魂に性別も境界もない

なんだかここのところ、性別、ゲイネタが多いが、
まあ、住んでいるところがウエストハリウッド。
土地柄ってコトで。

最初はこの街を通る時は興味本位で見ていた。
ところがこの街の中に入ってしまうと、とてつもなく優しく、
魂の故郷のような感じがする夫と私なのであった。

とにかく、夫と私は、過去世では、フランスで一緒に住んでいたホモな画家ペアだったらしいので、私の方が男気が強く、トムの方が少女チックだったりする。

男らしい、女らしいって何よ?っつー話じゃない?
例えば、ネイルだって、私は特別興味があるわけでもないし、
エステだって特別興味があるわけではない。
だけど、興味がある人は性別関わらず興味があるのよね?

ウーバーの運転手のジェフは、4人の子持ちだが
キレイでいたいから、フェイシャルに通ってるんだそうだ。

私の友達のMっちやボビーは、性別としては男性だけれども、
しっかり足のネイルをしているし、
そういう「女らしい、男らしい」というのは、
世間が決めた基準に則ってるだけで、
本来は完全に個人の趣味だと思うわけ。

そもそも、、、(私の考えです)

魂というのは、綿菓子のような、雲のようなもので、
それらを切り分けて 私たちの「カラダ」という小さな器の中に入れられている。
それでもって、そのカラダを使って、三次元での体験をしているのだ。
体を使ってしか体験出来えないことをこの地球で学んでいる。

だけど、魂本体としてみたら分離感が強く「元の場所に帰りたい」

私も小さい頃、あの星へ帰りたいといつも夜空を見上げていた。

面白いことに、私の周りは多くの人が同じように感じている。
実際には実行しないけれども軽い自殺願望だとか
「いつになったら死ねるのかな。それまで頑張るしかないんだな」的なことを考えたことがある人が圧倒的に多い。

だけど、分離されて、このカラダの中、この皮膚の中へ入れられちゃった。
だから寂しくなったり、一人だと感じたりする。

だけども、恋をしたり、友達同士でも共通の体験を一緒にしたりすると魂が互いに触れ合うわけで、二つの魂がひとつに溶けあうわけ。
その瞬間、分離感は消え、融合感が増し、とてつもない「シアワセ」を感じるわけ。

人間の最も大きな悩みは「分離感」であると思う。
これが皆一つなんだ、と「体感すれば」、
すなわち「体が理解すれば」あまり寂しいことはなくなるんだ。

「女」「男」という役割や
「大人」「子供」、「先生」「生徒」をはじめとし、
いろんな役割を演じつつ、本来の自分探しをし、
結局のところ、どんな職業、どんな役割であれ、
今を一生懸命生きることしかないんだ、という結論に達したりするんだと思うの。

もともと、魂そのものには役割や性別なんてない。
カラダという役割が「これに向いている」キャラクターを作っているだけ。

大きな体の男性は小さな体の女性よりも「重いものを運ぶのがうまい」
というキャラクターなだけで、
決して大きな体の男性が小さな体の女性より「強い」ワケじゃない。

極端な話、通常の男女の場合、
チンチンがついてるから突っ込む側に回るだけで、
ソレだって本当はどうだっていい話なのだ。

5リズムのカオスで限界を超えて踊れた時、そのあとのリリカルやスティルネスでは完全に魂がカラダという枠から離れ、魂が自由になる。
そんな時は至福であり、みんなの魂が、カラダ、皮膚という境界を飛び出し、スタジオの中で融合しているように感じる。
すなわち、元いた世界(かなりアヤシイですね 笑)に近い状態になり、
この男性も、この女性も、みんなみんな、とても愛おしくなり、
ああ、これがワンネスってヤツなのか、って思う。

その魂には、性別なんて全くない。

そんな話が話題となる昨今の私の周りなのでした。

そんな私の日常って、すごいシアワセ。

ペイフォワード ウエストハリウッド編

ペイフォワード セドナ編から続く

セドナから帰ってきて、ケイトのクラスに出て、頭の中が真っ白になるほど踊る瞑想「5リズム」をした。ケイトのクラスに出てる人とはすぐに仲良くなる。自分の弱さ、強さ、醜さなど、全てさらけ出して踊る=非言語下での付き合いが本音だからだ。つまらないトピックで自分を装う必要もない。

