ベイエリア4:ゲシュタルト

私がサクラメントの後にサンフランシスコに来た、もう一つの大きな理由。
それは、ゲシュタルトのワークショップを受けるためだった。

1月に日本で、百武正嗣さんのゲシュタルト、エンプティチェアーのワークショップを受けた。

5リズムはゲシュタルトだよ、と言われるのを聞いて久しい。

どこがどうゲシュタルトなのか、ゲシュタルトの方に詳しくない私には「なるほどーー!だからかーーー!」という嬉しい悲鳴的喜びがいっぱい湧いてきたので、もっと習いたくなった。

1月の日本でのワークショップの帰り際に百武さんが
「君、住んでるのはアメリカなの?僕4月にサンフラン行くんだよね」
とおっしゃったので、それで参加を決めた。

本当は私のメンター、ケイト・シエラのワークショップがサクラメントであったので、そもそもそれに参加するために、顔ヨガのビデオ撮影をそこに合わせたんだけど、なんと、ケイトのワークショップと、サクラメントから二時間の場所、サンフランシスコで日程がカブった。

どうする?私。。。

体に聞いてみた。

ゲシュタルトを今、学ぼう。

自分が教える立場になった今、ゲシュタルトと5リズムの関係性をもっと知っておいたほうがいい。

体がそういった。

で、参加したが、

絶句。。。

すごすぎる。

百武さんのゲシュタルト(エンプティーチェア)は、日本人ならではの切り口と鋭い洞察で進めて行かれ、来ている西洋人たちは口をあんぐり開けたり、涙を流したり。。。

そして、人のセッションを見ながら自分を投影する。

私も前回の日本ではただ見ていただけだったが、
今回はセッションをしていただき、
ものすごいことが一つクリアになった。

多角的にものを見る。
多角的に感じる。
思考と感覚を 自在に分ける。自在につなげる。

この考えになっていくと、おのずから成長するしかない。
英語でいうところの「Eye Opening」「mind blowing」
目から鱗が剥がれる感覚。へ?ってブッとぶ感覚。
 
 
そっか、これがそうか。

まさに5リズムってゲシュタルトだ。

5リズムは、それを体に落とし込む。

そして、百武さんとランチをして、
また新しい展開となりそうな、そんな計画をお話しした。

それは本決まりになった頃にお知らせすることにするね。

みのり深すぎるサンフランシスコ。

やばいね、コレは。。。unnamed.jpg

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優しい時間が流れている

実家で親と一緒に居る4日間。
楽しく優しい時間が流れている。

おいしいものをたべさせてもらい、
一緒に時代劇を見、
一緒にナンプレをし、
一緒にワインを飲み、
一緒に笑う。

愛するという形において、
若い頃は親を労わりたいと思い、
親を楽させるために
これをしてはいけないあれをしてはいけない、と
言ってきた時期もあった。

が、自分も年齢を重ねるにつれ、
一番悲しいのは自分の可能性をもぎ取られることだということがわかり
じっとしていろ、だの
アレするなコレするな、は
とても失礼なんじゃないかとも思い始めた。

しかも、アレするコレするなは
自分だって子供時代に言われて嫌だったのにね。

というワケで、
金銭的なこと以外では、
親がやってくれるという可能性に
最大の感謝と喜びで受け取ることにした。

なので、お料理もしてもらい、
寝る前の電気毛布のスイッチを入れてもらい、
スーパー銭湯へ行く準備をしてもらい、
エコたわしを編んでもらい、
私の夫のスマホケースに刺繍をしてもらい、
何から何まで世話になり、
妹たちには秘密ね、という約束で
ダメ娘をさせてもらっている。

そして、
今回は意図的に両親の話を聞きたいなと思って
インタビュアーになったかのように話を聞いている。

すると、
父の、母の、若い時の話が、とても立体的に、
まるで色をつけたかのようにキラキラと目の前に浮かび、
それらを話す時の両親の顔は明らかにシャキッとキラキラと輝きを増し、
私は両親と一緒にタイムストリップする。

たくさん話した後、
雅代に自白させられたなあ、と笑う。

こんな、緩やかで幸せな時間。

〜〜〜

物事は絶えず動いている。
絶えず流れていく。
この場に、
このまま留まって欲しいと願うことは
無理なのだ。

だから、今を精一杯楽しもうと思う。

そして、
休むことも、
動くことも、
サイクルの一つとして

しなやかに、
時に反逆しつつもがきつつ、

逃げずに迎えたら、
それでいいと思う。

夫が真夜中に?

