体現化

ここのところ、
体現化、という言葉を用いた話題がよく出る。

上手、下手、できた、できない、ではなく
体がそれを表すほどに染み付いた、的なコト。
 
 
 
その昔、
 
ステップ1)ーーー
はじめてアメリカに観光で来た時
1件のレストランの印象だけで
「アメリカってさ〜〜」と人に言って回ったものだった。
そのお店は私に全米を背負わされたコトになる。
 
ステップ2)ーーー
在住、5年くらいの時、色々少しづつわかり始め、
「アメリカ」って一概に言えない、と思い始めたころ。
在住20年の先輩から
「ようやくアメリカの一部が見えてきはじめた頃でしょ?」
と言われビビった。
 
ステップ3)ーーー
そんな私も気がつけば米在住20年。
私はようやく、アメリカのことなど何もわかっちゃいないのだと知る。
が、日本へ帰ると、あきらかに浮く。
 
 
これ、何にでもあてはまると思う。
 
 
知らないヤツほど、ウンチクたれる。
私も、たれる。
そして、それは大概バレる。
 
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バレたっぽい顔。
学びの途中がよく見て取れる写真 by あっこちゃん
 
 
 
(1)ーーー
数回だけの経験は
それをとても「おおごと」にし、
その時見たことが「全て」であり、
(ある意味、それはアタリである)
わかったつもりになる。

 
(2)ーーー
真剣に30回くらい以上の経験。
けっこう学んだので、
「何がわからないか」が明確になりつつある。
故に、むやみやたらに発言できなくなる。

「人は知れば知るほど、無口になるのよねえ」
桃井かおりさんの有名なコトバが身にしみるころ。
 
このプロセスの終わりで何度もゲシュタルト崩壊して、、、
 
 
(3)ーーー
それが日常化した何百回も何千回もの経験は
それが「日常に」なり、あがくことをやめ委ねる。
そして20年もすれば、体から雰囲気がこぼれ出る。
 
 
 
 
まあ、20年という年数はアレにしても、
コミットして必死でそれに取り組む。
すると、2)〜 3)にシフトしていくのだろう。
 
語らなくなったころの、
染み付いた行動を伴なった、風情だのそんなものを、
「Embodiment(体現化)」してる、という。
 
   
 

私は、5リズムを通して
一生これを学び続けるのだろう。
 
 
  
ウソのない、無理をしない、
小さくもならず、
大きくも見せようとしない、
様々なことから目をそらさず、
でも暗くもならず、
明るくも見せようともしない、
 
そんな自分がますます気に入っている。
 
 
 
独り言につきあってくれて、ありがとう❤️
 
 

 ーーーーー
 
 
5リズム 2018年、4月。
生クラスならびにワークショップ
7日からはじまります!
 
 
スケジュールは以下から。
http://www.masayodance.com
 または
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/

 
 

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100願うよりも

5リズムのスペースホルダーになった
さえちゃんと、TKを連れて
私のLAのふるさと、
パラマハンサ・ヨガナンダさんの
セルフリラクゼーションセンター、レイクシュラインへ
ひっさしぶりに行ってきた。
 
 
で、
ヨガナンダさんの本、
「人間の永遠の探求」に書いてあった言葉を思い出した。
 
 
「なぜ、人は、願い事を100も200も願うのだろう?
 魔法使いになってしまった方が早いのに。。。」

 
 
一言一句同じではないと思うが、このようなこと。
 
 
 
 
 
100の呪文を覚えるのではなく
魔法使いになってしまえば
呪文のコアを知ってるので、覚える必要もない。
 
 呪文を否定するのではない、
 呪文に固執するなということ。

 ツールを否定するわけではないけど
 ツールに振り回されるな、ということ。
 
 
魔法使いマスターは「魔法の本」とかいらないのだ。
 
意識だけでも、
こっちでありたいな、と思う。
 
 
 
他の言葉や比喩に例えれば
 
 

葉っぱを見るな、幹や樹を見よ。

 葉っぱを否定するのではない、
 葉っぱに固執するな、ということだと思う。
 

樹を見るな、森を見よ。

 樹を否定するのではない、
 樹に固執するな、ということだと思う。

 または、

抽象度をあげよ。
 
 
 
 
笑い話なんだけど、
アイアンガーやパッタビ・ジョイスは
ヨガを教えるにあたって
「全米ヨガアライアンス」の資格など持ってないのだ。
 
 
呪文を覚える必要はない。
 
魔法使いになれ。
 
 
 
