憧れと欲望 言葉の意味の違い

ボニーは文章を書く人である。

ボニーが詩を書いて、オウティが絵を描いたオラクルカード第二弾は順調な売れ行きを続けている。ファンが多いオウティの絵に載せたそれらの詩はとてもステキで、クスっと心に響く。

そのボニーが「ねえ、憧れと欲望の違いは何?」と聞いた。

ハレクリシナのインド料理のバフェでランチを食べながら、スティーブやフロー、メーガンは、それに対して様々な答えを言い合い、憧れVS欲望会議が開かれていた。

英語で言うと、「Longing(憧れ)と Desire(欲望)」の違いである。

が、日本語にすると、この違いなんてとても明白で、私にとったら違ってアタリマエだけど、英語では基本同じでニュアンスが違う、という見解らしかった。Longingのほうには、Longというだけあって、もう少し時間がかかる、とか、そんな事を彼らは言っていた。

ひとしきりアメリカ人同士が論じた後、

「マサヨはどう思う?」と聞かれた。

私は、、、

日本語ではその違いはとても明確であり、
欲望は3Dだけど、憧れは4Dだ、と答えた。

欲望とは現実的で(3D)現世界で、努力すれば手の届く場所の範囲にある事。
4Dである憧れは、もっと空想的で、夢にも似た少し手の届かない場所にあるもの。

5リズムに例えて言うならば、欲望はスタッカートで憧れはリリカル。

===

アメリカ人達は止まった。

(多分彼らはいつも何も言わずにへらへらしている私をアホと思っていたので、その驚きもあったのかもしれない)

そしてその後、

「え?そんな風に考えてみた事なかった。でも、本当にそうだわ!なんて面白い事を言うのかしら!すごい発見だわ!」

と。。。

いや、、、多分、言葉の違いなのだと思うけど、

家へ帰ってこの事を主人に話してみたら、アメリカ人の夫は「ほう!うまい事言ったね!そうだね!Longing, Longって言うくらいだから時間が長いんだなあ」と。

へえ、やっぱりソコなんだー、これはもしかして日本語に最初に訳した日本人がスゴいセンスよかったんだなあ、と逆に勉強になったりして。

===

このように、英語だと曖昧な境界の言葉で、日本語だとバッキリ別れるようなものがあり、多分、その逆もあるのだと思う。この言葉の違いは、日本人に聞けば、ほとんどの人が「憧れと欲望はぜんぜん違うよ。夢と必要性ほど違うよね」って言うと思う。

が、彼らには、私たちが考えている以上に微妙なニュアンスの違いっぽかった。

アメリカへ来て16年、今更ながら言葉って、感覚と文化の違いからも来てるんだろうなあ、と思った。

この石をあなたに

仮装をしたままの私に、天使の羽根と仮面の仮装の、1人の女性がやってきてこう言った。

「この石を持ってて。これはあなたの石。ライターの石。あなたはモノを書く人でしょう?書く時にこの石をにぎって、少し瞑想してから書くといいの。お守りに持ってて」

その石は、ビー玉とかおはじきみたいな石だったが、黒い手袋をした私の手のひらの中で、キランと光ったような気がした。

 ***

大晦日の仮装パーティー。コスチュームで踊り狂う年越しはまさにアセンション!(笑)
参加したワークショップのメインイベントは、この仮装年越しであると言っても過言ではない。

キラキラカツラに金のシルクハット、へんな眼鏡をかけて、スパンコールのトップに黒の手袋とブルーのチュチュを着たヤツが私だと誰も気付かなかった。誰がどこの国系の人かなんて、もはやワカラナイ。

普段は案外、笑顔やコトバ、自分の好みの洋服でキャラクターが成り立っている。服装は主張であり、その創り上げたキャラクターの中に自分をおいている。
が、仮装をすると、それら自分の普段のキャラクターはどこかへ姿を潜め、「一定の鋳型の仮面」の下で、その人本来のもつ雰囲気、その人のリズムのとりかた、心の開き方、他人への侵入して来かたのみで、相手を判断する事になる。
まさにエネルギーそのもの。

