ケイトの強さ

ケイトは私の5リズムの大好きな先生。

5リズムは、
自分を解放するダンス。
感情を解放するダンス。

生活の中のストレスとか、
キモチをダンスで表現して昇華する。

ケイトは日常でも
感情をあらわにする。
怒りをしっかり出す。
悲しみを溢れさせる。
喜びに跳ねている。

彼女の強さは、こういうこと。

以下、ケイトがよく言う言葉

===

私はね、あなたたちより少しだけ強い。
それは 私は隠さないから。

例えば、ワキの下が臭いとするでしょう?
それを隠そう、隠そうと思うと
それに意識を集中してしまう。
だけど
「肉も食ってないのに私はワキが臭いの。
 誰かいい方法とかあったら教えて」
って言ってしまえば、
もう何も隠すことはない。

例えば、私はこんな汚いことを思っている。
そんな自分が嫌だけど今は治らないの。
そう言ってしまえば、楽になる。

だけど、人はそれらを隠そう隠そうとする。

隠そうとすればするほど、
バレたときのことが怖くなり、
ますます、隠そうという鎧を被ってしまうのよ。
鎧がはがれることに人生を使ってしまうの。

私は 何も隠さない。
私はセックスだって隠さない。
今、性器をみせろって言われたら
別に見せたって構わない。
だって、皆、持ってるものでしょ?

自分を大きくも見せなければ、
小さくも見せない。

だから、あなたたちより、ほんの少し
私は強いの。

===

Love you KATE!

世の中は、隠そうとすることにチカラを入れすぎていると
私も思う。

私も、そういえば隠さないなあ〜。

隠したものを守るために時間と労力を使うって
ナンセンスだよね。

とはいえ、ちょっぴり勇気はいるのも確か。
でも、そのあとは楽になる。

線じゃなく球

私はイメージでしか言えない。

だけど、物事を球でとらえる。
線じゃない。

線は面倒臭い。
線はかっこいいけど、線は線。

物事は球なのだ。

マンダラ。
マンダラは二次元の平たい絵だが、
本当は3次元の球を切り取った部分を絵にしている。

セドナの、神聖幾何学のAya や
フラワーオブライフの著者、ドランヴァロメルキゼデク氏の
プライベートワークショップを受けた時も

二人とも当たり前のように
マンダラは3次元の「球」だと言っていたのを聞いてホっとし、
自分の感覚を信じててよかった、と思った。

と、「誰々を知っている」系をさりげなさそうに
にエラそうに語るワタシ。
こういうとこがヤよね〜。

という自分のイヤなところカミングアウトはさておき、

結局のところ、球はエネルギーを表し、
線は結果を表している。

いずれにせよ、線であれ球であれ、

本来物事には
「事実」しかない。

例えば、

事故にあった

という事実があるとする。

それは「事故にあった」
という事実があるだけであり

” 事故自体に良い悪いはない ”

ここがポイント。

線で考えると事故を「遅れた」とか「せっかく進んでたのに3歩下がった」
と悪者にする時がある。

球で考えるというのは

私の勝手な球の理論なんだけど
(そういうイメージが自分の中で染み付いてるだけなので科学的根拠は何もナイ)

イメージで言います。

透明なサッカーボールがあって
その中にまた小さい透明なサッカーボールがあって
その中も、その中もロシアのマショーリカみたいにサッカーボールがあって

そのボールを手にとってアッチを見てみると
実は透けて見える場所がいっぱいある。

そのサッカーボールの辺という辺には
透明なゴムが貼られており、
その中をトランポリンみたいに行ったり来たりする。

例えば、事故が起こったとする。

それによってポンと小さなトランポリンから跳ね返され、
サッカーボールないをピンボールみたいに色々動いて
違うところに来たら
違うところで新たな偶然があって
「あらー、事故がなかったらここであなたと会ってなかったわねえ」
というような出会いが数十キロ先のスーパーであったりするわけで。。。

って、わかんねーよなー。

こんな私の脳内説明(笑)

とりあえず、自分のためのメモということで。

春の目覚め

春の目覚めという戯曲があり、桐朋学園の演劇科の頃、一期上の先輩たちが上映したような記憶があった。

キッズミュージカルをずっと撮らせてもらってる。
今回は「Spring Awakening」だというので、
へえ、日本語に直したら「春の目覚め」じゃん!と思っていたら
「春の目覚め」だったんですよ、これが。

思春期の、親のエゴと子供の無知により起こる悲劇。
それがロックミュージカルになっていて、日本では劇団四季がやってるんだって?
知りませんでした。

とにかく、それを13歳〜17歳のキッズが演るんだが、
ヤバい、ヤバい、ヤバい。

こんなにハジケルんだ、というほどにハジケルBOYS & GIRLS
もう眩しいったらありゃしないの。
しかも、オトコを感じる、オンナを感じる!