ウチはすごくうるさい地域にあって、
しかもビルの谷間だから人の話し声がよく聞こえちゃうんだけど
夜中にタクシーとか拾う人が
立ち話をしたり喧嘩をしたりしていると
それはそれはすごーく響くワケ。

それで以前、夫がバルコニーから
ウルサイ!!!
と怒鳴ったことがあった。

昨夜も真夜中に夫が小さく怒鳴り始めた。

F**k!!
F**k!!!
眠れやしない!!!

もう、やめてくんない?
いいじゃない、近所のことは放っておけば。

と、彼をベッドの中から見上げると
ブルーのパジャマになぜか大きな懐中電灯を持ち、
「あいつら、殺してやる!」
と危なげなことを言っている。

「いらないマガジンか何かないのか?」
と聞くもんだから、
今度はマガジンを4階から投げて
ヤツらを殺す気なのね?と
それは無理だろう、と鼻で笑いながら
夫を見たら、一生懸命壁を叩いている。

ん?

何か違う。。。

「ちくしょーーー、この蚊め!」

あ、そうだったんだ。

怒ってたのは 蚊なのね。

しかし、懐中電灯とブルーのシマシマのパジャマ、
雑誌と、F**kの組み合わせは
何とも夫らしく

「あなた、ゴキブリは捕まえて逃がすくせに
 蚊は動物愛護に入らないの?」

と尋ねたら

「コイツだけは許せないから、コイツはいいんだ!」

またもや鼻で笑いながら
もう一度眠りについた嫁であった。

夢を見た

夢を見た。

私の夢の中のトイレはいつも探してもなかなか入れない。
真っ白で大きなパブリックの、病院みたいなトイレなのに
トイレじゃないんだ。

それはとてもオープンなトイレで、ドアがなかったり、
中に入るが便器なのかシャワーなのかどうかわからなかったり。
感情なり体なりを浄化する場所というのはわかっているが
どうも、単に排泄をする場所が いつも見つかりにくいのだ。

またこのトイレだ。。。と夢の中で思う。

そして、そのトイレの中で、夫に電話をしようとするが
電話がかけられない。
かけようと思っても思っても、スマホの操作ができず
あっちの画面へ飛んだり、こっちの画面へ飛んだり。。。

繋がらない。そのうち電話番号までわからなくなってしまって、、、

5リズムをやっているせいもあり誰よりも自由気ままに旅をして、
気がつけば夫のことを忘れていることがいっぱいあって、
ふと気づくと連絡が取れない、そんな状態になって

「ごめんねー。ごめんねー。本当にごめん。
 何年も放っておいてごめん。電話番号変わってないかしら?
 もう何年会ってないんだろう?
 けんちゃん、ごめんーー」

夢の中で自分の身勝手さを反省し、
結構泣いた。

って、あれ?
けんちゃん?

それ、元の夫の名前。。。

号泣して起きて、
ちょっとソンしたような
ちょっと自分が健気でウブなような、
そんな気がしてスクッと正気に戻った。

一応、何かあったらアレだと思い、
FBで確かめると(一応フレンドなのね〜)、
幸せで楽しそうな画像。

ほっ。よかった。

夢って面白いね。

そのあと、冷やしておいたよく熟れたマンゴーを切って
今の旦那さんにゴキゲンとりしておきましたとさ。

===

ちなみに
夢判断によると以下のようなことが書かれていた。

〜〜〜
トイレを探すが見つからない夢

この夢は恋愛面において運気ダウンの暗示になります。
恋人とすれ違ったり話がかみ合わない等、不穏な空気が流れる事を現しています。
恋愛は焦ってあなたの意見を一方的に押し付けてしまう時がまま、あります。
あなたの言動や態度を反省してみて、距離と時間を少しおいてから再度あなたからアプローチしてみては如何でしょう?
相手を思いやる気持ちが不足していたのかもしれませんよ。
〜〜〜

