どれが本業?

トニーは、サンタモニカで
ダンススタジオのオーナーをしている。
 
彼はいわゆるスタジオの人というよりは
なんだか少し雰囲気が違って
なんというか、いわゆる多角的なにおいがした。
 
ブレてない、というか
こいつ何モノ?感があり、
私の興味の触手がピコンと動いた。
 
そのスタジオにはコーヒーバーもあって、
トニーがコーヒーを入れてくれる。
するとジャズ・カフェのマスターみたいにも見える。
 
「今度、モンタナストリートのほうにカフェ、出すんだ」
と言ったので
「ここのオーナーだよね?」
と聞くと
「そう、ラテンのダンスの先生として、自分でも教えてる」
 
 
ここのスタジオは音響も最高で
ライト関係がオシャレで、
大きな写真が飾ってあって、
印刷がかっこよかった。

それに関して質問したら、やたら詳しい答えが帰ってきたので
「これ、自分の写真?フォトグラファーなの?」
と聞くと
雑誌などをやっている
ファッションフォトグラファーなんだと言った。
 
 
「うわぁ!どれが本業?」

と私は聞くと
 
トニーは笑顔で、

「どれも本業だよ
 どれが本業って決めなくちゃいけないことってないだろ?
 全部本業。
 その時にそこに集中する。
 生きてること、ぜーーんぶ本業!」

と言った。
 
 
新鮮だった。
 
 
一本に絞る、という神話を、
誰が作ったんだろう?
 
いろんなタイプの人がいたら、
いろんな生き方がある。
 
そんなとても基本なことを
ふとリマインドされた日だった。

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2018の抱負

2018年、

こちらロサンゼルスもあけました!
 
あけましておめでとうございます。
 
ことしもよろしくお願いいたします。
 
 
みなさまは、どんな年にしていきたいですか?
 
===
 
振り返るに、
2017年で私が一番誇れたことは
 
逃げなかったこと。
ちゃんとリスクを背負って
面と向かってきたこと。
 
  
昔は
わかったふりをして
逃げがちだった。
  
が、今は
ちゃんと向かい合っている。
 
最初は怖かった。
が、慣れてくると
ちょっぴり楽しみすら覚えながら
逃げずに

「無理かも?」
と思うことにも
メールを出してみたり
やらせてください、と言ってみたり。
 
そんなふうに出来た自分を
もっと好きになった。
  
 
そして今度は2018年。

2018年の抱負は、
 
 仕える。
 奉仕。
 Service

  
という感覚が降ってきました。
 
「自分がやる」
というよりは
もし、必要とされる場所があるのなら
なんでもやらせていただく
というスタンス。
 
大きく見せる事なく
小さく縮こまる事なく
 
ボランティア云々の意味ではなく
 
自分がもし、神だとか宇宙だとかの
ツールとなった場合、
何をさせていただく事ができるか。
 
それに向かおうと思う。
 
 
みなさんにとっても、素晴らしく輝く一年になりますように。
 
元旦

kikikiki.jpg
 
 

夢は必ず叶う

本当に願う夢は必ず叶う。
必要なものは絶対に手に入る。
 
大前提として
ここで言う「夢」とは

「誰々さんが こうなりますように」
っていう他人ターゲットじゃなく
あくまで自分のことね。
 
他人には他人の使命があり、
それには関与してはいけない。
 
というわけで
私が考える
夢を叶えるポイント、5つ。

1)欲しいものは引き延しせずその場で決着をつける。
2)自分で叶えてしまい、叶い癖をつける。
3)アタリマエに叶うと言う思考回路を作る。
4)全ての結果に感謝し、ゆだねる。
5)夢の概念を変える
 
 ・・・
 
1)
欲しいものは引き延しせずその場で考慮する。

本当に欲しいかどうか、
しっかり感じてみる。
 
で、心底欲しかったら
先送り(後回しというのか?)しない。
その場で考慮して、決める。
 
もちろん、値段のコトもあるから
お財布とは相談だけど
大概、本当に欲しいなら
手に入るようになっている。
 
(そういう時に写真や動画の仕事が入ると、
買っていいサインだと私は受け取る)
   
