イケてる施設のZENマスター

5リズムを作ったガブリエル・ロスは、子供達や年寄り、統合失調症の患者さんにレクリエーションの一環としてダンスやお芝居を教えていた時、人間の動きを観察し、誰しも皆、動きの中に5つのパターンやリズムがあるということを発見した。
 
老人ホームや統合失調症の施設などでの生徒のことを「私にとっての最初のZen(禅)の師匠たち」と、ガブリエルの著書「マップス・トゥ・エクスタシー」にも書かれている。
 
晩年のガブリエルは「社会のために5リズムを!」と、5リズム・リーチアウトという活動を始めた。
その思いはそれぞれのティーチャーに反映され、老人ホーム、障がい者施設、病院、幼稚園、また戦地での兵士への慰問や、中には監獄(ジェイル)でクラスを持ったりする先生もいる。
私もロサンゼルスの老人ホームでやっていた(80人の車椅子は圧巻だった)
 
日本では、ここのところ、奈良にご縁をいただき(たけおちゃん、たまちゃん、ありがとう)天理市の障がい者生活介護事業所、NPOの福祉施設「ぽかぽか工房」さんでやらせていただいている。
障がいのある方たちが、木工をしたり、織物をしたり、お酒を作ったりして、それらが本当に素敵すぎて、去年、そこで作られたお酒をいただいたんだけど、笑顔で作ってるから本当に美味しい!全く邪念がない。(うさと服みたいだね!)

特に、ここの木工の銀杏の木から手作りされた銀杏のお箸置きは、美智子皇后様がいらした時に「持って帰っていいかしら?」とお持ち帰りになったというシロモノなのだそうだ。
 
 
特筆すべきは、ここ、ぽかぽか工房さんは理事長はじめ、働いている職員の男性がやたらカッコいい。本当にカッコ良い人たちだよなあ、と思う。そして、皆、クリエイティブなアーティスト。こういう人が働いてる施設って最高。ちなみに理事長はヨーロッパに長く住んでおられた写真家で、奥様はフランス人、木寺さんはネイティブアメリカンと生活を共にしていたことがある人で、もう一人の男性はディジュリドゥを吹くミュージシャン。彼らの指導のもと、木の船や、布のクラフト、そしてお酒づくりが展開されている。私はここに関わらせていただいて、本当に幸せだと思う。
 
  
東京からも、地元からも、5リズムを普段踊ってくれている人たちがお手伝いに来てくれるんだが、お手伝いに来てくれた人の方が感動して帰る。
 
 
そもそも私たちは、自由に踊りなさい、自分らしく踊りなさいと言われ、いくら自分の殻を脱いだつもりでも、ぽかぽか工房さんでの、皆さんの超自由な踊りを見ると、ビックリする。彼らは自分独自のリズムそのもので生きており、どんな時も超自分。
今、こうやってたかと思ったら急に飽きる。つまらなさそうにしてたかと思うと、いきなり走り始めたり、すっごく踊り始めたり。人に見られるから、ここに合わせるから、という概念で動いていない。だけど、決して人を傷つけない。愛そのもの。
それはまさにガブリエルが言ったZENのマスターたち。
 
そして、彼らはまた、お笑いのマスターでもある。
 
一人づつ名前を言いましょう、というと、真似して前の人の名前を言う男の子もいる。
「アンナです」
はい、次の人
「アンナです」
え? 笑 
「お前、違うやろ? XXやろ?」と職員さん。
「XXヨシヒコです」
「それ、お父さんの名前やないかい!?」と職員さん。
 
全員爆笑。
 
途中で、イイーーところで
「はい、もう終わりましょう」
というオジサンもいて、全員がツボにハマって爆笑。
 
彼らと最初にやらせていただいたのが11月だったが、
その時に、職員さん曰く、思いの外効果があったのだそうだ。
 
そして障がい者さんだけじゃなくて、その保護者の方達が
「私が楽になりました」と。
 
びっくりするのは、保護者さんが楽しむと、途端に障害のある皆さんが自由になる!
それは物凄くハッキリと!
 
