世界へ発信 タマちゃんの話4)

タマちゃん、障がい児の娘に5リズム! のお話。

1、
2、
3、
より続き、今回でタマちゃんの話は最後。

以下、タマちゃんのインタビューより、です。

〜〜〜 二回目のビックリ 〜〜〜

メイちゃんのために、Masayoさんに曲を教えてくださいとお願いした。
Masayoさんから教えて貰ったフローイングの曲(チェロキーのモーニングソング)をYoutubeでかけたら、円を描くように揺らして、手を波にして、楽しんで丸を描く。

(*毎日やっているので、ヨウム(オウムの種類)が覚えて、今では一緒に歌うようになった)

 
曲が終わったら、もっと!と言ったので、次にスタッカートの曲をかけたらメイちゃんの指先までスタッカート! 動きもシャープ。いろんなところにラインを描きながら踊った。
教えてないのにすごいなー、と思った。

次にカオスをかけたら、娘は感覚で動くので、勝手にブルブルしだした。

「メイちゃん、悔しいでしょ?なんで人に伝わらないの?っていう悔しい思いを今、出したらいいよ」
って言ったら、
娘はただ楽しくてブルブルしてるのに、
母の方が、一緒に感じてた悔しさとか、怒りとか、
そういうことがいっぱいこみ上げてきて、号泣した。
 
もしかしたら障害がある子供よりも、むしろ母の方に5リズムが必要なのだと思った。
 
それにしても自傷行為があるときにカオスの動きなどをさせたら、
メイちゃん自身が自分を叩かなくてすむのだろうと心から思った。
これはすごい!
 
リリカルは楽しく、愉快に軽く、
 
スティルネスは、メイちゃんが自分で指を口に当てて、シーーッと言っていた。
 
 
 
踊りや音楽は大好きな娘。
 
「5リズムがすでにメイちゃんの体内にあった」
という感覚を母である私が見つけて感動した。
やっぱりすべての中にリズムがあるんだ!

パパもびっくりしていた。
「タマ、マサヨ先生にビデオ撮って送った方がええんちゃうか?」
と言ってくれたが、ビデオを取ろうとしたら
恥ずかしがりのメイちゃんが踊りをやめたので撮れなかったけども。。。

それ以来、メイちゃんは、たくさん踊っている。

〜〜〜 これからの希望 〜〜〜

いずれ母や父は先に死ぬ。
障がいを持った子供が自立するために
「靴を履く、服を着替える」などの日常動作を
最低限でも覚える必要があるが、
 
通常の子供が10回で覚えるのに対し、
うちの娘は200回以上が必要だと思われる。
 
 
「日常のすべてに5リズムがある」
それが本当であれば、
服を着る、靴を履く、などを、
5リズムに則って、5つで一セットの動作ができるように、
リズムで覚えたらどうかなと思っている。
 
言葉ではなく「リズムで靴を履く」を教えたら、
可能性が一気に広がるのではないかと。
 
音楽、リズムに動作が沿わせていけたら、日常のことがやっていける。
ママと刻んだリズムを身体で覚えたら、それは彼女たちの財産になる。
 
「すべての中に5つのリズムがある」
という「教え」は、
そのまま答えだ、と思う。
 
私はそこに希望を持っている。
 

==========

世界へ発信 タマちゃんのお話3)

ことの発端は

ビバリーヒルズ、かおりちゃんの村おこしから始まった。 1を読む
 
そして、正木坂剣道場で5リズムをやった時に
500円玉握りしめて走ってきたのがタマちゃんである。2を読む
 
 
 
 
=== タマちゃんの話 ===

正木坂剣道場以来、
5リズムにとても積極的に来てくれている、柳生在住の「タマちゃん」
 
日常にも5リズムを積極的に取り入れるようにしている。
彼女は、4人の子供のうち、二人が重度の障がい児だというお母さんである。

「マサヨさん、あのな、マサヨさんが教えてくれたやろ?日常の中に5リズムがある、って!せやからメイちゃんをおふろ入れる時に5リズムを使ってみたんや。そしたら、こんなことがあって!嬉しすぎる悲鳴やわ」と笑い泣きしながら連絡をくれた。