 ・・・
  
2)
自分で叶えてしまい、叶い癖をつける。

テレビ(カメラ、レンズ、洋服なんでも)が欲しい。
あー、でも買えないなあ、と思った時
自分の生活を省みる。

そして
「どうしたら出来るか」
にフォーカスを持っていく。

・あの付き合いのランチを2回やめたら、
・あの無駄遣いを1回やめたら、
・スタバを今月は半分に減らしたら、
 
買えるじゃん!
とにかく先に買ってしまう。
 
そして
夢は叶うのだという
自信を植え付け、
「わーい、また、かなっちゃった!」
と、叶い癖をつける。
 
ただし、無駄に買って
後でクレジット会社に追いまくられないように
責任と義務のバランスの中でよろしく。
 
 ・・・
 
3)
アタリマエに叶うと言う思考回路を作る。

本当に必要なものならば
宇宙が与えないワケがない、という
強い信念を持つ。
 
その信念は、信じるというよりも
「ごくごくアタリマエ」と思うくらいに。
ここポイント。
 
なぜなら
「知っている」は「信じる」よりも強いから。
  
感謝のないエラそうなアタリマエでなく
もっと、華族の女のようなアタリマエさがいい。
たとえば
80万円くらい(リアリティのある数字)をもらったとする。
 
「ありがとう〜〜〜〜」と土下座で涙するのではなく
「あら、嬉しい。感謝します」
と受け取れる気品っつーの?
なんか、そんな感じ。
 
ここは心のポイント。

 ・・・ 
 
4)
全ての結果に感謝し、ゆだねる。

そして、1、2、3の
行動をしたあとは
 
どういう結果であっても、
それが自分にベストな結果だと
ごく当たり前に感じつつ、
全てのプロセスと結果に深く感謝。
 
そして、あとはあーだこーだこねくらない。

ただ、ゆだねる。
ただ、忘れて、待つ。
 
自分の宇宙観(大げさ)みたいなものを信じてゆだねる。
 

 ・・・  

5)
夢の概念を変える
 
これは大前提だ。
 
「夢」を「夢」という
ふわっとした憧れのようなモノから
「行動目標」へと変更する。
 
  
3年前、私は
スカイプクラスなんてやれたらすごいなあ、と
思っていた。
 
「あ!言っちゃいましたね?
 どうやったらできるんでしょう?
 テストしてみますか?」
 
とマホちゃんが言ってくれたのがはじまり。
 
A: 言っちゃう
B: 協力者にヘルプしてもらう
C: トライアンドエラーでいろいろ試す
 
 
この後も、うめちゃんを筆頭に、
みとちゃん、さえちゃん、ハッシー
みんなに助けてもらって、
いろんな場所でのワークショップが可能となっている。
 
一人でなんて到底できない。
協力をしてくれる人は私にとって超大切なのだ。
 
「私は一人で出来る」
というのは、くだらないエゴ。
ずっと一人で出来ると思ってきた私が言うんだから間違いナイ。
そんなエゴ、すてちゃったほうがいい。
 
 
「ねえ、これをやりたいんだけど、知らない?」
と、人にまずは尋ねる。
 
数打てば、必ず当たる。
そして、協力を頼む。
 
助けてもらうことを学ばずして
夢は叶わない。
 
 
「夢が叶わないのよねえ」
と言っている人は大概、
怖くて人に自分の夢を告げていないのだ。
だから、踏み出せてもいない。
 
それは「夢」ではなく
自分の中だけでキモチがゆらめいている
「あこがれ」という。
 
 
 〜 〜 〜 〜 〜
 
 
夢を持ったら
夢に向かって
とにかく行動してみる。
 
そして、ダメということは
やってみなければわからない。
自分の勝手な推測で「ダメだろう」と思って
行動しないのは、もったいない。
とにかく、投げかけてみること。
 
ダメならダメでいい。
その時に考えたらいい。
 
ダメ「かも」という思考で
行動をストップするのは
もったいなさすぎる。
 
そこまでやってダメなら
それは自分の道ではないのだ。
 
 
堂々と、夢を叶えていこう!
 
MERRY CHRISTMAS!!!
 
freepik6

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=======
 
5リズム、1月、日本でワークショップします。
 
私という物語を自分でつくるために
「コミットメント」

詳しくは5rjp.comへ!
http://5rjp.com/event/2018_01_19_tokyo/

星空のエサレン

エサレンで週末の5リズムのワークショップのアシスタントを終え、帰ってきた。
 
 
エサレンという場所はスペシャルなところ。
 
ここはゲシュタルトセラピーの発祥の地。
マイケル・マーフィー、ディック・プライス、アブラハム・マズロー、フリッツ(フレデリック)・パールズといった心理学の先人が。
表現として、写真のアンセル・アダムス(18%グレーの人ですね)
そして、マッサージのほうではアイダ・ロルフが。。。
 
ここでエサレン・マッサージが生まれ
ここで同じ時期にガブリエル・ロスが、5リズムを作った。
今訳しているガブリエルの本にも、フリッツ・パールズの事などが書かれていて、とても面白い。
 