そんなわけで、自分が誰かは、バレていなかった。
80人近くいる人の中で、仮装した私をめがけてその女性はやってきて、突然、石をくれたのだ。

ただ、日本人アクセントで会話をはじめたら
「あら?あなただったの?」というような微笑みを、相手が投げかけてきた。

 ***

確かに文章を書くのは好きだし、以前はメルマガも出したり、作詞家、森浩美さんのサイトにレギュラーも持たせていただいていた。
が、仕事としてなりたってはいない。

「ありがとう。ありがたいけど、私はモノ書きが仕事じゃないの」

「いいえ、あなたは書くと思うわ」
スパンコールを身にまとい、手袋ごしに石をいじっている私の手を両手で覆いながら、仮面と羽根をつけた彼女はそう言った。

「どうしてそう思ったの?どうしてこれを私に、と思ったの?」

困った様子もなく、
「わからないわ。でも、石が、あなたのところへ行くようにって、私に伝えたから」

そう言うと、彼女はダンスフロアーに消えていった。

 ***

というわけで、

2012年、
忘れかけていた文章への情熱をもう一度胸に、

書きます。

お久しぶりのブログです!身体カラダ。

すっごいお久しぶりです。
なんというご無沙汰でしょう。ブログに書くという事をすっかりと忘れていました。(ミクシイも)

3月のルシアの5リズムのワークショップが地震でキャンセルとなり、子供を作ろうと思っているルシアは、パートナーや家族からのオーケーが降りず(アメリカでは現在日本への渡航を推奨していない気配なので)ルシアのワークショップもそのまま延期。

私は2月から6月までの間、おかげさまでワークショップ受講づくしで、おいかけておいかけて、ひと月に1〜2の割合でヘビーなコースに参加して回りました。

2月 サクラメント
高津文美子先生の顔ヨガのワークショップにて資格をとり(現在仮免)

3月サンフランシスコエリア
ファイブリズム「ハートビート」3日コース/キャシー・アルトマン@サクラメント
シルビー・ミノットのクラス
ファイブリズム「サイクルズ」4日間コース/アンドレア・ジュハン@Mountain View

4月 エサレン
ファイブリズム、ルシア・ホラン「ウエイブ」でダンス本来に戻りました。

5月 ニューヨーク
ファイブリズムの創始者、ガブリエル・ロスと
ジョナサン・ホランいよるワークショップ
「ハートビート(エンボディド・ハート)」

これらの間、マイケル・スケルトン&アナリー、ジョー・コレットの通常のクラスを受け、
また、5月からは英語の発音矯正のクラスにて、声と骨格、顔の筋肉の使い方を学びはじめました。

自分で教えるほうとしては、3月は声と身体のワークショップをオレンジカウンティでやらせていただき、5月は顔ヨガのクラスも同時期に仮免をとった友人とともにやらせていただきました。

6月、明後日からは、ファイブリズムではなく、ソウルモーションというメソッドを、創始者であるヴィン・マーティ先生から受ける予定です。

やればやるほど思うのは、、、

「すべてが大きな視点からは一つに繋がっている事」

すべては身体に戻る。
すべては自分に戻る。

いやーー、カラダとは実におもしろい。ますますおもしろい。
身体、動き、姿勢、呼吸と、感情、思考。そして音!
全ては繋がっている。

というわけで、日本で、私が習った事をシェアさせていただきます。
6月の半ばに日本へ行きます。

内容は、心友、ゆきこちゃんとともに、彼女がスピリット的な事のリードをとり、私がフィジカルな事をさせていただき、合同ワークショップとさせていただくつもりでおります。

また決まり次第、お知らせさせていただきます。

お時間が許しましたら、是非ともご参加下さいマセ。
一緒にいい汗かきましょう!

雅代

ネイティブアメリカンの朝は?

