愛しのベティさん

老人ホームで車いすのおばあちゃんたちにダンスを教え始めてからはや1年になった。
毎週金曜日の朝、10時から、ロサンゼルスにいるときは必ず行く。曲がりなりに1年続いた。飽き性で怠けモノの私が「ちっ、やだなー、やっぱり行くの〜?」と思いながら8時に起きて(遅いですよね、すみません、世の中の方)渋滞の中ダウンタウンはずれのホームまでいくと、おばあちゃんたちの笑顔に「やっぱり来てよかった」と毎回思う。だけど、行く前はいつも「ちっ、まったくなー、サボれる理由ないのかなーーー」な自分。

行ったら行ったで、いつも嬉しくなって帰ってくるのだ。
それは、それぞれのおばあちゃん達のキャラクターで、特に何人か仲良くなった人がいるわけで、といっても、個人的な話をするわけでもなく、何となく、目が合って、笑い合って、じゃあまた来週ね!とお話するだけなのだが、そう言う人たちが何人かいるわけだ。

認知症のほうのクラスには身体は元気だけども覚えられない人たちがたくさんいる。
このクラスはものすごくワガママで、ものすごくありのままで、ものすごく人間臭いので、私はとても気に入っている。

この前も「こんなにご老人をダンスで動かして大丈夫ですか?」と聞いたら
ヘルパーさんたちは
「大丈夫大丈夫、身体動かしてもらわないと、ヒマでヒマでケンカばっかりしてるから。ケンカするエネルギーをダンスで発散してもらわないとね」

ティーンエイジャーじゃないんだから、とクスっと笑った。

認知症のクラスは40〜50人いらっしゃるのだけれど、その中でいつも一番前を陣取ってかなり濃いキャラクターをしているのがベティさん、マチコさん、ふさえさん、岩(動かないのでそう呼んでいる)プラス7〜8人。

特にベティさんは96歳なのに、立ち上がって踊ろうとしたり、大変な元気なので、ヘルパーさんがいつも「ベティさん!座って!座って!」と言うのだった。

ベティさんは日本人で、日本語をしっかり聞き取れるが、答えるのは英語。
長くコチラに住んでいると、英語名を持つ方も少なくない。
多分、第二次大戦の時くらいにはコチラにいて、ものすごく頑張られた一世なんじゃないかと思う。

96歳のベティさんの身体能力は恐ろしいほどにすごく、足なんてガンガンあげるし、ジャンプするがごとく跳ねる。
北カリフォルニアでアンナハルプリン93歳のダンスのクラスを受けているが、ことディスコダンス系に関してだけいえば、アンナハルプリンよりベティさんのほうが上なんじゃないかというほどの身体能力。

オカッパの頭にサングラスをして、とにかく「昔、悪かったんです系」の目つきをしていた。

夏頃、ダンスのインストラクション中にマイクを通して「ベティさん、すごいですねえ」といったら、彼女はルームメートのマチコさんに「オーマイゴッド、シー ノウ マイネーム!」と言った。(とknowsじゃなくShe know my name! というあたりが、移民ぽくっていい)

私は「こんなダンスの上手な方、名前くらい覚えますよ」と返すと嬉しそうにちょっと笑いながら、フン、と横を向いた。あまのじゃくで、それはそれは元気なベティさんだった。

今年に入っても彼女は元気だった。私が何かすると笑い、一緒に歌を歌った。
1月の終わりのクラスでは白い服を着ていたが、なんとなく顔を合わせなかったので、どうしたのかな、今日はゴキゲンが悪いのかな、と思っていた。

2月14日。
クラスへ行くとベティさんの顔がなかった。
時々、風邪を引いた人などはうつすといけないという理由から別棟に移される事があったので、風邪でもひいたのかな、と思っていた。

クラスが終わった後に「今日はベティさん見かけませんでしたね」と言ったら
「ああ、ベティさんね、実は二週間前に亡くなったのよ。肝臓がんだったの。ものすごく我慢強いから微塵も見せなかったけれども。。。」

え。。。

こういう風にね、老人ホームへ来ているという事は、いずれそういう人に遭遇する事もわかっていた。が、ベティさんが、その一人目なの?