5リズムを始めて以来、一年に少なくとも2回はくる。
  
・・・
 
そのエサレンには、崖の上に硫黄の温泉がある。
 
そしてそこは混浴で、裸天国で、フラワーチルドレンの走りとして、その昔は(もしかしたら今も)温泉で恋がいっぱい芽生えたらしい。
 
 ・・・
 
そこに夜中に一人で浮かぶのが大好きだ。
 
とくに新月、
月のでない晴れた夜は、
満点の星というよりも、
「ここはどこなんだ」状態になる。
 
プラネタリウムよりも星が多い中、温泉に浮かぶ。
 
真夜中をすぎると人が減り、全部で7つあるバスタブの、ひとつはほとんど人がいなくなる。
波の音を聞く。
足を温泉のヘリにかけ、そのままお湯に浮かぶ。
すると耳が水の中に入り、波の音も聞こえなくなり、
まったく自分だけの世界になる。
いや、自分と星だけの世界。
 
そこでただ、ずーーーっと浮かぶ。 
 
目をあけて温泉に浮かび、
星空に吸い込まれそうになるうちに、
どっちが上か下かの感覚がなくなる。
 
あのひとつひとつの星が、
もしかしたら地球くらいだったり、
それより大きかったりするのかもしれないと思うと、
物事の概念がゴボっとひっくりかえされるような、

自分がちっぽけなのと同時に、
自分の目にそれらが全部入っているという驚きとが共存する。
  
 
星を吸い込む。
 
全部の星を吸い込む。
 
天の川をミルキーウエィとはよくいったものだというくらい、ミルクみたいに白い。
それくらい星がいっぱいあって。。。
 
 
白鳥だとかいろんなものが見えて、これを昔の人も、これからの人も見るんだろうな、と思う不思議。
 
 
そこへシューーーーっと大きな流れ星。
  
 
ああああああああーーーー
 
それしか言葉がでない。
それしか音がでない。
 
 
 
 
どんな面白いトピックも、
この自然にはかなわないんだなー。
 
自然とニヤニヤしながら崖から自分の部屋へと15分歩いて帰る。
 
アシスタントの部屋は、ダンスドームの近くのスリーピングバッグ(寝袋)・ルーム
 
 
自分で車で六時間運転して、
寝袋を持ってくるのだが、
これが実は普通の部屋より、すごくいいんだ。
 
アシスタントの部屋は
アートバーン(アートのアトリエ)の二階。
 
 
ほったて小屋なんだけど、下はアトリエになっていて、
その屋根裏部屋からは、大きな大きな樹と海が見える。
赤毛のアンになったような気分。
たぶん、アンの部屋より大きいと思う。
そこにもう一人のアシスタントのヴェーリアと二人。
 
  
 
踊って、踊って、
言葉をなくすくらいに踊って、

森を通り川を越え、
崖の上のお風呂で湯船に抱擁されて、
星空に吸い込まれ、

樹に見守られ、星空を見上げ
波の音を聞きながら眠りにつく。
完全に大自然に抱かれた週末。
 
あああああ、幸せだーーー!
 
星を撮ろうとカメラを持っていった。
20秒ほど開きながら、ぼーっと待つ。
いいな、こんな時間。。。
 
といいつつ、ピントがあってないんだけど(笑)
こんどきた時は、またちゃんと撮ろう。

ハロウィン:仮面の効用

ハロウィンが終わった。
 
ウエストハリウッドを練り歩く、何万人という仮装の人々。
皆、笑顔で、大笑いをして、
自分を解放している。
 
 
ハロウインのたびに実感するのは、

「本来、人間とは
 表現をしたい生き物である」
 
 
それが
普段の生活の中では

「私なんか」
「だって、チャンスもないし」
「どうせ、やったって。。。」

というところで
勝手に閉じちゃっている。
 
 
だって、どんな誰にだって
「見て〜!見て〜!」という気持ちはあるはず。
それを「知性で」隠している。
 
だって、見てくれなかったら悲しいから。
だって、見られなかったらカッコ悪いから。
ダメじゃん、って言われたら立ち直れないし。
 
 
それでも、
人とは本来、認められたいのだ。
 
元来の欲望だとか情熱だとかを
時々、健全に出してあげる必要があるのだ。
 
 
 
仮装をすると、

なにものかになる強さ。
肩書きの強さ。
 
そんなものが出てきて、
自分が普段では出来ないことができる。
 
例えば
モンスターになるからこそ、
ガオーーーッ!って出来る。
 
そこから、
あ!出来ちゃうんだ!
という
知らない自分を発見する時がある。
 
とても5リズム的。
 
 
本来、5リズムでは
「自分自身へ戻るために」
仮面や鎧ははずす作業を
たくさんするが、
 
5リズムの
「リチュアル・シアター(儀式の劇場)」や
アーキタイプを踊る
「ゴッド・セックス・アンド・ボディ」
のワークショップでは、
奥底にいる知らない自分を発見するために
あえて、鎧や仮面を使う、
というメソッドもやる。
 
 
ふと考えたら、
そうだ、ハロウィンってソレだ!
 