そんなこんなで、時々仲良くなった人たちと一緒にお茶を飲んだり食事をしたりする。
今回も帰りにアービーズ(ウエストハリウッド)へ寄った。

ここは全米屈指のゲイタウン。このあたりで困るのが駐車場だ。

自分のコインをありったけ入れたが、40分ほどしか停められない。自分のカードは、旅行の流れで別のバッグに入れたまま家に置いてきて、紙幣しか持ち合わせていなかった。
時間が切れて赤ランプがつくと、速攻で切符切られる。えらい高いランチについちゃうワケだ。

「コインはないけど、私のクレジットカード使えば? これで入れておいで。でも、10時間分はダメよ」とソニア。

私は借りたカードを使って、さらに追加30分だけ入れて帰ってきた。

ソニアにカードを返しながら

「ありがとう。私の分は30分ぶんだけ借りたわ。でも、そこらへんに止まってる車のぶん、全部で20台、全部ペイフォワードしといたから。この先、いいことあるわよ〜〜」

と言ったら、ソニアがのけぞりながら

「マジで?」と爆笑。

「嘘よ。私のだけよ」

「ははは、でも、20台ぶん、40ドルくらいのペイフォワードだったら、実は安いもんだよね」

と屈託なくソニアは笑った。

===

実は、

大好きなお友達のかおりさんが、コーヒーなどを買うときに、ほんの5分停めるだけでも2ドル分のカードを差し込む。(本当は10セント:10円くらいで済むと思う)

「25セント玉入れたら済んだのに、もったいなかったわね」

と言ったら、ニコニコ笑いながら

「いやー、私が出た後、次の人がコイン入ってたらハッピーになるじゃないですか?2ドルで誰かが1日ハッピーになってくれるなら、安いもんだと思いません?」

と言ったのが脳裏に焼き付いているのだ。

それはとても素敵だなあ、と思った。

そういえば、時間が切れて赤ランプが点滅してるところに、25セント玉を入れてあげたことも何度かある。本当、お互い様なんだけどね、こんな風に、かおりさんがニコニコしながら言うのを聞くのは、とても心地がよかったんだ。

ほんの小さなことでできるペイフォワード。
それが日常の中に入ってるアメリカを好きだな、と思う。

ペイ・フォワード セドナ編

行ってきました。久しぶりのセドナ。
1年ちょっとぶり、かな?

相変わらずパワフルで、強烈なデトックス効果を発揮。

セドナがパワースポットというよりは
セドナはとても強いエネルギーで、スコンとチャクラが開く感じなので
良きも悪きも、自分がボッコボコに出て来やすい。

4泊だったのでいろいろ行ったが、
日中が50度近い暑さだったのと、
暑さにやられたのか、デトックスなのか、
強烈な下痢になり、まるまる半日、寝ていた。

さて

朝の4時起きでボイントンキャニオンへ行った時のこと。

不確かに探しながらボイントンへ着き、
声の変わり方、響き方の変わり方など、
さすが上の方のチャクラに対応してる場所だーー、などと
感動しつつ、歌を歌ったり、写真を撮りあいっこしたりして
楽しんでいると

白人の4人組がやってきて。。。

暑いねー、という話から始まって、
なぜかオーラフォトの話になった。
「このね、うちの妻はね、オーラフォトを撮ると、
オーラの色がバイオレットとシルバーなんだよ」

おお!なんと高貴な!的にちょっぴりジェラる。

ご主人のオーラは緑で癒し系なのだそうだ。

ご主人が言うには
「うちの妻はエンジェルのような人なんだ。
なのにまたその上に、人がいると『私がシャッター押してあげましょうか』
って、言うんだよ。
ペイフォワードで人の写真を撮ってあげてるから、
どんなハイキングをしても、倍の時間がかかるんだよ」

