで、バーテンダーとして働いてたんだ。アンと出逢った時、彼女はすでに親友の恋人だったんだよ」

そして、テッドはあきらめるためにすぐに他に彼女を作って結婚し、二人の子供を作った。それはアンがジムに自分の気持ちを話そうかと思っていた矢先だったのだそうだ。
アンもジムと子供を作り、ふた家族は友達として仲良くしていた。

が、テッドの妻は、幼い息子二人をおいて、ガンを患い、たった30歳で帰らぬ人となった。

親友ジムはテッドを心配し、男達は一緒に飲みに、一緒にフットボールにでかけ、両方の子供達は、アンが家で面倒を見ている日々が続いたのだそうだ。

お互い、隠しきれない情熱を持っていたのをジムが気付いたのか、そのうちジムはドラッグに走り、家庭は半崩壊し、アンがこれ以上一緒に住めない、と言うと、ジムは家を出て行った。

その数週間後、テッドがアンに電話をかけた
「アン、だいじょうぶかい?」

それが全てだった。

もう、誰もとめられなかったのだそうだ。

長い長い道のり。

ドラッグをやめて戻って来ようと努力したジムは可哀想だったと思うけれども、人には役割がある。
ジムという美しい人の遺伝子を持って産まれたデイビッド。
30歳でなくなったテッドの奥さんは、二人の息子を残す必要があったと思う。

===

「ぼくたちはね、本当にお互いが大好きなんだよ」といいながら
マフィンをやいて、大事そうにワックスペーパーに包み、愛おしそうにマフィンを持ち上げ、オーブンのなかで冷めないように、暖めているテッドが私の目の前にいる。
なんて暖かい風景なんだろう?

朝のシャワーを終えて、髪をふきながら出てきたアンは、
「私たちはずっと子供達が大きくなるのを待っていたのよ。傷つけたくなかったから。そして、去年の夏、子供達に話したら、皆が喜んでくれたの。だから結婚したのよ」
といいながら、テッドにマフィンのお礼のキスをした。

私も、あの時に離婚してアメリカへ来なかったら、
こんな光景は目にしていないだろう。

肝心なトムをロサンゼルスで留守番させて、トムの姉の家にいる。
そこで、姉の30年の恋の実りを見ている。

人生って不思議だ。