電話がかけられない夢
電話をかけられない夢は基本的に、あなたの気持ちが人に伝わらないもどかしさがある、ということを表しています。

〜〜〜

だそうな。

今、腰をやっちまったので、
それがよく表れてますねー。

===

助けてもらう事の必要性

泣きそうなくらい ありがとう、なんだ。

トパンガで5リズムの夏のクラスをやるにあたって
ケイト(師匠)が私に言ったこと
すごく固執して心配してくれたこと

それは、「チーム(クルー、スタッフ)がちゃんとしてるか?」
ということだった。
「クルーを持ちなさい。ちゃんと助けてもらわなくちゃダメよ!」と。

私は自分一人でもできるもん
別に誰も手伝ってくれなかったら、こういう風にする、
という代替え案は持っていた。
だから、ケイトのいうことをそんなに大切に聴いていなかった。

先週のクラスの後、
ボランティアでソニアがスピーカーを片付けてくれたけど、

その後一人で乾拭きモップとスプレーしてから雑巾掛けをし、
マットを元の場所に戻し、
お金を計算し、
そんなことをしていたら、
クラスが終わったのが夜の9時半すぎなのに、
スタジオを出たのが10時40分を回っていて
家に着いたら11時半だった。

それでなくてもエネルギーを使うのに
体力の消耗は著しく、
最後はもぬけのからのようになって
海岸沿いを運転していた。

ある意味心地いい孤独だったが、
実際、孤独だった。
先生というのは、孤独なものなのだ、と思った。

===

そこで、いつも来るメンバーのシンディに相談した。
彼女はあっという間に私のためにチームを作ってくれた。

毎回はできなくても、
この日と この日はできる、という予定を
皆に一斉に出して募ってくれた。

そして、昨日のクラスでは、
受付をナタリーが
終わってからの掃除をボビーが
クルーとして、手伝ってくれた。

終わった後、
ありがとう〜〜 のハグをして
一夜明けたさっきお礼のメールを出したら、
今、泣きそうなくらいにありがたいんだ。
いや、実際に涙が止まらない。

助けを借りるという必要。
これを学んでいる。

私は助けてもらうことがとても下手だった。
だから、助けて、なんていうのも嫌だった。

が、頭を下げて、やってもらうという事は
それでしか得られないものがある。

だって、助けがあったらもっと広がる。
労力だけの問題ではない。
その人のエネルギーが入るから。
自分だけで、なんて、限られている。

最後のハグだけでどれくらいホっとするか。

ボビーもシンディもナタリーも
「いいんだよ。自分が何か、奉仕の一環として、
 誰かのためになることをコミットしてるんだ」

って、笑いながらやってくれる。

これ、ある意味、アメリカの底力だと思った。

涙出る。。。

こんな風に思ってくれられる彼らの教育や
文化的背景そして
彼らの祖先にも感謝した。

あ!

助けを借りるということは
彼らだけでなく
彼らの祖先にも助けてもらっているということなんだ!!

多くのエネルギーが動く。。。

すごいな。。。

人を助けるだけではなく、
助けてもらうと言う必要性。
ケイトの言った意味がわかった気がした。

早よせな あかん 1)

