ウエストハリウッド、水まみれ

キキキキキィ〜〜、 ドン!

という、すごい音がした。

犬がアセってワンと吠えた。

あら、どうしたのかしら?とノゾキ込んでいると、下の階の人も、向いのビルの人もベランダに出ていて、指差した方向を見たら、なぜか半ブロック先の交差点に、水が流れていた。
そういえば、あそこらへんには消火栓があった。
快晴の7月の空の下、消火栓からの水漏れか、と。
どうして漏れちゃったんだろう?

それにしても、キキキーーードン!の事故は?

夫を誘って、下へ降りて見に行く。
このあたりの野次馬根性は、すっかりアメリカっぽくなってしまった。

そしたら、なんと、、、

タクシーが消火栓にぶつかって、消火栓をなぎ倒したのだった。
タクシーの運転手はバツ悪そうな顔をしていた。
どうしてぶつかっちゃったかな、よそ見か、小回りしすぎたんだろうけども、、、

消火栓を閉めるすべがなく、水が勢いよく噴き出し、信号機の上まで届いていた。
ちょうどウチはファウンテン(噴水、泉)という通りにあるが、ファウンテンにファウンテンがあがっちゃったよ。

勢いよくあがる水の下、そのときはまだ車が洗われながら通っていたが、洗車機なんてモンじゃない勢いだと思う。

しばらくすると消防車やパトカーが来て、道をクローズしはじめ、ご近所が皆、カメラをもって外に出て来始めた。

水の勢いは恐ろしいほどで、坂道になっているオリーブ通りはまるで川!
しかも、車のタイヤとの間は渓流(笑)

こんだけ水流れたら、プール3〜4杯分は軽いだろう。
砂漠のロスに、水ひいてきてるのになあ、、、
貯水池が空っぽになっちゃうよ。。。

現場では、、、
暑い時期なのと、けが人がいなかったので、皆けっこうアトラクション気分になってきて、靴をぬいで、その水の坂道を渡ったり、携帯で写真を撮ったり。何人くらいがFBにアップするんだろう?え?私?
ハイ、しました。

何人かの消防隊員が水を止めようと色々努力をしたが、
結局、水がとまったのは2〜3時間後。

家に数回戻ったが、水が止まる寸前は、家の水も止まっていた。
ということは、ディナーまっさかりの時を待って、上流で止めたのだろうか。

なんともアメリカンな事故だった。

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「鏡」ガブリエル・ロス

ガブリエル・ロス(*後ろに説明アリ)は、今まであったどの師よりも得体が知れないが、あえばあうほど、腑に落ちる人。
カリスマだしスピリチャルなんだけど、キラキラとしたカリスマ性が売りでなく、とても論理的で、系統立っているにもかかわらず、子供じみてもおり、それでいて老人の叡智に溢れ、やさしいのかと思うと、あまり何にも興味がないみたいで、、、
まさにゲシュタルト(全体)。包括。
全てであり、全てでない。色即是空な人だ。それが私の印象。

「ガラスの仮面」の月影先生のようでもあり、もっと妖精のようでもあり、、、
ただひとつ言える事は「見つめられると、見透かされているよう」に思う。

ということは、「鏡」なのだろう。
単に「鏡」になれる、ってすごい事だと思う。
その人のカラーや主張がないのだ。ただ、そこにいる、という強さ。儚さ。

彼女の中に「サービス(奉仕)」はあるけれども、それは神への奉仕であり、顧客、生徒への「サービス精神」ではない(*但し、彼女は病気をしてから後しか私は知らないので、それ以前にそのようなものがあったかどうかは謎だ)と感じる。

鏡:ガブリエルの音楽のバンド名も「mirrors(鏡)」
メソッドの上級レベルの名も「mirrors」。
彼女は、「鏡」の達人なのだと思う。
だから、これは私が思うガブリエルで、他の人から見たガブリエルはきっと違うのかもしれない。