今回2回目やらせていただいたのだけれども、
ありえないほどに色んなことができて、本当に驚いた。
 
人間の能力ってハンパないし、ワクを外せばそれはただただ広がる。
障害があるなし、関わらず、全てには裏と表があって、どっちが正しいかなんて全くわからない。単に裏と表、AとB、背が低い高い、大きい小さい、右と左、みたいな、そんな違いだけなのだ。
必ず人は完璧だ。
 
 
一般参加者さんの中で
「私ねえ、障害ある人、かわいそう、って、悪く言ったら見下した見方してたかもしれへん。だけど今回出させていただいて、あれ、全然違うやん、って思った。行ってよかったわ」
と言ってくださった方もいる。
 
 
次回9月は、ぽかぽか工房さん以外にも、
もう一つ別な施設でもやらせていただくことになった。
また、ZENのマスターたちが増える!

(一番最初の写真は、ぽかぽか工房さんで作られた織物と、木の船)

 

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体現化

ここのところ、
体現化、という言葉を用いた話題がよく出る。

上手、下手、できた、できない、ではなく
体がそれを表すほどに染み付いた、的なコト。
 
 
 
その昔、
 
ステップ1)ーーー
はじめてアメリカに観光で来た時
1件のレストランの印象だけで
「アメリカってさ〜〜」と人に言って回ったものだった。
そのお店は私に全米を背負わされたコトになる。
 
ステップ2)ーーー
在住、5年くらいの時、色々少しづつわかり始め、
「アメリカ」って一概に言えない、と思い始めたころ。
在住20年の先輩から
「ようやくアメリカの一部が見えてきはじめた頃でしょ?」
と言われビビった。
 
ステップ3)ーーー
そんな私も気がつけば米在住20年。
私はようやく、アメリカのことなど何もわかっちゃいないのだと知る。
が、日本へ帰ると、あきらかに浮く。
 
 
これ、何にでもあてはまると思う。
 
 
知らないヤツほど、ウンチクたれる。
私も、たれる。
そして、それは大概バレる。
 
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バレたっぽい顔。
学びの途中がよく見て取れる写真 by あっこちゃん
 
 
 
(1)ーーー
数回だけの経験は
それをとても「おおごと」にし、
その時見たことが「全て」であり、
(ある意味、それはアタリである)
わかったつもりになる。

 
(2)ーーー
真剣に30回くらい以上の経験。
けっこう学んだので、
「何がわからないか」が明確になりつつある。
故に、むやみやたらに発言できなくなる。

「人は知れば知るほど、無口になるのよねえ」
桃井かおりさんの有名なコトバが身にしみるころ。
 
このプロセスの終わりで何度もゲシュタルト崩壊して、、、
 
 
(3)ーーー
それが日常化した何百回も何千回もの経験は
それが「日常に」なり、あがくことをやめ委ねる。
そして20年もすれば、体から雰囲気がこぼれ出る。
 
 
 
 
まあ、20年という年数はアレにしても、
コミットして必死でそれに取り組む。
すると、2)〜 3)にシフトしていくのだろう。
 
語らなくなったころの、
染み付いた行動を伴なった、風情だのそんなものを、
「Embodiment(体現化)」してる、という。
 
   
 

私は、5リズムを通して
一生これを学び続けるのだろう。
 
 
  
ウソのない、無理をしない、
小さくもならず、
大きくも見せようとしない、
様々なことから目をそらさず、
でも暗くもならず、
明るくも見せようともしない、
 
そんな自分がますます気に入っている。
 
 
 
独り言につきあってくれて、ありがとう❤️
 
 

 ーーーーー
 
 
5リズム 2018年、4月。
生クラスならびにワークショップ
7日からはじまります!
 