実家へ帰った時に、
私のやることを見て
母が笑うのだ。

「あんたはその、何つーか、、、ノロいねえ〜。
 妹たちはみんな、チャチャチャ!とモノをするから、早い早い!」

ええ〜〜!?私、ノロかったんすか?
自分ではめっちゃシャキシャキした、デキる女だと思ってたのに。。。

そういえば、小さい頃、
「早くしなさい!」とよく言われたものだった。

その時は何も疑問に思わなかった。

が、カリフォルニアで
のうのうと、のんべんだらりんと、自由業をして生きていると、
早くしなくちゃいけない理由が1ミリもなく

結果、私はノロい女に拍車をかけてしまったなってしまったようで、
日本では比較的テキパキしてるにもかかわらず、ノロい呼ばわりをされ、
愛する母にもハナで笑われるのだった。

たまたま母が
「ほら、早く」
といった時に聞いてみたことがあった。

「何で? 早くする目的は何?」

 ・
 ・
 ・

母はちょっと困った顔をして

「え? 何でって?・・・
 目的って、そんな難しいこと言われても・・・」

と言った後ちょっとしてから

「何でかわからんけど、早よせな アカンのや」

と言ったので
私は爆笑したのだった。

「ええやん、お母さん、時間いっぱいあるんやし、
 焦らんと楽しんで、ゆっくりやったらええやん」

すると母は
あんたに言われるまで気づかんかった。
なんで早よせなあかんて思とるんやろなあ?
とにかく、早く、早く、って言われてきたから

父の店を手伝い、
従業員の世話をし、
毎日7人分の料理をし、
姑に1ミリも口出しされないように気を使いながら、
4人の娘を育ててくれた。

だから、彼女にとったら早くしなければ
どれかができなくなるということだったのだ。

今も母は、刺繍をしたり、編み物をしたりしているが

どうも 「早よせなあかん」と思っているらしく
時々ハアハア言いながら作ってたりするので、

「お母さん、根つめないでね」と言うのだが、

さすが父の反応は違う。

「これはなあ、もう、性分やからしょうがない」

と笑う。

2に続く 

最も美しいクラス

下書きのところに、残っていた。

2014年に5リズムの先生になって、半年くらいの時に書いたものを今更ながら出しちゃう。

アップする時に躊躇したらしい。当時は、人が来てくれないとカッコ悪いと思っていたので、投稿することをためらった模様。若いな、ワタシ。

=====

毎週のクラスを初めたばかりで、
定着するまでがんばるしかない。
ようやく人が来てくれ始めた!と思ったら、またゼロに戻ったり。
それをいちいち嘆いたりしないように、
勉強をさせてもらっている。

だいたい、女王気質で生きて来た私には、
人が来てくれないなどという事は、そもそもすごい屈辱なのだ。
その屈辱を嫌というほど味わいぺしゃんこにされる事。
実はこれが先生になったときの
一番のイニシエーションであり、ここから最も多く学ぶのだと多くの先輩先生達は言う。

この日のクラスは、いつも来てくれるメンバーから、のきなみ
「今日は無理なの、ごめんね」という連絡をもらい、
自分の勘からも、今日は誰もこない、と感じ、
しょぼんとしていた。

そんな私の様子を見ていて
こくまろカレーを2杯食べたにもかかわらず、
「よし、じゃあ僕がクラスに行こう!」と、夫がついてきてくれた。

ハリウッドからレドンドビーチまで一時間。
ナーバスになりながら車を走らせる。
もしかしたら、もしかしたら誰かが来るかもしれない。

===

場所についた。

いつもと同じようにオルターをセッティングし、
いつもと同じように音楽をかけ、
いつもと同じようにガイドをはじめる。

皆、遅れているのかもしれない。

軽く柔軟と動く瞑想をし、30分、ひとウエイブたって誰も来なかったら
夫と一緒に帰ろうと思っていた。

誰もこないままひとウエイブ終わり、
「どうする?」と聞くと
「いつもと同じようにやろうよ。いいよ、僕は1人でも、ちゃんと最後まで受けるから」と夫が言った。

 