(毎回、ハロウィン終わりには
 これら系のワークショップをやろうと
 強く思うのだが、忘れちゃってる。
 もう少し、5リズムそのものに
 みなさんが慣れたら、と、、、
 そのうち、絶対にやろう!)
  
 
 
今回は、はじめて参加が三人。
 
「すげえ〜っすね!芸能人の気持ち、味わった〜!」
というくらい写真を撮らせてくれと頼まれた。
 
これ、経験するの、大切。 
 

 
いかにオーセンティック(本物志向)に、
いかにクリエイティブに、
大人が真剣に遊ぶか。
 
これ、すごい大事だと思う。
 
 

・買い物6件、5時間
・パターン試作、一晩。
・当日、全員で制作6時間!
 
 
がんばったーー(笑)

もし、5リズムにハマるおっさんが増えたら

おっさんって厄介なイキモノだ。
その厄介さが愛おしくもあるが、
私だって体の中におっさんが入っている以上
おっさんの気持ちがよくわかる。

おっさんは、頭で理解したがり、
おっさんは、世の中を憂うことを恥ずかしくなく、やり、
おっさんは、アップル製品をこよなく愛したり批判したり、
おっさんは、こだわりに生き、
おっさんは、俺は男だから、としっかりしようとし
おっさんは、一人でこっそり、俺なんて、と嘆き、
おっさんは、社会の中で鎧を着、
おっさんは、家庭では女に頭が上がらない。

私、まさにおっさんレディなんですが(笑)

もし、5リズムにハマるおっさんが増えたら、
世の中がもっと住みやすくなると思う。

おっさんは、フィーリングっつーヤツに照れる。
だからこそ、フィーリングを体験して欲しいのだ。
「ほう、これがフィーリングですか」
とか、言いながら笑って欲しいのだ。

すると、絶対に世の中が変わる。

 

私の大好きなおっさん達、ゼンポーさん(お坊さんだ)やヨッシー、タカCは
大好きなみーちゃんからの赤札招集令状でやって来てくれたのだが
結構続けてくれちゃってて、

「すげえね、5リズムやってさー、足、こんなとこまで上がっちゃってもよ?
 筋肉痛とかならないんだからさ〜」
と笑う。

「マサヨちゃんの最後の祈りの踊りさー、
 見てて俺、うるっとしちゃったよ」
と、ゼンポーさん。

こういうフレキシブルさを、世の中のおっさん達、全員が持ったら
すごいことになると思う。

だって、泣けないオヤジが多すぎる。
オヤジだけ泣くのをガマンしなくちゃいけないなんて、
そんな不公平があっていいのか?

いや、5リズムは感情解放だけじゃなくて、
理論的にもとても実は面白いのだ。

「はっ、なんだこの変性意識は!」と言ったドクターもいたが、
その変性意識へトランスする体験も、
ぜひしていただきたいし、

みんなでユルくなろう!
体を緩めよう。
体が緩むと心が緩む。

5リズムはゴールに向かうメソッドではない。
どっちかっていうと、ふりおとすほうだ。

自分を振り落として、ほどいて、ハダカになるためのメソッドだ。

本当の勇気って、そういうものだと私は思う。

うちの父は泣く。
人前で豪快に泣く。
私の結婚式(その1回目の結婚は破局だったが)で、号泣した。
父の号泣を見て、
私はとても勇気のある男っぽい行為だと思った。

アメリカやヨーロッパでは5リズムをやっている男性がいっぱいいる。
男性こそ、必要だと思う。
もちろん、女性もだけど、
男性が5リズムをやったら、
特に、会社を指揮するような人たちがいっぱいやったら
こころの会社が増えると思う。

体で理解すること。
能書きではないこと。
鎧でタイマン張らないこと。
人との調和をリズムで感じること。
ハートに嘘をつかないこと。

こんな上司がいたら、素敵だよね?

私が思うのは、
5リズムが目指してるのは、
スピでもダンスセラピーでも成功のための道でもない。

人間性。魂力。

それを楽しみながらマジでやる。

だから、おっさんの皆さん、

是非やって。

私の夢の一つは

国会とかでやることだ。

5RJP_newsletter_head_gazo_nomi

十月のワークショップはこちらから。

http://creativerain.wixsite.com/masayodance/copy-of-class-workshop

2デイズと1クラス、どう違う?