エサレンでの、なんちゃって通訳1週間。
いろんな方から、いろんな事を学びましたが、ネイティブアメリカンのタヒクパスさんはとりわけいい事をたくさん教えてくれたので、シェア。

=======

日本語では 呼吸する事を「いき(息)をする」といい、生命活動を「いき(生きる)る」といいます。日本だけでなく、多くの国で「呼吸をする」と言う言葉と「生きる」という言葉が似ています。

これは何故だかわかりますか?あなたがこの地球という惑星にやってきて、一番最初にする事は「息」ですよね。そして地上での命が生まれる。
そして、一番最後にすること。これも息。息をとめたら、いわゆるこの地上での身体が終わります。

だから、息とは生きる事なんです。空気がなかったら5分と生きていられないんだからね、僕たちは。

そこで、提案です。
毎朝目覚めたとき、まず一番最初に、”意識的に” 息をしてほしい。
そして、その次には、私たちが無料でいただいているエレメントを自分の身体の中に ”意識的に” とりこんで欲しい。太陽をハートに意識的に入れるんだ。その次は、足の裏から大地を感じて欲しい。そして水。シャワーを浴びるときは、できればお湯でなく、水から浴びて、その水を血管の隅々まで行き渡るように。。。

いいかい?
1つめ 「風」のエレメント 息を吸う
2つめ 「火」のエレメント 太陽を胸に吸い込む(とりこむ)
3つめ 「地」のエレメント 足の裏から大地のエネルギーを入れる
4つめ 「水」のエレメント シャワーをあびる

こうやって身体を起こしてあげてほしい。

また、人を起こす時、ネイティブアメリカンでは、やさしく歌で起こします。
「ウェンデーヤーホー ウェンデーヤーホー
 ウェンデーヤー ウェンデーヤー ホホホホ 
 ヘイヤホヘイヤホ イヤー イヤー イヤー」

この歌で「あなた。朝よ」
そして隣のティピがそれを聞いて 「お前、朝だよ」と同じ歌を歌う。

そして村中のティピがこのやさしい歌で目覚めるんだ。
村中のティピで大輪唱となる。

素敵な朝だと思いませんか?

4つのエレメントを。
そして、いつも音楽を。

======
長老、タヒクパスさんのお話
訳:高井雅代 copyright / Thanks for TKN心理サロン 横井先生&皆様

段取りという英単語ある?

今日はコンドミニアムの駐車場の掃除の日。総勢100台近い車に対して「朝の8時から夕方の5時まで、ガレージから出て下さい」の張り紙。張り紙してあるだけマシだが、今日はこのあたりの路上は一週間のうちで唯一の「ストリート・クリーニングの日」
つまり路上駐車が不可能に近い。なんでそんな日に当てるかなあ。。。
段取り 悪っ。。。

================

日本では、イベント、テレビ局だけでなく、会社も含めるすべてが段取りにのっとって動く。段取りの悪いヤツは使えねえ烙印を押され、段取りいいかどうかが評価基準になる部分が多い。

こっちへ来て段取りという「単語」を忘れるほどに、段取りというものに注意を払われない。だいたい、将棋とかで言う3つ先、5つ先を読んで行動を起こすのはコチラでは「サイキック」と呼ばれる(大げさ)。

段取りどおり事が運ばないとイラっとする。だって、段取ったんだもん。そのためにものすごい時間を費やしたんだから、普通は怒る。
VS ステレオタイプではありますが、かたやアメリカ人が日本人より怒らない原因は「段取らないから」じゃない?。いわゆる今はやりの「流れで」動くから。
アメリカ人には日本人の怒りの理由がワカラナイ。しかも、日本人が段取る時は忍者のように密かにやるので、アメリカ人には見破りにくい(?)。

ま、後で怒るくらいなら私たちだって、そんな無駄な努力、しなきゃいいのよね。と思うが、段取りしたほうがコトがスムーズに運ぶ事を知り尽くしてるからついついやっちゃうんだなあ。で、やったがゆえに後で腹たったり、ね。

パラドックスね。
段取りのいい日本人と、段取りの悪いアメリカ人。足して2で割ればいいのに。
そしたら、多分、普通になる。ソレはおもしろくない。
やっぱり両極端がいるから、コインの裏表みたいで、おもしろいのかも。

===

それにしても、「段取り」という英単語はあるのだろうか?「準備をするPreparation」や「あらかじめ交渉しておくNegotiation」˙はあっても、段取りという言葉にピタっとくる言葉がないような気がする。だから段取りが悪いのかなあ。。。