と笑った。

「あら!私もいつも、”撮りましょうか?”って聞くわ。
そっか、それ、ペイフォワードなんだ!」

ペイフォワード:(先払い)
先にいいことをしておくこと。めぐりめぐって自分に返ってくる。
もしくは、自分がしてもらった事を別の人、別のシチュエーションで返す。
カルマの解消にいいとされている。

その後、山のてっぺんで、朝の6時に5リズムのことで盛り上がり、
今後も人の写真を「写しましょうか?」って言おうね、と約束し
なんだか、とても心地よく、気が合う人が見つかった感じがした。

出会いはどこにでもあるもんだなあ〜〜。

写真はセドナ:

性転換をした人との愛の奏で方

訳が難しいので、(&私の英語力もアヤシイので)
どこまで伝わるかわからないですが
とにかく感動したのです。

ゲイの女性がこれを皆の前で読み、
皆がとても心を動かされたのです。

これは、ゲイだとか、レズビアンだとか、性転換した人だとかの問題ではなく
全ての、生きとし生きるものの、誰もが持っている悩みや傷と同じこと。

私による意訳です。
訳が「もっとこの方がいいよ」と思う人は、どうか、教えてくださいね。

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性転換をした人との愛の奏で方 

by ゲイブ モーゼス (意訳:by 雅代ベノア)

まずは、性別を表す単語
チン○ / マン○ 
胸 / オッパイ
などの概念をくつがえすことから始めせんか?
今までの固執したイメージを忘れ
これらを解剖してみましょう。

肋骨に手を突っ込み血の滴る心臓を取り出し
グチャグチャにして、新しい見解の爪痕をつけるのです。

使い古された感覚は一新し、新しい言葉を作りましょう。

まずは、ピタっとくる音を探す。
彼のジーンズの中に手を入れてコスる音とか、
彼の歯の裏に響くハートの音とか、
彼の体中の細胞が息づいてる音とか、
彼女の脊椎、一つづつに名前をつけ、
その「しなり」を言語にしましょう。
雨が紙コップに模様を描くように
滴る汗で筋を描き
背骨が織りなすアルファベットで歯を合わせましょう。
すると、言葉が重みを持ち、塩気を増すでしょう。

彼の肌から洋服を一枚づつ剥いで行く時
トラウマ患者の包帯を取り替えるように扱わないでください。
たとえ皮膚を縫い合わせた痛そうな針の傷跡を見つけたとしても
「手術したの?」とは聞かないでください。
彼(彼女)があなたに体を差し出した時には、
神からの体の一部は、もうすでに生贄として
手術台の祭壇に置かれているのですから、
若干調整しなおす必要はあるにせよ、
新しく形成された「風景」のアラ探しはしないでください。
盛り上がった尾根の跡形は、自然に見えるように努力しているのですから。

もし彼女が胸骨を出してきたら、
直線から曲線に彫った痛みを理解し
ブラジャーの裏の詰め物を見つけても、
優しい手で熟れた果実のように、
その新しい肉を持ち上げてあげてください。

ガンや糖尿病で胸を失った人をイメージしてください。
それで女でない、とお思いですか?
自動車事故のように、生まれた時に性器を間違えた事故なのです。
それで他より劣っていると考えますか?

あなたが彼にキスした時、
彼の親指サイズの”筋肉”が反応し
挿入したいかのように勃ち上がって来たなら、
彼の名前を心の底から呼び、
できる限り包み込んであげてください。
手で、口で、骨盤の間の巣で。。。
たとえ、摩擦しているだけかもしれなくても、
思っている以上に深く彼を感じるでしょう。

肉体は、「何者であるか」の単なる一部に過ぎないのです。
肉体は単に、ハートを入れる奇妙な形の容れ物に過ぎないのです。
実のところ、肉体には、ほとんど入りきらないのです。

