クロアチア郷愁

なんだかちっとも怖くないのだ。

私が強くなったのか、年をとったからなのか、その両方を兼ねているからなのか、それでもクロアチアはとても懐かしいのだ。

10日間のインテンシブなワークショップの間も、仲良くなって話し始めるのはクロアチアの人。

エネッサが言った。
「カリフォルニアへ行ったことがあるの。とってもビックリしたのは、皆が笑いかけながら”元気?”って聞いてくる事。初めて会って、好きかどうかもわからないのになぜ笑うの?そして私が元気かどうかを何故言わなくちゃいけないの?」

思わず笑ってしまった。

クロアチアが私にとって楽なのは、笑わなくていいという許可を得た気になるから。もちろん、笑ってもいい。でも笑わなくてもいい。自分の気持ちに正直でも、誰も責めない感があること。

そして、顔が、ヨーロッパ系なんだけど、なんか懐かしいと思ったら、うちの母方の親戚の雰囲気に似てるんだな。ちょっと困ったような、拗ねたような、ツンとしたミックス。それは笑顔満面で姿勢正しいアメリカ系にはありえない体型、顔立ち、雰囲気。

トラムとバスを乗りこなし、交通費はかなりセーブできている。ここの公共交通機関は最高。

キヨスクで買うチケットは4クーナなら30分以内乗り放題。それを10枚たんいで買って、乗車時にパンチインするだけ。

そもそも空港に着いた時に迎えに来てもらったバンは25ユーロだった。3000円くらい。
帰りは空港行きのバス停が近かったので、バスで行くことに。。。

クーナを使い果たしてしまって、しかも最後のコーヒーを近所のカフェで飲んだので手持ちが30クーナ(500円くらい)を切っていた。
足りるかな。。。ドキドキしていた。
いざとなったらユーロで払わせてと交渉しよう。。。

バスに乗ると
英語の通じない運転手さん。
エアポート?エアポート?と言いながら手で翼を作り、運転手がうなづいた。

中には教会の尼さんものっていて、彼女が翼を作ってうなづいてくれた。

いくらだ?と
財布の中をぶちまけると、運転手さんは4クーナのチケットを2枚取って、これをパンチインしろ、と。

えーー!空港まで20キロ近くあるのに8クーナぶんだけ?
120円くらいだよ?

なんだかとってもドンブリ勘定なクロアチア。
そこも私と似ている。

ニコニコ笑う尼さんの斜め横に座る。
40分くらいで空港へ着く直前に、尼さんが指差して教えてくれた。

私はあと2枚余った公共交通機関の4クーナのチケットを尼さんに差し出すと、首を横に振ったが、腕を翼にするジェスチャーをしながら「私は帰るから」と伝えると、クロアチア語でお礼を言いながら笑って受け取ってくれた。

周りにいた人は微笑んでいた。

空港でチェックインしようと指定の場所(ブリティッシュエアウエイズ)へ行くと、ウチは提携してるだけだからクロアチアエアラインへ行け、と言われる。
言われた通りクロアチアエアラインへ行くと、さっきのところを指差されてあっちだ、と言われた。

こういう時、時間があると自分に余裕があるので、笑いながら
「だって、あっちから回されてきたのよ。どっちが正しいの?」と聞くと
「僕のいうことがあっている。ヤツらが間違ってる」という答え。

爆笑しながら
「いいわあ、クロアチア!」
とカウンターを一旦後にした。

ああ、ヤバい。
私はクロアチアに恋してるかもしれない。

やりたいことは絶対にやる

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昨日のブログにも書いたように雨のザグレブ。
「構わない。雨でもいく。何があってもいく」
 
友人の二人からは曖昧な返事が帰って来たが、それは彼女たちの問題で、私が行きたいかどうかは別なコトだから自分の気持ちに聞いた。
 
行きたい。いく。絶対にいく。
 
雨の準備を全てして、2時間寝ただけで出発した。バスの中でねればいい。
 
バス乗り場へつくと、またまた英語が通じないので、ゼスチャーや文字を書いて見せて、ここへ行きたいのだ、というと、すんなりバスのチケットが買えた。
 
ネットで調べたガイドがとても的確で、ありがたかった。
そして、なるだけ早く準備をするように、と、
それにしたがってサンドイッチを買って水を持って、段取りよくバスターミナルへ行ったが、買った切符は10分後出発。ありえないほどラッキーだった。
 