会話のキャッチボールとか声とか

会話はキャッチボールだと言われる。

ディーって言う女性がいた。とにかく喋る。喋って喋って喋りまくって、帰るときに「ああ、楽しいおしゃべりだったわ」と帰るが、それはアンタが喋ってるだけで、会話ではナイ。それは「ゴルフの打ちっぱなし」と呼んでいる。

また、会話をしていて、最初の2〜3球はキャッチボールしても「そうそうそう!で、ウチはね〜〜」って自分に話題を持って行く人がいる。それをハイジャックならぬ、「会話ジャック」と呼んでいる。それも自分や家族の自慢話に発展する事が多いが、自慢話はよっぽど面白くなければ、嫌われる傾向が強い。

また、聞き上手もいる。が、相づちがあまりに早すぎると「まだ話終わってねえよ!」と突っ込みたくなるし、案外小ちゃい事にも「うっわ〜、そうなんだ〜〜!(米人ではOh My Goodness!やHolly Shit!!を使う人もいる)」と大げさなリアクションだと、コイツ、いい加減に聞いてるな、と思う。だって、信号が赤でさ〜〜、くらいでそんな反応、やめてくれる?(笑)

会話のキャッチボールとはよく言ったもので、直球の人、変化球の人、いろいろいる。だから面白い。

個人的に言えば、生理的にダメなのは声のトーンのほうが私には問題になる。

「うっわ〜〜〜!あっらま!そうなんですか〜〜!」という音声に、思い切り驚いたような空気を入れて、音程をものすごく高く出す人。たとえば、テレビショッピングの「まあ!!なんと、これで3980円!?すっごいですよねえ〜〜〜!」というあの声。

あんなに驚かれても困る。人生にそんなに驚く事があるんだろうか。

実は空港のロビーでどことなく日本語が聞こえてきたので、耳をすませると、はるか遠くの日本人の小奇麗なスーツ着たオバチャンの声と唇がシンクした。日本語だから、英語より拾いやすいのはわかるが、それにしても20メートル先の日本語が聞こえるなんて、声が響きすぎる、と思ってよく聞いてみたら、別にどうって事ない会話を全部驚きつつ、テレビショッピングの声で喋っていた。

そのまま聞き続けたら私の脳はどうにかなりそうだったので、速攻でipodのイヤフォンを耳に入れ、事なきを得たのだった。

オバチャンに一言。

日本人の印象問題も含めて、「迷惑やで」

ヨーロッパ4:スイス

永久中立国スイス。アルプスの少女ハイジ。山。鉄道。大自然。エコ。時計。

そこには平和なイメージが満ちあふれている。玉虫色の小ベンツやどこまでも続くとうもろこし畑、牛が寝そべる緑の丘を見たとき、平和だなあと思った。

以前、ロバートがLAに来たときに、サンタモニカの時計台が止まっているのを見て大憤慨し、さすが時計にうるさいスイス人!と大笑いしたが、スイス人とひとくくりにしてはいけない事がわかった。

実は、スイスはベルンで別れていて、スイス国内には「スイス・ジャーマン」と呼ばれる人たちと「スイス・フレンチ」と呼ばれる人たちに別れているのを体感。本当はそこに「スイス・イタリアン」も入り、3つの原語と文化と人種が混ざっている国なのだそうで、国内で言葉が通じないんだって!。「俺たちは南のフランス側と仲良くしたいと思ってるのに、あちらはドイツ語も話さず、話し合いに応じてくれないんだ」とは北側の弁。永久中立国にもいろいろあるんだなぁ。。。

ロバート一家はスイス・ジャーマンの地域、チューリッヒの近く、ルッツェルンに住んでいる。やはりお城や教会を中心にした町があり、少しはずれると牧場、牛、牛、馬、羊、牛の繰り返しの中、ドイツの建築物っぽい「梁(ハリ)」を強調しつつのログハウス系が多く見られた。

本当なら青空にアルムの山々が見られるのだそうだが、私たちが行った3日とも曇りで、一度だけ、ほんの少し山のエッジが電車の上に見えただけ。

スイス人にとって、この山と湖を含む大自然はこの上ない誇りで、細かな山の名前も教えてくれるんだが「本来ならば、あのへんに見えるのが●●山」と雲を指差されてもワカラナイ(笑)そして、無理矢理風味満載で、霧の中ケーブルカーに乗り、本来なら素晴らしい景色の場所へ行き、本来美味しいらしいレストランでマカロニ(ベジタリアンにはこれしかチョイスがない)を食べた。