私たちは、
呼吸と呼吸の間をつなぐ年輪であり、
鼓動であり、
汗であり、
内臓であり、
末端神経であり、、、

人間とは、
納得いくまで自己を探っていくようにプログラムされています。
肉体は、永遠に互いを学び続けます。
それが肉体のすべき仕事です。

肉体とは、
各々の体のパーツを入れたゴルフグラブバッグのようなもの。
互いがフィットする様々な合わせ方や、
腰や手、舌や歯の、様々な使い方、
美しい体を重ね合い、一緒に激しくクラッシュする方法を探ります。
実のところ、楽しみの半分は、探ることそのものにあります。
だけど
どのようにハートを使うかは、
忘れようたって忘れられない。
ここが大事なところです。

肉体の事は気にしないで、ハートで触れ合ってください。

大丈夫。彼らは十分に心得てますから。

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How To Make Love to a Trans Person

by Gabe Moses

Forget the images you’ve learned to attach
To words like cock and clit,
Chest and breasts.
Break those words open
Like a paramedic cracking ribs
To pump blood through a failing heart.
Push your hands inside.
Get them messy.
Scratch new definitions on the bones.

Get rid of the old words altogether.
Make up new words.
Call it a click or a ditto.
Call it the sound he makes
When you brush your hand against it through his jeans,
When you can hear his heart knocking on the back of his teeth
And every cell in his body is breathing.
Make the arch of her back a language
Name the hollows of each of her vertebrae
When they catch pools of sweat
Like rainwater in a row of paper cups
Align your teeth with this alphabet of her spine
So every word is weighted with the salt of her.

When you peel layers of clothing from his skin
Do not act as though you are changing dressings on a trauma patient
Even though it’s highly likely that you are.
Do not ask if she’s “had the surgery.”
Do not tell him that the needlepoint bruises on his thighs look like they hurt
If you are being offered a body
That has already been laid upon an altar of surgical steel
A sacrifice to whatever gods govern bodies
That come with some assembly required
Whatever you do,
Do not say that the carefully sculpted landscape
Bordered by rocky ridges of scar tissue
Looks almost natural.

If she offers you breastbone
Aching to carve soft fruit from its branches
Though there may be more tissue in the lining of her bra
Than the flesh that rises to meet itLet her ripen in your hands.
Imagine if she’d lost those swells to cancer,
Diabetes,
A car accident instead of an accident of genetics
Would you think of her as less a woman then?
Then think of her as no less one now.

If he offers you a thumb-sized sprout of muscle
Reaching toward you when you kiss him
Like it wants to go deep enough inside you
To scratch his name on the bottom of your heart
Hold it as if it can-
In your hand, in your mouth
Inside the nest of your pelvic bones.
Though his skin may hardly do more than brush yours,
You will feel him deeper than you think.

Realize that bodies are only a fraction of who we are
They’re just oddly-shaped vessels for hearts
And honestly, they can barely contain us
We strain at their seams with every breath we take
We are all pulse and sweat,
Tissue and nerve ending
We are programmed to grope and fumble until we get it right.
Bodies have been learning each other forever.
It’s what bodies do.
They are grab bags of parts
And half the fun is figuring out
All the different ways we can fit them together;
All the different uses for hipbones and hands,
Tongues and teeth;
All the ways to car-crash our bodies beautiful.
But we could never forget how to use our hearts
Even if we tried.
That’s the important part.
Don’t worry about the bodies.
They’ve got this.

今やれることは今やる その3

いい方法がある。

題してマスキングテープ大作戦。

マスキングテープを買ってきて、そこにマジック(英語ではシャーピー)で、 全てのやる事を書いて、どこかに張る。
マスキングテープははがれやすくていい。
ボールペンでも書けるしね。

「銀行へ行く 皿洗う シャケ解凍 写真レタッチ CD送る ウエブなおし デザイン変更 撮影機材チェック ダンス 払い込み 母に電話 読書P158〜170 レポート書く コーヒーのフィルター買う クラスで営業をしてみる 営業用のハガキ作る レジメ送る」など、、、

終わったところから、マスキングテープを剥がして捨てる。

やった事で派生効果があったら、また新たにマスキングテープに書く。
ノートなんかに書いて消して行くのもいいけど、どうも読み落とす。
しかも、やった感満載で、やった感だけで満足するから過去に生きちゃう。
終わったメモは捨てるのが一番いい。
そういった意味でもマスキングテープに書いて、終わったら捨てるのはラクチン。