お話の続きは
気が向いたらまた後ほど。
 
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===== お知らせ =====
 
 
ガイドと自分の身体の声をききながら自由に踊る
動く瞑想、5リズム。
 
 
今回は5リズムのもう一つの特徴である、演劇的な「役割」や「アーキタイプ」を入れ込んだワークショップを首都圏(3都)ではとりいれてやっていきます。
母、妻、役職などといった日常の役割や、自分の中の隠されたキャラクターを探し、楽しみながら表現していくことを入れ込んだワークをやります。
 
自分開花!!
スカーフ、コスチューム、着たい洋服、気に入って買ったはいいけど普段着られない洋服などがある人は、持ってきてぜひともトライ!
 
  
8日(金)1デイ 
神戸では「Rock’n “ROLE(役割)”」
https://www.facebook.com/events/210359202845040/

14〜15(土日)2デイズ
名古屋では「Dance with me(Ritual theater 儀式の劇場)」
https://www.facebook.com/events/2297101430316004/

21〜22(土日)2デイズ
東京では「No rain, No rainbow」
https://www.facebook.com/events/211664642744854/
 
=========== 

そして、

福岡でのはじめての1デイは「コミットメント」
https://www.facebook.com/events/193464011416175/
 
=========== 

また、各夜のクラスは以下のとおりです。

単発の大阪夜クラス (7日 土)
https://www.facebook.com/events/149110229119097/

名古屋夜 オープンクラス(13日 金)
https://www.facebook.com/events/340966449745409/

東京夜、オープンクラス(20日 金)
https://www.facebook.com/events/196028840985511/

金沢の夜クラス、(17日 火)
https://www.facebook.com/events/339577789886017/
 
そして、奈良では、障がい者とご家族のクラス(7日、朝)
 
をやります。
 
=========== 
 
全ての情報は
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/
masayodance.com
 
メッセージ、メールは
masayo.cc@gmail.com
までお願いいたします。
 
皆さまとお会いできるのを楽しみにしています!

「やめちまえ」と言ってくれる人

桐朋学園演劇科で習った 
永曽信夫先生。
去年なくなった。
 
日本の俳優教育に多大な貢献をされた
永曽先生の言葉をふと思い出した。
 
 
「入学したあなたたちへ
  
 僕はおめでとうとは言わない。
 そして僕は君たちを褒めません。
  
 僕は君たちに
 『芝居なんかやめちまえ』
 と、ずっと言い続けます。
 
 それに抵抗して、
 続けていくものだけが
 役者として残るのです」
 
 
 
こんなことに耐えられない神経の人は
北島マヤにはなれないし、
いじめがあっても耐えられない。
 
でも、それ以上に自分をさらけ出す仕事など
できない。
 
 
30年以上たった今なら、
このメンタリティがわかる。
 
 
芝居では「ダメ出し」の時間があるが
その時に
「誰かに自分のことをどうこう言われた」
など、いちいち気にしていたら
役者は無理だろう。
 
 
私はエゴとプライドが強かったので
批判を言われないように、言われないように、
自分の欠点を必死で隠し、
城壁を固めてきていた。
 
 
そこが一番のポイントで、
これじゃ役者じゃなくても
何も達成できないわ、と気づき、 
 
それに立ち向かいはじめたのが
5リズムをはじめてからだ。
比較的最近だ。
 
  
とにかく、
 
「やめちまえ!」
 

こういうことを言ってくれた人がいるって宝だ。
すごいことだと今更ながら思う。
 

  
boo
 
 
ーーーーー

5リズム 2018年、4月。
生クラスならびにワークショップ
7日からはじまります!
 
 
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/
 
まだ、アップが追いついて居ませんが、
 
 7日、奈良(天理)福祉施設チャリティ
 7日夜、大阪夜クラス
 17日金沢、夜クラス
 
もあります。

罪悪感と恥

罪と罰じゃない。
罪と恥。
いや、
罪悪感と恥。

ティムとケイトの
5リズムのワークショップでも
大好きなブレネーブラウンの言葉を借りて
この話題がでたのでちょっとシェア。
 
 
言葉の表面だけをみると
「罪」は深そうで
「恥」は日本人の感覚からすると
少しへりくだっただけの
けっこう美徳系にすら感じられたりしたものだけど。。。
 
 
いろんな感情の波動を測定すると
Dawkinsの測定では 
「恥」は一番低い波動だという結果がでている。
怒りや恐怖よりも、低い。
  
ブレネー・ブラウンも本やTED TALKで
罪悪感と恥、責める、そして弱さをさらけ出すことを言っている。
 
罪、罪悪感とは
「ガラスを割った」
「車をぶつけた」
「人を傷つけた」
「失敗をしてしまった」I made mistake
など、物事にたいして後悔や申し訳ない気持ちを持つこと。
・・・
事象否定。
 