私もとても感動したので、速攻でヘッドクオーターにメールした。

実は私、普段こんなことはしない。
だけど、この時はなんだかとても突き動かされたし、
私自身が障害経験者なので、なんか書かずにはいられなかったのだ。

すると、アメリカの5リズムの本部から、
ニュースレターに掲載したいからタマキに連絡をとってインタビューして記事を書きなさい、と言われた。

以下、私が送った時の、英語の元になる日本語のタマちゃんのインタビュー覚書き。
これを元にした私の英語を、エディターさんが直して掲載してくれた。

▶︎▶︎▶︎▶︎

タマちゃんは、この1年、積極的に5リズムに参加してくれている。
4人の子供のうち、2人が障がい児。
子供を産む前は、精神を病んだ方のための福祉施設や病院、障害者のための病院で15年間勤務していた。
その時に、何にでも薬を投与していたのを実際に見てきたが、現在、11歳の自らの障害を持つ子供に5リズムを適用し、その効果に希望を見出している。

〜〜〜 タマちゃんからの話 〜〜〜

我が家の長女メイちゃんは小学校5年、11歳。
155センチの自分の肩くらい。体重は30キロくらい。
重度の発達障がいで、知能的には1歳半くらい。
会話は出来ない。連ねられる単語は2~3個が限度だ。
ハイハイできなかったから、うまく体の筋肉が作れてない。

まる、三角、四角がわからない。色も全部「黄色」
トイレもまだ無理で紙おむつを履いている。

感覚障害がある。段差でも、普段の場所でないところで転ぶ。新しい場所でも転ぶ。
肩から上、触られると嫌。頭を洗うのは拷問。

思い通りにいかなくなったら物を投げたり人を突き飛ばしたりしてしまう。
悪い事だとわかってるから、それをやってしまった後、自分を叩く。これを自傷行為という。

メイちゃんのペースで生きていると問題行動は起きないが、普通の6~7倍ゆっくりのペース。急がすとパニックになる。自分の気分によって動く。気持ちに沿うことしか知らない。

親にとってはお風呂が一番の悩みのタネ。
小さい時は抱えていけたので良かったが、大きくなってきて抱えられないから、頭を洗うのが大変。
自分の気分に忠実すぎるため、湯船から「出ないの」と言い出したら大変。

そんな時は湯船のお湯を抜いたり、最悪な時はよくないとわかっていながらも電気を消して、恐怖でお風呂から上がらせる時もあった。

=== 「すべての中に5リズムがある」なら???お風呂で使ってみる。

5リズムを受けて以来、Masayoさんから教わったガブリエルの教え「すべての中に5リズムがある」が妙に耳に残っていた。
「5リズムを日常で生かしてね、て言うてはったわ!せや!メイちゃんのお風呂に使ってみたらどうやろ?」と考えついた。

最初は湯船をゆっくりとかき混ぜて、フローイング。
綺麗ねえ、丸がいっぱいね〜と言うと、メイちゃんは水に描かれる円にうっとりと見とれて楽しそうにしていた。

もう充分だな、と思った時に、お湯をパシンと腕で刀みたいにして割った。
「メイちゃん、Goよ、スタッカートよ、行くよ、行くよ!」
と包丁で切るように、マーチで行進するようなポーズで、リズムカルな音を出して、
「立つよ!」
というママのダンスに合わせて洗い場まで出た。

「じゃ、次はカオスやるよ、と、ブルブルするよ」
って泡を立てて、ブルブルぶる、
「シェイクシェイク!」
と言いながら、洗ったら、キャッキャ喜んでブルブルとシャンプーも終わり!

タオルで包んで、優しいね、優しいね、きれいねー、リリカルねー

湯船にゆっくりつかろう~、って。じゅ~~~、って自分をしみこませる音を立てて、
満たされていて、その後も静かにスティルネスで湯船から出て、寝床へ行った。

ありえへん!
こんな楽なお風呂!

すごく嬉しくなった。

母が悩んだり、シリアスになってると子供は断固として動かない。
ユーモアで5リズム、そうすると母そのものが楽しんでいることに子供が安心する。
5リズムでMasayoさんが言う「安全な空間を作る」って事だと思った。

母、そのものが5リズムをしてるのを楽しんでいることがメイちゃんに伝わったのもあると思うが、とにかく、お風呂が楽チンだった事にビックリした。

続く>

世界に発信 タマちゃんの話2)

(1から続く)
 
