悲しいとか切ないのもサイクル

一般的にとてもハツラツと元気に見える自分だが、悲しいとか、切ないサイクルが時々やってくる。
今がそうで、これに入ると、かなりしつこく抜け出せない。
とはいえ、いい加減大人になっているので、それで日常生活や他人との関係に支障をきたすような事はないが、それでも悲しいモノは悲しいし、切ないモノは切ない。

たとえば家の散らかり具合。
元気な時はこれに対して怒りのエネルギーが出てくるのだけど、
悲しい時は、なんでこんな汚いところに住んでいるんだろう、、、と泣きたくなる(笑)
実は今がそうで、旅から帰って来て疲れてるのに(自分が遊びで旅してたくせに文句は一人前に言う)家が汚く、泣きたくなる。
また、旅が楽しかったため、自然が圧倒的だったため、人為的、作為的な消費や汚れにうなだれる事もしかり。

悲しい別れなど、圧倒的な物があったりするときは別かもしれないが、
一般的な怒りも悲しみも全てはエネルギーであり、
本当は何も悲しい事がなくても、怒る事がなくても、悲しめたり、怒れたりするのだ。
まわりのものは全て心象風景。

こういう時、何もする気が起こらないが、
じっとして、じっとして、じっとして悲しみつくすと、
嫌でも次にシフトする。

さあ、立ち上がろうと思うまで、悲しみと向かい合えばいいのだ。
まさに5リズムの哲学。
ごまかしたら「しびれ」になる。

ものごとは絶えず変化する。
ものごとはシフトする。
明日は踊る。(今日はウニ食べる)
そして、自分のなんとなく切なさと向かいあおう。

踊りながら、動きながらその感情と向かい合うのは
とてもとてもてっとり早く心の掃除が出来るだけでなく、
おまけとして繋がって、
メッセージまでもらえちゃったりする。

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