ターミナルのトイレは入口がコインになっていて、クロアチアのおばあちゃんと一緒に四苦八苦しながらトイレに入る。朝から笑った。結局、おばあちゃんは自分が払わず、私と一緒に一気にドアをすり抜けたかった模様。
 
バスに乗ると、早速眠くなり、爆睡。
トイレに行きたくなるのもいやだから、爆睡でちょうどよかった。
 
いよいよ第一エントランスへ着くが、他の西洋人観光客はエントランス2から入るという。
私は日本語ガイドを見ているので、絶対に1から入る、とキバった。
 
すると、もう一人私を追いかけてくる人、全く英語もクロアチア語もドイツ語も話せず。
 
エントランスで切符を買うのも四苦八苦していた。
 
私は少しだけ手伝ってあげたが、彼女は知らんぷりをしていた。
が、なんども会うし、なとなく聞いてくるので、肩を組みながら、一緒に行こう!というと彼女は心を許したようだった。
 
ロシアのナタリアという女性だったが、彼女は目的志向なので、先へ先へと進む。
私はゆっくりしたいので、途中で別れた。
 
買って来たサンドイッチを頬張りながら歩く。
 
雨は全く降らなかった。
あんなに天気予報はクロアチア中落雷と雨なのに、ここだけ降らない。
 
私の「行きたい!」気持ちはお天気に勝った。
 
 
さて、ここはもう、言葉にならないので、写真で。
 
 
自分のビデオも撮りたかった。
 
が、中国人団体観光客がとても多くて、とてもじゃないけどビデオが撮れる雰囲気じゃなかったのだ。
 
だが、私の中の何かは
「焦らないで自分を信じてたらいい」という。
 
 
ハラを信じて歩く。
 
すると、サーーーッと人の気配が引いたり、人がいない場所に当たったりで、
いくつもトライができた。
 
すごい〜〜。
   
  
なんかさ、途中で
  
「あ!私、地球に愛されてる!」
 
って強く強く思った。
そしたら涙が出た。
涙が出た場所は、誰も歩いてない道だった。
 
園内周遊バスが通ってるだけだったけど、
歩かないのは勿体無いなあ、と思いつつ。。。 
 
 
やりたいことは、もう確実にやっていけることを体感した感覚。
 
だってそれは、
 
 
「やるだけ」だから。
 
 
一人でもやる。
 
もうやれない言い訳は一切しない。
  
 
 
そして、
やっただけ、自分の身(実)になる。

今借りてるクロアチアのアパートの
ベッドルームに書いてある。

wherever you go,it becomes a part of you somehow.
どこへ行っても、行ったこと(体験)はあなたの身になる
 
 
クロアチアのこの湖と、LAのトパンガと
小浜の海が、私の体の中で混ざってるよ。 笑

雨が降ったらクロアチアに詳しくなる

クロアチア、旧ユーゴスラビアのうちのひとつの国にて、私はとても規則正しい生活を送っていた。
明日1日だけオフがあり、プリトヴィツェ湖畔国定公園へ行こうかと友人たちと話していたが、彼女たちは皆、フォトシューティングを申し込んだようで、私と行きたい時間があわないため、別々に行くことにした。
一人で長距離バスに乗って行こう、と調べ始めたら、興奮して眠れなくなっていた。

そうだった。
私は旅が好きだったのだ。
旅というのは、そもそも下調べからが旅の始まり。
いきなり思いついて、あ、行こう!
と決めたはいいが、子供の遠足前状態で今に至る。

大体が、だ。
夜中にポツポツ音がして来て、雨だと気付いた時から、雨対策を始め、お天気を調べたら一日中雨。しかも雷も。

旅行のレビューでは雨でカメラが壊れただの、水際の遊歩道は滑るだの、ちょっとドキドキしつつ、それでも行きたい気持ちが勝ち、お天気マップに地名を入れても出てこないので同じ緯度のスロベニアの地名を入れると、そのあたりも雨。

そしてその近辺全体の標高が高いため温度が低い事を知ったり、そっかー、イタリアとの位置関係はこうなんだー、と納得したり。

もしもの時の代替として、別な観光地、ドブロブニクへ飛べるのか飛行機を調べたりしたら、ここは宮崎アニメの舞台になったところだと知ったり、余計な知識の副産物がついてきて、しまいにはアパートに置いてあったガイドブックをみなおしているうちに、テクノのクラブだの、失恋博物館だの、クロアチア初の寿司屋だのを見つけ、よりによって寿司屋はメニューから現地通貨のクーナとドルの為替レートを見てロスの寿司値段とかとくらべていたからいけないのだ。