 
それに対して 恥とは
「(ガラスを割った私に)価値がない」
「(車をぶつけた私は)ダメだ」
「(失敗しちゃう”私自身”が)”失敗”、”失脚”だ」I AM a mistake
・・・
自己否定。
 
 
 
こうやって文にして見てみると
罪には未来があるが
恥には未来がない。
 
 
私たちが持つとしたら
どっちがより悪影響を自分に与えるか?
 

おもしろいね。
 
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聖なる役者

「ザ・松田の言葉」からの続き。
 
「おまえ、役者やめんなよ。続けろよ」
 
と、ザ・松田に言われた舌の根も乾かぬうちに
私は役者をやめた。
 
選んでやめたわけではない。
仕事がなかったのだ。
 
それを言うのは、エエかっこしいの私には
かなりカッコ悪い。
  
  
役者だの、ダンサーだの、歌手だの、
いわゆる「芸」の道を目指したのは
もともと演劇少女だったからで、とても真剣にやる演劇の中では
パフォーマンスとしての演劇、いわゆる「フリ」はできるが、
「自分の様々な”本当”をさらすこと」が
怖くて怖くて逃げ出した。
 
ここは演者の質の大きなポイント。
 
カッコ悪い自分、
鼻垂らして泣いたり、
それはたとえ演技上のことでも、
ウケ狙いで、そのフリならばできるけれども、
本気が出れば出るほど、
私の当時のエゴには、ソレが耐えられなかったのだ。
 
 
それから数十年経ち、
私は違う形式で、
同じコンセプトをやっている。 
 
それが5リズム。
 
 
 
5リズムのバイブル、ガブリエルロスの本の中でも、
「意識的に生きる」ということは「演じる」のと同じ、と。
だから人は皆「ホーリー・アクター(聖なる役者)」なのだ、と。
 
 
18から学んだ桐朋学園の演劇のメソッドの中では、
まるで5リズムの上級レベル、
サイクルズやミラーズのようなこともやった。
 
私は怖くて耐えられなくて、
知らんぷりをし、なにかのミスを装って、
その学科のクラスを逃げ出した。
 
が、結局「そこ」の本質から逃げ出すことはできず
数十年経った後に、似たようなワークショップに
もっとガッツリと出なくてはいけないハメになっているばかりか
ティーチャーになった。
  
 
 
「意識的に動きを再現する」
 
「リチュアル・シアター(儀式の劇場)」
 
の要素。
 
 
よくも悪くも、私の一番、スペシャルな分野だ。
 

「人は皆、表現したい生き物である」

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(写真は、アンバーとロルカのリチュアルシアター@ジョシュアツリー より)

ザ・松田の言葉より

日本の文化的なものとして、
「耐える」「悲しい」「儚い」「自己犠牲」
みたいなものが美しいとされている。

それは確かにある観点からはとても美しいが
全世界共有ではない。
国によってメンタリティが変わることは超実感ずみの
はやアメリカ在住20年!(自分でもビックリする)

たとえばアメリカでは
セックスはぱっかーん!と開けっぴろげだし、

日本は
セックスは蒸し暑い中、電気とか冷房つけずに汗かいて
声を殺して、みたいなのに萌える人も多い。
(俺はそういうの、好きなんだよなーといった人がいた)

セックスのことはおいといて。。。

その昔、私が言われたことをシェアさせていただく。
起き抜けにいきなりソレを思い出して、
どこからか「書け」と言われた気がした。
 
 
私は別に「誰々知ってる」とか「誰々にあったことがある」とか
そういうことを自慢するつもりはないが
その時の感じを生々しく表現したいので
あえて名前を出させていただくとすると、