彼の調子をみながら、彼に何が必要かを感じながら
しっかりとやった。

彼に必要な言葉をなげかけ、
一緒に踊る。エネルギーで踊る。

今日のテーマは「受け取る」

夫は一生懸命形、汗をいっぱいかいて動いた。

折しも彼のお母さんが亡くなって1ヶ月だったので、「お母さんから受け取ったもの」というキーワードも入れて、彼は亡きお母さんとのペアダンスを踊った。

終わった後、彼がひとこと

「スタジオを暗くしてくれたから君は知らないかもしれないけど、
・・・いっぱい泣いた。今はとても悲しかったことが愛おしいような、癒されたような感覚だよ」

===

この1年、練習クラスも入れて、教え始めて
もっとも美しいクラス。

相手のニーズを読み、私がプッシュしないでガイドする。。。

ハリウッドの自宅にいたら、プライベートクラスなんて起こらない。
わざわざレドンドへ出向いたからこそ出来た事。

これを経験させてもらえた事、
とても嬉しいと思う。

「君はとてもいい先生だよ。しっかり自信を持って続けたらいい。
このメソッドが必要な人ばかりじゃないかもしれないけど、
これをやったら 自分が助かると思える人もいっぱいいると思うよ」

===

ありがとう。

あなたは最高の夫です。
こんな夫にサポートされて、私は最高に幸せモノだと思う。

夫、初めての5リズム

10年前の私の誕生日に、夫に「私が行っているヨガのクラスを受けてくれ」と頼んだ。

「ヨガなんて女とかゲイのする事だ」
とオトコぶっていた彼が、はじめてヨガのクラスに参加した。

ちょうどその頃タバコをやめた事もあって、辛い事には辛い事をぶつける、という作戦が効いたようで
クラスが終わった直後
「これはいい!俺には必要だった。明日も行く!」
と、なった。

「あれ?ヨガは女とかゲイのする事じゃないの?」
と言うと
「悪かった。そんな事言ってイジめるなよ」
とハマった。

彼はそれからずっとヨガを続けている。
私はといえば、5リズムをやるようになって、すっかりパワーヨガから足が遠のいてしまってる今
「時々はブライアンのパワーヨガもやったほうがいいよ」
とたしなめられる始末。

クンダリーニヨガは時々やってるんですけど。。。

===

私が5リズムの認定講師となった初めての私の誕生日。
是非とも私のクラスを受けてくれ、と頼んだ。

そして、しぶしぶ(ヨガの時と同じように)
クラスに来てくれた。

トムがよく知っているHちゃんやKちゃんもいてくれたおかげで、
とても楽しめた模様。

そして、終わった後
「すごく楽しかった!君はいい先生だ」

と。

「踊れないって言ってたけど、踊れなくても大丈夫だったでしょ?」
「うん、ぜんぜん大丈夫だった。」
「汗かいた?」
「めっちゃ かいた。足にマメが出来そうなくらい踊ったよ」

そして、クラスに使う選曲も褒められた。
「君がくるみ割り人形のダブステップを聞いてるとき、何をするんだろうと思ってたけど、クラスで使うんだったんだね。それ以外の曲もよかったねー!」

家に帰った後、シャワーじゃなくバスタブに浸かりたい、とお湯を張りながら
「全身、もう筋肉痛だよ!すごく動かされたけど、どこも痛くない。今度君のクラスと比較するために、君の先生の、ケイトのクラスで思い切り踊ってみてもいいな。英語なんか気にしないで、君はもっといっぱいクラスをやったほうがいいと思う。いい先生になると思う。ほら、サンタモニカのパワーヨガ・イーストだっていいじゃないか。聞いてあげるよ!」

私が5年間、何に打ち込んでいたかを、ちゃんとわかってもらえたようで、とても嬉しい。

最高のバースデーギフト。

母と私の関係

母とスカイプをして、色んな話をする。このテクノロジーには大大感謝だ。

今回、ワークショップから帰って来てスカイプした。
「訓練はすんだんか?実際どんな事してるんや?」と聞くので、
「自分の嫌なとことか、ここがひっかかる、いうところを皆の前でさらけ出す訓練」
というと、
「面白そうやな。何やな、それは?」と言うので