とにかく、刹那に やれる事を全部、一個づつ、終わらせる。

===

実はコレ、別な局面でも言えると思う。
悩んでる人が、何故か私に相談に来ることが多いのだが
「もう、日本へ帰ろうかと思うんです」 と言われて、何度かすすめたことがあるのがコレ。

あなた、全部やった?
やれる事、全部やった?
やり残した事、ナイ?
それをやってから日本へ帰ったって遅くないんじゃない?
警察が来て注意されるくらい、入りたい、夢の会社の前で叫んでみた?(大げさだけど) と。

それで ぜーーーんぶやって、やる事が何もなくなって、 どこからも反応がなければ、 バケーションをとって仕切り直すとか、 それは向いてなかった事なんだ、と方向性を変えるか、 日本へかえるとか、すればいいんだと思う。
やりもせずに、あきらめるのが一番イヤだな。

何人かに、このような話をした後、夢の会社に入った人や、居残ってグリーンカードがとれちゃった人とか、いる。
言った手前、じゃ、私もその精神で行きますか、と、自分自身でもやりはじめた事。

そしたら、案外功を奏するんだよね。

やれる事、全部やる。

マスキングテープ大作戦、実施中♪

今やれることは今やる その2

1から続く

おばあちゃんが死んだ時の話を少し。。。

東京に住んでいた20代の頃、年に3回ほど実家の福井へ帰った。
おばあちゃんに会う時、全ておばあちゃんを満足させてあげちゃうと、おばあちゃんが死んじゃうような気がした。だから、また次の時にちゃんとできるように、何かを残しておいた。

「まさよちゃん、もっと話したかったけど、元気でね」
と言われた時
「次に話せるやん!」
とプイと横むきながら26歳の私は言った。

それでもおばあちゃんは微笑んでいた。

何か、やり残しをしておかないと おばあちゃんが死んじゃうような気がした。

で、おばあちゃんは死んじゃった。

死んじゃった時に、やり残さなければよかった、と思った。
悔いなく、ベストをつくす。
それはおばあちゃんの死から始まったかもしれない。

今やれることは、今やろう。
やるべきことが全部終わってしまっても、構わないから、全部やろう!

 〜〜〜

ところが、喉元過ぎれば熱さ忘れる。
やることを先送りしては落ち込み、
落ち込みきったところで
「あ!そうだった!やり残しなく、悔いなくするんだった!」
と気づく。

やり残さずにやり始めたら、一つの発見があった。

いくらできることを全部やろうとしても、
不思議なもので、これらを完全に100%終わらせられることなど、まず、ない。

なぜなら、完全に終える1割ほど前、つまり90パーセント達成したあたりで、
必ず新しい仕事が入って来るから。

これやっちゃったら、全部終わっちゃう、、、
そういう悲しさから、なんとなく6割型でやめてた過去の自分。

いやいや、物事は物理なので、
カラッポにしたら必ず、入って来るのだ。

だから私は一個づつ、片付けて行って、空っぽにする。

その3に続く

今やれることは今やる その1

私は、実は先送り体質だった。
明日やろう、、、明日こそ、明日こそ、、、

それらは先送りするたびに、より多くの「やんなきゃ!」を抱え込む事になる。
あれもしなきゃ、これもしなきゃ、が、整理されずに、なんとなく重い雲みたいになって脳の上にのしかかる。。。
その雨雲がイヤで、一個づつ終わらせようと思い始めた昨今。

昔は平行に10くらいの事が出来たマルチタスクな人間だったので、ダバーっとプロジェクトを一気に10広げて、ダダダっと片付けて行くのが好きだった。
でも今、そんな事したら、間違いなく、死ぬ。
ってか、今、ソレしたら失敗して二度手間になると思うんだよね。
結局、効率がよさそうで、かかる時間は同じ。ストレスだけが倍増。