2016年、6月。
 
柳生、正木坂剣道場。
 
 
ビバリーヒルズに住みながら、
奈良の柳生の村起こしをしている「かおりちゃん」

そしてもう一人、柳生在住の黒田さんは
行政のお仕事で柳生に来て、柳生に見せられて、
自分の意思で移り住み、この後もずっと柳生と生きていくのだという。

なんだか不思議なパワーで結びついた柳生コネクション。

黒田さんに仕切っていただいたワークショップは
まずは和尚さんの講話と座禅から始まった。
 
 
 
5リズムがまさに始まろうとした時に
500円玉握りしめてバタバタと走ってきて、
 
リリカルあたりで号泣している、少し変わった女の子がいた。
 
それがタマちゃんだった。
 
 
 
その夜、皆で黒田さんのバーベーキューを食べながら
熱く語り合った。
 
その頃、タマちゃんは
「うち、ホンマにお金ないんですよ。電気止まりそうやってん」
と言って笑っていた。
 
 
〜 〜 〜

柳生の剣道場でのワークショップは6月だったが、
そもそもの発端は4月8日。
 
タマちゃん、かおりちゃん、黒田さんが出会った日。
 
 
 
そのきっちり1年後。
2017年の4月8日。
  
その朝、「あ、今日はお釈迦様の誕生日だな」と思った。
 
メールを開けると、
 
5リズムの創始者ガブリエルロスの
息子、ジョナサンから、
タマちゃんと娘さんのことを私が書いて送ったニュースレターが
世界中の5リズムを踊る人々に送られた、とあった。
 
 
そのニュースレターにはこう書いてあった。
 
「とても感動している。涙が溢れている。奥田珠紀さんがガブリエルロスの5リズムの”マップ”を障がいのある娘さんをお風呂に入れる時に適用した。これはダンスフロアでの学びや癒しを日常の中に利用したという実体験であり、これこそが5リズムを練習する意味(力)である。このお話をシェアしてくれたタマキと、日本へと5リズムを持って旅し、このファミリーに5リズムというヒーリングの可能性を届けたマサヨに感謝」」
  
 
何通くらいメールが送られたのかは知らないが、
全米、ヨーロッパ全土、南アフリカからカナダ、アルゼンチンまで、
世界中で250人くらい先生がいるので
うーん、どのくらいなんだろう?
  
 
とにかく、タマちゃんの思いが世界に通じているのだ。
 
3へ続く。

托鉢

実家の小浜は、永平寺系のお寺も多く、禅宗の色濃い城下町。

今でこそ、人も少なくなり、昔賑わった商店街もシャッターが閉まり、通称シャッター通りと言われているが、それでも、城下町っぽい名残を残す。

小説家、水上勉さんの小説の舞台となった三丁町の格子戸は今もとても趣がある。

小さな頃から、そんな街を歩くお坊さんの托鉢は冬の風物詩。
雪の降る中、地下足袋をはき、
「おーー」と唱えながら歩くお坊さんを見て

「あ!おーーが来たで!」と10円持って、
お坊さんにあげに行くのだ。

そう、「あげに行く」と、昔は思っていた。

それがあげる、という概念ではないことを大きくなってから知った。

 

〜 〜 〜

 

: おーー

母が

「最近はねえ、おーー、じゃなくて、オーーイ、いうてお坊さん言うんや。なんや変な気分やな」

と言った。

多分、私の推測だが、
仏教がインドから来ている以上、
「おーー」は「Aum (オーム)」ではないかと思う。
だから、確かにそう考えると「オーーイ」は変だ。

どなたか、「オーイ」でいい、という方、教えてください。

〜 〜 〜

 

: どっちがお礼を言う側?

さて、お坊さんの「おーー」の声が聞こえてくると、
子供の頃は10円握りしめて、走って出て行ったものだった。

昔は10円、
今は100円くらいを差し上げると
お坊さんは軽く会釈をするが、
決して「ありがとう」とはおっしゃらない。

それは当然のことなのだ。

なぜなら
私たちはお坊さんに「あげる」のではないから。

『普段、私たちは

”善行(良い行い)”をしよう

と思ってもなかなかできない。

だから、お坊さんが

”善行をする機会を作ってくださる”