今はなき、松田優作さんという俳優さんがいて、
映画版の「探偵物語」に端役で出してもらったときのこと。
 
 
根岸監督が、スタジオにいた私を捕まえてこういった。
 
「おまえ、松田さんに挨拶しとけよ。
 松田さん、オールラッシュ(荒編集)を見て、
 お前のこと褒めてたぞ」
 
その時代は「誰かに褒めてもらえる」イコール自分の価値だったから
もう、ウホウホで、
「松田優作に褒められた、松田優作に褒められた」
を胸にスキップしながら
松田さんにご挨拶にいった。
 
すると、あのカッコイイ松田さんが
「さ」を連発しながら

「あのさ、日本ってさ、
 コメディをする女優が湿ってるんだよ。
 泉ピ○コにしても、誰にしてもさ、
 泣き顔のコメディエンヌが多いんだよな。
 
 それ考えるとさ、お前のカラっとした感じはさ、
 純粋に乾いたキャラでさ、すげえ貴重だと思う。
 アメリカ的なんだよな。パッカーンとさ、
  
 だからおまえ、いいか?
 役者、やめんなよ。続けろよ」
  
  
(*私の出演部分は時間の都合で残念ながら大幅にカットされ
 その上、仕事が続かなかったので役者はやめてしまった)
 
===
 
そういえば。。。
 
 
「私はこんなにやってます!」という泣き顔の承認欲求。
その泣き顔を隠すように笑う、2重にツイストした承認欲求。
  
これ、案外多い。
被害者意識的の裏返しの上向き志向の「フリ」
こんなかわいそうなアタシがこんなにがんばってるのよ、的な主張しか伝わってこないのはもったいない。
中身がいいものであればあるほど、もったいない。
 
ほどいてシンプルにしたらいいと思う。
 
別に悪いと言っているんではない。
 
ただ「それがいいのだ。それが良識なのだ」と
信じているのは、
単なる「植え付けられた信念」の縛りですよ、
と。
私も自分で縛っていたからよくわかるのだ。
 
 
これに関しては、インドの聖人OSHOも
ドン・ミゲル・ルイスも(5th agreement)
ガブリエル・ロスも(Maps to Ecstacy)言っている。
 
「ルール」や「常識」、「べき」は、
あくまで社会生活を円滑にするための手法である。
本当に必要か、すべて疑え。
そこに固執しているうちは「自分」ではない。
 
 
だから、義務に縛られて
無理やりがんばらなくてもいい。
 
なんか、そこのルールのなさが、
ザ・松田が言ってくれた
私のカラっとしたところだったのかな、と思う。
 
 
 
まね、がんばるな、と言っておきながら
反対のことみたいに聞こえるけど
ここだけは見失わないで欲しいポイント、を見つけたので言わせて欲しい。 
 
「がんばらなくていいけれど、
 逃げないで。
 夢中になることは必要」
  
 
変化、変容のために、プロセス「大変な場所」とか「エッジぎりぎり」を通る必要はある。
それは物理だからしょうがないと思う。
ヒヨコもタマゴを割り、蝶もさなぎから出る、そんな物理。
 
ここ、大事。いわばカオス〜リリカルへいけるかどうかの部分。
 
ここをごまかすと、ニセモノの「超越感」となる。
自分で汗かいて、やるしかないのだ。 
 
そして、今思うに、
当時の私は、玄人うけする役者の卵だったにも関わらず
「努力、恥をさらし、自分をさらすこと(カオス)」を
怖いと思って、そこから逃げた。
 
この、プロセスである「カオス」から
逃げちゃったから売れなかったのだと今ならわかる。
 
逃げたことのある私が言うんだから信憑性がある。
 
ここの努力は大事なんだ。
努力って努力じゃないんだ。
むしろ、夢中!
 
これやらなくていい人は一握りのシンデレラ。 
シンデレラっつーやつは、ハンパない運命の役割と才能、
とてつもない強い意思を持ってて
その意思で「魔法」を完璧に信じ切っている。
すげえんです、シンデレラって。マジで。
私はそういう大女優や大アイドルのシンデレラたちを間近で見て、
自分は残念ながらそうじゃない、と知ってしまった。
いや、あきらめてしまったヘタレなんです。
 
 
シンデレラではない私は、
やり続けるしかないんだ。
あがくしかないんだ。
エッジぎりぎりまで。。。
 
 
セックスでも、イったフリしてたら
本当には「イカない」のと同じ。
私は、ただ本当にイきたいのだ。
 
でもイクためには大変じゃなくても、
楽しくてもいいわけだ。
楽しくあばれる。
楽しくイク!
 
