加速する覚書き

春分が過ぎて、自分のやることがポンポン投げてこられる。
こうやろう、ああしよう、とか思わなくても
来たものを、好きか嫌いかで決めて、行動するかしないかを決める。

すると、トントンと進む。

今まで能動的にやってきた結果として、
いろんなことがトントンと進むのだ。

その加速が半端じゃない。

だから、
来るものに委ねる。

受け身ではない。
蒔いてきた種が伸びてきて、
ちゃんと間引きをしながら
来たものを、自分の勘に従ってやっていく。

それに加えて、
「やりたい!」と思ったものは
たとえ新しいことでも、自分から「やりたい」と言う。
「時間がないから」とかは理由にせず、
むしろ、それは来るものよりはるかに優先する。

面白いことに、
今までやりたかったのに出来なかったことが
今になって
「ほら、やってごらん!」と差し出されている。

今まで「やりたいのにー!!」とあがいていたことが、
今になって「ほら、やりなさい」と。

だから、
若い人で
「やりたいのにーー。何も実現しないーー!」と思う人。

思いっきりあがいたらいい。

その「時」は必ず来る。

そして、今思うに、
その「時」は「自分で作れる」

自分があったベクトルに動いていれば
必ず、うまくいく。

うまくいかないのは
心のベクトルが違うからだ。

うまくいかないのは、
自分でブレーキをかけているのに
同時にアクセルを踏んでいたからだ。

ブレーキとは、

心のブロックであったり
過去の傷であったり
エゴであったり
恥ずかしいと思うことであったり
覚悟のないことであったり
怠け癖であったり
私なんか、という卑下であったり
自分を愛せないことであったり
自己批判、自己否定であったり、、、

私にはとても難しかった。

だけど、これらを外すと
やりたいことが軽く回り始め
そのうち、加速してくる。

で、これらのブレーキは「悪」ではないこと。

この反動がすごい強みになる。
だから、あがいている時は抜けようとせずに
この自分のブレーキたちとしっかり向かい合えばいい。

ループにハマれ、という意味ではない。
だが間違いなく、深く向かいあった人ほど、
強いように思う。

そして、最高の「結果」を求めたかったら
「結果」を求めるのではなく
「プロセス」に生きることだという
パラドックスも体験する。

おもしろいねーー!

持ってる才能を使わないのは

一緒のトレーニングで
5リズムのティーチャーになったダニエラちゃん。

当時まだ24歳くらいだった。

9歳から踊り始めた彼女は、
創始者ガブリエルロスと最初に出会ったレストランで
「なんでそんなにいつも黒い服を着ているの?」
と聞いたのだそうだ。

それがきっかけでクラスへ行くようになり、
ガブリエルにたいそう可愛がられた彼女。
ガブリエルのビデオにも出ているし、
本にも彼女のことが書いてある。

その彼女も含めて、トレーニング中、
10人で一緒に家を借りてステイしていた。

月を見ながら「おぼろ月夜」を歌った。

「マサヨ、歌上手ね! 人前で歌わないの?」

「うん、昔、歌ってたけど、もうやめた」

「どうして?」

「んーー。なんでだろう?
歌っても今更売れないからじゃない?」

そしたら、彼女からこんな言葉が返ってきた。

「売れようと、売れまいと関係ない。
たとえ路地の裏であろうと、ステージの上であろうと、
自分が持っている才能を使わないのは
宇宙に背いていることになるのよ」

と、おおマジで言われた。

ダニエラちゃん、

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先生になった後は、
その妙な可愛いお色気を生かして

国連やら、世界中の政治期間でも
クラスを展開した彼女。

そうね、

どんな才能も、ギフト!!

生きるか生きないかは
「天のみぞ知る」だけど、
使わないとバチが当たるわね。

笑顔の素敵な人は、それを使う。
声の素敵な人は、それを使う。

「私なんか」っていうことも
宇宙に背くことだろうな、って思う。

さて、あなたは

宇宙にYes, それとも No?

雨の前?