いっぱいのプロジェクトを抱えている時って言うのは、実は「生きてる感」満載で、すごく好きだった。私ったら、こんなにやってる!こんなにたくさんの事が同時に出来ちゃう自分、ラブ!みたいな。

「問題」も同じだと思う。問題を抱えてると人生が充実してたり、問題のない人がバカに見えたり。
だけど、私はもう「問題」をかかえるのが好きじゃなくなって、片付けていきたいと思うタームに入ったんだ。
年齢もあってたくさんを一気に出来る脳がサビてきたので、仕事であれ、何であれ、一個づつやるんだ、と決めた。

その昔、夫のトムはこう言った。
「君はいつも問題解決ばかり言う。ソリューション(解決策)フォーカスの人間だ!世の中にはねえ、解決したくない人だって居るんだよ!」

そのセリフを聞いた時、時間が、世界が止まった。
え? い、いるんっすか、そういう人間。。。

いや、心理学的にはいると思うけど、それを言う人間はハジメテだったし、しかもそれが自分のオットだという事にビビった。「目からウロコ」どころか、「知らない間に脱腸」「気が付けば早期閉経」クラスの驚きだった。

〜〜〜

問題(または仕事)をかかえてる時は、これが全部終わったら達成感あるかもしれないけれど、全部なくなっちゃったら淋しいんじゃないか。また、「忙しいから」とか「OOXXだから」などという言い訳が出来なくなるから、人は問題(または仕事)を100%終わらせずに持っているのではないか?

なんて思った。

2に続く

===

ハートに嘘つかない

クラスの終わりは、クロージングサークルで締める。
全員集まって、それぞれの名前を言う時に
「嘘偽りのない、今の気持ちも一緒に言ってください」
と言った。

人は自分の気持ちにフタをし、「つつがない」事を言って和を和ませようとする傾向がある。
日常生活、仕事の上ではそれも大事だと思う。

が、自分と向き合うために踊る5リズムのクラスの場合
自分の気持ちに正直になる事が一番大切だ。

たとえ
「こんなクラスつまらない」
でも、
「ハラが立っている」
でも
「みょうに悲しい」
でも
「お前がキライだ」
でも構わない。

まず、今の自分の気持ちに気づく事。
そして、それを「マーキング」する事。
それが大事だ。

ネガティブなことを言ってはいけない、とか、そういうことはないのだ。

長い間、ウソをつく事を私たちは習ってきた。

「泣いちゃいけません」
「人に迷惑かけちゃいけません」
「人には笑顔で接して」

そうなんだけど、、、

あんまりウソの仮面ばかりかぶっていると、
本当のキモチが痺れてしまって、
わからなくなる。

痺れは立派な感情だ。

たくさん動いて踊って体が開いてくると
そんな見分けは余計に簡単にできるようになる。
本当か、嘘かなんて、言葉以上に皆わかる。
だから、私のウソも全て伝わる。
なんて怖いこと!(笑)

だから私はハラをくくって
「なんでもいいから正直に、偽りない気持ちを言って」
と言ったのだ。

その中で
「楽しかった」
といった人がいた。

ウソ。
楽しそうじゃなかったもの。

だけど、いいのだ。
いった本人が一番ソレをウソだとわかってるから。

「悲しい」

といった人もいた。

「混乱してる」

といった人もいた。

それでいい。
それがいい。

「ハートにウソをつかないで。
それがまず第一歩目。

そして、そこからどう捉えるか、
どうプロセスして、どう変わっていくか。

まず、今の正直な気持ちに気づくこと。
それがゼロ地点。

そこから、どちらへ踏み出すかは、本人次第。

だから、正直に言ってくれてありがとう。
正直じゃない人も、自分のウソに気づいてくれてありがとう」

そう言ってクラスを閉めた。

光と闇、もっと大きな視点で

愛と光だけがえらいだなんて誰が決めたのだろう?

愛や光は白で、闇は黒。

黒は全てを包括した、最も気高い色だと思う。
だが、人がつくりあげたイメージとは
「善人=白」「悪人=黒」だったりしてね、

黒に申し訳なく思ってほしいと思う。
学ランとか、黒じゃんね?
白がそんなにいいならなんで学ラン変えないの?