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そんなガブリエル・ロスの、ワークショップ「メディスン・ダンス」に出た。

正直に言うと、とても不思議な感覚だった。
彼女の言うコト、その場、その場では納得し、いつもの120%「いまに生きる」状態で体を動かしたが、後になって、彼女が言った事が「何も残ってない」のだ。

ワークショップが終わってからこの事を他の人に聞いてみたら
皆、同じように「あんまり覚えてないのよ」と言う。

同じくワークショップを受けに来た先生の資格をもってる人が言った言葉が、むしろストンと腑に落ちた。

「ガブリエルといるときは彼女の言っている事を覚えようとか、理解しようとかしなくても大丈夫。彼女の言おうとしてる事はエネルギーでちゃんと体の中に入ってるから。たとえば数ヶ月、数年あとになって、ふと思い出す事があるわよ」

ガブリエルは、あんまり、ありがたい事を言ってた様子もない。
あんまり、えらそうにも言わない。
あんまり、愛をふりまいてない。

愛のある人は「愛」を主張し、「愛」でキラキラ光っている。私には案外これが迷惑な時があるが、彼女は、あまり「愛」という武器もふりまわさない。

「都会的なシャーマン(Urban Shaman)」と呼ばれるガブリエルは、スピリチャルさを振り回さないばかりか、「祈りは理論なのよ」と、サラっと説明する。
その心地よさが体に残っている。

役者がオーラをオン、オフするように、人の前に出る人は、その時にオンにする人が多いと思っていたが、ガブリエルは、どこでも同じ、素のままだった。

===

1週間のワークショップで、一つだけ印象に残った言葉があった。

「ファイブリズムの先生になると言うコトは、ちょっとクールなメソッドをたくさん覚える事じゃあないのよ。そんなものはたとえ1年ワークショップをおいかけたって、氷山の上の小さなカケラにも及ばない。先生になると言うコトは、クールなメソッドをいくつ知ってて、どのように使えるか、ではなく、”素の自分:ハダカの魂の自分を、生徒の前にさらけ出せるようになる事を学ぶ” 学びのスタート地点だと思う」

あ、これなのか。。。
だから、ガブリエルは、あんなにも自由で、自分の全てを受け入れる覚悟があり、勇敢なまでに 彼女の「まんま」でいるんだ。。。

この言葉を聞いた時、涙がとまらなくなった。
私はいつも自意識が邪魔をするから。。。

そして、こうとも付け加えた。(先輩の先生が言った通り、後で思い出した)

「私はね、本当は人の話(特に悩み)など、聞きたくないの。100人がそれぞれに話を持って来るでしょう?シチュエーションが違うだけで、皆、同じなの。頭の中はおしゃべりだらけ。モンキーマインド(サル的思考)、フューチャーマインド(未来を憂う思考)って私は呼んでるわ。自分の『特別な』事情説明と、『特別な』言い訳と、今後の心配ばかり。正直いってクタクタになるの。だけど、本当は皆、自分の感情をどのように取り扱ったらいいかがわからないだけなのよ。感情は皆、同じように持っている。うまくそれと共存するか。それが問題なの。だから、音楽をガンガンにかけて、ダンスさせちゃう。皆が自分の体でソレを理解できる。体は知ってるのよ(BODY KNOWS) 自分の体で自分が体感しなくちゃ、何もはじまらない」

麻痺。怠惰。
これらも感情だと言った。感情をシャットダウンした裏にある感情である、と。

ガブリエルロスの書いた本、「Maps to Ecstasy」。
ようやくもうじき読み終わる。
読めば読むほど、どのように彼女は様々な事を分析して、ここまでの形態を作った事に頭が下がる。

エサレンのロッジで、すれ違い様に
「ファイブリズムを作ってくれてありがとう」と言ったら
「いいえ、どういたしまして」と、とてもニュートラルな状態での返してくれた。