マスターベーションあり、
ゲイあり、
家庭内暴力あり、
自殺あり、
中絶ありのストーリー

こんな舞台を、本物のティーンエイジャーが親の見に来る前でやっていいのか?

ディレクターのライザはマジで勇敢だ。

写真を撮りながら、泣いた。

キミたち、めっちゃかっこいいよ!!

私はキミたちの成長を見ながら、チームの一員としてその写真を撮らせてもらえることを
心から光栄に思い、キミたちを誇りに思います!

LOVE YOU ALL!!!!

m_IMG_9191

自分より能力のある人が現れるのは

私の前に
自分より能力のある人が現れると
まずは防衛本能が働く。

「この人が私を脅かす」
「自分の出来なさをバラして、皆にバカにされる」
「負けるもんか。戦うぞ」
と思うクセがある。

最近はそう思った途端にソレを捕まえて自分で対処する。
それは自分の子供の頃に刷り込まれたことをベースとした、
歪んだ感情とつながった思考回路。
もう そう思う必要はないんだ、
と自分のインナーチャイルドみたいなヤツに
言い聞かせる。

〜 〜 〜

大体の場合、
目の前に現れた自分より能力のある人は
ほぼ100%
私の出来など気にしておらず
脅かす気にもなっていない。
100%いい人だ。

(たとえいい人じゃない人がいたとしても
それは相手の問題で、その人に何か傷がある。
私の問題じゃない)

考えてみたら、
私だって自分より経験の浅い人が現れたら
助けてあげたいとこそ思えど
この人を叩き潰そう
などとは思わない。

だから、すごい人が現れたら
手伝って貰えばいいんだ。

裏を返すと、
能力のない上司が
能力のある部下を叩き潰そうと思うのは
この論理の裏返し。

上司に意地悪されたら、
自分が能力のある証拠だと喜べばいい。

〜 〜 〜

物事は波動。
だから
自分より能力のある人が現れてきたら
自分の変革期。
変わってきた証拠。
自分が一歩、彼らに近づいてきたから
そのステージに上がった、ってことだ。

====================
==== 今朝の音楽 ====
====================

今日は
朝にもかかわらず、

なぜか  Sam Smith STAY WITH ME
しかも日本語のコメントが
いっぱい入っているバージョン。

Have a great day!!!

 