 5RJP_newsletter_head_gazo_nomi
 
5リズム。
週末の2デイなどのワークショップと、クラス。
どう効果が違うのか?とか、どっちへ行けばいいか?と聞かれる事がある。

・クラスと週末2デイズの違いは
 
毎日、毎週、一定の時間、
近所の浜辺へ行ってリラックスする事がクラスだとしたら、
 
数泊、根性決めてキャンプ道具を持って、
ビーチへ旅行へ出かけるのが2デイズ・ワークショップ。
 
 
クラスの利点:
気軽に参加できる。
日々の練習にできる。
続けてやる基盤になる。
短いので、前後に予定をいれられる。
5リズム云々を排除してただ楽しく「聖なるディスコ」としてダンスもできる。
 
 
週末2デイズの利点: 
まる1日、まる2日、そこに浸かるので
自分と向き合う時間が長くなる。
「普段、まとめてそれだけの時間を自分にあげられているか?」
「この週末だけ、その時間を自分のためにとってみては?」
というのがウイークエンド・ワークショップ。
 
週末2デイズでは、踊るだけでなく
違った視点からのデモンストレーションや説明、レクチャーもあり、
5リズムとは何かをより深く理解できるように
たっぷりと時間をとって、テーマを掘り下げていく。 
 
そして、連続して5リズム的な考え方にいられる環境の中で
自分を観察し、自分を探すことができる。
 
クラスで、あとちょっとそこにいると、
もう一歩深いところに入れたのに、という手前で
終わってしまう可能性もあるが、
週末ワークの場合は、じっくりと時間がとれる。
 
 
 
というわけで、使い分けてくださいな。
 
 
あと、こんな質問や感想もいただく。

体の調子&辛い
・怪我してるので、休んだほうがいいですよね。
・具合悪いので。。。
・年だから激しく踊れない。
 
・5リズムって結構激しく踊りますよね?
・前やったことあるんですけど、結構辛いですよね。

というご意見について。
 
誤解その1)
激しく踊る踊らないは、皆さん、それぞれの体に聞いていただきたい。
体と対話しながら、体が「それ以上無理」と「まだまだ大丈夫」の範囲内で踊る。

ただし
「明日早いから」とか、
そういうのは体の声とは言わない。

それ(制御、コントロール)は頭の声=思考。

頭の声ばかり聴いている日常から少し離れるためには、
コントロールははずして
体に主導権を渡してみよう。
その頭の声を沈めるのが
瞑想(動く瞑想5リズム)であるはず。
 
あなたの体が大丈夫だと主張する範囲で動くので、
妊婦さんでも、怪我をしていても、車椅子でも、参加できる。
私が最初に5リズムを一週間経験した時、私は左足が不自由だった。
私は、そこからのスタートした人間だ。
ガイドはあるが、こう見えるように踊る、というのはナンセンス。
自分の体に任せる練習である。

 
長い。そんなに踊れない。
2時間のクラスでこんなに辛いのに、これを1日なんて、無理!
ましてや2日は無理!

というご意見について。
 
誤解その2)
1デイ、2デイといっても、1日5〜6時間も
ぶっ続けで踊るわけではないのでご安心を。
文字どおり互いをみつめるワークもするし、
ひとつひとつを腑に落としていくワークもある。
 
いわゆる激しく踊るのは
1時間弱の、「ウエイブ」と呼ばれる流れ中で15〜20分くらい。
それがクラスでは2回。
1デイでは1日のうち、多くて3回。
 
ね?そんなに変わらないでしょ?
 
また、体の思うように動いていると、
不思議と筋肉痛にならない。
 
イジワルに言うならば、
筋肉痛があるということは
「自分から無理やり動きに行った」という証だとも言われている。
 
コントロールしようとするとそこに抵抗がかかって筋肉痛になるが、
5リズムでは、体に本当に委ねていると動いた割に筋肉痛になりにくい。
実際に痛いところがなくなった、という声もよく聞く。
本来はそうであるモノなのだ。
 
ここでもコントロールをはずす練習。
委ねる練習。
 
 
ヒント: 抵抗があるときこそ

抵抗があるときこそ、ぜひ、逆にやってみて欲しい。
 
体は全てを知っている。
だから、抵抗のあるときこそ、実はチャンス。
その大事な抵抗、素通りさせないで、ちゃんと使ってみたほうがいい。
 
(これについては後日、別途投稿する予定) 
 
 
 
 
 
そして、もう一度、
 
5リズムとは
 
「何かのスキルを習う」のではない。
「自分を習う」のだ。
自分という「人生の旅」なのだ。
 
自分が先生。自分のリズムをみつける。

 
 
 
5リズムは自然界のエネルギーとしての、
人間を学ぶために作られた道しるべ。
 
それはまだ探求がはじまったばかり。
とても深い。 いくらでも奥はある。
 
それは、自然の深さであり、人間の深さであり、あなたの深さ。
それは人に言ってもらうことではなく、自分でみつける。
 
自分の「あ!」を体感する。
 
私はそのガイド役。
  
 
どうか、何度も何度も
自分の深みを、奥行きを、
体を使って、探検してみて欲しい。
 
5リズムとは
http://5rjp.com/5rhythms%E3%81%A8%E3%81%AF/
 
10月ワークショップはコチラ
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/
 


 