 
スケジュールは以下から。
http://www.masayodance.com
 または
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/

 
 

100願うよりも

5リズムのスペースホルダーになった
さえちゃんと、TKを連れて
私のLAのふるさと、
パラマハンサ・ヨガナンダさんの
セルフリラクゼーションセンター、レイクシュラインへ
ひっさしぶりに行ってきた。
 
 
で、
ヨガナンダさんの本、
「人間の永遠の探求」に書いてあった言葉を思い出した。
 
 
「なぜ、人は、願い事を100も200も願うのだろう?
 魔法使いになってしまった方が早いのに。。。」

 
 
一言一句同じではないと思うが、このようなこと。
 
 
 
 
 
100の呪文を覚えるのではなく
魔法使いになってしまえば
呪文のコアを知ってるので、覚える必要もない。
 
 呪文を否定するのではない、
 呪文に固執するなということ。

 ツールを否定するわけではないけど
 ツールに振り回されるな、ということ。
 
 
魔法使いマスターは「魔法の本」とかいらないのだ。
 
意識だけでも、
こっちでありたいな、と思う。
 
 
 
他の言葉や比喩に例えれば
 
 

葉っぱを見るな、幹や樹を見よ。

 葉っぱを否定するのではない、
 葉っぱに固執するな、ということだと思う。
 

樹を見るな、森を見よ。

 樹を否定するのではない、
 樹に固執するな、ということだと思う。

 または、

抽象度をあげよ。
 
 
 
 
笑い話なんだけど、
アイアンガーやパッタビ・ジョイスは
ヨガを教えるにあたって
「全米ヨガアライアンス」の資格など持ってないのだ。
 
 
呪文を覚える必要はない。
 
魔法使いになれ。
 
 
 
お話の続きは
気が向いたらまた後ほど。
 
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===== お知らせ =====
 
 
ガイドと自分の身体の声をききながら自由に踊る
動く瞑想、5リズム。
 
 
今回は5リズムのもう一つの特徴である、演劇的な「役割」や「アーキタイプ」を入れ込んだワークショップを首都圏(3都)ではとりいれてやっていきます。
母、妻、役職などといった日常の役割や、自分の中の隠されたキャラクターを探し、楽しみながら表現していくことを入れ込んだワークをやります。
 
自分開花!!
スカーフ、コスチューム、着たい洋服、気に入って買ったはいいけど普段着られない洋服などがある人は、持ってきてぜひともトライ!
 
  
8日(金)1デイ 
神戸では「Rock’n “ROLE(役割)”」
https://www.facebook.com/events/210359202845040/

14〜15(土日)2デイズ
名古屋では「Dance with me(Ritual theater 儀式の劇場)」
https://www.facebook.com/events/2297101430316004/

21〜22(土日)2デイズ
東京では「No rain, No rainbow」
https://www.facebook.com/events/211664642744854/
 
=========== 

そして、

福岡でのはじめての1デイは「コミットメント」
https://www.facebook.com/events/193464011416175/
 
=========== 

また、各夜のクラスは以下のとおりです。

単発の大阪夜クラス (7日 土)
https://www.facebook.com/events/149110229119097/

名古屋夜 オープンクラス(13日 金)
https://www.facebook.com/events/340966449745409/

東京夜、オープンクラス(20日 金)
https://www.facebook.com/events/196028840985511/

金沢の夜クラス、(17日 火)
https://www.facebook.com/events/339577789886017/
 
そして、奈良では、障がい者とご家族のクラス(7日、朝)
 
をやります。
 
=========== 
 
全ての情報は
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/
masayodance.com
 
メッセージ、メールは
masayo.cc@gmail.com
までお願いいたします。
 
皆さまとお会いできるのを楽しみにしています!

