写真を撮られるという事

写真を撮られるという事は、ハートオープニングな発見だ。

ここのところ、ヘッドショットを続けて撮らせていただいている。

私があまりビジネスマインドではないので、モデルリリースもとらず、写真をウエブにのっけさせていただく事もあまりしてないのだが、私の写真をたくさんの人がFacebookなどのプロフィールに使ってくれていたり、オーディションに使って下さったりしている。

人の顔の美しい部分を発見するのが好きで、それらが一番その人らしくキラっと輝くアングルと心の持ちようがそろった時に、カメラのファインダーの中がキラっと光る。
これが出ると、その人は美しく写る。

サクラメントへワークショップにいったときも、カメラと機材を全部持って行き、友人であり、顔ヨガの師匠、高津文美子ちゃん宅のリビングをスタジオにし、文美子ちゃんのお仕事用のショットを含め、ダンスの友人も含め、6人も撮らせていただいた。いったいドッチがメインだかわからないような感じだけども、そのスタイルが最近は気に入っている。

文美子ちゃんの友人のヒーラーさんたちを撮らせていただいた時、
「うわっ、楽しい!これは病み付きになる!」とおっしゃっていた。
「ヘッドショット撮るのなんて、本当にイヤだと思っていたのに、こんなに楽にしてくれてありがとう!」と言っても下さった。

5歳の男の子はぜんぜんじっとしていなかった。
5歳の女の子は、撮られ方を知っていて、とても面白かった。

人は、撮られているシリから奇麗になる。

人は、見られなければ生きて行けない。
だから、私は自分が撮る時間は、完全にその人に自分の人生を捧げる。
その人の中に一番美しいその人を見る。
それが自分の役目なんじゃないか、と思う最近。

===

先ほど、一週間前にヘッドショットを撮った、サンタモニカカレッジに通う、役者志望の子からメールがあった。
彼女が選んだ写真に名前を入れ、印刷できるようにして送ったら丁寧なお返事をもらった。

「写真選考が通るように、念を入れておきました。リラックスしてあなたの一番いいところがいっぱい出ますように」と返事をしたら
「優しさに泣きそうです」というお返事をもらって、私のほうがもらい泣きしそうになった。

物事は波動だから。
そういう波動が入っている事がとても大事。

私が撮った人は、皆幸せになって欲しい。
皆、夢を叶えて欲しい。

心から そう、思います。

あなたたちは、可能性そのもの。

可能性に羽をつけて、羽ばたいて下さい☆

私も一緒に 羽ばたきます!

広告

憧れと欲望 言葉の意味の違い

ボニーは文章を書く人である。

ボニーが詩を書いて、オウティが絵を描いたオラクルカード第二弾は順調な売れ行きを続けている。ファンが多いオウティの絵に載せたそれらの詩はとてもステキで、クスっと心に響く。

そのボニーが「ねえ、憧れと欲望の違いは何?」と聞いた。

ハレクリシナのインド料理のバフェでランチを食べながら、スティーブやフロー、メーガンは、それに対して様々な答えを言い合い、憧れVS欲望会議が開かれていた。

英語で言うと、「Longing(憧れ)と Desire(欲望)」の違いである。

が、日本語にすると、この違いなんてとても明白で、私にとったら違ってアタリマエだけど、英語では基本同じでニュアンスが違う、という見解らしかった。Longingのほうには、Longというだけあって、もう少し時間がかかる、とか、そんな事を彼らは言っていた。

ひとしきりアメリカ人同士が論じた後、

「マサヨはどう思う?」と聞かれた。

私は、、、

日本語ではその違いはとても明確であり、
欲望は3Dだけど、憧れは4Dだ、と答えた。

欲望とは現実的で(3D)現世界で、努力すれば手の届く場所の範囲にある事。
4Dである憧れは、もっと空想的で、夢にも似た少し手の届かない場所にあるもの。

5リズムに例えて言うならば、欲望はスタッカートで憧れはリリカル。

===

アメリカ人達は止まった。

(多分彼らはいつも何も言わずにへらへらしている私をアホと思っていたので、その驚きもあったのかもしれない)