のだ』

というのが、托鉢の元々の考えなのだそうだ。

だから、お金を差し上げる側が
「良いことするチャンスを作ってくれてありがとうございます」
とお礼をしてお金を出し、

受け取る側が
「どういたしまして」
って言ってもいいくらいなんだそうだ。

なるほど〜。

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写真は小浜の托鉢。

いつも出て行くのが遅いので、たくさんのお坊さんを一緒に撮れないが、

30人以上が歩いておられる。

その昔、弟のようなミック(故人)が小浜へ行って修行僧になりたいと言ったが、このユニフォームは嫌だと言ったのを思い出した。

大阪のタクシー

LAに帰ってきて、日本のことを回顧すると、メインのことではないことで、必ず面白いスパイスが心に残っているのに気づく。

今回は、大阪のタクシー。

大阪のタクシーのおっちゃんは、人間臭い。

ウケを取る、正直に話す、というオープン性からか、
こちらが話し始めると、結構な割合で話がはずむ。

だから、大阪へ行くとタクシー率が増える。
だって面白いんだもん。

数年前、一番面白かったのは
「梅田のXXまで行ってください」
と、JR大阪駅からタクシーに乗って言った時
数秒待った、最高の間合いで

「ねえさん、それ、虫でも歩くで」

と言われたこと。

今回は
友人のオフィスのある、中之島の高級マンションへお願いした時

「あ、わあった!あっこやな?
あの入り口に池のあるところでっしゃろ?
わて、釣りしとりますさかい、よー知っとるんや!

(マンションの池では釣りはできないと思う)

あそこは金持ちマンションでんな〜〜〜。
あんなとこ住んではる人はな、
ごっつ、金持ってまっせ!

おねえさん、お友達にあいはったらな、
よろしいか?
調度品やらなんやら
褒め倒しなはれや!
褒め倒すんやで!
晩御飯くらいごっつぉしてくれまっさかい」

西洋的な観点からいうと
ものすごいコントローラブルな人だと思うが
さすが大阪!
運転手さんのキャラも含め、
とても暖かく、

「わかりました。褒め倒します」
と言って爆笑した。

写真は、その金持ちマンションの近所。そしてお部屋からの眺め。

===

もう一つ。

粉モンを食べなかった。
粉モンとは、小麦粉を使った料理:お好み焼き、たこ焼きなど。

別にグルテンフリーを気にしているワケではないが
粉モンを食べる機会がなかったので
運転手さんに

「この近くで美味しい粉モンのお店はありますか?
たこ焼きではどこが美味しいですか?」と聞いた。

すると

「僕、実は、この辺のタコ焼き屋は、
アカンのですわ。
偏屈かもしれませんが、
気に入ったとこしか行きませんねん。

僕が気に入ってるのは川西にあるタコ焼き屋で
別になんてことないんですけどね、
スタンダードにウマいんですわ。
ソースが美味い。

僕、思うにですねえ、
アメ村やらこのへんやら、
流行ってる都会のタコ焼き屋はですねえ、
ディテールにこだわりすぎや、思うんですわ。

例えば、外がカリっと、中がじゅくっと、
そこにこだわりすぎてですねえ、
油っぽいいうか、揚げ物系になってたりですねえ、

タコ焼き本来の、大切な何かを
忘れてしもてるような
そんな気がしてならへんのですわ。

こだわりすぎて本来を見失う、いうのは
僕は、ちょっと、アカンのですわ」



深い。。。

大阪のタクシーの運転手さんは哲学者だった。

とにかく、主張があるのね。
どなたも。

そこがオモシロイ。
 
 
もし、大阪でタクシーに乗ることがあったら、
ちょっとだけ突っ込んで話をしてみたらオモシロイ。
きっと「ほんのちょっとのココロの触れ合い」ができると思う。
 
ビバ!大阪!

優しい時間が流れている

実家で親と一緒に居る4日間。
楽しく優しい時間が流れている。

おいしいものをたべさせてもらい、
一緒に時代劇を見、
一緒にナンプレをし、
一緒にワインを飲み、
一緒に笑う。

愛するという形において、
若い頃は親を労わりたいと思い、
親を楽させるために
これをしてはいけないあれをしてはいけない、と
言ってきた時期もあった。

が、自分も年齢を重ねるにつれ、
一番悲しいのは自分の可能性をもぎ取られることだということがわかり
じっとしていろ、だの
アレするなコレするな、は
とても失礼なんじゃないかとも思い始めた。

しかも、アレするコレするなは
自分だって子供時代に言われて嫌だったのにね。

というワケで、
金銭的なこと以外では、
親がやってくれるという可能性に
最大の感謝と喜びで受け取ることにした。

なので、お料理もしてもらい、
寝る前の電気毛布のスイッチを入れてもらい、
スーパー銭湯へ行く準備をしてもらい、
エコたわしを編んでもらい、
私の夫のスマホケースに刺繍をしてもらい、
何から何まで世話になり、
妹たちには秘密ね、という約束で
ダメ娘をさせてもらっている。