風が吹いたら桶屋が儲かるというが、
雨が降ったらクロアチアに詳しくなった。

けっこう言葉はなんでも スキがつくんだよ。
イングリッシュスキ
スチューデントスキ
日本語発音の方が通じるっぽい。

あと 地名にはスカ、が多い。
サバスカ、ブラスカ、
ぷっ、可愛いな、と思いながら時計見ると5時過ぎてるし。。。

しょうがないのでコーヒー飲んでる。

ベッドから毛布を持ってきてカウチで明け方のおやつタイム。
学生みたい。

さて、どうなるか。
私はこのあと、眠るんだろうか?

明日は明日の風が吹く。

って、もう今日だった。^ – ^

クロアチア、120人で踊る

5リズム、ティーチャーのためのワークショップがクロアチアで開催中。
10日間ぶっ続けのワークショップ。
しかもティーチャーが120人集まっている!

バスケットボールのコートを借りて、そこでやってる。
すごい。

皆、ものすごい勢いで自分の中に入る。
さすが踊り慣れているティーチャーたち。
もう、めっちゃ深い。踊りが深い。

「普段はクラスをリードするために自分のケアがなかなかできないと思う。
この10日間は自分のためのワークとして、人のことはほおっておいて
”帽子を脱いで”自分自身になりなさい」

とジョナサン(先生)。

”帽子を脱いで”というのは、
”肩書きを捨てて” というような言い回しだ。

普段、私たちが習っているようなエライ先生たちも参加しているが
彼らも必死で自分のためだけに踊っている。

必死で自分と向かい合う。
どんなえらい人だって、それぞれに色々ある。
生きていく上で物語は皆、持っているのだ。

それはとても無防備で、自分をさらけ出した美しい姿だ。
 
 
誰一人、「みてみて」な自己顕示はもうしない。
誰一人、「私なんか」な自己憐憫もしない。
完全に一人の個として、自分をさらけ出せる場所。
 
とにかく、全員で嘘がバレる訓練をして来てるから、
本音でしか話せない、
そんな友人たち(先生たち)が世界中にいることはありがたい。

私、5リズムの先生になって本当によかった、と思う。

文字通り、絞れるほどの汗で、誰も汗を拭いたりしない。
しても無駄だからだ。

床が水浸しならぬ、汗浸しになっている。

自分のためだけの、自分を見るための時間。
なんて贅沢なんだろう。。。

終わった後、顔見知りの先生とトラムに一緒にのる。
ビールとかワインを飲んで帰る。

互いの踊りが変わったね、と話す。
もっと「実がなる」感じの踊りに変わったね、と。
素晴らしい変化に皆で乾杯。

さて、クロアチアのザブレグ。
ここは物価が安く、サンドイッチなんて80円、なノリ。
ゴージャスなレストランで頼み過ぎても2000円を超えるのは難しいと思う。

アパートメントだって、私は2ベッド+キッチンを一人で借りているけども(超かわいい)、10泊で5万円未満。あり得んー。引っ越したいほどだ。

しかし、帰って来たらヘトヘトになる。
明日もまた早い。
ゆっくり寝よう。

写真は帰ってからゆっくりアップします。

ベイエリア3:豪邸でお話会

有子さんちが豪邸だとは聞いていた。

本当に豪邸だった。

リビングルームに座って25人以上いられる。しかも普通の詰めた椅子じゃなく、ゴージャスな椅子とソファ合わせて、のお話ね。

「まさよちゃん、うちで5リズムのこととか、お話会やればいいじゃない?」
と有子さん。

え?アメリカじゃん?なんで日本人向けにやるの?
と思う方もおられると思う。

理由は3つ。
・普段外人向けにやってるから。
・いいメソッドなのに、案外日本人に知られていないので、ここで進めると現地のクラスへ彼らがいける。
・5リズムはすべての国の人に関係なく効果があるが、日本人には特に効果的だと私が思っているから。

というわけで、有子さんの豪邸でお話会をさせていただくことになった。

有子さんのお宅は、おむすびで有名な、イスキアの佐藤初女さんも何度も来られて、そこでおむすびの会があったのだそうで、有子さんは初女さんから「サンフランシスコのイスキアをやってください」と言われた方。

