無防備な心を受け入れる

ブレネー・ブラウンという博士がいて
彼女の本を今読んでいる。(実際にはオーディオブックを聞いている)
彼女自身が語っているのだが、彼女は話が面白くて有名なので、
聞いていても、超おもしろい。

先週のケイトの5リズムのクラスの最後のシェアリングで
「私はわけもなく悲しい。私は自分がクソに思える」と言った。
それは11月にエサレンから帰ってきての、空っぽになった感が依然続いている。

私も先生なのに、そんな事を言うので、皆が凍った。

ケイトは
「あなたは絶対に嘘をつかない。とても勇敢で、無防備」

無防備さ:Vulnerability(ボーナビリティって聞こえる)
傷ついてもさらけ出す心、裸のこころ、もろさ、弱さ、を含んだような感じかなぁ。
日本語にはないんだけど、5リズムとかではしょっちゅう使うので、なんと訳せばいいか、時々困る。
Vulberableであれ。Vulberableであり、それを出せることは一番強い、と、5リズム創始者、ガブリエルも絶えず言っていた。

「あなたは無防備さをちゃんとさらけ出せるから皆を震撼させる。でも、もし今そこから抜け出せなくて自分が辛いのなら、ブレネーブラウンを読んでみたら?彼女は無防備さと恥との関係をメインにリサーチを続けている学者よ。」
とケイトが勧めてくれた。

以下、ブレネーの本から、おもしろかったところをピンポイントで抜粋。

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スピリチャル、スピリチャリティーって履き違えやすい。
一つの観点として、感謝をしたほうがいいということがある。
でも、それに「囚われて」いると、本当の気持ちを押し殺すことになる。
例えば一番辛くて泣きたい時に「ありがとう」って?
本当にありがとうって言いたいのかな?
本当の自分を押し殺すって、スピリチャルなのかな?

文句や泣き言を言うことを恥ずかしいと思っている人?
文句を言わないほうがいいという視点があって、そこに固執する場合、
それって どうなのかな?

実は私の住んでいるところでハリケーンがあった時、電気が2週間止まって、信号は動かず、9月で、30度以上で、蚊が多くて、子供達は蚊に食われて熱を出し、そんな時に私はセラピストにあったのね。

「どう元気?」
「ええ、元気よ。もっとひどいことが起こるかもしれないのに、これくらいで済んだことに感謝しているの。他の人は家もなくなっているというのに、私たちは家があり、ジェネレーターで電気も一応起こせるし」

と言ったら、私を見てくれてるセラピストが

「嘘つき!ケツに火がついてるわ」と言ったの。

「もう最悪!って正直に言いなさいよ!暑くてガキは蚊に喰われて熱出して、クソ洗濯もできないわ、いろいろ文句があるでしょう? ね?ハラ立つでしょ?ハラ立つでしょ?今、誰を殺したい?殺したい人リスト出しなさいよ」
って言ったわけ。

「あ、その通りだ!よし、もう嘘つかない! 実は私の心の中ではすでに3人殺してるわ!」
「よしよし、その調子!他に今欲しいものは?」
「すっごい綺麗な水のシャワーを浴びたいっ!そして、冷風のでるエアコンつきの家よっ!」
 ・
 ・
「どう?今の気持ちは?」とセラピスト
「なんか文句言ってホッとしたわ。強くなった気がする」

セラピストがこう言ったのね
「でしょ?この”愛と感謝”ってね、自分の家の屋根がブッとんで、子供が熱出して電気が通ってない時にするもんじゃないのよ。文句を言う時にはきっちりと言いなさい」

例えば、ペットが死んだ時、それは後々感謝に変わる大きな変化だけれど、死んだすぐに感謝しなくちゃっていうおかしな感覚を持ち込まなくてもいい。

いわゆる「ヨガ的態度」を間違って実践しちゃダメよ。多くの人がヨガ的態度を目指すブームなわけね。「やっときゃいいんじゃないか的に」。
ヨガをやりもしないのに私はヨガパンツを履いてたりもするわ。私だって、探したら家の中に一度も使ってないヨガマットがあると思う。

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余談だが、そう言えば昔、日本では丘サーファーっつー言葉もあった。
これを聞いて、丘サーファーを思い出した。
 
 
脱線はさておき、これは5リズムともすごくつながる。
私が5リズムを好きなのは、自分に嘘つかないから。
とてもリアルだから。
 
まずは、その感情を押し殺さずに感じること。
感情は押し殺すと「麻痺 しびれ」へと変わる。
 
感情には良いも悪いもなく(それは人間が張ったレッテルであるから)
「この感情だけ排除しよう」と思っても区別できない。例えば嫌な感情を押し殺すと、喜びや感謝も一緒に押し殺してしまうことになる。
 
それと同時に、「まずは無防備で弱い自分を受け入れてから」。
無防備で弱い自分を受け入れるということは、実は何よりも強いのだ。
そのあとで、どんな大変な状況の時も「感謝をする」練習をしよう、と。
 
そして、このビデオの最後にも言っているけども、
「自分は充分よくやってる」と信じること。
自分に対してそう言えたら、その時、周りを聞くことができて、周りにも優しくなれ、自分にも優しくなれる。
 
と、ブレネーブラウン。
 
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「はじめにリズムがあり、それがパターンとなり、それが波となる。それ以上でも以下でもない」
と、ガブリエルロスも言っている。「リズム」や「パターン」を「癖」と言い換えてもいい。
 
しかも、癖を波というなら、全員が凪いだら、波の面白さはナイ。
私は尖った波だから面白かったり、彼はうねる波だから面白かったりする。
 
悪いところ、悪い癖を治す、治さない、という問題ではない。
「ただあるがまま」を受け入れる。
「良い方に」しかも「治す」という考え方は本来はありえないのだ。

5リズムのみならず、アレキサンダーテクニークでもこのように言う。
多分、仏教でも、何でも、最終的にはこのようにいうのだと思う。
「あるがままを受け入れる」
 
物事(波)は絶えず変わる。だけど「いい」部分に固定して、お取り置きしておきたい。
その宇宙的法則があるにもかかわらず、実際に変わる渦中にいる事は怖く、どこかにつかまりたく、心地いい場所へ自分を限定しておきたい考えが、私を縛り付けていることに気づかなかった(人には言うくせに)。そして「人には言うくせに自分が出来てない」と自己否定する。
 
 
自分の弱さ、脆さにブチ当たったら、それを無視しないで、しっかりと感じること。
そして、感じきって、感じきったら、次へ進む。
 
いくつになったって、人生はこの繰り返しかもしれない。
  
 
クソ長いのに読んでくれた方、ありがとう。
 
ブレネーブラウン氏のTEDトーク 日本語字幕。(この字幕、素晴らしい!)
(2本目のTEDトークも素晴らしい。是非、探して見てみて。)

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