すっごくダルくて、
これで健康といえるのか?
というくらい
グダグダしたい気分の今朝。
 
  
台所にコーヒーのお代わりに行った夫のため息が聞こえた。
 
まさに、今私が出したいため息だった。
ああ、家族とはリンクしちゃうんだなあ、と思いながら
 
「どうしたの?」
と聞くと
 
「すごく疲れてるんだ。
 多分、明日、大雨だからだよ。
 そういえば大雨警報が出てたよ」
 
 
あ!そうか!
 
この体の感覚、大切にしてもいいんだ!
 
いや、むしろ大切にした方がいい。
 
 
ナマズは自信のある前に予知する。
鳥たちも変異がある前に予知する。
ネズミもしかり、ゴキブリもしかり。
犬も猫も、お天気が変わる前とかに
ざわざわする。
 
ところが人間は
いつも
しっかりしなきゃ、ちゃんとしなきゃ
という意識が先に立つ。
 
脳が全てを支配していると思っている。
 
ホントかな?
 
誰のためにしっかりするの?
誰のためにちゃんとするの?
 
 
体の声を聞くという
当たり前のこと。
 
忘れがちだけれども。
 
本当は自分の仕事柄
もっと敏感になるべきところなんだけど
私も仕事モードになるときは脳が先行して、
これやんなきゃ!が先走ってる事あるなあ、
って
思った今朝。
 
 
between Lazy and honest yourself 
 
少し自分に時間をあげて
 
 
空気を感じる。
皮膚を感じる。
骨を感じる。
筋を感じる。
筋肉を感じる。
呼吸を感じる。
テクスチャーを感じる。

Have a great day!

リスクを背負ってチャレンジ

人は安全を求めたがる。
それは心地よく、素晴らしい時間。

だが、時にはリスクを背負って
チャレンジするのが必要な時がある。

リスクを背負ったチャレンジしか
自分を成長させてくれない。

だから、私はいつもチャレンジをしていたい。

〜 〜 〜

いつも同じ場所でいるということは
脳の新しい部分を使わない。

新しいことをすると
新しい部分の脳が刺激される。

今回日本でも何度か言わせてもらったのだけども

例えば黒バック、白バックで
口だけ喋っている動画映像と

例えば、背景が全部変わって
くるくる動く映像とでは

データの重さが違うのだ。

なぜなら、背景が黒でカメラ固定の映像は
話している口元しかレンダリングしないで済む。

だけど、背景も変わると全てレンダリングしなくちゃならない。

人生も同じ。

絶えず 新しいことをして
少しづつリスクを背負って、
自分に挑み続ける。

すると、自分の脳みそが
そのように発展する。
画像の例で言うならば
それだけ画像データが動く。

〜 〜 〜

日本で5リズムを8箇所、10回やらせていただいて
その中から何人かが、
今までやったことのないことにチャレンジしてくれている。

守りに入るのも必要だ。

だが、チャレンジするのも必要だ。

みんな、がんばれ!
リスクを背負っても、
楽しんでチャレンジしよう!

そういう方、熱烈応援しています!!

Love to all!

役割とアイデンティティ

私たちの中には女性性もあり、男性性もある。
私の中のインナーオヤジはかなり強く、そんじょそこらの男より男らしかったり、私の友人の女性たちは、皆こぞって内側がオッサンでありサムライであり(笑)
また、ウエストハリウッドは世界屈指のゲイタウンにつき、柳腰で歩く男性が50%を占める。

これらはとても正直なコトなのだ。
そして、もっともっと増えていくと思う。
なぜなら、魂に性別はないから。

と、性別のことだけを浮き彫りにするつもりなんてないのであって私が伝えたかったことはこれら、オトコ、オンナというものも単なる役割であるということ。

女、男、娘、妻、姉、夫、父、母、祖父母、長男、日本人、部長、係長、会長、社長、先生、弟、応援団の3年(わかる人にしかわからない)、風紀委員長、歌手、自由人、バンマス、水商売、農夫、地主、親方、ダンサー、サーファー、ボクサー、ファイター、サラリーマン、OL、リーダー、生徒、プー太郎、政治家、負け犬、貧乏人、金持ち、遊び人、、、