 
 
松田優作さんの思い出から、
またセックスの話に戻ってしまった。
 
5リズムのカオスも、
そのように踊ってもらえたら、って思う。
 
過去の栄光を話すつもりなんかじゃない。
だって、栄光どころか、売れなかったし。
 
 
なぜこんなことを熱く書いているのかわからない
コーヒーがウマい、美しい朝。
 
 
けっこう意味不明で長いのに
読んでくれた人、ありがとう。
 

 
 
明日から、ケイトのワークショップ「Hardcore Vulnerbility」
サクラメントへ行ってきます。
 
フェイスヨガのふみこちゃんも初参加。
いつこさん、ひなちゃん、日本からさえちゃんも一緒です。楽しみ!
 
 
写真は本文とは関係ありません。イメージです。
1)モンドリアンホテルの横、ハウスオブブルース跡地。
  こんなに掘ってる。
2)キキたん@ドッグパーク
 


 

朝の気づき

ここ2〜3年ほど、黄金モーニング(友人の夫、佐々木さんが始めたプログラム)というのをやっていて、朝起きて、いくつかの決まったルーティンをやる。
朝起きてから、5つのやるべきことを自分のやりたい方法でやる。(軽い運動を含む)
興味のある方は「黄金モーニング」でググってみてね。
 
私にとって黄金モーニングは、何かをする前に、まず自分を満たすもの、と捉えている。
まずは自分。
すべてはそこから始動する。
 
 
3年前までの私は、あまりにも「アーティスト体質」を言い訳にし、
アリとキリギリスの物語では完全にキリギリス派で、
「感じた時に」「ノった時に」「ピンときた時に」のみ動いていた。
よく言えば自由、悪く言えば、怠け癖がつきすぎていた。
 

多くのカタギのみなさんは毎朝ちゃんとしてると思う。
お仕事に行ったり、子供を送り迎えしたり、お姑さんがいたり、
だけど、私にとっては 超〜〜尊敬に値すること。
 
 
一生自由業な自分には、そういう「重荷」が全くなく、
あまりに自由という名の元で、気がつけばキリギリスが悩んでるという状態になることがあった。
 
そう。問題は、
本当は怠けてもいいのに、「あー、やらなかった!」「なんで自分は達成してないの?」と自己否定をし、”勝手に自分で落ち込む” ということを繰り返していたことだ。
そして、やらないことを責め、こんな人間が生きていてもいいのか?くらいに思うこともあった。
 
 
そんな時、この黄金モーニングはピタっとハマった。
 
そっか、コミットメントもなしに夢ばかり追っていてもダメなんだな、と、やってみて、体で知った。
 
 
3年ほどして「やる」というコミットメントに慣れてはきても、その内容がごちゃごちゃになったり、途中で遊んでしまって最後までやらなかったり。
特に家の中ですると、近くにコンピュータはあるわ、飲み物はあるわ、食べ物はあるわ、
いわゆる邪魔、邪念だらけで、気が散り放題。
 
数日前、エサレンから帰ってきて、邪念の箱(家)で2日間、黄金がうまく出来なかった。
そっか、エサレンを思い出して、外でやってみればいいんだ!
 
 
 
というわけで、今朝は、コンドミニアムの共有スペースのジムで少しだけワークアウトをして(本当に少し。10回づつとか 笑)、
そのあと中庭のプールサイドで暖かくしながら瞑想をした。
 
すっごい気持ちのいいことに気づいた。
何よりも、ジャマされず集中できる。
 
なんで今まで気づかなかったんだろう?
って、思うくらいいい感じだった。
 
いつも、
なんで今まで?とか、
もっとはやく気づけばよかった、
って思うけど、
 
「すべてはベストのタイミングでやってくる」
 
I know!

そして、
 
場所を変えると、同じ瞑想でも、全く違った視点の部分の脳を刺激するらしく、メッセージも違う、浮かぶアイディアも違う。
 
今まで考えつかなかったこととか、可能と思っていなかったこととか、「あれ?これもできるじゃん?」と思うから不思議。
 
 
場所を変える。
これはすごいことだと思った。
 
だから人は、旅をするのかな?
 