「うん。自分が言いたい事も言わんとビビってばっかりおったら身体固まるやん?ストレスって身体にたまると、それが病気になったりするやん。自分がなんでここでひっかかるか、ちゃんと自分の弱さとかアホらしさを認めて行きながら、それを解放していくダンスのセラピー」
だと説明した。

「なんやらわからんけど、あんたによう合うとると思うわ。よう3年も4年も踊りっぱなしで続いとるんやさかい、よっぽどええんやろな」と母。

===

私は小さい時から母にちゃんと反抗させてもらって育って来た。母もそれを受け止めてくれて、互いが互いとぶつかりあって、私は「母の人生」を歩まなかった。母の思った人生を歩まないために、一生懸命反抗した。力一杯反抗をし、母も力一杯私を受け止め、そして、とある時、スっと離してくれる。

まさに
「強く祈ってあとは流れにまかせる」とか
「激しく願ってサレンダー」とか、
いわゆるスピ系の人が言うようなやりかた、はたまた、体育会系な言い方では
「すごく努力や練習して本番では神に任せる」という事を

” 脳ではなく、実践で ” 
やらせてもらってきたことを再認識した。

ははん、私の強さはここにあったんだな。

思えば私は「自分の人生」しか歩んでこなかった。
これはありがたい事だし、強い事だ。
何があっても、私は自分のしたいように、してきた。

そのために、母という懐を借りて、あがいてあがいて、脱走した。本当に家出を何度もした。その度に50ccのバイクで母は追い掛けてきた。真剣勝負だった。きっちりと健全にバトルしてきた。

その結果が今の私だ。

たとえばエサレンなんかでは、母にうまく反抗してくる事が出来ず、母の人生を歩いて来て、30半ばで自分がどうしていいかわからない、何のために生きているのかわからない、と泣く人も多く見て来た。

私の母は、私が自分の人生を歩むために練習台の障害物になってくれた。決してYesだけではなく、「No!」をもって私にその「No!」の壁を超える力をちゃんとつけさせてくれた。
ゴムが遠くへ飛ぶ為には、反発力をつけなくてはいけない事を本能が知っている人。

そんな話を、今、母と出来るって、最高に楽しい。

「いやわ、今になってそんな事言うてからに。しかし、あんたの事はよう怒ったわ〜。あんた、言うとくけど、怒るほうも疲れるんやで〜ホンマに」と。

そして、私が今後する事を話すと、母はこう言った。

「少しは世間様に奉仕で返すような事しなよ。今までいろんな人に世話になってきてるから、少しでも役にたてる事をしなよ。老人ホームでも被災地でも行って、そのダンス教えたらええがな。そうでもさせてもらわんと、あんたが貰うとる幸せの貯金減るで。ちゃんと使いなよ」と。

私は本当にこの母の娘である事を嬉しく思う。

Happy Birthday to Me!

今日(アメリカ時間19日)は私の誕生日。

日本時間の誕生日(昨日)の夜、私はブラジルから来ている友人をピックアップしてベニスビーチの教会で行われているダンスのクラスへ行き、60人と一緒に踊った。

帰って来たらトムはスープを作ってくれていて、ケーキを買って来てくれていて、プレゼントに私がお願いしたものを買って来てくれていた。

スカイプで父母に感謝の電話をし、また今年も自分の誕生日に父母が二人ともハッピーに生きていてくれる事、生まれた時間近辺に話せた事、そして、照れずに感謝の意を伝えられた事に心から感謝。

アメリカ時間の19日になったらFBでたくさんの人からお祝いをもらって、さっき、ご近所のおさむちゃんがお花を持って来てくれて。。。
今晩はいただいたギフト・サーティフィケートでトムとディナーを食べに行く♡

いつも、祝ってもらってた。
いつも、サポートしてもらってた。
なのに、多分今までは、自分が気付かなかったんだ。

今年は違う。
これだけ幸せな、皆に、本当に心から感謝できるバースデー。

ありがとう☆ 

   ありがとう☆ 

      ありがとう☆

ほたる

「なあ、ほたる、見に行かへんか?ごっつぅ奇麗なとこ、みつけたんや」
数年前、父と母から嬉しそうな電話での報告に、いつか見てみたいと思い、去年はじめて、それが叶った。
その 去年のほたる以来、日本の梅雨を待ち遠しいと思った。