ジャイアンと白鳥麗子

通常の私は結構オトナ。
オトナでいるほうが物事がスムーズに進み、ラクだから。

だけど、体が疲れた時は話が違う。

=== 前フリ 長いです。本題は最後の方 ===

1)
シアトルからロサンゼルスへの帰り、
朝3時起きで4時に空港に着いたが早朝なのに劇混み。

ようやくゲートに着いたら手荷物ももう入らないから預けるように言われ、
「遅く来たアンタが悪い」と言われた。

私は時間通りに来てるし混んでたのは空港内で、作業が遅いのは空港、と反論。

どっちにしたってエコノミーの最後列の席は登場が最後で
早く来てもこういうことが起こるくせに。。。
「いい席にしないアンタが悪い」って言うのかな。

2)
サンフランシスコで乗り換えがJALとの提携便で日本から機体が到着しておらず
まさかの3時間遅れ。

2回も3回もゲートが変わり、眠さもピークに達する。
最終的にゲートに並んだら

「お前、一体どこへ行くつもりなんだ?
このチケットではシカゴへ行けないんだぞ?
これでシカゴへ行くつもりなのか?あん?」

「え?あ、間違えました。じゃ、どこ?」

「あっちで聞け」

どうして空港で働く人は皆、ちょっぴりイジワル人がいるのだろう?
まあ、無理いう人が毎日数千人いたら、そりゃイジワルにもなるわな。

3)
ようやく機内に入って座っても、なかなか出発せず、
スチュワーデスさんに何時に着くか聞いた。

「いつ出発するかによるわねえ〜(うまいっ!思わず笑いが出た)
ユナイテッドのアプリ持ってる? ダウンロードして調べたら?」

って、お前の仕事ちゃうんかい!
これ、日本だったらありえないなーー。

4)
サンフランで待ってる時から、
私のストレスの元、マーガレットからテキストが連打で入る。
1つで済むものを10メッセージ入ったらイラつきも加速。

彼女がこう言ってくるのは、ほぼ100%決まって
旅の途中。なんで私が旅してんの知ってるの?っていうほど。

お願いの時しか連絡してこない彼女はやっぱりお願いをしてきたので
今は無理。私にはイッパイッパイすぎる、と返事したら
「OK」と一言。

引き際はいい。

5)
ようやく到着。
Uber(アメリカで大人気の白タク)を呼ぶ。
ピックアップの場所を「ここだ」と伝えてあるにもかかわらず
別な場所を指定してくる。
「私は伝えた場所にいる。荷物が多いから動けないから、ここへ来て」

と断固として譲らなかった。ってか移動はマジ無理。

道を指定するも、別な遠回りな道を通ってるので告げると
「山火事のラジオ聞いてたから、、、」

このあたりから、今までオトナなフリしてガマンしてきたことが
ふつふつと湧いてくる。

コイツ、使えねえ〜〜!!

6)
車の中から夫に電話して、重たい荷物を一番運ばなくていい方法を相談しようとするも
「ハニー、どうしたいんだ〜?早く会いたいよ」系のドゆる系で話にならず。

使えねえ〜〜〜〜!!!!!

===== 本題 =====

で、ハッと気付いた。

私、ジャイアンやん。

すごく自分が頑張ってる時、エネルギーが余ってる時、
そういう時に寝てなかったり疲れてたりすると
私はジャイアンになる。

ふざけんな〜〜〜!
って、全部をひっくり返したくなる。

そして、その第一歩は、
私の中の白鳥麗子がカチン、と音を立てて、
真っ暗なステージでスポットライトを浴びて立ち上がった時。

「この ワタクシに向かって?
え? この ワタクシに向かって?
このワタクシがこんなにやってるのに、ナンて無礼者!」

これが引き金である。

そこから、世の中の人はすべて「使えねえ人」となる。

そして、白鳥麗子はジャイアンに変わり、大暴れしたくなるのだ。

========

これが アタシのエゴ。

愛おしくもあり、バカバカしくもあり(笑)

これを良い方向に使うと、
ものすごいエネルギーとなる。
だから、いろんなことがこなせてきた。

エゴを排除するつもりなど一切ない。

これらのエゴを味方につけ、
上手に対処していけることが
人が成長するというコトなのだ。

Luciaの マウイでの5月のワークショップ、
Little Warrior (小さな戦士)は私で言えば、
まさに、このジャイアンと白鳥麗子を起こして認めて
それらを味方につけなさい、ということ。

自分の欠点は、最大の味方になる。

私は自分にこの二人がいなかったら、
左半身付随の体からダンスの先生になろうなんて思ってなかった。

欠点こそ、自分の最大の武器。

あ、こっちをタイトルにすればよかった。。。

ま、いいか。

=====

ルシアの来日クラス、大阪であります。

https://www.facebook.com/events/610932222407614/

この翌日は ルシアの奈良2デイワークショップです。こちらは個別カウンセリングではなく、「感情を取り扱うセラピー効果の高いダンスを使った自己解放」として、劇的な体験をする、ルシアによるグループワークです。

https://www.facebook.com/events/1170322666332088/

ステージに立つ側か、観客で見る側か

昨日の続きのような感じなんだけど

アスリートの美しさはその存在感にある。
今一瞬を生きるとか、「いまここ」とか
人は簡単に言うけれど、
アスリートのそれを見たら、
私の一瞬に生きる、のクオリティーなんぞ
可愛い(この形容詞がポイント)お嬢ちゃん芸だと思えるほど
彼らの一瞬にかけるそのクオリティーは半端じゃない。