ホンモノはさりげない。さりげないフリもしない。
ホンモノは、実にそのまんまであり、「透けている」

あ、理解なんてしなくていいんだな。
ただ、感じてればいいんだな。
そう、素直に思えた。

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ガブリエル・ロス
思想家であり、ミュージシャン。ゲシュタルト心理学をベースとしたゲシュタルト療法とシャーマニズムと演劇法を使った、ダンス(動く瞑想)による自己認識、自己統合、ムーブメントのメソッド、「ファイブリズム」を1960年代に作った人である。(フリッツパールも応援していた)
ややこしいので要約すると、ダンスセラピー。アメリカでの心理療法や、演劇の世界では、とある時期、あっと言う間に広まったらしい。

この中の一部を、私は数十年前の、大学の演劇科でやった事がある。
きっと、だれかが西洋からのメソッドとして学んできて、日本の演劇界にも広まったのだろうと思う。

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私見につき、この文章の転載はされないほうがいいと思います。

ほたる

「なあ、ほたる、見に行かへんか?ごっつぅ奇麗なとこ、みつけたんや」
数年前、父と母から嬉しそうな電話での報告に、いつか見てみたいと思い、去年はじめて、それが叶った。
その 去年のほたる以来、日本の梅雨を待ち遠しいと思った。

「秘密の場所やで。あんまり地元の人もいかへんみたい。地元の人が、ここすごい、言うとこも行ってみたけど、私らがみつけたほうがスゴイんやわ〜」

父と母はいつも一緒にどこかへ出かける。
それは必ずしもテーマパークや温泉という、テレビや雑誌で見かけるような商業ベースではなく、ほんの小さな、秘密の夕陽スポットとか、ただ、夜中に波打ち際を歩くとか、写り込みの綺麗な水場とかである。

ほたるの場所も、なんとなく聞きつけて、後は二人で車でこのへんかな?、このへんかな?と見つけた結果らしい。
英語で言うと「R&D (リサーチ&デベロップメント)」だが、
色気がないので、やっぱり探索という事にしておこう。

 ☆ ☆ ☆

その昔、私が海外旅行に行った時は、パスポートのスタンプをもらうと嬉しかった。いっぱいスタンプのあるパスポートを誇らしく思い、おみやげを買う時間に自分の時間をほとんど全て当て、今考えると何をしに行ったんだろう?と不思議に思う。
あれは旅行ではなく「目標の達成」または「過密なスケジュールの消化」であった。
楽しんだのかと言うと、それはそれで、まあ多分楽しかったと思うが、地球の歩き方の跡をなぞっただけとも言える。
そこでゆっくりと自分の時間を持つ事をしたかと言うと、そんな時間を持つくらいなら、もっと違う国々を回り、パスポートにたくさんのハンコをもらいたい、くらいに思っていた。

世のアクティビティは商業ベースで「見なくちゃ話題に遅れる」ために行くものも多くあるし、上記の過去の私のようにスタンプをもらったり、おみやげをわたして「経験を披露する見栄」で行く場合もある。

が、この父と母の「ほたる」なり、「夕陽」なりは、まったく異質のアクティビティで、
消費ではなく、目標の達成でもない。
いや、実際アクティビティというよりは、クリエイティビティだと思う。

 ☆ ☆ ☆

うわ!ごっついいっぱい ほたるおるで!
はよ、車のヘッドライト、消して。

なあ、こっち、ものすごいええ匂いするで!
なんやろな?
きっと、こっちのみ〜ずは あ〜まいぞ、なんやろな。

あ!お父さんの頭の中、ほたる入って、あたま、光っとる〜!
ハゲとったら、写り込んで、倍、光ったのに、残念やなあ、毛ぇ あって。
あははは!!