まず、夕方について、そこで大阪向けのスカイプ。

まーー、驚いた。オークランドの丘の上にあるもんだから、リビングから見降ろせるのはベイブリッジ。夕刻、一つ一つライトがついて行き、大好きなトワイライトの時間はたまらなく素敵だった。
大阪スカイプのみなさんにも少しだけ景色をシェアさせていただいた。

私は、
自分がなぜ5リズムに出会ったか、そのお話からさせていただいた。

そして、みなさんには「踊りますよ」という告知はしなかったのに、ちょっとだけ身体動かしてみましょうか、と、手の指から初めて、最後はみなさん新興宗教のように(笑)グワングワン、踊っておられて、「あらーー、肩こりにいいわ〜」とか、たった20分動いただけなのに、とても喜んでいただけたようだった。

有子さんも
「最初から踊る気な踊りなら私やらなかったわ。あれなら、なんの抵抗もなく踊れたわ」と。
嬉しい。

===

そして、有子さんのお料理も。。。

お話会に15人来てくださって、私と有子さんを入れたら17〜8人分のお料理をサササっと作ってくださったのが、午後5時を過ぎてからの話。

すごすぎる。。。

しかも、全部美味しいの。

大人数に慣れているというより、全く平常心だし、佐藤初女さんが「ここをサンフランシスコのイスキアに」と言われた理由は一目瞭然。

その人にはその人の天命があって、有子さんを見ていると、人を集めてホールドする器であり、そのために大きなお家を授かり、大きなハートを持って、人にいろんなものをプロバイドする方なんだなと思った。

が、一番大事なのは、有子さんは「自分をしっかりと大切に」しておられる。
そうじゃないと、こういうことはできない。

余談だが、その有子さん
「私も誰かのご飯食べるとしたら洋子さん(前日に私がお世話になった)だな〜」と。

なんと恵まれた私なんだ!
顔ヨガの文美子ちゃんのお料理もハンパじゃないし、私は本当に食に恵まれている。

このベイエリアで私は3キロ太った。
 
 
 
そして、後日談。
 
このお話会に参加してくださった方たちのうち、お二人がSFの5リズムのクラス(ヴェーリアとアレッサンドロがやっている)へ言って、最高だったと、これからも続ける、と言ってくださった。嬉しい〜〜!

そして、障害を持つ方たちのグループでヒーリングをされている方からも、その団体にお話会と体験会をしにきてください、と言っていただけた。

輪が広がっていく!

HAPPY~~~!

ベイエリア2:5リズム

看護師さんをやっておられる洋子さんはエサレンマッサージのプラクティショナーでもあり、ダンスも踊っておられる。
彼女の主催で、サンフランシスコ在住の日本人向けに5リズムのミニワークショップをやらせていただいた。

前日までのサクラメントからサンフランシスコエリアへ行くまで通常の倍近くかかった。
そして市内も、始まる前は異様な渋滞。何かのイベントで道が一つ止まっていたような感じ。

会場近くのミッションでパーキングに車を入れ、一時間半前に到着してお茶をするつもりだったのだが、洋子さんが到着したのは、始まる30分前。

会場へ行くと、サンフランの5リズムの先生、ヴェーリアとアレッサンドロが挨拶をしに来てくれていた。
懐かしい従姉妹にあったような感覚。

この日は私を入れて6人。
洋子さんは「少なくてごめんなさい」と言っていたが、いやいや、最初の頃は一人相手に数万円の場所を借りてやっていたので、4人のお客さんが来て下さるだけでもありがたい。まずはそこから始まるのだ。

来てくださった方々は「5リズムは初めて」とみなさんおっしゃるのに、面白いほどに動き、そしてとても成熟した大人のエネルギーがした。自分を大切に生きておられる方達。
ただ自分につながる。つながる。つながる。。。

とても心地よいエネルギー。
ここに来てくださったメンバーさんは、なんだか懐かしい感覚がした。

終わった後、それでは今から電気をつけますね、ゆっくりと立ち上がりましょう、と言った途端に電気がついて、そのタイミングに私はサイキックだったのかと思ったら、センサーでだったのね(笑)