別な何者かが突き動かしているような、
人間業とは思えない、そこには技をはるかに超えた精神があり、
そんな生き方をするために
もしかしたら人は肉体的なトレーニングをしたり、
マーシャルアーツをしたりするんだろう。

挑戦する人は、本当に美しい。
その眼に魂が入る。
その皮膚光が入る。

全米ケトルベル協会のケンにも
「君もやれよ〜」と言われ
ほんのすこし、その気になってる。

1日5回ならケトルベルあげてもいい。
それ以上は無理、と言ったら、せめて15回!と笑われた。

見てる場合じゃない。
自分がやんないと。

アスリートを
アーティストに置き換えてもいいし、
パフォーマーに変えてもいい。

とにかく、
野次を飛ばしたり批判をしたりするだけの
批評家にはなりたくはい。

やった人は、
やって失敗する人を批判しない。

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〜 〜 〜

見る側?

それとも

挑戦する側?

もちろん!

私はいくつになって挑戦する。

ケトルベルで変身

シアトルにきていて、明日の早朝に帰る。

今回はケトルベルの試合。
ヤカンの形をしたダンベルを持ち上げる競技で、そんなに知らなかったんだけど、ジムを経営する友達がその大会を開くから、ということで私を写真で呼んでくれた。

大会の前後に少しだけ個人セッションをやらせてもらった。

今回写真の個人セッションを申し込んでくれたロンダは、一昨年ファミリーフォトに参加してくれたのだが、普通のおばちゃんだった。
それが、今年は見違えるようになっていた。

ケトルベルが彼女を強くセクシーな女性に変えたのだ。

翌日、大会にまるまる6時間、フォトグラファーとして参加し、その魅力がわかった。
これもまた、瞑想であり、自分への挑戦であり、自分の限界を超えるためのスポーツなんだな、と。

大会はドラマチックで、フォトジェニックで、涙が出た。

自分の可能性に挑戦する姿は眩しく美しい。

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ビデオを撮ってみる

人のこと、ガタガタ言ってる暇あったら
ビデオ撮ってみたらいい。

私は自分のビデオを撮り始めた。
まいにち、1分でもいいから、
自分を撮って、客観的に見てみる。

身体は嘘つかないので
正直に教えてくれる。

自分の硬さ、固さ、よわさ、しなやかさ、
強さ、ふてぶてしさ、醜さ。。。

それらをみたとき

ありえん!

と思った。

だが、その
ありえん 姿を
世の中の人は見ているわけだ。

私はそのように失礼なものを
世の中に放出していたわけだ。

だからじぶんで見る。

見られる強さを持つために。

変えたければ変えたらいい。
変えられなければ受け入れるしかない。

また、なんとかしよう、と編集を勉強する人もいるかも。

いったん自分のビデオを見たら、
人のことはガタガタ言わなくなると思うよ、
ホントに。

そんな暇、マジでなくなる。

そう言うからにはアップしないと(汗)

一生懸命生きているのだから
恥じることは一つもない。

踊ってます。

masayodance.com/mov/masayo-dancing.m4v

脳のお話

シアトルに来ています。
友人のジムでケトルベルの大会があり、オフィシャルフォトグラファーとして参加してます。

昨夜は友人の子供のベッドにねかせてもらいました。
なんとキティちゃんです。

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これに寝たらかわいい夢でも見るのかしら、と思いつつ眠りについたけれども、ただフツーに夜中にトイレに一度起き、そのまま寝ました。
もしかして一ヶ月くらい続けたらカワイイ夢でも見るのかもしれない。

潜在意識にたたきこめば、私もキティちゃんになれるのかも。

ウチの夫は夜中(寝てる最中)に遠吠えをした事があり、このまま結婚生活を続けていいのかと思いつつ翌朝聞いてみたら、ああ、俺は犬の群れの一員だった、といい、すごいなと思ったことがありました。

ま、脳っていうのは本当にすごい。

友達の有香ちゃんが彼女のブログ ワシログでシェアしていたのを紹介させていただきます。
見てみて。すごいから!