次の日はユングフラウから30分くらいの場所にある、ユネスコ世界遺産に指定されているローゼンラウイの滝へ連れていってもらった。アルプスの水は水色!何故だと聞いたら「冷たいから」。そういえば北海道の流氷も水色だっけ。。

ここも本来ならば晴れていると雄大な山々が見え、それは素晴らしいらしいのだが、私はここは逆に霧だからこそ素敵な牛が見られたので大満足。霧の中、カウベルの音がしっとりと鳴り響き、牛がたくさんいるのを見るのって、まるで夢の中のような景色だった。

山の頂き近くでチーズやをやっているおじさんは、まるでハイジの「おんじ」みたいだった。それに関してはロバートも「アイツはハイジの爺さんを意識して、もうヒゲを剃る事も出来ないんだろうな」と笑った。

その後も、ロバート、根性の観光案内で、10月からは閉鎖されるという、本来ならば最高に美しい山頂の湖へ行くが、10歩先が見えず。ハイジが「おんじ、もう村へ降りる季節でしょ?」と言うような景色なので、私としてはすっごい楽しかったが、皆が寒がるので、戻った。

ロバート一家に大変お世話になり、楽しい4日間を過ごさせていただいた。その後は鉄道で2時間、妹の住むローザンヌへ。

ローザンヌはオードリーヘップバーンの確かお墓もある所。ミョーにオシャレちっく。フランス語圏。ルッツェルンから来た話をすると「スイスジャーマンの所にいたの?それは厳しかったでしょう?」と笑った。話を聞くと、ドイツ気質でがんばって商業的に医薬品などで儲けている北と比べ、貧しい南は、自分達のアイデンティティをフランス的文化とともに守ろうとしてるんじゃないかとも感じた。

ローザンヌでは、オリンピック博物館へ行ったりお城(このお城には何故か、映画、「エイリアン」のデザイナー「ギガ」の博物館があった)へいったりチーズ工場を訪ねたり。何より楽しかったのは、甥っ子と姪っ子たちと過ごす時間。もう可愛い事かわいい事!!あの笑顔に今でもまだヤラれている。

そして夜はチーズフォンデュではなく、ラクレットをごちそうになった。フォンデュは白ワインでチーズをのばし、フォンデュ鍋のとけたチーズにディップして食べる。が、ラクレットは直接チーズを火にかけて溶ろけたモノを野菜やパンにかけて食べる。ラクレットのほうがチーズが濃い。めっちゃチーズ臭い。フォンデュを水炊きに例えるとしたらラクレットはすき焼きクラスの濃さ。ラクレットの写真は、、、撮り忘れた。

ハイジがパンに熱々チーズをのっけてびゅ〜〜んと伸ばすアレ!このラクレットをもって、私の幼い頃の、ハイジの山暮らしへの憧れは完結した。

もう、ほんとにこの旅では、普段食べ慣れないチーズなどを大量摂取するもんだから。胃が重くてしかたなかった。が、この気候にはチーズはドンピシャで合う。あんだけ牛がいるんだもの、酪農の国だもの。ほんと牛だらけ。道路のすぐそばまで牛がいるのに車に轢かれないのは、電気の通った柵で覆われているから。牛の横断を待つ事もあったが喜んで写真を撮る私に「君の今回の旅行中の写真に、牛が1000匹は居ると思う」とロバート一家に言われたっけ。

このあと、スイス鉄道で、アルプス越えをしてイタリアへ向かう。お天気に恵まれなかったけれども、電車のなかから初めて山が見えた。これかーーー。これだったのかーーーー。電線がジャマだけども。

スイスへ行くなら5月がいいと言う。私が見た緑の芝生の部分が全てカラフルな色に彩られるのだそうだ。

スライドショーには JavaScript が必要です。

ヨーロッパ3:ドイツ、アウトバーンほか。

アムステルダムが全て終了後、スイス人、ロバートの運転で、一路、彼の家へ向かうが、スイスまでは10時間。出発自体が夜の6時を過ぎていたのもあり、「今夜はドイツのどこかで一泊」

