交通違反 in LA 裁判所で見直し

今日、交通違反の裁判所へいって、再審査してもらった。
審査してもらいたい人、70人が入るグループ公開ジャッジ。
おもしろーーーい。まるでライブを見ているようだった。

結果、
562ドルが182ドルに下がった!!

すごーーーーい!
どうやってこうなったか?
これは、本当に感謝、こころから感謝。
判事さんに感謝。自分に感謝。

そして、自分のまんまで嘘をつかずにいさせてくれた、私の鎧や足かせをとるきっかけになってくれたファイブリズムに感謝。

これをニューエイジ的に見たのを、メルマガにかいてみました。

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右脳と左脳がバランスよくありたいニューエイジ☆

世界中で女性が立ち上がるOne Billion Rising

10億人で立ち上がろう、女性のためのムーブメント

世の中からレイプはなかなか消えない。
昨今、インドでもバスで何人にもレイプされ、殺され、放り出されたりとか、中近東では政府が黙認するなど、さまざまなニュースがある。

スピ的に「私の見える世界が私の選んだ世界」と見ない事も可能だが、立ち上がるというのも一つのポジティブな選択である。身体をもらってこの地球に来たので、こういう選択はしっくり来る。

One Billion Rising は今年のバレンタインで15周年らしいが、元々、レイプや家庭内暴力に立ち上がるための、女性の運動であったと言う(と今日ラジオで聞いた)。
かつて性的な事で悩んだ女性が舞台でそれを一人語りする「バジャイナ・モノローグ」(女性器は語る)という、アメリカのムーブメントとも関連している。

ラビ・シャンカールの娘でノーラジョーンズの異母姉妹、アヌシュカー・シャンタールも賛同者の1人として運動しており、同じラジオで彼女のコメントを聞いた。

「私は両親の信頼している使用人から性的なハラスメントを受けた事があります。世の中の、実に3人に1人は、痴漢や強姦、セクシャルハラスメントの危機に遭遇した事があります。これはおかしい。世の中を変えて行くためにも、私達は大きく声を上げて立ち上がる事。そのためにダンスを選んでいます。ダンスは最も早く癒せる物理的、精神的なヒーリングだからです」

おおお〜〜、だからダンス〜〜!

私の通っている5Rのクラスでも、そのためのファンドレイジングを今日やる。
サンタモニカでも、ベニスビーチでも、ニューポートビーチでも、フラッシュモブ(いきなり街で団体で踊り出すアレです)がある。

10億人の女性が、踊りを通じて、世界中つながっている、と思えるエネルギー空間を作り出す。このために、今日は皆、踊る。160カ国以上でこのムーブメントがあるんだそうな。

黒と赤のツートンカラーで来て下さい、との先生からのお達しがあったので、私も黒と赤を来て、今日2回目のダンスに今から行って来る。

追記:
サンタモニカのスタジオでは、赤と黒を着た人がいっぱい。
そしてスタジオへ行くまでに、私の赤と黒の洋服を見た車が数台、窓をあけて「I LOVE YOU!!!」と叫んでくれた。
すごいーー。多くの人がこのムーブメントを知り、立ち上がろうとしてるんだなと実感。しかも闘うのではなく、ダンスという方法で。

母と私の関係

母とスカイプをして、色んな話をする。このテクノロジーには大大感謝だ。

今回、ワークショップから帰って来てスカイプした。
「訓練はすんだんか?実際どんな事してるんや?」と聞くので、
「自分の嫌なとことか、ここがひっかかる、いうところを皆の前でさらけ出す訓練」
というと、
「面白そうやな。何やな、それは?」と言うので

「うん。自分が言いたい事も言わんとビビってばっかりおったら身体固まるやん?ストレスって身体にたまると、それが病気になったりするやん。自分がなんでここでひっかかるか、ちゃんと自分の弱さとかアホらしさを認めて行きながら、それを解放していくダンスのセラピー」
だと説明した。

「なんやらわからんけど、あんたによう合うとると思うわ。よう3年も4年も踊りっぱなしで続いとるんやさかい、よっぽどええんやろな」と母。

===

私は小さい時から母にちゃんと反抗させてもらって育って来た。母もそれを受け止めてくれて、互いが互いとぶつかりあって、私は「母の人生」を歩まなかった。母の思った人生を歩まないために、一生懸命反抗した。力一杯反抗をし、母も力一杯私を受け止め、そして、とある時、スっと離してくれる。

まさに
「強く祈ってあとは流れにまかせる」とか
「激しく願ってサレンダー」とか、
いわゆるスピ系の人が言うようなやりかた、はたまた、体育会系な言い方では
「すごく努力や練習して本番では神に任せる」という事を

” 脳ではなく、実践で ” 
やらせてもらってきたことを再認識した。

ははん、私の強さはここにあったんだな。

思えば私は「自分の人生」しか歩んでこなかった。
これはありがたい事だし、強い事だ。
何があっても、私は自分のしたいように、してきた。

そのために、母という懐を借りて、あがいてあがいて、脱走した。本当に家出を何度もした。その度に50ccのバイクで母は追い掛けてきた。真剣勝負だった。きっちりと健全にバトルしてきた。

その結果が今の私だ。

たとえばエサレンなんかでは、母にうまく反抗してくる事が出来ず、母の人生を歩いて来て、30半ばで自分がどうしていいかわからない、何のために生きているのかわからない、と泣く人も多く見て来た。

私の母は、私が自分の人生を歩むために練習台の障害物になってくれた。決してYesだけではなく、「No!」をもって私にその「No!」の壁を超える力をちゃんとつけさせてくれた。
ゴムが遠くへ飛ぶ為には、反発力をつけなくてはいけない事を本能が知っている人。

そんな話を、今、母と出来るって、最高に楽しい。

「いやわ、今になってそんな事言うてからに。しかし、あんたの事はよう怒ったわ〜。あんた、言うとくけど、怒るほうも疲れるんやで〜ホンマに」と。

そして、私が今後する事を話すと、母はこう言った。

「少しは世間様に奉仕で返すような事しなよ。今までいろんな人に世話になってきてるから、少しでも役にたてる事をしなよ。老人ホームでも被災地でも行って、そのダンス教えたらええがな。そうでもさせてもらわんと、あんたが貰うとる幸せの貯金減るで。ちゃんと使いなよ」と。

私は本当にこの母の娘である事を嬉しく思う。