ボディハナ、旅立ち

 
 ワールドトラベラー、ボディハナ、89歳。
 
 
時を戻すこと数ヶ月。2017年4月。

去年の秋にひき続き、ボディハナがロサンゼルスにやってきて、ミスター・ダンディことボブと一緒に3人でボブの家でディナーをした。
 
そのあと、ボブのウクレレとともに一緒にピアノをひき、歌い、
ボディハナがそれを見ながら嬉しそうに笑って、
そしてボディハナの話を聞かせてもらった。
 
 
その数日後、ボディハナが、私のクラスにきてくれた。
前回は腰痛で歩けなくて、クラスへ行けなかったから、
今回は絶対に、と約束を守ってくれたのだ。
  
前回、ボディハナの腰が痛くて私がアッシーをした時、彼女はこう言ってくれた。
  
「私の今の役目はね、人をつなぐこと。だからあなたのクラスへ行かなくちゃいけないの。なのに行けなくてごめんなさいね。今度は絶対に行くから。絶対に踊るから。」
  
そう言って、本当にこの4月に来て、踊ってくれたんだ。
  
  
〜 〜 〜 
 
 
6月9日。
 
さて、私はワークショップのアシスタント通訳をするために
モントレーのアジロマーへ着いた。
 
ボブが私を見つけてこういった。
 
「ボディ・ハナの具合がよくなくてね、インドのアシュラムから、今娘さんがドイツまで運んで、養生をしてるんだけど、ガンかもしれないんだ。今日くらいに結果が出るらしいんだよね。で、一昨日ボディと電話で話せたんだ。彼女は、”もしいいガンなら生きるほうへフォーカスをする。でも悪いガンなら、もう行くタイミングだ” って、そう言っていた」
 
ワークショップのリーダー、ルシアも、アシスタントのソニアも、ボブも私も、
ボディハナとマウイのワークショップで友達になり、とても深くつながりを感じた。
 
ルシアは今回のアジロマーでのワークショップのはじめにこう言った。
 
「私たちの大切な、もっとも年をとったダンサーであり友人が、大きな変容の時にきています。もし、彼女がこの世界を卒業することになれば、元の光の場所へまっすぐに帰れるように、彼女の引く弓矢のように、まっすぐに解き放たれて、あちらへ行けますように。。。その気持ちを込めて踊ります」
と言った。
 
 
 
それからたった2日。
 
 
 
満月の夜、ボディハナはこの世界を卒業した。
 
「昨夜、肉体を離れた、と娘さんから電話があった」とボブ。
 
 
見事です。ボディハナ!
自分で決めて、自分で生きて、自分で逝った。
お見事としか言いようがない。
なんていう素晴らしい幕引きでしょう!!
 
 
ルシアが
「もっとも悲惨な体験をした、もっとも明るく楽しい友人」と彼女のことを言った。
 
もっとも闇を知っている人が、もっとも光に近い、と。
 
彼女は闇を知っているからこそ、人の心にダイレクトに大丈夫だよ、って言える。
その言葉に真実味があるのだ。
 
 
ホロコースト(世界大戦時のユダヤ教迫害のガスのシャワーなどの大量殺人)という世界でももっとも悲惨な体験をし、60歳から自分を立て直すべく第2の人生を歩くべく弓道を始め、インドのOSHOのアシュラムとマウイとロサンゼルスと故郷のドイツを行ったり来たりしたワールド・トラベラー。あっぱれな人生。
  
 
 
 
ボディハナはマウイでも、
日本人の女の子たちの胸に手を当てて、こう言ってくれたんだ。
 
 
「私はあなたの”ここ”にいる」
 
 
 
うん。ボディハナ。
あなたは私の”ここ”にいるよ。私のハートにいるよ。
 
「悲しい」というよりも
感謝の涙がいっぱい溢れてくる。
 
 
ありがとう、そして、卒業おめでとう!!!
 
We miss you!!!

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