理由はいらない

好き、嫌いに
理由はいらない。

何でなんだろう?
と考え始めちゃうとループに陥って、
自家中毒が始まる。

もちろん、
理論的に答えとに関する原因を追求したほうがいい時もあるけれど、
人生は短い。

理由探求の哲学者であるより
一瞬一瞬
「あ、私はコレを欲してるんだな」
って思った方が人生は楽しい。

自分探求をして行くなかで
理由付け探しは
大きなワナ、トラップポイントとなる事がある。

たとえば
今ウンコしたいのに

「なんでウンコしたいんやろ?
その意味はなんやろ?」

考える前に
はよ行け!

でしょ?

同じことをやってるのよね。

「こんな悲しいことがあって、
これはどういう意味なんだろう?
浄化?」

スピ系の勉強し始めは特にコレ(浄化)という理由に結びつけるのがスキ。
あと、過去生に結びつけるのも好き。

モチロン理由はあるけど
実は
メシ食ったらクソ出る、
くらいのシンプルなことなのに

クソと浄化は別物にして
浄化ファンタジーに埋もれてるだけだったりする時もある。
もちろん、全部が全部とは言わないけど。

とにかく、

理由はいらない。

好きなら好き。
したいならしたい。
嫌なら嫌。
淋しいなら淋しい。

理由探しをしてその感情をどこかへ排除しようとする必要はなく
ただ、
「あ、そうなんだ!
わたし、そうおもってるんだ!」

って、自分の心に布石を打っていく。
自分の心やキモチを正直にマークしていく。

それでいいと思う。

5リズム、
東京28日 ハーフデイ
名古屋29日 TREとコラボ
大阪 2月3.4
神戸 2月5日です!

http://www.5rjp.com

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子供はウソつかない

初めての山形。

キッズクラスにて。

私は、キッズは苦手だ。
子供がいないから、どう接していいかわからいから。

結果、大人に話すみたいに話しちゃうんだけども。

クラス自体、どうだったか、あんまりわかんない。
でも、最後に全員でクロージングサークルをした時に、

ねえ、自分のこと、好き?

って聞いたら

「好き!」
っていう子と

「ありえん、嫌い!」
っていう子がいた。

「自分の応援団長は自分だからさ、
わたし、大好き、って
頑張って言ってくれないかな?」

と言うと

「えーーー?」
と言って、眉をしかめた。

「そっか、ダメかあ。
じゃあさ、お母さんがキミのこと
好きって言ってくれたら嬉しい?」

って聞いたら、みんな、うなづいた。
とても真剣な顔で。

「お母さんはさ、色々忙しくって
時々、好きって言うの、
言い忘れちゃうときがあるんだよ。

お母さんも、完璧じゃないの。
私も子供の頃は
お母さんが完璧だって思ってたんだけどね、
忙しいとつい怒ったりしちゃうじゃん?」

子供達は、うん、うん、と聞いていた。

「そんなお母さんたちのことも
許してあげてくんないかな」

キッズたちは真剣に考えていた。

「でね、そんな時でも
お母さんのかわりに、自分で
大好きだよ、わたし、って
言ってあげてくれないかな?
そしたら元気出ると思うんだよね。

だいすきよ、っていうのが恥ずかしかったら
英語で アイラブユー 私!
って言ってあげて」

自分を嫌いって言った女の子は
少し照れくさそうにハグをしてきた。

最初は泣いてお母さんから離れなかった子は
最後、私から離れなかった。

終わった後、一人の男の子が、
迎えに来たお母さんのところへ走って行って
「おかあさん、ありがとうね!大好きだよ!」
というと
お母さんが嬉しい顔で
「どうしたの?」
と驚いておられた。