「秘密の場所やで。あんまり地元の人もいかへんみたい。地元の人が、ここすごい、言うとこも行ってみたけど、私らがみつけたほうがスゴイんやわ〜」

父と母はいつも一緒にどこかへ出かける。
それは必ずしもテーマパークや温泉という、テレビや雑誌で見かけるような商業ベースではなく、ほんの小さな、秘密の夕陽スポットとか、ただ、夜中に波打ち際を歩くとか、写り込みの綺麗な水場とかである。

ほたるの場所も、なんとなく聞きつけて、後は二人で車でこのへんかな?、このへんかな?と見つけた結果らしい。
英語で言うと「R&D (リサーチ&デベロップメント)」だが、
色気がないので、やっぱり探索という事にしておこう。

 ☆ ☆ ☆

その昔、私が海外旅行に行った時は、パスポートのスタンプをもらうと嬉しかった。いっぱいスタンプのあるパスポートを誇らしく思い、おみやげを買う時間に自分の時間をほとんど全て当て、今考えると何をしに行ったんだろう?と不思議に思う。
あれは旅行ではなく「目標の達成」または「過密なスケジュールの消化」であった。
楽しんだのかと言うと、それはそれで、まあ多分楽しかったと思うが、地球の歩き方の跡をなぞっただけとも言える。
そこでゆっくりと自分の時間を持つ事をしたかと言うと、そんな時間を持つくらいなら、もっと違う国々を回り、パスポートにたくさんのハンコをもらいたい、くらいに思っていた。

世のアクティビティは商業ベースで「見なくちゃ話題に遅れる」ために行くものも多くあるし、上記の過去の私のようにスタンプをもらったり、おみやげをわたして「経験を披露する見栄」で行く場合もある。

が、この父と母の「ほたる」なり、「夕陽」なりは、まったく異質のアクティビティで、
消費ではなく、目標の達成でもない。
いや、実際アクティビティというよりは、クリエイティビティだと思う。

 ☆ ☆ ☆

うわ!ごっついいっぱい ほたるおるで!
はよ、車のヘッドライト、消して。

なあ、こっち、ものすごいええ匂いするで!
なんやろな?
きっと、こっちのみ〜ずは あ〜まいぞ、なんやろな。

あ!お父さんの頭の中、ほたる入って、あたま、光っとる〜!
ハゲとったら、写り込んで、倍、光ったのに、残念やなあ、毛ぇ あって。
あははは!!

こんなとこで、寝袋で一晩すごしたいわ。ほたる見ながら。
ええなあ。蚊にさされるかも、やで。
あんたら、女は強いなあ、ワシはええわ。こわいもん。

 ☆ ☆ ☆

こういう過ごし方が、とても好きである。
平和な平和な時間。

ほたるは、まるで雪が舞うように、
ひらり、ひらりと、
はらり、はらりと、

蒼い光りを発しながら 谷あいの川岸を ゆうらゆうら、と飛ぶ
幾千ものほたる。

英語ではファイヤーフライ(火の蠅)、と言う。
幽玄の炎。

この世とあの世の境い目に来たかと見まごう
一山全体、一谷全体、完全トリップの世界。

手をのばしたら 手でつかめる。
ほたるの世界に、特別に 人間数匹、入れてもらった感覚。
大自然のファンタジーの一部となる。

誰に見られるわけでもなく、誰にも知られず、
そっと生まれ、そっと死んで行く
そんな動物もいる。
むしろ、そんな動物のほうが地球上には多いのだろう。

人間だけが、自分の生きる意味を求め、
あくせくとするのかもしれない。

ほたるは 
「ただ 生まれ」 「ただ 光り」 「ただ 舞い」
そして、この山の一部になってゆく。

ある意味、ほたるに 憧れる。