こんなとこで、寝袋で一晩すごしたいわ。ほたる見ながら。
ええなあ。蚊にさされるかも、やで。
あんたら、女は強いなあ、ワシはええわ。こわいもん。

 ☆ ☆ ☆

こういう過ごし方が、とても好きである。
平和な平和な時間。

ほたるは、まるで雪が舞うように、
ひらり、ひらりと、
はらり、はらりと、

蒼い光りを発しながら 谷あいの川岸を ゆうらゆうら、と飛ぶ
幾千ものほたる。

英語ではファイヤーフライ(火の蠅)、と言う。
幽玄の炎。

この世とあの世の境い目に来たかと見まごう
一山全体、一谷全体、完全トリップの世界。

手をのばしたら 手でつかめる。
ほたるの世界に、特別に 人間数匹、入れてもらった感覚。
大自然のファンタジーの一部となる。

誰に見られるわけでもなく、誰にも知られず、
そっと生まれ、そっと死んで行く
そんな動物もいる。
むしろ、そんな動物のほうが地球上には多いのだろう。

人間だけが、自分の生きる意味を求め、
あくせくとするのかもしれない。

ほたるは 
「ただ 生まれ」 「ただ 光り」 「ただ 舞い」
そして、この山の一部になってゆく。

ある意味、ほたるに 憧れる。

タマゴ

Lさんには子供(双子)がいる。その双子とエサレンであった。
可愛い9歳の女の子と男の子。

「可愛いね。あなたの子供なの?」
「この美しい人たちは、私の世の中で一番大切な友人よ。ねー?」
そう覗き込んで言われた娘は、嬉しそうにLさんに抱きついた。
可愛らしい表現の仕方があるんだな、と思っていた。

☆ ☆ ☆

そんなLさんと、LAに戻って来てから、一緒にランチをする機会があった。
エサレンで親子ともども話をしているので、そのあたりから話がはじまった。
「Aちゃんは、元気なの?」
「元気よ〜。ありがとう。あなたは子供はいるの?」

私はいない。主人には1人子供がいるけれど、東海岸だし、滅多に会わないし、私は自分で産もうと思った時には、もう出来なかったんだ、と告げると

「私ね、今57なの。で、子供が9歳でしょ?48の時に、他の女性のタマゴをもらって、このお腹の中で育てて産んだのよ」

あ、そういう手があったのか、、、
話には聞いた事があったが、そうやって産んだ人から初めて話を聞いた。

質問がいきなり湧いて来たので思い切って聞いてみた。
「失礼かもしれないけれど聞いていい? 人からタマゴをもらって双子が出来た、と言うけど、それは、卵を入れる段階で何人産めるか、チョイスがあったの?」
悪意のないストレートな質問は、案外受け入れてもらえると信じて、質問してみた。

「そうね、いくつ受胎出来るかはわからなかったけれど、とりあえず3つ入れたの」
「で、二つが受精したって事?」
「そうよ。すごいでしょ?私はラッキーだったわ」

ご主人はいるの?と聞いたら、いないと言う。一人よ、と。

で、彼女はアウディのバンに乗って、しょっちゅう旅をして、双子をシュタイナーの学校へ入れている。
「すごいのよ。日本語のセンセイがいるの。そして、樹を削ってチョップスティック(お箸)を作る、マスター・ヨウ(陽先生)もいるわ。最高の学校よ」

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私がゆっくりランチを食べていると
「あら、あなたを見習って少しゆっくり食べればよかったわ。私ね、早食いなの。なぜなら、子供が二人いるでしょ?毎日が戦争なのよ」

正直、アメリカへ来て、こんな早食いの人を初めてみたので、その事を告げて、一緒になって笑った。

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多分、タマゴのドナーとはおつきあいがないのだと思う。
精子のドナーともおつきあいがないと思う。
まったく自分のものではないタマゴと精子を、自分のお腹の中で育てる。

そして、美しい二人の、DNA的には他人の子供が、自分のお腹から出て来る。

「この美しい人たちは、私の世の中で一番大切な友人よ」

女性というものは、捧げるものである。
自分のお腹を捧げ、自分の時間を捧げ、自分のお金を捧げ、子供を育てている。

誰の子だとか、そういうものはブッ飛んで、ただ、すごいなあーと思った。