なんだか、すっごい嬉しかった。

私は彼らを尊敬する。
ピュアな眼差しで、
自分のその場、その場の感覚にウソをつかない
その感覚を尊敬する。

彼らの中にある宇宙みたいなもの、
彼らは全部知ってるんだ。

大人はリマインドするだけ。

本気で向いあったら、
子供はウソつかない。

Love to all…

ダメなの?ダメじゃないよ。

日本、川崎、三島と終わり、
今、山形へ行く途中の新潟のホテルから。

参加いただきました皆様、ありがとうございます。

皆さんの豊かなクリエイティビティに感動したり、笑ったり、
物凄い充実した日をすごさせていただいています。

日本とアメリカと比べて思うことを一つ。
アメリカの人は比較的
こうしたいからする がベースなのに対して

日本の人は
こうしてもいいの?ダメなの?
と思うのが、比較的最初に来ちゃうこと。

それは和を尊ぶ日本のいいところでもあります。
アメリカの人がもう少しそれを持ってくれたらとも思う。

こうしてもいいの?
ー いいんです。

これじゃダメなの?
ー ダメなんてないです。

それでいい。
あなたの、
そのままでいい。

私も
「これじゃダメだ」とずっと思ってました。
でも気づけば、何に対して「それはダメだ」と
思っていたのでしょう?

親? 夫? 世間?
一体だれに?

悟りたい、などと思っていてさえ
いや、まだまだ!これじゃダメだ!
って。

そこで否定すること自体、
悟りから程遠い、と気付いた時に、
邪悪な自分も、オーケーじゃん、
と。。。

自分の中の 邪悪ちゃんや、ダメダメちゃん、
閉じ込めてませんか?

それを出させてあげる許可を自分にあげませんか?

実は、
私の個人的な感想ですが、
5リズムの時に特に思うのですが、
一旦その許可を自分で与えた日本人って、
アメリカ人以上の自由さとパワーがあるように思うんです。

何でしょうね?
民族的なパワーなのかな?
それとも抑えてた反動なのかな?(笑)

いずれにせよ、
そのパワーは、閉じ込めたら勿体無い。

自分が
「これじゃダメ」
って思ったとき、
ちょっとだけ思考を変えてみませんか?

「本当は全然ダメじゃない。
でも、この状況ではこっちの方が適切だから
合わせた態度だけども、
本当は自分の感じ方が全然ダメじゃないことを
私は知っている」

そう考えて臨機応変な反応をし、
自分の中の矛盾は
誰もいないところ、
例えばトイレなどで
スタッカートやカオスを
1分踊って、
体に溜めないように出してあげてください。

落ち込みも、腹立ちも、
弱さも、強さも、
全部オーケー。

ここまで書いといてナンですが
「だめなの?」って思っちゃう自分自身も
全部 オーケー。

どうか、感じるままに。
何を感じているか、
それに気づいて行ってください。

何もダメじゃないから。

何もダメじゃないから。

Home!

私たちの実体がスピリットとか魂だとかだとする。
私はそう思ってるが、アンチな人もいると思うが
その方も、一応そう、仮定してほしい。

「脳が司令塔」みたいな言い方もアリだ。
他にもいろんな言い方があるかもしれないが

間違いなく 身体 とは
私たちの実態が入っている容器であり

魂の 乗り物 とか
魂の神殿とか
色々に表現される。

私が最近気に入ってるのは
自分の体をホーム(家)っていう言い方。

ホームとは、比喩として最適なんだけども
必ず汚れるのだ。
必ず傷むのだ。

自分のホームである以上、
お掃除が苦手な私も、
お掃除する必要がある。

フィジカルなお掃除も必要ならば、
メンタルなお掃除も私たちは必要。
どんな人も、生きてる以上ゴミは出すのだ。
(トイレも行くしね)

お掃除がイヤだからって
傷まないように使わないというのも
多分不可能かも。

傷まないようにアクティブでない家は
人がすまない家と同じで
魂が入っておらず、
そういう家の方が もっと傷むよね。

数十年前のこびりついた汚れは
根気よくこする必要もあるだろう。

人を呼ばない家は
それなりにつつがないし、

パーティーみたいな大きなことをした後は
よけいにお掃除が大変だ。

どっちも自分の選択。

それがホームってもんだ。

5リズムで
ホームのお掃除、
一緒にしましょう!

いよいよ川崎を皮切りに、明日から!
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/

あなたのホームは

魂の神殿ですか?
それとも
ジェイルですか?

飛行機の中から
Love you all!