ゼーーーーンブ役割。
ゼーンブ自分を限定して安心できるアイデンティティ。

これらのアイデンティティは
「母だからこうあるべき。男だから泣いてはイケナイ。社長が払う」
などという社会的な常識と直結している。

そして、人間の中には、役割だけではなく、5リズムで言うところの性格のアーキタイプ(鋳型)もある。
(興味がある方は5リズムのワークショップ、God Sex and the bodyを受けてね)

しかも、これら役割は兼任しちゃうのね。
一個じゃない。
ようは違った顔を持っているということ。

私は
女であり、同時にアメリカ人夫の妻であり、
日本人の父の娘であり、
フォトグラファーであり、
犬のキキの飼い主であり、
5リズムの先生。

どれも私。
「じゃあ、私の実体は何?どれ?」

実は、仮面に寄りかかりすぎると、それを亡くした時の喪失感はスゴい。

私がカリスマOL(自己申請)だった後、
仕事を喪失した時の、羽のもぎ取られ感ったらなかった。

私が日本でブイブイ言わせたCGの会社の、名前の知れた女だなんてアメリカでは誰も知らなかった。
日本では「CGのイマージュの雅代です」と言えば、それこそD通、H報堂などに名前を轟かせていたのに。

その時もいみじくも思ったのだけれど
「私の実体とは、なんだろう?」

私が私でいるために、
役割とは単なる衣装であって、マスク(仮面)であって、
それらは場所ごとに外すのだ。そして付け替えるのだ。

本当の私とは、限定しない、ワクのない、
常に変動するモノ。

本来の自分に出会うと、痛いほどに嬉しく懐かしくなる。
本来の自分に出会うと、自己が空(くう)に消えてしまいそうになる。

本来の自分に出会うということは
ただ、息を吸って、吐く、
その間にあるモノに戻ることなのかもしれない。

どーだっていい大切なモノに帰る。
どーだっていい愛おしいモノ。
どーだっていい透明なモノ。

それでも人間ってさ、
カテゴライズしてラベル貼って、
自分を納得させたいんだよね。

それもまた愛しい。

理由はいらない

好き、嫌いに
理由はいらない。

何でなんだろう?
と考え始めちゃうとループに陥って、
自家中毒が始まる。

もちろん、
理論的に答えとに関する原因を追求したほうがいい時もあるけれど、
人生は短い。

理由探求の哲学者であるより
一瞬一瞬
「あ、私はコレを欲してるんだな」
って思った方が人生は楽しい。

自分探求をして行くなかで
理由付け探しは
大きなワナ、トラップポイントとなる事がある。

たとえば
今ウンコしたいのに

「なんでウンコしたいんやろ?
その意味はなんやろ?」

考える前に
はよ行け!

でしょ?

同じことをやってるのよね。

「こんな悲しいことがあって、
これはどういう意味なんだろう?
浄化?」

スピ系の勉強し始めは特にコレ(浄化)という理由に結びつけるのがスキ。
あと、過去生に結びつけるのも好き。

モチロン理由はあるけど
実は
メシ食ったらクソ出る、
くらいのシンプルなことなのに

クソと浄化は別物にして
浄化ファンタジーに埋もれてるだけだったりする時もある。
もちろん、全部が全部とは言わないけど。

とにかく、

理由はいらない。

好きなら好き。
したいならしたい。
嫌なら嫌。
淋しいなら淋しい。

理由探しをしてその感情をどこかへ排除しようとする必要はなく
ただ、
「あ、そうなんだ!
わたし、そうおもってるんだ!」

って、自分の心に布石を打っていく。
自分の心やキモチを正直にマークしていく。

それでいいと思う。

5リズム、
東京28日 ハーフデイ
名古屋29日 TREとコラボ
大阪 2月3.4
神戸 2月5日です!