そしてその後、

「え?そんな風に考えてみた事なかった。でも、本当にそうだわ!なんて面白い事を言うのかしら!すごい発見だわ!」

と。。。

いや、、、多分、言葉の違いなのだと思うけど、

家へ帰ってこの事を主人に話してみたら、アメリカ人の夫は「ほう!うまい事言ったね!そうだね!Longing, Longって言うくらいだから時間が長いんだなあ」と。

へえ、やっぱりソコなんだー、これはもしかして日本語に最初に訳した日本人がスゴいセンスよかったんだなあ、と逆に勉強になったりして。

===

このように、英語だと曖昧な境界の言葉で、日本語だとバッキリ別れるようなものがあり、多分、その逆もあるのだと思う。この言葉の違いは、日本人に聞けば、ほとんどの人が「憧れと欲望はぜんぜん違うよ。夢と必要性ほど違うよね」って言うと思う。

が、彼らには、私たちが考えている以上に微妙なニュアンスの違いっぽかった。

アメリカへ来て16年、今更ながら言葉って、感覚と文化の違いからも来てるんだろうなあ、と思った。

満月で財布を振る

今日は満月!LAでは2/3 午後9時すぎごろ、ニューヨークで2/3 午後6時すぎ、 日本では2/4 厳密には朝の8時すぎ。
さあ、みんなで財布を振りましょう!!!

昨日のクラスでも、一足早く財布を振って踊りました。けっこう真剣に(笑)

通常は5リズムのクラスには財布を振るという事などないのですが(そんな事をした先生は過去にいないと思う)、5リズムの練習の中にある「リチュアル(儀式)」を利用し、その時にこの財布振りを入れ、かなり真剣に振りました。

いつものようにオルター(祭壇)をつくり、そこにクラスが始まる前に空っぽにしたお財布をしばらく奉ってもらい、カオスでいらないものを振りほどいた後のリリカルでの踊りです。最後は、それに命を吹き込むべく、うやうやしくオルターにお財布をまた持って行く。

話は変わって
とある脳科学の先生の本などにハマっているのですが、
現実的、科学的な事を知ればしるほど、スピリチャルとか祈りとか宗教とか、こそばゆい言葉なんですが
そういうこそばゆい事はかなり脳科学の論理にあっているのだと言う事も再発見したり。

実際にプラシーボは利用すればいい。プラシーボによって脳に新しいニューロンの回路を作るのが、引き寄せの法則の原因なのだそうです。

だから、「ありがとう 愛 感謝」の連発は、そういう意味ではニューロンの回路開発に役立っているわけですが、大事なのはホンキの臨場感。
昔、友人で「ありがたいーー、ありがたいーーー」と眉間にシワよせて言ってる人がいましたが、眉間にシワがよらなくなった頃、彼女のお店は繁盛しはじめました。

+++

数多くの収穫祭の踊り、神道、巫女さんなどの舞、拝む形式、柏手を打つ、チベットなどの五体投地、太鼓をたたく、イーグルの羽でスマッジする、手を合わせる、結婚式などの儀式、最後の晩餐の乾杯 「いただきます」の挨拶、
などなど
すべての儀式、様式、形式というものは

「自分の決心を何かに見立てて、その中に命(精神、魂)を吹き込み、それをする事で自分をリマインドし、それをすると効果がある、と知って行動する事」
つまり、意味付けし、それを信じ、カタチにしてアンカリングする。。。

ソレが共通点だと思うのです。

満月のお財布フリフリが本当であろうと、なかろうと、
自分が「本当として取り扱う」と決意すれば本当になる。

だから、集まって下さった皆さんと一緒に、お財布を振って、完全に一曲踊りました。
私たちはなくすものなどなにもない、ただ楽しく、そのために「自分の人生の7分を使って」意識を集中して踊ったわけです。
そこが大事。

曲はもちろん、Deva Premalの Om Tare Tuttare Ture Svaha(お財布フリフリにいいと言われているマントラ)

真剣にやればやるほど笑ってしまう。ゲラゲラ笑いながらも真剣に。

「こんないい加減でいいんですかねえ?」
「本当にお金、入ってくるんですかねえ?」
という質問にも
「ほーら入って来た!アバンダンス!アバンダンス!(収穫)それを細胞に刻み付けて、ハイ真剣に!!」

笑っちゃうけど、儀式ってまあ、こういう事が始まりなんじゃないかと妙に納得した夕べでした。

さて皆さん、今夜の満月、お財布を振ってみます?