14日、その事を聞いた当日は大丈夫だった。
が、帰って来て一日経った今日、
私は悲しくて悲しくてやりきれなかった。

人は誰も死ぬ。そんな事はわかっているけれど、
ベティさんが亡くなるなんて。。。

アタッチしてはいけない。だれかに感情移入をしてはいけない。
そう言い聞かせながらも、
お年寄りたちは存在そのもので私にたくさんの事を教えてくれている。
96歳でガンガンに踊るベティさんは、私の未来の理想の姿だったんだよね。

私のやっているクラスでは、
自分の身体に感謝できるように、自分を許せるように、自分に許可をする瞑想なども取り入れている。お年寄りはソレが好きで、いつも私の話を聞きながら胸に手をあててうなづきながら、時に涙してくれる人もいる。

いずれ亡くなっていくであろうときに、少しでも自分を愛してくれたらいいな、と思い、「送る役割を少しさせてもらっている」と自負していたのだが、本当に私にそんな事が出来たんだろうか?ベティさんは私とあって、ほんの少しだけでも、そんな気持ちになってくれたのだろうか?

間違いなく、エネルギーが通い合った人。
人との付き合いは、覚えていようと覚えていまいと、
エネルギーの交換になる。

ベティさんのエネルギーは私は大好きで、
彼女からどれくらい元気をいただいた事か。

愛しのベティさん。
どうか、おもい存分ソチラで踊って下さい。

シェア天国

ネットを見ると、どこもかしこも、「シェアします」
シェア、シェア、シェア。
シェアする事は、まるで愛のようになっている。
もちろん、それは間違っていないだろう。
私も、そりゃオモシロイもののときは、クレジットを入れてシェアする。

素晴らしい写真たち。
RUMIのページとか、スピ系の方のFBページに特に多い。
「うわぁ〜〜 シェアしてくださってありがとうございますぅ!☆*♡。. * 」

ちょっと待てよ。。。

愛に溢れた “ような” 書き込み。
著作権にこだわる時代ではないのかもしれないが、著作権云々より以前に、
あなたの「愛」の背景に、作者への「尊敬」はどうしましたか?
あなたの愛は、ものをクリエイトする人への尊敬のない愛なんですか?

素晴らしい写真家は、その写真を撮るために休みをとる手配をし、いくらお金をかけて、何時間かけてそこへ行き、どれくらい歩いて、どれくらい待って、
その一枚の画像を創造しているんだろう?
そんな経験をして写真を撮った人と行為が素敵なんだよ。
私が逆立ちしたって撮れない写真を撮る人たち。
尊敬で身もだえる。

シェアしなくちゃ広まらないのはわかる。シェア目的でやっている事もあるから、
全てを一つには括れない事は承知。

でも、一つ私たちが気づかなくてはいけないのは、
「シェアした人は、所詮、机上で探した」だけである事。単なる1ユーザーであり、クリエーターじゃない。
私も目指したいあれらの映像はパソコンにだけ向かっているだけの人に創れるもんじゃない。

もちろん、功罪はあり、
このシェア天国のおかげでユーザーの目が超えて、アートに対するレベルの粋が上がってきていると思う。それ事態は素晴らしい事であるとは思う。

ワンネスの観点からいくと「見る側も、作る側も同じ」という意見も見た事がある。
大きなくくりで、意図する事はわかるが、もし自分がその画像だの音楽を使うなら、
間違いなくお金を払ったほうが、「何かが流れる」
払うべきものは、ちゃんと払いましょう。敬意でもお金でも。
無断使用は盗みと同じだ。