「やめちまえ」と言ってくれる人

桐朋学園演劇科で習った 
永曽信夫先生。
去年なくなった。
 
日本の俳優教育に多大な貢献をされた
永曽先生の言葉をふと思い出した。
 
 
「入学したあなたたちへ
  
 僕はおめでとうとは言わない。
 そして僕は君たちを褒めません。
  
 僕は君たちに
 『芝居なんかやめちまえ』
 と、ずっと言い続けます。
 
 それに抵抗して、
 続けていくものだけが
 役者として残るのです」
 
 
 
こんなことに耐えられない神経の人は
北島マヤにはなれないし、
いじめがあっても耐えられない。
 
でも、それ以上に自分をさらけ出す仕事など
できない。
 
 
30年以上たった今なら、
このメンタリティがわかる。
 
 
芝居では「ダメ出し」の時間があるが
その時に
「誰かに自分のことをどうこう言われた」
など、いちいち気にしていたら
役者は無理だろう。
 
 
私はエゴとプライドが強かったので
批判を言われないように、言われないように、
自分の欠点を必死で隠し、
城壁を固めてきていた。
 
 
そこが一番のポイントで、
これじゃ役者じゃなくても
何も達成できないわ、と気づき、 
 
それに立ち向かいはじめたのが
5リズムをはじめてからだ。
比較的最近だ。
 
  
とにかく、
 
「やめちまえ!」
 

こういうことを言ってくれた人がいるって宝だ。
すごいことだと今更ながら思う。
 

  
boo
 
 
ーーーーー

5リズム 2018年、4月。
生クラスならびにワークショップ
7日からはじまります!
 
 
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/
 
まだ、アップが追いついて居ませんが、
 
 7日、奈良(天理)福祉施設チャリティ
 7日夜、大阪夜クラス
 17日金沢、夜クラス
 
もあります。

罪悪感と恥

罪と罰じゃない。
罪と恥。
いや、
罪悪感と恥。

ティムとケイトの
5リズムのワークショップでも
大好きなブレネーブラウンの言葉を借りて
この話題がでたのでちょっとシェア。
 
 
言葉の表面だけをみると
「罪」は深そうで
「恥」は日本人の感覚からすると
少しへりくだっただけの
けっこう美徳系にすら感じられたりしたものだけど。。。
 
 
いろんな感情の波動を測定すると
Dawkinsの測定では 
「恥」は一番低い波動だという結果がでている。
怒りや恐怖よりも、低い。
  
ブレネー・ブラウンも本やTED TALKで
罪悪感と恥、責める、そして弱さをさらけ出すことを言っている。
 
罪、罪悪感とは
「ガラスを割った」
「車をぶつけた」
「人を傷つけた」
「失敗をしてしまった」I made mistake
など、物事にたいして後悔や申し訳ない気持ちを持つこと。
・・・
事象否定。
 
 
それに対して 恥とは
「(ガラスを割った私に)価値がない」
「(車をぶつけた私は)ダメだ」
「(失敗しちゃう”私自身”が)”失敗”、”失脚”だ」I AM a mistake
・・・
自己否定。
 
 
 
こうやって文にして見てみると
罪には未来があるが
恥には未来がない。
 
 
私たちが持つとしたら
どっちがより悪影響を自分に与えるか?
 

おもしろいね。
 
 map-of-consciousness

聖なる役者

「ザ・松田の言葉」からの続き。
 
「おまえ、役者やめんなよ。続けろよ」
 
と、ザ・松田に言われた舌の根も乾かぬうちに
私は役者をやめた。
 
選んでやめたわけではない。
仕事がなかったのだ。
 
それを言うのは、エエかっこしいの私には
かなりカッコ悪い。
  
  
役者だの、ダンサーだの、歌手だの、
いわゆる「芸」の道を目指したのは
もともと演劇少女だったからで、とても真剣にやる演劇の中では
パフォーマンスとしての演劇、いわゆる「フリ」はできるが、
「自分の様々な”本当”をさらすこと」が
怖くて怖くて逃げ出した。
 