「光讃歌」にはいい加減、飽きている。

闇を葬ってはいけない。
闇は光を包括する大きな宇宙なのだ。

なーんて事ね、ずっと思ってたし、ずっと書いてた。

いろんなレベルがあり
いろんな視点があり、
いろんな角度がある、、、

そのレベルや視点や切り口によって、「光が素晴らしい」はとても正しいと思うし
少なくとも人殺しを推奨しているわけではないが、それは敢えて「光が作る影」なのかもしれない。

もし、
全部光だったら、メクラになるだろう。
全部光ってたら、光ってること、分からないだろう。

もうちょっと大きな視点で見てみたら、
闇は宇宙となり、
光はその中に点在する星と成る。

私は星を包括する、宇宙でありたい。

3DのCGをやった事のある人ならわかると思うが、
いわば、闇はグローバル座標の視点。
光はとてもローカル座標の視点。

光になるというのは、日常的、ローカル座標的にはとても正しい(物事に正負はないが)。
けれど、その光は、闇の中で初めて輝く。
だから、闇とは、光を存在させるための大きな器なのだ。

ガブリエル・ロス(5リズム創始者)も

「闇とは、光の子宮である」
と言った。

星も、暗い空がなくては光れない。

〜〜〜

「私に闇がない」という人もいる。

そんなヤツぁいねえ。
マザーテレサにだって闇はある。
なかったら生きている意味がない。(マザーは故人だけども)

 

暗闇のパワーは自分のパワーだ。
その中で光を輝かせたければ、まず闇を真摯に認めること。
そして、グローバルな(闇は光を包括する)視点に変えること。
宇宙的ゲシュタルトよ、これ。

「愛と光」を唱えただけでごまかせるほど、宇宙(世間と言い換えてもヨシ)は甘くないよ。
ソレを認めて初めて「弱み」は「強み」になるのだ。

私はそう思う。

これはスピリチャルでもなんでもなく、
単なる物理である。

〜〜〜

自分内の「闇」が正しく大きくなると、
それ自体が振動を始め、
それは素晴らしくエクスタティックで、
無限の宇宙そのものを感じるようになる。

そして、それは、
光が点在する、限りなく「暗く深い闇」なのだ。

その闇を、宇宙を、感じてみて。

闇の持つ、黒の持つ、

深さを

う〜んと

感じてみて。

アゴを上げる

クリスはクラスに来ている最年長の78歳のおばあちゃんである。

彼女と仲良くなってもう2〜3年になるが、彼女が時々とても鋭い事を言う。

彼女はアーティストで絵描きさんなので、人を見る目がものすごく確かなのだ。絵の、アートのモデルとして絵を見ているため、姿カタチとエモーションのつながりをアートの分野から知っている人。

以前は踊っている時に「もっと腰を動かしてごらんなさい?」と言った。

で、ふざけて大きく腰をフリフリしたら「その調子。セクシーよ。あなたには大げさだと思うそれくらいが、ちょうどあなたのキャラクターや体型にあってるわ」と笑いながら、クルクル回って去って行った。

そのクリスが、今回私に言ったこと

「アゴを上げて」

先生として前に立つようになって、自信のなさ、貫禄のなさ、それらを暗示する姿勢ではイケナイと思った。誰よりもたくさん学んでスキルは増えていくものの、そのスキルが体から溢れているのだろうか? 多分、答えはノーだった。私は姿勢が悪かった。その姿勢では自信があるように見えなかった。

コレはイケナイ。人前に出る以上、ある程度、ちゃんとしていたい。スピリチャルだから、ナチュラルだから、って放って置きっぱなしはよくない。(そう思いつつメイクはなかなかできない)

誰だって綺麗な先生の方がいいに決まってるもの。先生からは技術云々より、実はエネルギーをもらいに人はやってくるのだ。そして、多くを語るよりも、体が語ることの方が真実であり、生き見本になることでしか、人は引っ張れないのだから。

「あなたの下顎は上顎に比べると中に入り込んでいるわ。だから少しだけ、下顎を出すようにすると、ちょうど良い噛み合わせで、自然に綺麗に見える」

と、ポソっとクリスが言った。

アゴは、人相のポイントから言っても、確か、人気のツボだったと思う。

そうだー、たくさんの人に来てもらいたい、と思っているのなら、まずアゴだ!