 
===
 
オマケ
 
最近見つけて大喜び、お気に入りでヘビロテで見ているビデオをシェア。やみつき状態(笑)
最高中の最高のゴスペルです。

愛すべき頑固ジジィ

ひさしぶりにポートレイト(人物描写)を。
 
 
時々、映画の試写会に連れて行ってもらう。
 
さすがハリウッド、
いたるところに脚本家とか映画関係者がいて、
ディレクター協会とか脚本家協会とか
俳優協会に属している。
 

ウチのキキが行っている
(実際にはトムが連れて行っている)
ドッグパークにもそういう人がいる。

中でもサンディという
ジジイがいるんだけど
彼は89歳で、
なんと今はエキストラをしている。

まるでバックトゥザフューチャーの博士みたいな風態で
そのおかげかストックフォトにも多くのモデルとして使われているらしい。

半年前はマクドナルドのCMに出て
3ヶ月ほど食えのだそうだ。
 
 
サンディはその昔は映画スターたちが所属するエージェントに勤めていて
フランクシナトラとかそういう人たちと、フツーに逢う人生だった。

そのサンディが俳優協会に属しているおかげで
「映画いこう」とトムと私を誘ってくれる。

そういうときは私の運転で迎えにいくのだが、

長くこの世にいると
全く彼の独自のやり方があって、
ラ・シエネガのこの店を過ぎた頃、車線を右側に寄せておけだの、
右へ曲がったら即座に三車線左へいけだの、
色々とうるさいわけだ。

私は彼による車線変更などを覚えていたので
次はこうでしょ?というと
嬉しそうに左眉毛をあげて、「Yaaaap!(ヤーーーップ!そうさ)」と言う。

お年寄りだけならぬ
いわゆる「通」ってヤツは
特別の決まったやりかたがあって
それが一つの儀式になってるフシがある。
 
このレストランのチキンスープはうまい、だの、
ここでこれを買って人の家へお呼ばれに持っていくといい、だの、
古き良きアメリカンな生活が垣間見られて面白い。

が、新しいものへも偏見がなく
iPhoneを使ってジャズを聞く彼は、
ブルートゥースから音が出ることを最近発見したらしい。
それを聞きながら、三時間かかるパームスプリングスへ一人で運転していったんだそうな。

 
車の中で いろんなことをを聞くと、
喜んで答えてくれる。

サンディが話し始めると、まるで歴史を紐解くかのように
セピア色の70年前が目の前に色鮮やかに繰り広げられる。
サミーデイビスはこう言ったんだ、とか、
ここはマリリンモンローがサンドイッチをよく買いに来てたんだ、とか。
そういう世界が少しだけ近くにあるような錯覚に陥り、サンディの思い出と一緒に夢のような幻を見る。

会場に着きそうな頃、
この車の後ろ1ヤードに止めろ、とか、
帰るときはここをユーターンしろだの、
まあ、指示の多いこと多いこと。

トムが
「サンディのいうこと聞かなくていいよ。年寄りドライバーの中でももっとも危ない部類なんだからさ」
と、いうと
ケッ、という顔をし、聞かぬふりをする。
 
 

サンディは試写会場へはいると
必ず決まった場所に座る。前から5〜6列目の左端。
私はもっと真ん中でみたいんだけど、
これが彼のお約束。

ポップコーンを頬張りながら
「ねえ、これはなんていうタイトルの映画なの?」
と聞いたら
「ポップコーンを口に頬張りながら喋るやつの質問には答えない」
と。

そうだー、アメリカは口にもの入れたまま喋るのは禁止。
とくにお年寄りにはそれは顕著なんだった、と思い直し
改めて質問したり。

さて、映画は
スピルバーグの「POST」 邦題 ペンタゴン・ペーパーズ(この訳し方はなぜ?)

とてもよかった。

サンディのお気に召したようで、
ほぼスキップするかのように足取りの軽いサンディだった。

外に出ると、映画の話しに夢中で、
信号待ちの歩道の角から
少しだけ出ていた危ないトムを無言でさっと引き上げたあと

しばらくして目の前の道を走る車が止まるや否や、
まだ赤なのにスタスタと歩き始めた。

「危ない!」と思ったら、、、
その0.5秒後に歩行者の信号が青になった。
 
そういうタイミングまで、この試写会会場のまわりのことは
1秒たがわずに熟知していた。
 
ほらね、というふうに両手をあげるジェスチャーをしながら
振り返りもせずにスタスタ前を歩く、その後ろ姿をみながら
笑いが止まらなかった。

きっと60年前も、同じようにこの歩道を渡ったんだろう。

そういう世界に生きてきたんだなあ。
その世界をまさに体現化してるんだなあ。

先を生きている人を「先生」と言う。
 
 
 