ここは演者の質の大きなポイント。
 
カッコ悪い自分、
鼻垂らして泣いたり、
それはたとえ演技上のことでも、
ウケ狙いで、そのフリならばできるけれども、
本気が出れば出るほど、
私の当時のエゴには、ソレが耐えられなかったのだ。
 
 
それから数十年経ち、
私は違う形式で、
同じコンセプトをやっている。 
 
それが5リズム。
 
 
 
5リズムのバイブル、ガブリエルロスの本の中でも、
「意識的に生きる」ということは「演じる」のと同じ、と。
だから人は皆「ホーリー・アクター(聖なる役者)」なのだ、と。
 
 
18から学んだ桐朋学園の演劇のメソッドの中では、
まるで5リズムの上級レベル、
サイクルズやミラーズのようなこともやった。
 
私は怖くて耐えられなくて、
知らんぷりをし、なにかのミスを装って、
その学科のクラスを逃げ出した。
 
が、結局「そこ」の本質から逃げ出すことはできず
数十年経った後に、似たようなワークショップに
もっとガッツリと出なくてはいけないハメになっているばかりか
ティーチャーになった。
  
 
 
「意識的に動きを再現する」
 
「リチュアル・シアター(儀式の劇場)」
 
の要素。
 
 
よくも悪くも、私の一番、スペシャルな分野だ。
 

「人は皆、表現したい生き物である」

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(写真は、アンバーとロルカのリチュアルシアター@ジョシュアツリー より)

5リズムは重い?

5リズムは重い?
 
正直にいうと、
こんだけ踊ってる私にとってさえ、時々重い。
軽くなるんだけど、重い。
 
これ、5リズムやる人、皆、経験してると思います。
そもそも元々のコンセプトは重い。
だって人生そのものだから。
 
だけど、ホントは毎日の生活の中で、
人生100%マックスで背負いたくなんかない。
時には軽く、てろ〜〜ん、としたい時もある。
「かる〜く行こうぜ〜〜」な時もある。
 
 
先生となった今の私でも、
なるだけ先輩先生のクラスを受けて自分をメンテしてるのですが、
「あーー、自分と向き合うの今日はイヤだなあ。ケイトのクラス、バックレようかなー」
と思うことがあります。
 
ここ、実はフローイングのシャドウなんですね。
 
 
で、いろいろと「いかない理由」を探す。
 
 
このメール、やってしまわないと。
ひざが痛い。
朝ごはんを夫に作ってあげなきゃ。
そうじきかけなきゃ。
プラントの植え替えしなきゃ。
 
などと普段しなくても、
こういう時だけ出てくる家事もあったりして。
 
 
だけど、それでも行った時、
「ああ、やっぱり行ってよかった!」って思うし、
おまけに膝や腰の痛みも軽くなる。
 
そして、体ってすごいなあ、って思う。
やっぱり体は宇宙だ。
 
そして、生きるってこととか、
人生ってヤツとか
いわゆる重いモノをヒシヒシと感じる。
 
そして、また次の週も
「ああ、やだなあー」って思う。
だけど、やる。
 
 
もちろん、楽しい時もある。
決して楽しい、楽しいだけじゃない。
 
 
続けること。
それが大事。
 
 
ブログもそうですね。
続けないと。。。(笑)
5リズムが続いてるんだから、
ブログも続いていいハズだ。
 
 
ガンバレあたし!!! 
 
そして、来てくださった方にも
自分のために、続けてほしい。
 
 
この春は、意識はもう少し軽く、
楽しい5リズム「も」目指してみようかと思います。
本来の私のファンキーな感じで。

 
 
本来のファンキーな私は、こんなでごわす(ただいま西郷どんビデオで閲覧中)
 
みんながハッピーになるような、
もっと次回も参加したくなるような、
「聖なるディスコ!」的な(笑)
そんなクラスも時にはいいかも。

よし、この春は「気分だけでも軽く」だな!
 
 
recording

自分のためのエサレン

実はまた、エサレンへ行っていた。
10月からロサンゼルスのクラスをおやすみしている間に、普段自分が受けたくても受けられないワークショップをいっぱい受けたい、というのがそもそもの考えだった。
 


 
今回は5リズムじゃなく、
ソウルモーションとコンティニウム。
 
ともにロサンゼルスでも、たまに受けてるけども、
私が一番受けたかった先生スーザン(世界ツアーがメイン)が
私の最初の頃の先生マイケルとコラボをするということで、
申し込んでみたものの、SOLD OUT.
 