ガブリエルの本を訳してて

今、5リズムを創った、
ガブリエルロスの本を訳している。

ティーチャーになる時の課題図書だったので、
当時、辞書と首っ引きで読んだ。
だいたいの内容はわかっているが、
もう一度しっかりと訳すという形で対面をしてみて、
改めてのその凄さに圧倒されている。
 
 
この人はロックしている。
全てにおいて、
すごいロックなのだ。
 
ロック=覚悟
と私は捉える。
 
 
自分が何者であるのか、自分が何をすべきなのか、
全身全霊をかけてやってきた人。
 
 
この覚悟において、
このロック魂を持つガブリエルを
憧れとともに、
私は羨ましく思う。
 
 
でも、
私のやりかたで。
私らしく。
  
  
ガブリエルの書を読んでいくと
私がなぜ5リズムに惹かれているのか
それが明らかになる。
 
それは
単なる1つのメソッドではなく
「WHOLE」全体だからだ。
 
今、食べ物は「全体」
世の中もようやく「全体」を言われてきて久しいが
ガブリエルはずっとその「全体」に向かう事を
やり続けてきたのだ。

まるで仏教と同じ。
仏教はそれが気が遠くなるほど長い歴史だけれども。。。
 
 
 
有=無(空)
 
 
闇=光
 
 
分けられるワケがない。
 
全てには極がある。
 
 
そして、体と精神、マインド、
バラバラになった現代の社会、 
細分化して断片化する昨今、
 
 
これがいいとか、
これが悪いとか、
あっちがいいとか、
こっちが悪いとか、
 
 
言葉遊びではいろいろできるけど
 
 
1000枚の葉っぱの剪定じゃなく、
 
WHOLEなんだよね、
ガブリエル・ロスが言っているのは。。。
 
 
 
 
そして、それは
「頭で」納得するコトじゃない。
 
ココ、大事。すっごおおおおい大事。
 
 
「WHOLE」 全体で、
すなわち、身体で納得するという事。
 
経験するってこと。
経験から、
体験から学ぶということ。
 
 
だから、
訳し終わるまで
私はあまり
この中に書かれている事を
口に出さないほうがいいように思う。
 
 
そして、訳しても、
それを読んで
頭で理解する人のみが続出するなら
 
こんな本、
世の中に出ないほうがいいと思う。
 
 
それくらい いい。
 
 
  
まだ、荒い訳を始めたばかりなのに
 
魂に響きすぎて、
 
涙なしには訳せなくて、
 
 
 
もう、早く皆に読んで欲しい。
 
 
 
ど同時に

読んでほしくない(笑)
 
 
 
MAPS TO ECSTASY 恍惚へのマップ

Maps to Ecstacy by Gabrielle Roth

10月の、マサヨによる5リズム、
ワークショップの情報はコチラから。
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/

5リズムって効かないし

だって、何回か踊ったけど、
5リズムやったって、効かないもん。 
 
といわれてビックリしたことがある。
 
 
そもそも、
効く、効かないというのは
コンセプトが違うのだ。
 
  
いわゆる「これをやればこうなる」という
絶対的な方法でもなければ、薬でもない。
  
 
もし、たった2回のクラスで変われるとしたら、
私はとうに悟っている事になる。
 
んなワケがない。 
ポテチとチョコレート食べながら
寝そべってビールとか飲んじゃうんだから。
 
 
もちろん、たった1回のクラスで
人生がかわる「きっかけになる」事はある。
(過去の参加者さんで、多々あった)
 
 
が、1回で自分が変わるという
インスタントな考え方は
この際、きっぱり捨てていただきたい。
 
意図的なアクション(動き、行動、踊り)を起こす。
それが習慣になるくらいやる。
ソレなしに、体にしみ込まない。
 
 
 
また、5リズムは「直すためのツール」でもない。

そもそも、直す、というのは
それが悪い、と認め、
そんな部分を排除したいとする概念。
 
そこを根本的に5リズムでもくつがえされるのだが、
 
あえて「直す」と言う方をするとしたら
 
 
自分が作り上げてきた結果を
インスタントに一回くらい直したところで
自分のパターンが変わらなければ
そのまままた引き継ぐのだ。
 
だから直らないよ。
 
だからまずは、パターンを知る。
 
そのパターンを 
変えてもいいし、
変えなくてもいい。
 
 
目を背けずに、
自分の現在地を、しっかりと見るのだ。  
いわゆる事実誤認を自分で解いていくのだ。
 
  