サンディの、頑固に凝り固まりながら
自分の好きなようにしている自由さを見習いたい。

しばらく私はニコニコしていた。

クリエイティブなOK GO

OK GO の無垢な、エゴのないピュアな遊び心のクリエイティブさが好きだ。
真剣に、真剣に考える。
真剣に、真剣に遊ぶ。
この時の脳内モルヒネのような感覚がたまらなく好き。ok-go-viral-video
彼らの脳の中はどうなっているんだろう?と思っていたら
こうだった。
TED TALKの英語版だが、設定〜字幕〜日本語を選択できる。

このボーカルのお姉さんもスゴい。
彼女はパトリシア Trish Sie と言い、
もともとはダンサーで振付け師。
が、脳内が弟と同じようなモルヒネ体質だったと思われ(私の勝手な推測)
ウォーキングマシンを使って踊るビデオを振り付け&撮影して以来、
このバンドのプロモーションビデオのディレクターを数多くやっている。

こんなオモシロイものを弟と一緒に作り、
それが世界中で注目されている。

重力ゼロの飛行機の中での撮影があったり
PLの甲子園をヒントにした傘のビデオがあったり、
これでもか、っていうくらい犬と一緒だったり、
万華鏡だったり。。。

なんというクリエイティビティ。

確かにすごいんだけど
もともとはといえば、子供の頃にカーテンを体に巻いてロングヘアーのつもりにしたこととか、水が弾けた時の「うわあ!」とか、そういう、とても純粋な驚きと遊びを、大人になってバジェットが増えたように遊んでいるだけ。
そこはかとない無垢なクリエイティビティ。

ボーカルのダミアン・ク−ラッシュによれば
「アイディアじゃない。もともとそこにあったものを、ただ見つけた感じ」

こういう人、大好き。

どうなってるんだろう?と思いながら巻き戻したりして真剣に見ると、
ちょとした脳内マッサージになるよ。

OK GOの 必見プロモビデオ:
(もし、そのまま 同じプリンターのが出てきたら、右か下にあるアイコンから探してみてください)

飛行機の中、無重力 Upside Down & Inside Down

スローモーションの爆発 The One Moment

視覚のイリュージョン The writing’s on the wall

最新の Obsession プリンターを使っている

モンキーか否か

はい、自分の覚書も含めて。。。
 
感情には2つの種類がある。
  
1)思考による感情。
2)体で感じる感情。
  
  
人は多くの場合、
1)の思考による感情に左右されている。
 
 ・こう思われたらどうしようかしら? 
 ・失敗したらどうしようかしら?
 ・いやだわ、怖い!
 ・こういったらああされるかしら?
 ・これがいいの?これが正しいの?それとも?
 
「ないことに対する自分の思い」による恐怖と不安。
 
実際に起こってもいないことに対して
ああだこうだと思考して
「”自分で”不安や恐怖を作り上げている」
  
要するに思考がお猿状態に忙しい。
だからモンキーマインド(Monkey mind)って言う。
 
 
そして、それによって勝手に感情を盛り上げ、
まだ起きてもいないことに一喜一憂し、
そこからドラマが勝手に繰り広げられる。
 
そういう人、いるよね?(笑)
 
私だ!って言う人、
気づいた自分を褒めてあげよう。
 
 
本当は「体による感情」にしっかり繋がっていけば強い。
 
2)の体で感じる感情というのは 
 
 ・湧き上がる喜び、
 ・災害に出くわした時に恐怖、
 ・暴力に出くわした時の恐怖、
 ・死を経験した悲痛、
 ・ワケわからないけど感謝で涙が止まらない、
 ・ワケわからないけどテンション上がる感覚 など。
  
 
 
1)の、思考による感情が減ったら、
感情はもっと「心に近いもの」になり、
「不必要なゴミ」はすこぶる減る。
 
だから、
感情が湧いてきて振り回されそうになったら
まず、どっちだろう?って感じてみて。
 
思考からの感情だったら、
持ってる必要は、あんまりないよね。
 
  
私?
モンキーマインド、
もちろんありますよ。
私はちっとも聖人じゃないもん。
 
でも、実はけっこう減った。
これ、減るとすこぶるらくちん。
 

 
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art work : Outi Harma http://www.outiart.com
写真はオウティのオラクルカードより。
 

魂を裸にする練習

私にとって5リズムをやる意味はとても明確だ。
5リズムは、私にとってはダンスではない。
(ダンスだけども。。。)
身体からアプローチする、
魂を裸にする練習だと思う。