なんだか「いけない気」がしなかった。
絶対に私はそこにいるのだ、と
信じているのではなく「知っていた」
 
そのワークショップに友人がアシスタントで入るというので
本当に満員なの?とテキストで聞いてみた。
 
ちょうど私がテキストをしたとき、エサレンのための
スカイプ・ミーティングをしていたのだそうだ。
 
すると先生の一人が
「そういえばもう一人のアシスタントが急遽こられなくなったらしいから、
マサヨはアシスタント興味あるかしら?すぐに聞いてみなさい」
 
そんなミラクルが起こって。。。
 
そう、私はまるまる1週間のエサレンでの
ソウルモーション&コンティニウムのワークショップが実現した。
 
===
 
似たようなムーブメントで、アプローチの違う方法をしっかりと学ぶ。
それは、とても濃い時間で、
私に足りないものが、
私が待てなかった時間が、
私には許せなかった空間が、
そこにはあって、
それらを優しく包んで溶かしていく。
 
自分が慣れ親しんだものからは学びにくい、
いわゆる「隣の坊主」から学ぶ、ってヤツなんだけど、
本当にしっとりと、染みて行った。
 
 
ワークショップの中で、マイケルが
 
「僕の先生はガブリエルロスだ。彼女が僕の恩人だ。
 ガブリエルは、ここ、エサレンで5リズムを作った人だ。
 ソウルモーションは5リズムから派生し、
 今、僕はソウルモーションをやってるけど、
 それぞれにムーブメントの派は違っても、
 アプローチが違うだけで、どれも素晴らしい。
 いろんなムーブメントのことを今から話すけど
 マサヨには5リズムの説明をしてもらう」
と言った。
 
私は5リズムの説明をし(大好評だった)、
自分とソウルモーション、コンティニウムとの関わりを話し、
私らしく、存在した。
 
 
終わってみると、
やっぱり私は5リズムが好きで好きでたまらず、
だけど、5リズムを大変だと思っている人に
少しだけ違うオプションを提供することができるかもしれないことを学んだ。
 
そして、
私の一番最初に5リズムをやったときの先生たちは
ルシアとエレン・ワトソンなのだが、
そのエレン(スピリット・ソウル・ダンス・シンギング主催)がなんと
エサレンにいた!
 
超ひさしぶりの再開。
「あれから何年になるのかしら?」
「2009年だからほぼ10年です!」
と、ハグをしあった。
 
ルシアが今月子供を生む。
それまでに話すべきことは電話でたくさん話した。
先月はダヴィダのアシスタントをした。

そして最初のLAでの先生マイケルとスーザンのアシスタントをエサレンでさせてもらい、そのエサレンのロッジで、久しぶりにエレンに会った。
なんか、同窓会みたいだ。
初めの頃の恩師のオンパレードだ。
 
 
 
私は、これをするために生まれてきた。
私は、真剣に遊ぶために生まれてきた。
その中には、体の知恵と、アートと、喜びと、可能性があるのだ。
それを伝えるために生まれてきた。
 
本当にそう思う。
 
 
音楽も、もっともっとやればいい。
アートも、もっともっとやればいい。
全ては生き方の反映だから、
音楽とか、アートとか、写真とか、ダンスとか
分けてる方が変なのだ。
 
