体現化

ここのところ、
体現化、という言葉を用いた話題がよく出る。

上手、下手、できた、できない、ではなく
体がそれを表すほどに染み付いた、的なコト。
 
 
 
その昔、
 
ステップ1)ーーー
はじめてアメリカに観光で来た時
1件のレストランの印象だけで
「アメリカってさ〜〜」と人に言って回ったものだった。
そのお店は私に全米を背負わされたコトになる。
 
ステップ2)ーーー
在住、5年くらいの時、色々少しづつわかり始め、
「アメリカ」って一概に言えない、と思い始めたころ。
在住20年の先輩から
「ようやくアメリカの一部が見えてきはじめた頃でしょ?」
と言われビビった。
 
ステップ3)ーーー
そんな私も気がつけば米在住20年。
私はようやく、アメリカのことなど何もわかっちゃいないのだと知る。
が、日本へ帰ると、あきらかに浮く。
 
 
これ、何にでもあてはまると思う。
 
 
知らないヤツほど、ウンチクたれる。
私も、たれる。
そして、それは大概バレる。
 
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バレたっぽい顔。
学びの途中がよく見て取れる写真 by あっこちゃん
 
 
 
(1)ーーー
数回だけの経験は
それをとても「おおごと」にし、
その時見たことが「全て」であり、
(ある意味、それはアタリである)
わかったつもりになる。

 
(2)ーーー
真剣に30回くらい以上の経験。
けっこう学んだので、
「何がわからないか」が明確になりつつある。
故に、むやみやたらに発言できなくなる。

「人は知れば知るほど、無口になるのよねえ」
桃井かおりさんの有名なコトバが身にしみるころ。
 
このプロセスの終わりで何度もゲシュタルト崩壊して、、、
 
 
(3)ーーー
それが日常化した何百回も何千回もの経験は
それが「日常に」なり、あがくことをやめ委ねる。
そして20年もすれば、体から雰囲気がこぼれ出る。
 
 
 
 
まあ、20年という年数はアレにしても、
コミットして必死でそれに取り組む。
すると、2)〜 3)にシフトしていくのだろう。
 
語らなくなったころの、
染み付いた行動を伴なった、風情だのそんなものを、
「Embodiment(体現化)」してる、という。
 
   
 

私は、5リズムを通して
一生これを学び続けるのだろう。
 
 
  
ウソのない、無理をしない、
小さくもならず、
大きくも見せようとしない、
様々なことから目をそらさず、
でも暗くもならず、
明るくも見せようともしない、
 
そんな自分がますます気に入っている。
 
 
 
独り言につきあってくれて、ありがとう❤️
 
 

 ーーーーー
 
 
5リズム 2018年、4月。
生クラスならびにワークショップ
7日からはじまります!
 
 
スケジュールは以下から。
http://www.masayodance.com
 または
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/

 
 

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