洋子さんがみなさんのためにつくってきてくれたおむすびは、参加者のお一人がボランティアへ行った三陸の海苔が巻かれており、とてもとても美味しかった。
 
 
===
 
終わってからラーメンを食べに行き、洋子さんのお宅へ泊めていただいた。彼女はとてつもなく優しくて、ご自分の駐車スペースを私のために空けておいてくださったり、次の日の朝のご飯は、すごく美味しかった。お料理で人柄がわかる。この方はとてもとても暖かかった。
 
 
そして次の日の朝、次のイベントをして下さる有子さんのおられるオークランドへ。

すると有子さんから電話があり「サンフランシスコ広域で停電よ」との情報。
バスも路面電車も止まっている地域があるということで、洋子さんを送りながら停電のサンフランの街を運転。

面白い〜。なんで写真撮らなかったんだろ。
路面電車が道の真ん中で乗捨てしてあったり。。。

すべての信号がナイのね。
でも不思議なことに、事故や大パニックにはならない。
おまわりさんも交通整理も出てないのに。

なんでだと思う?

アメリカの交差点の交通ルールは、「先着順」
これが徹底されているから、パニクらないのね。

というわけで、オークランドへも、長い時間がかかって到着した。

ベイエリア1・顔ヨガ

ベイエリア(湾の地域)といえば一般的にはサンフランシスコ近辺のことを指す。

サクラメントで、顔ヨガの高津文美子さんのビデオ撮影をさせていただき、
そのあと、そのあと、その「ベイエリア」へ行っていた。

高津さんのお宅に一週間、ともに寝泊まりしての撮影。

彼女は朝5時に起きて、一人でヨガと瞑想をしてから、子供とご主人のお弁当を作り、彼らを送り出し、8時に「お腹すいた〜〜!」とたっぷり朝ごはんを食べる。

そしてメイクをして9時から撮影、というのが毎日のパターンだった。

私は7時過ぎまで寝て、そこからの参加。
それでも私も朝、瞑想などをすることができたから、朝というのは本当に黄金な時間だと思う。

彼女の自分への律し方、コミットメントは半端じゃない。

彼女の場合、彼女の運がそうさせるのか、先に周りにスタッフが集まり、彼女がその中心となってしまうのだ。
顔ヨガをやった時も、すでに周りにスタッフができ、「次これやろう!その次はこれ!」という風になる。
そして、彼女がそれをこなす。

なので、自分で作り上げていくものでありながら、そういう環境に置かれてしまうのよ、私だって早起きしたいワケじゃないけど、しょうがないの、と笑った。

「早起きする人が全員成功するとは限らないけど、少なくとも成功してる人の9割は早起きだよね」
と私がいうと
「それは多分事実だと思う」と彼女も言った。

今、彼女が何をしているかというと、顔ヨガを「Face Yoga Method(フェイスヨガメソッド)」という名前で、全世界で展開している。
日本人は彼女がそんなことをしているとは知らないけど、世界の女性で彼女を知っている人は案外多い。
顧客は世界中に1万人以上。それでウエビナー(ウエブでの教室、レッスン)をやっている。

彼女は世界をしっかりと見ている。
っていうか、彼女の中に自分が日本人であり、日本人がビジネスのターゲットという感覚はない。

ヨーロッパの秘書と、サンフランシスコの社長と、ロシアのエディターと、スカイプで毎朝ミーティング。輝く女性ばかりの、ものすごいビジネスモデルである。

そこには、何も我慢せず、子供も犠牲にせず、ありのままの母としての自分をさらけ出した彼女を受け入れたビジネス作りがされており、その中での要望は限りなくグローバルで、機能的で、とにかく素晴らしい。

「事故で死にかけた時、体も顔もぐちゃぐちゃになったの。その時に体のリハビリをしたのね。そしてふと考えたの。ボディビルで体の筋肉を鍛えるでしょ?顔も筋肉!私はソレで自分で事故の後、歪んでしまった顔を直してきたの。”顔を変えたら世界が変わる”。キレイになりましょうっていう夢物語だけでなく、人生を自分で変えていく、そこを伝えたいの!」

ちなみに、彼女の作るお料理も素晴らしく美味しい。

私たちは一緒に食事を作り、一緒にアイソレーションタンクへ行き(カプセルの中の塩水で浮かんで瞑想する)、そして一晩だけ、一緒にサクラメントの5リズムのベラのクラスにも行った。
たくさん話し、たくさん一緒にクリエイトした。