体は嘘つかない:体現化する。

明日、日本へ向けて出発。
最後の準備をしている。

1月21日 川崎、
1月22日 三島、
1月23日 山形、
1月26日 奈良(プライベート)
1月28日 東京
1月29日 名古屋
2月3日  大阪
2月4日  大阪
2月5日  神戸

ぜひ、ご参加ください。
詳しくは www.5rjp.com

私のワークショップのリストはこちら http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/

〜 〜 〜

さて、

5リズムのようなムーブメントにおいて

踊りが上手とか
踊りが下手とか
全く関係ない、というお話をひとつ。。。

その昔、エサレンのワークショプに
ものすごい踊りの巧いブラックの男の子がいた。

それはそれは、一目瞭然プロのダンサーだとわかった。

ところが、彼の踊りはパフォーマンスとしては素晴らしいが
自分の今の気持ちだとか、
自分の今のあり方だとか存在だとかが
踊りに反映されていなかった。

ただの振り付けでしかなかった。

そして、同じワークショップにもう一人
マドンナのツアーを回ったニレアちゃんが参加していた。

彼女は晩年のガブリエル(5リズム創始者)の個人アシスタントをしていたこともあってか
踊りの中に、動きの中に自分の人生を入れ込む人。

踊りの中に感情が入ると、
それはたかが顔を動かす一つの動作でも、
重みが違う。

これは、だからダンサーさんたち、感情を入れましょうね、っつー話ではない。

〜 〜 〜

私は、
5リズムに惚れて踊り始めた最初の頃は
踊りが上手ではないが、
前者のブラックの男の子のようだった。

いわゆる、「上手でしょ?」な 見て見て君。

ブラックの彼はフラストレーションをためていた。

「だって僕、こんなにウマいのに、
 一生懸命踊っっても
 誰も感動してくれないよ。なぜ?」

感動どころか実際、彼を見ているのは痛かった。

私もその部分がわからなかった時って、
ペアを組んでも相手と通じ合わなかったり、
イタい人だったんだと思う。

だから、あまり人が一緒に踊ってくれなかった。
(という被害者意識で捉えていた)

一方、ニレアちゃんは
踊りを踊ったことのない80歳のおじいちゃんと
泣きながら一緒に踊っていて

それは、いっぱい動くスーパーダンサーなニレアちゃんと
ただ、足踏みをしてるだけのおじいちゃんと
それぞれが「今の自分」のまんまで
相手に必要以上にあわせることなく
一緒の空間を共有していて、
そこにはウソが一つもなく、、、

とても美しかった。

二人は自分の今の位置を「体現化」していた。

〜 〜 〜

実はコレがすべての秘密だよね。

人としての存在。
人としてのあり方。
どんだけ自分と向かい合って生きてきたか とか

そんなことを体を通して学ぶ。
アタマじゃないよ。
アタマだと解った気になって
できてるかどうかがわからない。

人生は比喩。
すべては投影。

ダンスフロアーを練習の場だとして
それらを意図的にダンス(というツール)に入れ込んで、
練習していく。

・・・

私はエラそうなことをいえばいうほど
怖いよ。
だって、ウソは体でバレるもの。

だけど、勇気を持って
自分の一番カッコ悪い部分、
いわゆる途中経過をお見せしていく。

あ、カッコ悪いマサヨを見たろ!と思う方、
どうぞ、会いに来て。

Love,

ミランダは赤信号で

一緒にクラスをやっているフローは、
私が小学校の時に金本先生に習ったことなど知らないのに、こう言った。

〜 〜 〜 〜 〜

ねえ、マサヨ、マサヨ!
ミランダ、覚えてるよね?
私たちのクラスにも来てくれたことあるよ。
フレームドラムを叩く
ネイティブアメリカンのミュージシャンの女性よ。

https://www.youtube.com/watch?v=k4CKWxU_zQU

そのミランダがね、こう言ったの。

「赤信号で止まった時、渋滞で進まない時、
車の中から周りを見回すの。

そして、

木とか、
空とか、
雲とか、
雨とか、
風とか

そういったものに
ありがとう、って言うのよ。
赤信号を、そういう時間に使うの」

って。

普段、なかなか感謝なんてできないでしょう?
だから私も、
「赤院号の時には感謝」
って決めちゃったら
自動的に感謝ができる習慣ができて
いいと思わない?

毎日の日課の一つとして、これを追加するわ!

〜 〜 〜 〜 〜

うん、いいアイディア。

赤信号で止まったからこそ、木や空や雲に感謝ができる。
赤信号で止まったからこそ、地球とか自然に目がいく。

すると、赤信号も悪くないね。

負(に見えるもの)を 
正(に見えるもの)に 変える

小さいけれども素敵なアイディア!