そして、
今回は意図的に両親の話を聞きたいなと思って
インタビュアーになったかのように話を聞いている。

すると、
父の、母の、若い時の話が、とても立体的に、
まるで色をつけたかのようにキラキラと目の前に浮かび、
それらを話す時の両親の顔は明らかにシャキッとキラキラと輝きを増し、
私は両親と一緒にタイムストリップする。

たくさん話した後、
雅代に自白させられたなあ、と笑う。

こんな、緩やかで幸せな時間。

〜〜〜

物事は絶えず動いている。
絶えず流れていく。
この場に、
このまま留まって欲しいと願うことは
無理なのだ。

だから、今を精一杯楽しもうと思う。

そして、
休むことも、
動くことも、
サイクルの一つとして

しなやかに、
時に反逆しつつもがきつつ、

逃げずに迎えたら、
それでいいと思う。

子供はウソつかない

初めての山形。

キッズクラスにて。

私は、キッズは苦手だ。
子供がいないから、どう接していいかわからいから。

結果、大人に話すみたいに話しちゃうんだけども。

クラス自体、どうだったか、あんまりわかんない。
でも、最後に全員でクロージングサークルをした時に、

ねえ、自分のこと、好き?

って聞いたら

「好き!」
っていう子と

「ありえん、嫌い!」
っていう子がいた。

「自分の応援団長は自分だからさ、
わたし、大好き、って
頑張って言ってくれないかな?」

と言うと

「えーーー?」
と言って、眉をしかめた。

「そっか、ダメかあ。
じゃあさ、お母さんがキミのこと
好きって言ってくれたら嬉しい?」

って聞いたら、みんな、うなづいた。
とても真剣な顔で。

「お母さんはさ、色々忙しくって
時々、好きって言うの、
言い忘れちゃうときがあるんだよ。

お母さんも、完璧じゃないの。
私も子供の頃は
お母さんが完璧だって思ってたんだけどね、
忙しいとつい怒ったりしちゃうじゃん?」

子供達は、うん、うん、と聞いていた。

「そんなお母さんたちのことも
許してあげてくんないかな」

キッズたちは真剣に考えていた。

「でね、そんな時でも
お母さんのかわりに、自分で
大好きだよ、わたし、って
言ってあげてくれないかな?
そしたら元気出ると思うんだよね。

だいすきよ、っていうのが恥ずかしかったら
英語で アイラブユー 私!
って言ってあげて」

自分を嫌いって言った女の子は
少し照れくさそうにハグをしてきた。

最初は泣いてお母さんから離れなかった子は
最後、私から離れなかった。

終わった後、一人の男の子が、
迎えに来たお母さんのところへ走って行って
「おかあさん、ありがとうね!大好きだよ!」
というと
お母さんが嬉しい顔で
「どうしたの?」
と驚いておられた。

なんだか、すっごい嬉しかった。

私は彼らを尊敬する。
ピュアな眼差しで、
自分のその場、その場の感覚にウソをつかない
その感覚を尊敬する。

彼らの中にある宇宙みたいなもの、
彼らは全部知ってるんだ。

大人はリマインドするだけ。

本気で向いあったら、
子供はウソつかない。

Love to all…

沈黙 Silence

映画の試写会を見てきた。

ドッグパークの爺ちゃん友達サンディが
ライターズギルト(脚本家協会)に入っていて、
「日本が舞台の映画だよ、来るかい?」
と誘ってくれた。
 
長崎の、隠れキリシタンにまつわる お話。
 
感想は
めっちゃ深かった。
 
肝心のサンディ爺ちゃんは
「悲しすぎる。俺、見てられへん」
と、トムと私を残し、UBER使って先に帰った。
 
 〜 〜 〜
 
自分を信じるということも含めての「宗教」そのものに対して
「どうよ?」っていう問いかけの映画だと思う。
 
これを世界中の人が見て、世界中が「宗教」というものに
自分の信念というものにもう少しフレキシブルになったら
世界はもう少し楽チンなのかな、とも思ったり。
 
双方とも
言ってることは同じなんだけど切り口が違うだけ。。。
 
そういえば、前に友達ともよく話してたんだけど、
「キリストも仏陀も、悟りフェチの、偉大なるヨギーな人なだけだよね?」 
 
確かにそうなんだけど、人は魔法を求めるものなのだ。
私がクリスタルが好きなように、人は皆、魔法を夢見る。
そして集団での魔法は、結束が入る分、より強くなる。
 
  〜 〜 〜
 
見てる最中に感じたこと。
 
私たち日本人は
農耕民族であり、お上に統治され、力でコントロールされてる時間が長かった、
というバックグラウンドが血の中にあるから
「どうせ無理」的な諦めの思考が入っているんじゃないかと、ふと思ったなあ。
 