うわ、やった!ドイツも見られるんだ。多分2時間後くらいにはドイツっぽいパブで、ジョッキにビール、フランクフルトのソーセージの匂いのする中、ザワークラウトとパンを食べる自分の映像が脳裏に浮かぶ。

スイス人ロバートはチューリッヒ近くのルッツェルン二住むスイス・ジャーマンと呼ばれるドイツ語を話す人種。彼の車のナビはドイツ語で「リヒト、シュプール(右車線へ)」と言うナビの声から、スキーのシュプールはドイツ語だったのか!とミョーに感動。

アムステルダムから2時間半、ドイツ語圏へ入った頃からか、2車線しかない高速道路がスイスイ動く。皆スピードをガンガンに出し、メーターは110キロをフツーに超していた。そして不思議な事は、「追い越し車線が、完全にいつも空いている!」

渋滞とかダンゴになる原因の多くは、隣のレーンを同じスピードで並列に走り、追い抜けない事。ところが1レーンきっちり空ける事でダンゴが発生せず。なんて効率がいいんだろう!さすが!これがかの有名なアウトバーンなんだ。

しかし、そういう事が出来るにも国民性が関係あると思う。

余談だがこういうジョークがある。「タイタニックが沈むとき、人を動かさなくてはならない。そんな時アメリカ人に向かっては”ヒーローになりたくないか?”と言い、ドイツ人に向かっては”ルールですから”といい、日本人に向かっては”他の人も皆、やってますから”と言う」いささか日本人にはありがたくない話だが、このジョークのとおり、ドイツ人はおおむねルールをしっかり守るのだろう。

アウトバーンには、スピード制限を書いた数字はみあたらなかった。「速度制限は?」の質問にも「雨や雪による車の限度がスピードリミットだよ」

さて、こういう長旅では「街と街の間にある小さな村で泊まるのが安い」というロバート独自のルールがあり、村の安ホテルを探せるまで、休憩所の駐車場、しかもトイレ前で電話をかけまくり、この日は何故かどこも混んでいて、探せるまで一時間近くかかったので(じゃあ、街で降りてレストランへ行けばよかった!)、結局村に真っ暗になった着いた。私のビアホールの夢ははかなく崩れ去り、なんだか喫茶店のようなところで、パスタを食べた。ま、ビールは美味しかったけども。。。

 

さて、翌朝、目覚めると、なんと、目の前にお城が!

夕べは真っ暗につき周りが見えなかったが、ホテルの窓から見える景色は森と泉に囲まれて静かに眠るブルーシャトーだった。もちろん、ベランダに出て「森とんかつ、泉にんにく」と歌ったが、これをわかる人はもう世の中に30%くらいしかいないと思う。

早起きをして朝食までの間、カメラを持って2時間だけのドイツ、古城の街、散策!

最高だ。これが旅だ。

ヨーロッパは陸続きだとつくづく感じる。どの国も、この季節は燃える緑に石畳と古い建物。なのに、少し移動するだけで、建物の色と全体の持つ雰囲気が微妙に変わる。アムスはおおらかで、ベルギーはユーモラスで、ドイツはどことなくカチっとしていた。前者の二つは窓を大きく空ける事にデザインの焦点を持って行く事に比べると、ドイツは柱の「梁(ハリ)」をかたどったデザインが多いように感じた。

スライドショーには JavaScript が必要です。

ところで、このあたりは、英語がまったく通じない。日本語と母音が似ているから聞き取りやすいが、何いってるかワカラナイ。ドイツへ来ると思ってなかったので、ドイツ語なんて一つも「ありがとう」さえ知らずに来た。

そんな時は突撃ジェスチャーに限る。9時の朝ご飯には「ダンケシェーン、ビッテシェーン(ありがとう、どういたしまして)」を学び、「コーヒーをもう一杯下さい」まで言えるようになった。これだけで村の人たちとコミュニケーションが変わってくる。美味しいパンと手作りのジャムに感激し、コーヒーをおかわりしてはダンケシェーン。

「〜〜を下さい」の1センテンスを胸に、最後30分だけもらって、また村の中へ出て、地図をゲット。村の人たちは皆で嬉しそうに笑い、地図という単語を今度はドイツ語で「カルタ」と言うのだと教えてくれた。カルタ!、カルテ(カード)だ!

