托鉢

実家の小浜は、永平寺系のお寺も多く、禅宗の色濃い城下町。

今でこそ、人も少なくなり、昔賑わった商店街もシャッターが閉まり、通称シャッター通りと言われているが、それでも、城下町っぽい名残を残す。

小説家、水上勉さんの小説の舞台となった三丁町の格子戸は今もとても趣がある。

小さな頃から、そんな街を歩くお坊さんの托鉢は冬の風物詩。
雪の降る中、地下足袋をはき、
「おーー」と唱えながら歩くお坊さんを見て

「あ!おーーが来たで!」と10円持って、
お坊さんにあげに行くのだ。

そう、「あげに行く」と、昔は思っていた。

それがあげる、という概念ではないことを大きくなってから知った。

 

〜 〜 〜

 

: おーー

母が

「最近はねえ、おーー、じゃなくて、オーーイ、いうてお坊さん言うんや。なんや変な気分やな」

と言った。

多分、私の推測だが、
仏教がインドから来ている以上、
「おーー」は「Aum (オーム)」ではないかと思う。
だから、確かにそう考えると「オーーイ」は変だ。

どなたか、「オーイ」でいい、という方、教えてください。

〜 〜 〜

 

: どっちがお礼を言う側?

さて、お坊さんの「おーー」の声が聞こえてくると、
子供の頃は10円握りしめて、走って出て行ったものだった。

昔は10円、
今は100円くらいを差し上げると
お坊さんは軽く会釈をするが、
決して「ありがとう」とはおっしゃらない。

それは当然のことなのだ。

なぜなら
私たちはお坊さんに「あげる」のではないから。

『普段、私たちは

”善行(良い行い)”をしよう

と思ってもなかなかできない。

だから、お坊さんが

”善行をする機会を作ってくださる”

のだ』

というのが、托鉢の元々の考えなのだそうだ。

だから、お金を差し上げる側が
「良いことするチャンスを作ってくれてありがとうございます」
とお礼をしてお金を出し、

受け取る側が
「どういたしまして」
って言ってもいいくらいなんだそうだ。

なるほど〜。

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写真は小浜の托鉢。

いつも出て行くのが遅いので、たくさんのお坊さんを一緒に撮れないが、

30人以上が歩いておられる。

その昔、弟のようなミック(故人)が小浜へ行って修行僧になりたいと言ったが、このユニフォームは嫌だと言ったのを思い出した。

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