しかも、必要以上にそれらの教育は受けてきているし
ありえないほどの天性の耳をもらって生まれている。
 
統合した全てが私だ。
 
恥じることなく(no shame)
恥ずかしがることなく(no hesitation)
それらを出していこう。
 
それが私がこの世の中に対してできる奉仕(service)だ。
 
そう思った。
 
====
 
そして、今回、
80代の人が3人、
70代の人が5人もいたのだが、
みなさん、すばらしい踊り手だった。
 
「私は年をとることが怖い」と言ったら
「あら、アタシもよ。一生なくなりはしないわ」
と笑いながら、しなやかに生きているその背中を見せてもらい、
すばらしい見本が目の前を歩いてくれていることに感謝しかなかった。
 
その中の一人は
「60年代にね、エサレンにいたとき、
私はガブリエルとルームメートだったのよ」とか
 
今、訳しているガブリエルの本の世界が
色鮮やかに動き出し、
 
心が動いて動いて、しょうがなかった。
 
私は、恵まれている。
 
 
私の中に宇宙がある。
私は自分の宇宙を生きればいい。

5リズムジプシー

5リズムを海外旅行の中に組み込み始めることを
5リズムジプシーと呼んでいる。
 
この前もマウイのワークショップで一緒だった
カルメンが、ジジがロサンゼルスのクラスに来た。
ソニアはどこの国だろうが、飛んでいく。
 
レドンドのクラスにも
ドゥバイからの出張の人がやってきたり
スイスからの旅行の人がやってきたりした。
 
最近では、海外の人から
「自分は来月日本を旅行するのだが、
 自分がいる間に5リズムのクラスはあるか?」
というメールもいただくことが増えた。
 
  
5リズムは
ダンスや自己解放だけじゃないく、
生きるためのヒントとか、覚悟とか、
世の中の摂理とか、
そういうものがいっぱい入ってる。

それを頭で教えるモノはいっぱいあるけれど、
長いワークショップなどを受けた人は特に
しっかりと体に刻印され
「体が知ってしまう」
 
ここに触れると、
本当の5リズムのよさがわかり、
やめられなくなるのだが、、、

そうなるともう
自分でしか説明のしようのない場所へ連れていかれたような
言語化できないモノとか架空の場所に遭遇するのだ。
 
 
そうなった時には
ワークショップで出会った人たちは
生涯の友達になり、
世界が、
そして地球が小さくなる。
 
 
たとえば海外旅行をしたとする。
 
 
仮にニューヨークだとする。
タイムズスクエア行って、ミュージカル見て、
ミュージアム巡りをして、5番街でショッピングをして
 
そこに「5リズムのクラス」があれば
そこへいく。
だって、5リズムのトライブは、
世界中どこへ行っても
自分の親戚みたいな感覚になってるから。
 
すると、旅行もとたんにスペシャルなものになる。
 
しかも、その中に
前のワークショップであったことのある人がいたとしたら!!
 
「あれ〜〜!モントレーのワークショップで会ったニコだ!!!」
 
そういうのも楽しい。
世界が一気に縮まる感じがする。
 
 
また、
たとえば、クロアチアとかイスラエル、デンマークなど
そういう国は
理由がない限り、
めったやたらには行かない。
 
そこにワークショップが一週間あるとする。
すると、クロアチアが急に身近な国になる。
イスラエルが身近な国になる。
(アイスランドやモロッコでもやってる人がいる)
 
 
そして、各プロデューサーはとても親切なので
ちゃんとメールで、どういったらいいかなど、
(もちろんメールは英語だけども)
親切に教えてくれたりする。
 
しかも、泊まるところなどの案内もしてくれる場合もあるし、
すごくラッキーならホストファミリーを見つけてくれたりもする。
 
こういうことがあるから
5リズムのあるところあるところ、
まるで遊牧民のように、旅行をする。
 
これを5リズムノマドと呼ぶ。
 
みとちゃんは春にカナダへ行き、
池田さんも夏にスペインへ行き、
梅ちゃんもイギリスから帰ってきたばかり。
 
5リズムジプシーが増えていく。
 
そして私は週末、エサレンへ。
 
みなさんも
5リズムノマドになってみませんか?(笑)
 