また、日本語にとても発音の似た言葉もあった。「ア、ソウ」これ、相づちで、日本での「あ、そう」と使い方まで一緒で、驚き。

もう一つは「チュィーーッス」と響きは体育会系。「じゃね、バイバイ」の意味。発音もまったくあのまんま、「ちわーっす」と「チーーッス」の中間のような、、、しかし、どんなに優雅なマダムもお別れするとき「チュィーーッス!」

ウケた。これらを巧妙に使いこなしながら一人で散策。オモシロイ。

知っているかもしれないような錯覚にとらわれながら散策し、このドイツの片田舎、ブランケンハイム(ケルンの近くだった)という町(村?)を去った。

その後は、ライン川のほとり、ローマン・シュトラウス(ローマ古城街道)をひたすら走り、ところどころでお休みをしてはコーヒーを飲む。やっぱりどこへいってもヨーロッパのコーヒーは美味しい。これこそがコーヒーであり、アメリカで飲むコーヒーは、コーヒーとは似て非なるものだと思ふ。

助手席にのって写真のチャンスを伺うも、ロバートの「ネーイネーイネーイ!!(否、否、否)こんな所撮ったっていいわけないじゃないか」の言葉にシャッターを押せず、さすが古城街道、ライン川の向こう岸には500メートルに一度くらい見えるお城を流し撮りしてもボケ産出で、いざ、ロバートが「ここが一番お城に近い」と下ろされても、うーーん、近すぎて城、見えないんですが、どうしましょ、という所ばかりで(笑)

ま、こんなところにも?え?また?こんなところにまで?というくらいお城がある。ドラクエ、ダンジョン、そんな単語が浮かんだ。

白ワインの産地と、ローレライの里でもある場所でコーヒー休憩。お昼ご飯かと思ったらチーズケーキを3人前頼んだロバート。「お腹いっぱいになると運転が眠くなるから、これがランチだ」。ひえーーー、ランチも楽しみの一つなんですがーーー。しかもケーキ好きなギャルじゃないんですけど〜〜〜(泣)

途中、ほんの10分ほどフランスを一度通った。たった10分なのに、標識が全部フランス語だった。へえ〜。

まあ、そんな陸続きを感動しつつ、いよいよスイスへ。

英語の勉強

英語はいつまでたっても億劫だった。

子供のいる友達たちは学校の先生からの連絡事項の英語の紙等を読んでいて、すごいなあと思っていた。アメリカ人を夫にもっているので、テキトーに会話はききとれるものの、ちゃんとした英語はけっこうダメな私。

話は飛ぶが、引越するするといいつつ去年の12月からはや半年近くたち、いよいよ6月までには(正確には6月中ば)ここを引き払わなくてはならないムネを大家さんに言い渡され、必死コイて家を再度見始めたのが4月の始めから。

あれからどれくらいウエストサイドレンタルを見ただろう。あれからどれくらいクレイグズリストを見ただろう。あれからどれくらいザMLSを見ただろう。。。気がつけば、そんな事をしているうちに英語を読む事への恐怖が消えた。

そしたら今度は腰が重い夫のために、私が先にプレ下見をする事になった事もあり、かたっぱしから電話をかけまくり、だいたいどのように言えば一番相手に伝わるのかが解って来た今日このごろ。英語で電話をするという恐怖が少しづつなくなってきた。

だいたい私は夫に甘えてしまっていた。あの「アイドンノーってどういう意味ですか?」という名言をひっさげてアメリカにやってきた山下君だって、今や自分で英語の文章を読んだりして、こちらで二児の父親までしているというのに、私はだらりーん、と甘え、好きな事だけをしていた。イケナイ。そんな事では何の訳にもたたない。

というわけで、最近は一日に10件ほどの電話も恐れずし、いろいろと聞き、交渉をし、この引越フェアは、いいーー英語の勉強になった。

あとは決まる事を願うのみ!