エネルギー調整

去年の暮れあたりから今年に入ってからの、エネルギー調整がすごい。

色んな状況となって、それが現れる。
一言でいえば、変化。

体の変化、
誰かが離れて、別な誰かが入るような、人の変化、

それらが今までのように人間ドラマを生み出すことなく
ただ、流れて そうなる。
それを見ている。

複雑に見えるマトリックスの中、
必要なところへ必要な人が「確実に」配置され、
ウソのない、元どおりの場所へ
ただ 戻っていく。

まるで宇宙の作業のようなものを実感している。

そこには善悪などなく
ただ、そう 在る。

私は自分のエネルギーを調整する
他の人はそれぞれ自分のエネルギーを調整している。

自分のエネルギーを調整するために
時には境界線を引くことも必要になってくる。

そして、エネルギーが共鳴する人で集まる。

行くべきところへは
自分を100%コミットしてやっていれば
不思議と扉が開いていくし

気持ちのお試しも含めて
行かないでいいところへは
オーバーブッキングされたり色々としながら
ブロックされる。

そして完璧な結果が出てくる。

それはコントロールを超えたところに在る。

だから、

他人のエネルギーに関与することなく
ただ 自分のエネルギーだけを
ベストに調整すればいい。

そして、
ほんの少し、勇気を加えて
ほんの少し、リスクを背負って
ありのまんまで
飾ることなく
その場、その場で、
恥じることなくさらけ出し、
100% 表現すればいい。
 
〜 〜 〜
 
今日、月曜日はレドンドで5リズムのクラス。
8:15PM ~ 9:45PM
Harmony Yoga Studio
901 N. Pacific Coast HWY REDONDO BEACH 90277

1月21日、今週末からの、日本でのイベントもいよいよだ。
パッキング、そろそろ始めよう。

日本でのワークショップとクラスはこちらから。

5リズム
http://www.5jp.com

負のパワーは宝物

エゴって、嫌なもの? 厄介なもの?

私のエゴは、

一番でいたいと思うこと。
失敗したくないと思う。
コンペティティブ(負けず嫌い)なこと。
ジャッジメンタル(批判的)なこと。
ええかっこシイなこと。
そのオモチャが手に入らなかったら手足をバタバタして泣く子供くらい自分勝手。
思い通りにしたい仕切り屋。
 
そういうエゴをドカっと持ってる。
 
 
でも、
 
だからこそ、
どんな苦難も乗り越えて来たんだよね。
 
批判的な自分じゃなかったら
客観性を持たなかったし、
 
ええかっこシイじゃなかったら
すぐに挫折してあきらめてたし、
 
思い通りにしたいというのは
人生をクリエイトするという意志の表れだし
 
バタバタして泣くほど自分勝手じゃなかったら
自分の欲しいものに情熱を注げなかったと思う。

仕切り屋の素質がなかったら
教えることにはならなかった。
 
一番でいたいから、失敗したくないから、負けたくないから
必死で練習した結果、その能力は成長した。
 
副産物として
一番、なんてモノはないことを知り、
失敗、なんてものは経過であることを知り、
負け、なんてものは勝ちという概念の産物であることを知った。
 
それらを知ることができたのも
必死で「一番、成功と失敗、勝ち負け」に固執したからだ。
 
 
エゴがなかったら
私はただ
流されてきて、
アメリカにもこなかったと思う。
 
自分の欠点を長所の変える、という言い方もできる。
 
むしろ、
 
欠点こそが原動力であり
影こそが光を際立たせるものであり
弱いところが一番の強みである。
 

 
これらを、5リズムで「自分の体から」
「自分の体に落とし込んで」学んでいる。

自分を学ぶことに終わりはない。
なぜなら、自分は絶えず変化するから。

 
負のパワーは宝物。
これだけは絶対に言える。
 
ここが3次元の地球である以上、
これはスピリチャルでもなんでもなく
「物理」なのだ。

負がなかったら正はナイ。

5リズム、日本で1月21日から2月5日まで
クラスやワークショプをして回ります。

http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/

死ぬときは死ぬんです

夫がビビっている。
血圧が高く、近所のドラッグストアーでオムロンの血圧計を買ってきて、
(世界のオムロン!なのね?)
毎日測っている。

そして、どうしよう? と不安がったので
こんな話をした。

〜 〜 〜

1998年のこと。
私が脳出血で倒れたあと、
それを引きずってパニック障害になった。

そりゃもう怖くて
体が強張り、足を一歩前へ踏み出すことも
足がすくんで ぷるぷる震えちゃうような、
そんな時があった。

自分の担当医だった佐藤先生は
外科の執刀医の名医さんだが
そんな私を見るに見かねて こう言った。
 
 
 