「クリエイション」=「創造」とは、神や宇宙の行為と同じ。
それに敬意を払えないセンスと愚鈍さは、ヤバいと思うんだよね。

音楽も、コピーしないで、ちゃんと買いましょう。
それがアーティストを育てるという事だ。

盗んじゃイカン。
たとえ、悪意がないにしろ、そこを考え直しましょう。
盗んじゃイカン。

ブレない生き様「KIYOKAWA」

ビバリーヒルズにお若くして店を出されている「清川 KIYOKAWA」さんのご夫妻。
ここのお料理(日本料理、お寿司、おまかせが最高)はとても美味しい。
LA Weeklyという雑誌で高く評価され、有名な人も食べにくるお店。

日本からのお客さんの質問が私では答えが出せなかったので、ちょっとアドバイスをいただけないだろうかとお願いしたところ、快くお話を聞かせてくださった。

日本からのお客さんは「甘いかもしれないんですけど」と話をはじめたが、いっさい否定せず、
「いいんじゃないですか。やれるところまでトコトンやられたらいいと思いますよ」と。
ご自分がトコトンやって来られたから出る言葉なんだなあと思う。

「チャンスというのは来たら逃がさないようにするために、しっかり準備をしておかなくてはいけません。だけど、何が一番大事かは、チャンスが来るまでは ”ただ自分のすべき事を淡々とする事”だと思うんですよね」

このあたりで、私はもはや自分への教訓を聞かせていただいているように、うん、うん、とうなづいていた。

「コチラは有名人も来ますよね?どうやって宣伝されて、セレブたちが来るようになったんですか?」的な私たち側の質問に、しばらく微笑みながら首をかしげた後、

「えっと、、、有名人というのは、追っちゃいけないんです。こちらから追うような店、有名人は別に来たくもないと思うんですね。あちらに ”探してもらえるようになる店になる” 事なんですよ。そのために、探してもらえたときにキッチリ準備できている状況、うちで言えば本当に美味しい!と舌鼓うってもらえるような美味しいものをキッチリ出せる力を培っておく、そのために自分のすべきことをしっかりやる。僕は、それだけですかねえ」

”淡々と、情熱を持って” という言葉が頭に浮かんだ。

そして、清川さんはこう言った。

「一つ質問させて下さいね。なぜそれをしたいんですか? 私がこの仕事をしているのは、もちろんこれが生活の糧になるわけですが、お金のためだけじゃなく、なんというか、食べに来て下さる方を幸せにしたいからで、食事を通して人を幸せにする事が自分の幸せだからです。人が幸せにならないとダメなんです。うちは家内も同じです」

この話、60、70の人生を達観したオヤジが言っているのではない。
清川さんご夫妻は私より10も年下の、お子さんも小さい若いカップルなのだ。
しかもご主人の見た目も超ファンキーだし、奥さんはオシャレで奇麗だし。
なのに、お坊さんみたいな説法(笑)というか落ち着きと真実。エラすぎる。。。

私は、話を聞いている最中、なんだか感動してしまって、涙がぽろぽろこぼれた。
奥さんとの二人三脚。お二人して、人の幸せのために一肌も二肌も脱ごう、という気合いの方。
一緒にいった日本からのお客さんも、私につられて一緒に泣いていた。

「人を幸せにするため」「自分の出来る事(すべき事)を最大限にする」
これだ、ここがブレてないから、この人のお料理は美味しいんだ。

「お料理」を他の職業に変えてみても、全部一緒だ。

私が今後やる事になるであろう「ファイブリズムのクラス」も、
全て「何のためにやるか?」

それが人を幸せにしない意図ならば、誰もやらないだろう。
私が「いかにうまく教えられるか」にフォーカスしたら、誰も習わないだろう。
私が「習った知識をひけらかして自分の偉さを誇示したら」誰も来ないだろう。

いかに、やる意味がブレないか、そこが大事だと思う。

その後は、とても美味しいおまかせを頂き、その味の絶妙さと、ガッツリ心をつかまれる細かい心遣いと演出とに、(お酒も飲んでいないのに)心から酔った。

KIYOKAWA restaurant
265 S Robertson Blvd, Beverly Hills, California 90211-2892
(310) 358-1900
月〜土、ランチならびにディナー  日曜休み

関係記事
男の手

IMG_5481

IMG_5482

IMG_5483

IMG_5484

IMG_5485

IMG_5490