さて、どっちに決まる? Wish me luck!!

===========

English was so much pain to me.

my friends who has kids, could read English paper from kids’s school, I was amazed about that. I have an american hudsband so I have a opportunity to talk English though, unfortunately his Japanese listening ability improved and I talk to him in Japanese, and he answered me in English. that is the why, my English is not so great.

BTW, Moving. we ve been telling to the people that we are going to move since last December, it’s been half an year. but finally the deadend came. so we are serious about it now.

how many westsiderental search I did, how many craigslist search I did, and how many theMLS search I did… but during this things, my fear of reading English was gone!!

and next, for busy husband, I made bunch of appointment for open house, I call and call and call again, a lot of people said to me “what’s that ? what did you say ? I don’t get it” I don’t care anymore however people said to me. I just call over and over again. so, now I don’t have any fear to make phone call in English at all.

I was so princess about that. even my Jpaanese friend YAMA who had no ability of English and said “what does it mean “I Don’t Know” ?” he is a father of 2 kids and he is working for American Company with no Japanese colleague. but me. I was doing only which I wanted to do, and ignored to use English.

so, nowdays, I am not afraid of 10 of telephone in English, asking, negotiating, and e.t.c. this moving statement was great opportunity to learn live English to me.

hope great place to us!!

Wish us luck!!

在米日本人の日本語 Language problem

アメリカかぶれの人の日本語はとてもハナについた。
郷ひ○みが「ジャペァ〜〜ン!」というのも奇妙で笑えた。
ルー大柴が英語を交えて話すのも「おもしろいよね」と笑えるようになるまでには嫌みでキザに聞こえた。そしてそんな人を批判していた。

こちらに住んで50年になる、養老院にすむおばあちゃん達はいまだに1セントの事を1銭(うまいっ!)と呼び、1ドルを1円と言ったりするのに驚いた事もある。

ところが。。。
最近は日本語の単語が上手く出て来ない時には、英語まじりのルー状態になっている。
ついに私もそうなってきたのか!!いかんいかん、日本語で話すように訓練しなきゃ!

________
上の文章を現在コチラで簡単に話しているように変換すると。。。

アメリカナイズされた人のジャパニーズはとてもアノイングだと思ってた。
ヒロミ・ゴーが「ジャペァ〜〜ン!」というのもウィアードで笑えた。
ルー大柴が英語をミックスして話すのも「シリー」と笑えるようになるまでにはサーカズムに聞こえた。そしてそんな人をジャッジしていた。

こちらに住んで50年になる、ナーシングホームにすむグランマ達はいまだに1セントの事を1銭(ワオ!)と呼び、1ドルを1円と言ったりするのってサプライジング!。

ところが。。。
最近は日本語のボキャが上手くカミングアップしてこない時には、英語とミックスで、カインドオブ ”ルー”になっている。
ついに私もそうなってきたのか!!ノーノーノ、日本語で話すようにディシップリンしなきゃ!
________

友達の子供は
「マミー、昨日のトレイニングでソアーになっちゃって、足がすっごくスエリングなの。今日はちょっとレストしたいよー。スクール行かなくても、ノープロブレムでしょ?(訳:母ちゃん、昨日の練習で筋肉痛。足腫れてるし。今日は休みたい。学校行かなくても大丈夫でしょ?)」と言うそうです。

それを変だと感じなくなったワタシもヤバい?

はい、気をつけまーーっす!

==========
When I was in Japan, I hated the people who speak mix language. I felt they shows themselves bigger like “I know the world”, smarter, and sarcasm. I was really judgmental about that.

now I am living in LA over 12 years, even my English is not so improved though, my Japanese is getting broken.
a lot of Japanese people who lives in U.S has a kind of same problem.

however, here I am! I am the one who speaks mixed language!!

I don’t know how to explain in English but …
oh! I have a good idea. I ll use fake Spanish instead of Japanese!

“Yo tengo SORE e PAIN, por que TRAINING. mi LEG esto SWELLING. necessito DAY OFF manyana. no vamos SCHOOL, No ploblema, IS’T IT ?”

or something like that.
I have to use my English brain and Japanese brain separately.
ha ha ha.