アメリカでは多くの人が歯の矯正をする。その時に上下の噛み合わせもキチっとなおす。

アゴで見る、アゴで使う。ちょっとエラそうではあるけれど、アゴは大切なポイントじゃないか。

気づくと私は下アゴを内側に食い込ませ、肩が閉じ、結果として胸(ハート)が閉じやすい傾向にある。いわゆる「落ち込んだ」姿勢をしていた。たくさんエネルギーがあるにもかかわらず、「なんでそんなことできるの?」と言われて、それを隠す事で折り合いをつける必要があった幼少期。そのまんまにナマケモノが加わり、一番楽な姿勢へ行くと、このザマなのね。

これが私が作り上げてきた身体だ。

まずは身体からだ。ハートは後から付いてくる。

そう、クラスでは人に言ってるのにね、自分ができてなかった。

 

「アゴを上げる」

ビジュアル的に見たクリスがさりげなく言ってくれた言葉。直球ど真ん中で響いた。ありがたい。

というワケで、最近の私は、鏡を見るときには、以下の言葉を声に出して唱えている。

    • 目を上げて、
    • 口角上げて、
    • アゴ上げて、
    • 肩を開いて
    • 胸開く
  • 腰立てて、
  •  丹田据えて、
  •  ケツしめて、
  • 湧泉で立つ。

 

この場合、オゲレツでも「ケツ」です。お尻、じゃ気合入らない。

 

みなさんの姿勢は いかが?

正しいOKの使い方 2

1から続く

さて、銀行の窓口でいつもと同じように

「How are you?」と聞いたら

「Im OK」というので、

「あら、オーケーだなんて、どうしたの?」と聞いた。

するとその彼女が

「頭痛がするの。今日はお天気悪いでしょ?気圧のせいだと思うけど、耐えられない」

と言った。

 

「ホメオパシーのアルニカって知ってる?」

そこから私はホメオパシーの説明と、アルニカの説明をした。

ホメオパシーとは、波動の砂糖玉であること。Wholefoodsで買えること。ケミカルじゃないのであらゆるお薬と一緒に飲んでも大丈夫なこと。

歯を抜いた後、ドクターが「強めの痛み止めを3時間おきに飲めば大丈夫でしょう」と言ったが、ちょうどアルニカがあったので、痛くなるまでアルニカで我慢しよう、と思ったら、なんと全然痛くなく、アルニカだけで乗り切れたこと。

夫が20針縫って、麻酔が切れた頃痛くなるからと、痛み止めをもらったにもかかわらず、アルニカのんだら、痛み止めを飲みわすれた事などなど。

「あら!それスゴイわ!ありがとう!スペルは?」と彼女は喜び、帰りに買って帰ると言った。

とはいえ、その時間は午前中。

「それを買うまでが辛いわね。じゃあ、呼吸法を教えてあげるね。痛いところの色とかカタチを想像して、痛いところに人格を与えるの。その人格に大きく”白い、輝く呼吸”を入れて。そして、吐くときは、汚い色が出ると思って、それを繰り返すといいわ」

ガブリエルロスも、このようなことをやった、と5リズムのバイブルである本に書いてある。

私も、これは20歳代からずっと使ってきた。そして、昨今の5リズムでさらにその認識を深くしている。

 

銀行の窓口の彼女、必死で、呼吸をする。

何回も、何回も。

「これ、いいわ!なんか効いてる感じする!ありがとう〜!”」

窓口の中で何度も何度も「ふ〜、ふ〜〜」と言いながら「白い光」を吸っている彼女がいた。

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「How are you?」

「I m OK」

「OKってどういうことよ?どうしたの?」

から始まる会話。触れ合い。

こんな1日も悪くない。