「あのね、僕は別に運命論者ではないけれど
 人間ってね、
 死ぬときは死ぬんです。
 
 だから、死ぬまで怖がって生き続けるも一つ。
 楽しんで生き続けて、ポクっといくも一つ。

 どっちで生きてくか、ってことだよね」
 
 
 
多くの人の生死を見てきた先生の言葉は
私の心に深く響いた。
 
 
何にでも当てはまるよね。
 
何か起こる「かも」しれない日を心配しながら毎日を生きて今を無駄にするか、
心配しないで、それまでは楽しんで、物事が起ったらその時に対処するか。
  
  
  
世界中が平和で、心配や恐怖から
心が自由になりますように。

金本先生は赤信号で

小さい頃にあった出来事で、
みょうに覚えていることがある。

信号で止まって、「チッ、長いな」
と思う時に思い出すのは
小学校5年の時の、金本先生の言葉。

当時まだ若かった金本先生は
ピカピカの靴を履いていて、
面白かったが、絶対に媚びず、
あんまり深入りしないくせに人情味のある
とても素敵な先生だった。

多分、当時30歳になってないくらいだと思うから
今考えるとえらい若いなあ、と思うが
小さい頃は手の届かない大人にも思えた。

ルーキーズの先生みたいな顔をしてた。
(ハンサムではないが、イケてた)

その金本先生の言葉

「ワシな、赤信号で止まった時、
 いっつもやったら腹立っとったんや。
 誰やこんなとこに信号つけやがって!って。
 そやけどやな? ある日、
 ”せや!今度赤になったら
 いっぱつ、タバコでも吸うたろ”
 思たワケやな。
 
 したら、赤になんかならへんねん。
 なっても、すぐ青になる。
 こんだけ毎回赤でハラ立つんやさかい
 タバコいっぱい吸えるやろおもたんやけどな、
 実際、タバコ吸う暇なんかあらへんのや。

 せやから、いややなあ、思たことも、
 ひっくり返る、っちゅーことだけ、覚えといてくれ。

 ほな、今日の授業は終わり!」

いいなあ〜。
いい先生に恵まれたなあ〜。

先生、今はどうしてるのかな?
もし生きてらしたら、うちの親と同じくらいだと思う。

お元気でね。

傷心を芸術に

メリルストリープのグラミーでのスピーチは
圧倒的だった。

この人の存在感、役者としての役目、
役者としての「道(TAO)」

存在感は魂のクオリティから出てくるもの。
そこには圧倒的な何かがあり

ハウトゥとか、こんなツールとか
これを4〜5年勉強したから、とか
そんな薄っぺらなものでできてくるものではない。

どれだけ全身全霊を張って
テメエが生きてきたかという、魂の証拠みたいなもんだと私は思ってる。

しかも、役者。
多くの目にさらされ、多くの人生(役)を生き、
表現し、

役者が否定されるということは、
「自分自身を全部否定される」こととイコールだと思う。
恩恵も多い分、役者とはすごいリスクを背負っている。

メリルストリープのスピーチの最後

「先日、この世を去ったレイヤ姫が言った言葉よ。
”傷ついたハートを アートに変える(昇華する)”」

「take your broken hart, make it into Art」

も、

今、アメリカ全土へ向けてのスピーチだと思った。

日本語スピーチ全文
原語 ビデオ

〜 〜 〜

ガブリエル・ロス(5リズム創始者)の言葉

「役者は心のアスリートだ」

まさに。。。

そして、ガブリエルが言う、「なぜ5リズムをやるのか」
の理由が、メリルストリープのスピーチの最後と同じだった。

「痛みをアート(ダンス)に、
アートを気づきに、
気づきを行動に」

私たちはステージには立つチャンスはあまりないから
ダンスフロアーの中で、傷ついたハートを昇華し、次へ歩き続けるのだ。