人は社会的な仮面をかぶって生きている。
 
ロブ・ファウストの仮面 でも言ってたけど
 
ニュートラルの仮面。
 
「役者として様々な役割をする前には、
 まずはニュートラルな状態に戻って、
 全てをからっぽにして
 次の仮面をかぶる」
 
  
仮面を魂に置き換えてみると、わかりやすいと思う。
 
本来人間の魂はニュートラル。
 
そこにいろんな仮面をつける。
 
「母、妻、父、夫、会社員、社長、先生、生徒、弟子、金持ち、名士、ヨギー、ダンサー、デキるやつ、かわいい人、愛想のいい人、善人、世話焼き、不良、ちょい悪、イケてる女 e.t.c…」
 
そして、悩んでいるのは、仮面をつけた自分の魂。
 
仮面で生きすぎてると、本当の自分、
すなわちニュートラルな自分がわからなくなる。
演じてるキャラ、社会的な立場を自分と勘違いする。
 
ニュートラルに戻り、
一旦空っぽにして
次へシフトする。
 
それと同じことじゃないかなと思う。
たとえ私たちはエンタメ界の役者じゃないにせよ
 
人間は皆、役者なのだ。
 
 
 
ニュートラルでいるっていうのはとても怖い。
一番無防備な状態。
 
部長の顔してた方が楽なこといっぱいある。
 

裸だから、どこも隠さず、
小ちゃいな、って否定もされるかもしれない。(どこがじゃ〜?)
 
でも、それをさらけ出せるのは、強いと思う。
 
 
5リズムは、明らかに
私の魂を裸にさせる練習。
 
   
そして、
私自身に関して言えば、
自分の魂を大きく太くしたいのだ。
そういう器を作りたいのだ。
 
ニュートラルなまんま
管になりたいのだ。
 
 
 
 
5リズムは決して
ダイレクトに幸せになったり成功したり
するためのものではない。
 
私は今までの100倍幸せだけども、、、

5リズムとは、ゴールのないものであり、
人生という道のりを、
真摯に生きていくための、
プラクティスだと思っている。
 
だから辞められないのだ。
だから解らなくていいのだ。
 
 
頭からの理解ではなく、
身体からの理解。
 
 

 
 表
 
 
〜 〜 〜
 
 
名古屋ワークショップ、終了しました。
最高でした。

参加くださった皆様、ありがとうございました。
 
 
このあとの日本でのスケジュール
詳しい情報は
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/ 
 

7日、奈良 10時〜16時 特別イベント 柳生茶屋〜正木坂道場
   障がいのあるご家族のためのお話会&5リズムクラス
   ¥5,000 -5リズムのみの方は柳生茶屋午後1時集合 ¥3,500 
   奈良県柳生市柳生町359-3 (ランチをお持ち下さい。注文も受け付けます)
   お問い合わせ kuro96dada@gmail.com

 
8日、大阪 10時〜13時  ミニ・ワーク カムロダンススタジオ
   カムロダンススタジオ 大阪市中央区徳井町1丁目1−7
   ¥5,000 
 
9日、広島 13時〜18時「カタチとキモチ・Shape Shifter」 ¥15,000
   行者山 太光寺 和氣殿ホール 広島県広島市西区田方1丁目551番の1

10日、松山 14時〜17時(一般ミニワーク) ¥5,000  
       19時〜21時(男性のみ)  ¥3,500
   ダンスホール Lスタジオ
   松山市一番町一丁目5ー14 八束ビル5F

 
15日、神戸 11時〜17時 ワンデー「マインド」 ¥15,000
   スペースわに
   神戸市中央区中山手通3-15-11 2階 
   ランチをお持ちください(別途、申し込み可)
 
16〜17日 東京 2デイ 「スピリット」  ¥30,000
   中央区スポーツセンター地下、小体育室
   日本橋浜町2-59-1 区立浜町公園内
   16日 13:30~19:30
   17日 10:30~16:30

名古屋、神戸、東京の「ボディ、マインド、スピリット」3箇所全部出ていただく方には特別割引が適用されます。
お申し込みはこちら

 
そしてその後はLAに戻り
28日、大阪スカイプクラス(カムロダンススタジオ 10:00~12:00) と続きます。

  
全ての詳しい情報は
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/
またはこちらから。
http://www.masayodance.com 
 

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