助けてもらう事の必要性

泣きそうなくらい ありがとう、なんだ。

トパンガで5リズムの夏のクラスをやるにあたって
ケイト(師匠)が私に言ったこと
すごく固執して心配してくれたこと

それは、「チーム(クルー、スタッフ)がちゃんとしてるか?」
ということだった。
「クルーを持ちなさい。ちゃんと助けてもらわなくちゃダメよ!」と。

私は自分一人でもできるもん
別に誰も手伝ってくれなかったら、こういう風にする、
という代替え案は持っていた。
だから、ケイトのいうことをそんなに大切に聴いていなかった。

先週のクラスの後、
ボランティアでソニアがスピーカーを片付けてくれたけど、

その後一人で乾拭きモップとスプレーしてから雑巾掛けをし、
マットを元の場所に戻し、
お金を計算し、
そんなことをしていたら、
クラスが終わったのが夜の9時半すぎなのに、
スタジオを出たのが10時40分を回っていて
家に着いたら11時半だった。

それでなくてもエネルギーを使うのに
体力の消耗は著しく、
最後はもぬけのからのようになって
海岸沿いを運転していた。

ある意味心地いい孤独だったが、
実際、孤独だった。
先生というのは、孤独なものなのだ、と思った。

===

そこで、いつも来るメンバーのシンディに相談した。
彼女はあっという間に私のためにチームを作ってくれた。

毎回はできなくても、
この日と この日はできる、という予定を
皆に一斉に出して募ってくれた。

そして、昨日のクラスでは、
受付をナタリーが
終わってからの掃除をボビーが
クルーとして、手伝ってくれた。

終わった後、
ありがとう〜〜 のハグをして
一夜明けたさっきお礼のメールを出したら、
今、泣きそうなくらいにありがたいんだ。
いや、実際に涙が止まらない。

助けを借りるという必要。
これを学んでいる。

私は助けてもらうことがとても下手だった。
だから、助けて、なんていうのも嫌だった。

が、頭を下げて、やってもらうという事は
それでしか得られないものがある。

だって、助けがあったらもっと広がる。
労力だけの問題ではない。
その人のエネルギーが入るから。
自分だけで、なんて、限られている。

最後のハグだけでどれくらいホっとするか。

ボビーもシンディもナタリーも
「いいんだよ。自分が何か、奉仕の一環として、
 誰かのためになることをコミットしてるんだ」

って、笑いながらやってくれる。

これ、ある意味、アメリカの底力だと思った。

涙出る。。。

こんな風に思ってくれられる彼らの教育や
文化的背景そして
彼らの祖先にも感謝した。

あ!

助けを借りるということは
彼らだけでなく
彼らの祖先にも助けてもらっているということなんだ!!

多くのエネルギーが動く。。。

すごいな。。。

人を助けるだけではなく、
助けてもらうと言う必要性。
ケイトの言った意味がわかった気がした。

イマジネーションと嘘の違い

すごい発見があったの!

imagination って、想像の産物。
じゃあ、ウソじゃないの?

いえいえ、imaginationは 信じること。
それを本当にあることのように、信じて振る舞うこと。

「え〜? 信じるってことは、まだ起こってないことを信じるんだから
 実際にはウソじゃねーの?」

昔のアタシなら間違いなくそう言ってた。

ところが。。。

信じる  英語で BELIEVE
嘘    英語で  LIE

ちょっと 気づきません?

LIE (嘘)が BELIEVE(信じる)の中に入ってる!!!!!

これ、すげー発見!

朝、これに気づいた時、
飛び上がるかと思うほど驚いた。

私の解釈でいうと 
嘘を心から信じて本当にする。
嘘を嘘で終わらせない。
嘘も全て包み込んであげるようなイメージ。
それが信じるということなのか?

語源を調べても、
それに関することは出てこなかったけれども
信じる(Believe)の語源はラテン語でLoveだと書いてあった。
やっぱり全てを包み込んであげるイメージだなあ。。

信じるということは、愛を持って包み込むことなのか〜。

be LIE ve(d)

 〜 〜 〜

面白いものをついでに拾っちゃった。

There-is-lie-in-believe-over-in-lover-end-in-friend-saying-quotes

「信じる」中に「嘘」があり There is LIE in believe

「恋人」の中に「終わり」があり over in lover

「友達」の中に「終了」があり end in friend

「信頼」の中に「私たち」があり us in trust

「次」の中に「過去」があり ex in next

そして「生活」の中に「もしも」がある。 if in life

 

深いっ!!!