 
 
秋冬のスカイプクラスの予定、出ました。

http://creativerain.wixsite.com/masayodance

そして、1月末のチェンマイ。あと少しで締め切りになります。
おはやめに!
http://creativerain.wixsite.com/masayodance/retreat

モンキーか否か

はい、自分の覚書も含めて。。。
 
感情には2つの種類がある。
  
1)思考による感情。
2)体で感じる感情。
  
  
人は多くの場合、
1)の思考による感情に左右されている。
 
 ・こう思われたらどうしようかしら? 
 ・失敗したらどうしようかしら?
 ・いやだわ、怖い!
 ・こういったらああされるかしら?
 ・これがいいの?これが正しいの?それとも?
 
「ないことに対する自分の思い」による恐怖と不安。
 
実際に起こってもいないことに対して
ああだこうだと思考して
「”自分で”不安や恐怖を作り上げている」
  
要するに思考がお猿状態に忙しい。
だからモンキーマインド(Monkey mind)って言う。
 
 
そして、それによって勝手に感情を盛り上げ、
まだ起きてもいないことに一喜一憂し、
そこからドラマが勝手に繰り広げられる。
 
そういう人、いるよね?(笑)
 
私だ!って言う人、
気づいた自分を褒めてあげよう。
 
 
本当は「体による感情」にしっかり繋がっていけば強い。
 
2)の体で感じる感情というのは 
 
 ・湧き上がる喜び、
 ・災害に出くわした時に恐怖、
 ・暴力に出くわした時の恐怖、
 ・死を経験した悲痛、
 ・ワケわからないけど感謝で涙が止まらない、
 ・ワケわからないけどテンション上がる感覚 など。
  
 
 
1)の、思考による感情が減ったら、
感情はもっと「心に近いもの」になり、
「不必要なゴミ」はすこぶる減る。
 
だから、
感情が湧いてきて振り回されそうになったら
まず、どっちだろう?って感じてみて。
 
思考からの感情だったら、
持ってる必要は、あんまりないよね。
 
  
私?
モンキーマインド、
もちろんありますよ。
私はちっとも聖人じゃないもん。
 
でも、実はけっこう減った。
これ、減るとすこぶるらくちん。
 

 
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art work : Outi Harma http://www.outiart.com
写真はオウティのオラクルカードより。
 

スマイル・アマゾンって知ってる?

アメリカにお住いの方、
スマイルアマゾン、って知ってる?
  
smile.amazon.com
  
ちなみに
smile.amazon.comは
アマゾンだけど、ここで買うと、
数パーセント、
自分が選んだものにドネーションできる仕組みだよ。
(アマゾン側がドネーションしてくれる)。
 
それは設定の欄で、
どこにドネーションするか選べる。
  
5リズムでチャリティを支援する
「5リズム・リーチアウト」は
これに参加している。

このシステムで5リズム・リーチアウトを指定すると、
レバノンなどの戦地や、老人ホームなど、
福祉で5リズムを教える経費として使われる。
 
私も何かを買うときは、
忘れない限りはスマイル経由で買うことにしている。
 
ちなみに、日本のアマゾンでは
今の所そのシステムはないようだ。
 
早くできるといいね。
  
  
  
取り急ぎ。
 
 
 
あ、ちなみにアマゾン、WHOLEFOODSを買った。
WHOLEFOODSもデリバリーするようになるという噂。
 
でも、アメリカ、いまだにクール宅急便とか宅急便制度がないから
そこから改革しなきゃイケナイと思うわ。
アマゾンのスーパー進出で、流通業界もどのように変わるか!?
 
 
現在、アマゾンの移転に、
多くの街が
「ウチに来てくれ」
って手をあげているのだとか。

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(写真は本文と関係ありません)