http://www.5rjp.com

ミランダは赤信号で

一緒にクラスをやっているフローは、
私が小学校の時に金本先生に習ったことなど知らないのに、こう言った。

〜 〜 〜 〜 〜

ねえ、マサヨ、マサヨ!
ミランダ、覚えてるよね?
私たちのクラスにも来てくれたことあるよ。
フレームドラムを叩く
ネイティブアメリカンのミュージシャンの女性よ。

https://www.youtube.com/watch?v=k4CKWxU_zQU

そのミランダがね、こう言ったの。

「赤信号で止まった時、渋滞で進まない時、
車の中から周りを見回すの。

そして、

木とか、
空とか、
雲とか、
雨とか、
風とか

そういったものに
ありがとう、って言うのよ。
赤信号を、そういう時間に使うの」

って。

普段、なかなか感謝なんてできないでしょう?
だから私も、
「赤院号の時には感謝」
って決めちゃったら
自動的に感謝ができる習慣ができて
いいと思わない?

毎日の日課の一つとして、これを追加するわ!

〜 〜 〜 〜 〜

うん、いいアイディア。

赤信号で止まったからこそ、木や空や雲に感謝ができる。
赤信号で止まったからこそ、地球とか自然に目がいく。

すると、赤信号も悪くないね。

負(に見えるもの)を 
正(に見えるもの)に 変える

小さいけれども素敵なアイディア!

エネルギー調整

去年の暮れあたりから今年に入ってからの、エネルギー調整がすごい。

色んな状況となって、それが現れる。
一言でいえば、変化。

体の変化、
誰かが離れて、別な誰かが入るような、人の変化、

それらが今までのように人間ドラマを生み出すことなく
ただ、流れて そうなる。
それを見ている。

複雑に見えるマトリックスの中、
必要なところへ必要な人が「確実に」配置され、
ウソのない、元どおりの場所へ
ただ 戻っていく。

まるで宇宙の作業のようなものを実感している。

そこには善悪などなく
ただ、そう 在る。

私は自分のエネルギーを調整する
他の人はそれぞれ自分のエネルギーを調整している。

自分のエネルギーを調整するために
時には境界線を引くことも必要になってくる。

そして、エネルギーが共鳴する人で集まる。

行くべきところへは
自分を100%コミットしてやっていれば
不思議と扉が開いていくし

気持ちのお試しも含めて
行かないでいいところへは
オーバーブッキングされたり色々としながら
ブロックされる。

そして完璧な結果が出てくる。

それはコントロールを超えたところに在る。

だから、

他人のエネルギーに関与することなく
ただ 自分のエネルギーだけを
ベストに調整すればいい。

そして、
ほんの少し、勇気を加えて
ほんの少し、リスクを背負って
ありのまんまで
飾ることなく
その場、その場で、
恥じることなくさらけ出し、
100% 表現すればいい。
 
〜 〜 〜
 
今日、月曜日はレドンドで5リズムのクラス。
8:15PM ~ 9:45PM
Harmony Yoga Studio
901 N. Pacific Coast HWY REDONDO BEACH 90277

1月21日、今週末からの、日本でのイベントもいよいよだ。
パッキング、そろそろ始めよう。

日本でのワークショップとクラスはこちらから。

5リズム
http://www.5jp.com

負のパワーは宝物

エゴって、嫌なもの? 厄介なもの?

私のエゴは、

一番でいたいと思うこと。
失敗したくないと思う。
コンペティティブ(負けず嫌い)なこと。
ジャッジメンタル(批判的)なこと。
ええかっこシイなこと。
そのオモチャが手に入らなかったら手足をバタバタして泣く子供くらい自分勝手。
思い通りにしたい仕切り屋。
 
