罪悪感と恥

罪と罰じゃない。
罪と恥。
いや、
罪悪感と恥。

ティムとケイトの
5リズムのワークショップでも
大好きなブレネーブラウンの言葉を借りて
この話題がでたのでちょっとシェア。
 
 
言葉の表面だけをみると
「罪」は深そうで
「恥」は日本人の感覚からすると
少しへりくだっただけの
けっこう美徳系にすら感じられたりしたものだけど。。。
 
 
いろんな感情の波動を測定すると
Dawkinsの測定では 
「恥」は一番低い波動だという結果がでている。
怒りや恐怖よりも、低い。
  
ブレネー・ブラウンも本やTED TALKで
罪悪感と恥、責める、そして弱さをさらけ出すことを言っている。
 
罪、罪悪感とは
「ガラスを割った」
「車をぶつけた」
「人を傷つけた」
「失敗をしてしまった」I made mistake
など、物事にたいして後悔や申し訳ない気持ちを持つこと。
・・・
事象否定。
 
 
それに対して 恥とは
「(ガラスを割った私に)価値がない」
「(車をぶつけた私は)ダメだ」
「(失敗しちゃう”私自身”が)”失敗”、”失脚”だ」I AM a mistake
・・・
自己否定。
 
 
 
こうやって文にして見てみると
罪には未来があるが
恥には未来がない。
 
 
私たちが持つとしたら
どっちがより悪影響を自分に与えるか?
 

おもしろいね。
 
 map-of-consciousness

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