 
5リズムとは
本当の自分と繋がるための練習であり、
動物としての「人間」の本能を取り戻す練習。
 
 
 
 
現代社会は心と体が離れすぎている。
頭と行動がバラバラで
言葉と気持ちが伴っていない。
 
自分をつなぐ作業は
自分でしかできない。

そこを「こういう時にはこうしましょう」
なんていうマニュアルは
木で言えば
木の葉を教わるようなもので
幹や根を教えてはいないので
その場限りのバンドエイドとなるばかりか
何千もの葉っぱに振り回される。
 
  
そうじゃなくて、
自分の答え、自分の対処法を
自分の体に聞きながらやる。

自分という根幹に行き着く。
それを促進するのが5リズム。
 
「だれかに何々してもらう」とか
そういう事では始まらない。
 
かなりガテン系の
超グラウンディング系のスピなんだな。
自己統合をし、直観力を取り戻すための
地に足ついた、三次元的訓練。
 
 
その道しるべ「マップ」にのっとって
人生という旅を歩いていくのだ。
 

 
 
5リズムとは、「考えかた」。
 
ダンスというツールを使って
人生を比喩としてとらえ、
体からの知恵とつながる。 
マップがあると旅が格段に早くなる。
  
結果、自分の弱さも受け入れ、
世の中の全ては自分の映し出す現象ととらえ、
それを踏まえた上で自己ケアをし、
世の中を渡っていく上で
賢く振る舞えるようになる事。
 
 
これ、怖い。
覚悟がいる。
 
 
 
 
心理学に携わっている人がよく言う。
「わあ、5リズムって、よく出来ている。。。」 
 
 
 
5リズムは、一生をかけた練習。
 
 
 
 
私たちの体は巨大な記憶倉庫で、
その中に全ての答えが入っている。
 
 
身体は全てを知っている。(ガブリエル・ロス)
 
それが、
体を動かす事で表面に出てくる。
 
 
私はそこへお連れするツアーガイドのようなもの。  
 
 
 
 
ワークショップは
クラスよりもさらに深く
 
体という記憶倉庫を
「自分で探れる」ようにする。
それを体験する場。
 
 
頭で、じゃないよ。
頭で、は、知識だけになる傾向があり、
アクションまで落とし込めない。
 
  
もっと、「身体に刻印をうつ」
そんな感じ。
 
 
自立型メソッド。
5リズム。
 
 
 
 
じっくり2デイズ、受けてみせんか?
ただの1回の経験では、もったいなさすぎる
これは一生モンの哲学だと、私は思っている。

このあと、感情を取り扱うレベルのハートビート
人生のサイクルを学ぶサイクルズ、
エゴを扱うミラーズと続く。
 
本当に深い。
 
 
まず、私が教えられることは
体を扱うウエイブというクラス。
 
 
5リズム的生き方。
私が目指すのはここ。
 
 
 
 
=====
 
5リズムとは 
の説明、加筆しました。
http://5rjp.com/5rhythms%E3%81%A8%E3%81%AF/
 
 
 prf
10月の予定は
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/

サイキック並みの

この3〜4日間、すごく不思議な日。

この人に連絡とらなくちゃなー、と思ってた人が、いきなり現れる。
前の日に頭に浮かぶと、実際にやってくる。。。

普段は来る筈なんてない人たちなのに。。。
普通なら空くわけのないスケジュールなのに。。。
 
5リズムを踊って体がクリアになると、
私にはこういう事が多々起こるようになった。
年月を重ねるほど、踊る回数が多いほど
この現象が強くなる。
だって、
宇宙の振動(スピ系的言い方)というか、
元の動物の振動(ガテン系言い方)に近くなるから。
 
 
確かに、前日に明確に顔を思い浮かべ、話題にのせていた。

* サンディエゴへ行くのに渋滞にハマる。このあたりで泊めてもらえたらスカイプクラスが楽だけど、お友達は超忙しいから捕まるのか?と思ったら、今日だけあいていた!

* スピーカーとか、音が心配なんだよねー、といってたら先週本当に音が出なくなった。

* ケイトがクラスに突然現れたりして、と言っていたら、本当に現れた。

* 日本のお客さんに紹介するボイストレーナーを探すのに、アストリッドの電話番号を探さなくては、と思っていたら、レドンドのクラスに2年ぶりに来た。

* ドナ、最近見かけないねー。パームスプリングスで遠いからだねー、とサンディエゴで話していたらトパンガのクラスに来た。

* 昨日は久々にジョーの話をしていたら、
なんとジョーもトパンガのクラスに!