そういうエゴをドカっと持ってる。
 
 
でも、
 
だからこそ、
どんな苦難も乗り越えて来たんだよね。
 
批判的な自分じゃなかったら
客観性を持たなかったし、
 
ええかっこシイじゃなかったら
すぐに挫折してあきらめてたし、
 
思い通りにしたいというのは
人生をクリエイトするという意志の表れだし
 
バタバタして泣くほど自分勝手じゃなかったら
自分の欲しいものに情熱を注げなかったと思う。

仕切り屋の素質がなかったら
教えることにはならなかった。
 
一番でいたいから、失敗したくないから、負けたくないから
必死で練習した結果、その能力は成長した。
 
副産物として
一番、なんてモノはないことを知り、
失敗、なんてものは経過であることを知り、
負け、なんてものは勝ちという概念の産物であることを知った。
 
それらを知ることができたのも
必死で「一番、成功と失敗、勝ち負け」に固執したからだ。
 
 
エゴがなかったら
私はただ
流されてきて、
アメリカにもこなかったと思う。
 
自分の欠点を長所の変える、という言い方もできる。
 
むしろ、
 
欠点こそが原動力であり
影こそが光を際立たせるものであり
弱いところが一番の強みである。
 

 
これらを、5リズムで「自分の体から」
「自分の体に落とし込んで」学んでいる。

自分を学ぶことに終わりはない。
なぜなら、自分は絶えず変化するから。

 
負のパワーは宝物。
これだけは絶対に言える。
 
ここが3次元の地球である以上、
これはスピリチャルでもなんでもなく
「物理」なのだ。

負がなかったら正はナイ。

5リズム、日本で1月21日から2月5日まで
クラスやワークショプをして回ります。

http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/

死ぬときは死ぬんです

夫がビビっている。
血圧が高く、近所のドラッグストアーでオムロンの血圧計を買ってきて、
(世界のオムロン!なのね?)
毎日測っている。

そして、どうしよう? と不安がったので
こんな話をした。

〜 〜 〜

1998年のこと。
私が脳出血で倒れたあと、
それを引きずってパニック障害になった。

そりゃもう怖くて
体が強張り、足を一歩前へ踏み出すことも
足がすくんで ぷるぷる震えちゃうような、
そんな時があった。

自分の担当医だった佐藤先生は
外科の執刀医の名医さんだが
そんな私を見るに見かねて こう言った。
 
 
 
「あのね、僕は別に運命論者ではないけれど
 人間ってね、
 死ぬときは死ぬんです。
 
 だから、死ぬまで怖がって生き続けるも一つ。
 楽しんで生き続けて、ポクっといくも一つ。

 どっちで生きてくか、ってことだよね」
 
 
 
多くの人の生死を見てきた先生の言葉は
私の心に深く響いた。
 
 
何にでも当てはまるよね。
 
何か起こる「かも」しれない日を心配しながら毎日を生きて今を無駄にするか、
心配しないで、それまでは楽しんで、物事が起ったらその時に対処するか。
  
  
  
世界中が平和で、心配や恐怖から
心が自由になりますように。

傷心を芸術に

メリルストリープのグラミーでのスピーチは
圧倒的だった。

この人の存在感、役者としての役目、
役者としての「道(TAO)」

存在感は魂のクオリティから出てくるもの。
そこには圧倒的な何かがあり

ハウトゥとか、こんなツールとか
これを4〜5年勉強したから、とか
そんな薄っぺらなものでできてくるものではない。

どれだけ全身全霊を張って
テメエが生きてきたかという、魂の証拠みたいなもんだと私は思ってる。

しかも、役者。
多くの目にさらされ、多くの人生(役)を生き、
表現し、

役者が否定されるということは、
「自分自身を全部否定される」こととイコールだと思う。
恩恵も多い分、役者とはすごいリスクを背負っている。

メリルストリープのスピーチの最後

「先日、この世を去ったレイヤ姫が言った言葉よ。
”傷ついたハートを アートに変える(昇華する)”」

「take your broken hart, make it into Art」

も、

今、アメリカ全土へ向けてのスピーチだと思った。

日本語スピーチ全文
原語 ビデオ

〜 〜 〜

ガブリエル・ロス(5リズム創始者)の言葉

「役者は心のアスリートだ」

まさに。。。

そして、ガブリエルが言う、「なぜ5リズムをやるのか」
の理由が、メリルストリープのスピーチの最後と同じだった。

「痛みをアート(ダンス)に、
アートを気づきに、
気づきを行動に」

私たちはステージには立つチャンスはあまりないから
ダンスフロアーの中で、傷ついたハートを昇華し、次へ歩き続けるのだ。