西洋人は
「やってみよう!やってみせる!」がベースだったり、
っていうことも感じた。
 
 
絶対的な善などない。
絶対的な悪もない。
ただ、その中に人の集団心理的なサドマゾ的感覚や
どうしても頼ってしまったり、楽に逃げたりする「依存性」や
そんなものがスパイスとして散りばめられている深さにも
ただ、うなってしまった。
 
 〜 〜 〜
 
ここからは私の見解なんだけど
心理的背景として
 
日本人のような農耕民族って本来「お天道様」崇拝で、
それ(太陽)は話をしてもくれず、
遠すぎて触ることもできず、
嵐をくれたり、雨をくれたり、ただ黙って結構厳しい。
 
そこへ、キリスト教のような
(クリスチャンの方、誤解しないでね。)
「懺悔」を含めた許しや、直接手を添えたり、
キリスト教せんべいを口の中に入れてくれたりする
「優しさ」ベースの
「外的要因が自分を幸せにしてくれる」ものがきて、
そりゃ嬉しいと思う。
初めての自己肯定だから。
 
 
また、”政治的”な「パワー」というコントロールと
”信じる”という「パワー」の戦い。
そのための犠牲はいっぱいあって、
 
正しいことでも、固執してしまうと抵抗となる。
犠牲を払っても「信じる」が強いと悲劇を生む。
 
それらが悲しく描かれていて。。。
 
平和的な解決はないものかな、って思うし
人間が人間である以上、
それって難しいんだろうな、って言う悲しさもよぎったり。。。
(この諦め感は日本の血なのか、私の悲哀なのかはワカラナイ)
 
 
 〜 〜 〜
 
スコセッシ監督は本来クリスチャンなんだそうだ。
だが、クリスチャンの視点からだけ描くのではなく
本質なものにタッチしてくる。
 
うーーん、深すぎてなんとも言えない。
 
ここ最近の、
最も考えさせられた映画だと思う。
 
  
 〜 〜 〜
 
それにしても
窪塚洋介さん、良かったなあ。笈田ヨシさんも。。。

そして、私の永遠のアイドル
イッセー尾形さん。

すげえ。

悪いけど、窪塚さんとイッセーさん、
この二人、他のキャスト全員を食っちゃったわ。
 
特にイッセーさんの吐息、眼差し、一挙一動で
会場が動くもんね。
 
 
 〜 〜 〜

ぜひ、見てみてください。オススメです。

http://chinmoku.jp/

え?人生の道?

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(写真)Fbの投稿より 人生の道

========

以前、ご縁あって
比叡山の藤原阿闍梨さんをお訪ねしたことがある。
千日回峰行をやられた数年後だった。

夜中から明け方に、毎日、千日歩き
最後は飲まず食わず、だったかな。
それをして、「阿闍梨」の称号をゲットなのだそうだ。

若い阿闍梨さんは、とてもわかりやすくいろんなことを説明してくださり、
なるほどなーと思ったことがいっぱいあったその中に

「ウチの 宗派、天台宗は、夜歩くでしょ。12時(時間は正確には覚えてませんが、なんせ真夜中という印象があった)に起きるんですわ。いろんな宗派さんが昼間やっておられるのでね、うちは “夜担当” なんです」

