聖なる役者

「ザ・松田の言葉」からの続き。
 
「おまえ、役者やめんなよ。続けろよ」
 
と、ザ・松田に言われた舌の根も乾かぬうちに
私は役者をやめた。
 
選んでやめたわけではない。
仕事がなかったのだ。
 
それを言うのは、エエかっこしいの私には
かなりカッコ悪い。
  
  
役者だの、ダンサーだの、歌手だの、
いわゆる「芸」の道を目指したのは
もともと演劇少女だったからで、とても真剣にやる演劇の中では
パフォーマンスとしての演劇、いわゆる「フリ」はできるが、
「自分の様々な”本当”をさらすこと」が
怖くて怖くて逃げ出した。
 
ここは演者の質の大きなポイント。
 
カッコ悪い自分、
鼻垂らして泣いたり、
それはたとえ演技上のことでも、
ウケ狙いで、そのフリならばできるけれども、
本気が出れば出るほど、
私の当時のエゴには、ソレが耐えられなかったのだ。
 
 
それから数十年経ち、
私は違う形式で、
同じコンセプトをやっている。 
 
それが5リズム。
 
 
 
5リズムのバイブル、ガブリエルロスの本の中でも、
「意識的に生きる」ということは「演じる」のと同じ、と。
だから人は皆「ホーリー・アクター(聖なる役者)」なのだ、と。
 
 
18から学んだ桐朋学園の演劇のメソッドの中では、
まるで5リズムの上級レベル、
サイクルズやミラーズのようなこともやった。
 
私は怖くて耐えられなくて、
知らんぷりをし、なにかのミスを装って、
その学科のクラスを逃げ出した。
 
が、結局「そこ」の本質から逃げ出すことはできず
数十年経った後に、似たようなワークショップに
もっとガッツリと出なくてはいけないハメになっているばかりか
ティーチャーになった。
  
 
 
「意識的に動きを再現する」
 
「リチュアル・シアター(儀式の劇場)」
 
の要素。
 
 
よくも悪くも、私の一番、スペシャルな分野だ。
 

「人は皆、表現したい生き物である」

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(写真は、アンバーとロルカのリチュアルシアター@ジョシュアツリー より)

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