*通じなくてはならない電話は、必ず通じる。

私はサイキックになったのか?
と思うほど。
過去と未来という概念が崩れ始めている。

挑戦も仲直りも、全部あっちからやってきてくれる。
ありがたい。
 
 
嫌な事、ピンとこないことは、もうやらないほうがいい。
ここ、逃げで、の意味じゃないからね。

本当に必要な事は、難しくてもシンプルに、必ず来る。
 
 
 〜 〜 〜

そして、今日はいつもしないことをした。
自分に正直になったら、どうしてもしたかったから。

私は、自分のやりたい事をする。
私は、私以外の誰でもないのだから。

スティルネスで歌を歌った。
五木の子守唄。
数人が泣いていた。

皆、私が曲をかけている、と思っていたみたいだった。
と、さりげなく、案外ウマいんだぜ、を強調するエゴの私(笑)

IMG_0369.jpg

写真は、トパンガ。一応狭いけど公道を通るクジャク(笑

ボディハナ、旅立ち

 
 ワールドトラベラー、ボディハナ、89歳。
 
 
時を戻すこと数ヶ月。2017年4月。

去年の秋にひき続き、ボディハナがロサンゼルスにやってきて、ミスター・ダンディことボブと一緒に3人でボブの家でディナーをした。
 
そのあと、ボブのウクレレとともに一緒にピアノをひき、歌い、
ボディハナがそれを見ながら嬉しそうに笑って、
そしてボディハナの話を聞かせてもらった。
 
 
その数日後、ボディハナが、私のクラスにきてくれた。
前回は腰痛で歩けなくて、クラスへ行けなかったから、
今回は絶対に、と約束を守ってくれたのだ。
  
前回、ボディハナの腰が痛くて私がアッシーをした時、彼女はこう言ってくれた。
  
「私の今の役目はね、人をつなぐこと。だからあなたのクラスへ行かなくちゃいけないの。なのに行けなくてごめんなさいね。今度は絶対に行くから。絶対に踊るから。」
  
そう言って、本当にこの4月に来て、踊ってくれたんだ。
  
  
〜 〜 〜 
 
 
6月9日。
 
さて、私はワークショップのアシスタント通訳をするために
モントレーのアジロマーへ着いた。
 
ボブが私を見つけてこういった。
 
「ボディ・ハナの具合がよくなくてね、インドのアシュラムから、今娘さんがドイツまで運んで、養生をしてるんだけど、ガンかもしれないんだ。今日くらいに結果が出るらしいんだよね。で、一昨日ボディと電話で話せたんだ。彼女は、”もしいいガンなら生きるほうへフォーカスをする。でも悪いガンなら、もう行くタイミングだ” って、そう言っていた」
 
ワークショップのリーダー、ルシアも、アシスタントのソニアも、ボブも私も、
ボディハナとマウイのワークショップで友達になり、とても深くつながりを感じた。
 
ルシアは今回のアジロマーでのワークショップのはじめにこう言った。
 
「私たちの大切な、もっとも年をとったダンサーであり友人が、大きな変容の時にきています。もし、彼女がこの世界を卒業することになれば、元の光の場所へまっすぐに帰れるように、彼女の引く弓矢のように、まっすぐに解き放たれて、あちらへ行けますように。。。その気持ちを込めて踊ります」
と言った。
 
 
 
それからたった2日。
 
 
 
満月の夜、ボディハナはこの世界を卒業した。
 
「昨夜、肉体を離れた、と娘さんから電話があった」とボブ。
 
 
見事です。ボディハナ!
自分で決めて、自分で生きて、自分で逝った。
お見事としか言いようがない。
なんていう素晴らしい幕引きでしょう!!
 
 
ルシアが
「もっとも悲惨な体験をした、もっとも明るく楽しい友人」と彼女のことを言った。
 
もっとも闇を知っている人が、もっとも光に近い、と。
 
彼女は闇を知っているからこそ、人の心にダイレクトに大丈夫だよ、って言える。
その言葉に真実味があるのだ。
 
 
ホロコースト(世界大戦時のユダヤ教迫害のガスのシャワーなどの大量殺人)という世界でももっとも悲惨な体験をし、60歳から自分を立て直すべく第2の人生を歩くべく弓道を始め、インドのOSHOのアシュラムとマウイとロサンゼルスと故郷のドイツを行ったり来たりしたワールド・トラベラー。あっぱれな人生。
  
 
 
 
ボディハナはマウイでも、
日本人の女の子たちの胸に手を当てて、こう言ってくれたんだ。
 
 
「私はあなたの”ここ”にいる」
 
 
 
うん。ボディハナ。
あなたは私の”ここ”にいるよ。私のハートにいるよ。
 
「悲しい」というよりも
感謝の涙がいっぱい溢れてくる。
 
 
ありがとう、そして、卒業おめでとう!!!
 
We miss you!!!

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