というジョークを交え、お話しをしてくださった。

ほう!
夜担当。。。

とても斬新だった。

「夜がダメで朝がいい、
とかそういうことないでしょ。
工事現場もね、夜やっていただかないと、
昼間だと大勢の方に支障が出る。でしょ?」

と阿闍梨さんは淡々とした表情でそう言った。

「へえ、水商売みたいですね」
と言うと

「ははは、まあそんなもんですかね」

と笑った。

=====

さて、この写真に戻る。
写真の上の段は、まあオオムネ納得。

でも、下の段、不幸になる人のところ

ワタシ、結構当てはまるけど、
ワタシ、とても幸せよ❤️

そして、こうも思う。

ラベル付けが多いな〜。
これがよくてこれが悪いって、本当はナイと思う。
これのヨイは、アレの悪い 
とセットなんだけどな、って。

全否定しているワケではない。
下の段が多い私もそんなに悪い子じゃない。
上の段は、しっかり目指して やりつつ、
下の段にチャチャを入れてみますのだ。

良い悪い(勧善懲悪系)の思考回路を緩めると
もっとオモロイよ、っていう
ま、私的解説でございます。

お前はバカか!と思う人、

ご自由に思って❤️

1)夜更かし、朝寝坊の人
阿闍梨さんのコトバで、完全に
「早寝早起きが良い」という概念がブッとびました。

2)やる気がなく、仕事をサボる人
家事。やる気でない〜〜。特に片付け!
やれない〜〜。したくない〜〜〜。
できればサボりたい〜。

3)義務より権利を主張する人
いけませんねえ。。。
でも権利も主張しないと。
日本では「出る杭は打たれる」
アメリカでは「キイキイ叫ばないと鉄に油をさしてもらえない」
と言います。

4)時間も物も無駄にする人
・・・私です。
無駄な時間って、クリエイティブなことには必要。
あと、瞑想も無駄っちゃ〜無駄だよね。
瞑想がよくって、ぼーっとするのがダメの境目は何でしょう?

5)絶えず不満や愚痴を言う人
自分の現在地確認のため、言わなくていいけど認識する事は必要です。
ネガティブな感情の中にキイがあるから。
蓋したらアカン。

6)心が狭くすぐ腹をたてる人
腹たてていいと思う。怒りはエネルギー。
人にぶつけなければいいだけの話。
昇華して何かに創り変えるには偉大なるリソース。

7)自分を卑下し、自信の持てない人
だからこそ、チャレンジするのだ。

8)取り越し苦労で絶えず迷っている人
この性分があるからこそ、その分、
とても細かいところまで気づくことになります。

9)暴飲暴食がやめられない人
はっ!グウの音も出ません。
すみませんっ。

10)賭け事にお金を浪費する人
RCF回して、賭け事した方がいいと思います。
ってか、人生そのものが賭け事。
人生ってお金、浪費するよね〜〜。

11)欲が強く、うぬぼれの強い人
7番の裏返し。自信を持つことはいいことだと思う。
自信と欲なしでは、成し遂げられないこといっぱいあるよ。
私も含めて、多くの人はセミナーとかまで受けて、
自信つけてお金稼いで、よくなりたいんじゃないですか?
これは腹の底の原動力だと思う。

12)利己的気まま自分本位の人
まず、自分を満たす。自分を癒す。それから他人。
自分の前に人のシアワセを気にしすぎるのは、
すり替え現象とも言います。
だから自分の感覚を大事にし、もう少し自己中になるべき。
日本人は人のことを気にしすぎです。

13)陰口が多く、人の和を乱す人
こういう人が、一番のメディスン(薬)ですねえ〜。
こういう人がいてくれて、破壊してくれるおかげで
次の創造ができる。
ま、陰口はウザいからやめたほうがいいですけども。

14)依頼心が強く、苦労のできない人。
依頼心強いヤツはキライ。
でも、頼ってくれる人がいると嬉しいのは事実。
ということは、そういう人をエサにして、
商売が成り立ってることもあるんですよね。
特にヒーリング系。
が「苦労をする必要がある」というビリーブシステムは古い。

15)悪友と道楽の暇が多すぎる人
理想ですねえ〜。
ずっと悪友と道楽していたい。憧れを込めて。

16)公徳心なく 迷惑をかける人
ある意味、同意。
でも、時には迷惑かけることも必要。

==========

と、私は思いました。

人生の扉

一昨年かな?

日本へ帰った時に、昔働いていた会社の社長が
「お前、これいいぞーー」とくれたCDが
小野リサのJapon2だった。

http://dreamusic.co.jp/sp/lisaono/japao2/

「”人生の扉”なんてな、泣いちゃうんだぞ」

LAに戻って、車の中でそのアルバムを聴いた。

ほう〜、いいな。

ボサノバのシャバシャバ感がたまんない。

で、

「人生の扉」になった時に
涙がドバーーーっと、ダダ漏れ状態になったように溢れてきて、豪雨の中を運転しているみたいだった。

竹内まりやさんの曲と 小野リサさんの乾いた感が
どツボにはまった。

(ほんの一部だけ聞けます)
http://recochoku.jp/song/S21835319/

〜 〜 〜

あれから2年。

なぜか5リズムのクラスの時に、どうしてもコレをかけたくなって、かけた。
カルバーシティーのクラスでも、レドンドビーチのクラスでもこれをかけた。

すると、アメリカ人の皆さんが、最初のボサノバの感じで 
ふわぁ〜〜〜っと
実に気持ちよさそうに踊った。

で、英語の部分が始まると

皆、クスクスと笑い出した。

I say its fun to be 20    20代は楽しいよ
you say its great to be 30  30代はすごくいいよ
they say its lovely to be 40 40代は素晴らしいよ
I feel its nice to be 50   でも50代もいい、と思う

間奏の間に、これはとてもスイートな日本の曲で、
一緒に年を重ねていくっていう曲なんだよ、
人生の歴史と、柔らかいけど熱烈な愛の物語なんだよ、
と説明を入れた。

自分が今までの人生の中で愛した人、愛された人を
思い出して踊ってみて、と言った。

そして、次の英語の部分で
皆、ジーンときたみたいだった。

I say its fine to be 60      60代も悪かない
you say its all right to be 70  70代もオーケイさ
they say its still good to be 80 80代もまだいけるさ
but I ll maybe live over 90    でも私は90以上生きると思う

クラスの中に70代の男性と、80代の女性がいて
彼らが微笑みながらこの曲で踊っている図は
竹内まりやさんが見たら感動するだろうと思った。

この曲のおかげで、最後の30分は完全に、皆、人生を振り返りながら踊った。

クロージングサークルでは、それぞれの思いが顔に出たような
そんな素晴らしい締めくくりとなった。

88歳のワールドトラベラー

5月にマウイのワークショップで知り合ったボディハナ。
Zen Archery (いわゆる日本の弓道)のマスターで
それを世界中に教えて回っている伝達者。
しかも、現役。

9月のある日、ボティハナからメールが入った。
ロサンゼルスへ行くから会いましょう。
友人を連れてあなたの5リズムのクラスへ行くわ。
と。

そして、メールの最後に書く名前には
Bodhi Hanna
Traveling the World
(ボディハナ、世界を旅行中)とあった。

っくぅ〜〜〜!
やられるなあ〜〜

〜〜〜

当日、彼女は膝を痛め、
針へ行って様子を見てから、と言っていたが
結局無理だったので、
最後の日に宿泊先へ私が迎えに行って
ランチでもして、そのまま空港へ送ることにした。

〜〜〜

彼女のステイ先は、パサディナ。
迎えに行ったら
出てきたのは弓道をやっているファミリーで
なんと、奥様が日本人だった!

私が奥様と盛り上がっていたら
「ふふふ、ね?私は直感的にこうやって人と人をつなげるのがうまいのよ」
とボディハナ。

「ちょっと待ってね、あと数件メールの返事出すから」
と、
iPadを巧みに操る88歳。

荷物はすごく重いのが3つ!

「どうやって88歳で、この荷物で旅行してるんだろう?」
と言ったら
日本人の奥様が

「みんなが助けるのよ。彼女はみんなに助けてもらうことにオープンだから」
と言った。

車で送りながら
「ターミナルはどこ?」
と聞くと、
バックパックからササッと紙を出し
「Bよ。トルコエアラインだから」と、
言った。

私だってアタフタしそうな行動を
実にサササっとやるボディハナ。

トルコで行われるセミナーに
特別講師として招かれているのだという。

〜〜〜

そして、荷物をカートに積み、それを押しながらチェックインするから大丈夫よというので、私はそのまま、彼女をドロップしただけで立ち去った。
あらかじめ頼んでおいた車椅子サービスがあるから、それ使うから大丈夫、と。

そして、1時間ほど後に
「車椅子で快適よ。ありがとう!」
とメールが入った。

どこの国へ行っても、自分のiPadで即座にネットをつなぎ
(これは旅行者にとっては若者でも若干面倒臭いよね?)
皆と繋がりながら生きているボディハナ。

あっぱれ、なのです。

〜〜〜

ボディハナに車の中で聞いた話もとても面白かったので
それはまたの機会にでも。

 

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