彼女のご主人の実家でイースターを迎え、そこにも参加させていただき、その様子もビデオに撮ったり。。。イトコみたいな感じなんだなー。

彼女といると、サムライ同士の会話のような、スキっとした、嘘のない心地よさがある。
良い世の中を作ろうとしている、潔い女。そんな感じ(笑

素敵な女性と一緒に時間を過ごして、その生活を垣間見させていただくと、自分もたくさん刺激がもらえる。

ありがたい。

托鉢

実家の小浜は、永平寺系のお寺も多く、禅宗の色濃い城下町。

今でこそ、人も少なくなり、昔賑わった商店街もシャッターが閉まり、通称シャッター通りと言われているが、それでも、城下町っぽい名残を残す。

小説家、水上勉さんの小説の舞台となった三丁町の格子戸は今もとても趣がある。

小さな頃から、そんな街を歩くお坊さんの托鉢は冬の風物詩。
雪の降る中、地下足袋をはき、
「おーー」と唱えながら歩くお坊さんを見て

「あ!おーーが来たで!」と10円持って、
お坊さんにあげに行くのだ。

そう、「あげに行く」と、昔は思っていた。

それがあげる、という概念ではないことを大きくなってから知った。

 

〜 〜 〜

 

: おーー

母が

「最近はねえ、おーー、じゃなくて、オーーイ、いうてお坊さん言うんや。なんや変な気分やな」

と言った。

多分、私の推測だが、
仏教がインドから来ている以上、
「おーー」は「Aum (オーム)」ではないかと思う。
だから、確かにそう考えると「オーーイ」は変だ。

どなたか、「オーイ」でいい、という方、教えてください。

〜 〜 〜

 

: どっちがお礼を言う側?

さて、お坊さんの「おーー」の声が聞こえてくると、
子供の頃は10円握りしめて、走って出て行ったものだった。

昔は10円、
今は100円くらいを差し上げると
お坊さんは軽く会釈をするが、
決して「ありがとう」とはおっしゃらない。

それは当然のことなのだ。

なぜなら
私たちはお坊さんに「あげる」のではないから。

『普段、私たちは

”善行(良い行い)”をしよう

と思ってもなかなかできない。

だから、お坊さんが

”善行をする機会を作ってくださる”

のだ』

というのが、托鉢の元々の考えなのだそうだ。

だから、お金を差し上げる側が
「良いことするチャンスを作ってくれてありがとうございます」
とお礼をしてお金を出し、

受け取る側が
「どういたしまして」
って言ってもいいくらいなんだそうだ。

なるほど〜。

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写真は小浜の托鉢。

いつも出て行くのが遅いので、たくさんのお坊さんを一緒に撮れないが、

30人以上が歩いておられる。

その昔、弟のようなミック(故人)が小浜へ行って修行僧になりたいと言ったが、このユニフォームは嫌だと言ったのを思い出した。

大阪のタクシー

LAに帰ってきて、日本のことを回顧すると、メインのことではないことで、必ず面白いスパイスが心に残っているのに気づく。

今回は、大阪のタクシー。

大阪のタクシーのおっちゃんは、人間臭い。

ウケを取る、正直に話す、というオープン性からか、
こちらが話し始めると、結構な割合で話がはずむ。

だから、大阪へ行くとタクシー率が増える。
だって面白いんだもん。

数年前、一番面白かったのは
「梅田のXXまで行ってください」
と、JR大阪駅からタクシーに乗って言った時
数秒待った、最高の間合いで

「ねえさん、それ、虫でも歩くで」

と言われたこと。

今回は
友人のオフィスのある、中之島の高級マンションへお願いした時

「あ、わあった!あっこやな?
あの入り口に池のあるところでっしゃろ?
わて、釣りしとりますさかい、よー知っとるんや!

(マンションの池では釣りはできないと思う)

あそこは金持ちマンションでんな〜〜〜。
あんなとこ住んではる人はな、
ごっつ、金持ってまっせ!

おねえさん、お友達にあいはったらな、
よろしいか?
調度品やらなんやら
褒め倒しなはれや!
褒め倒すんやで!
晩御飯くらいごっつぉしてくれまっさかい」

西洋的な観点からいうと
ものすごいコントローラブルな人だと思うが
さすが大阪!
運転手さんのキャラも含め、
とても暖かく、

「わかりました。褒め倒します」
と言って爆笑した。

写真は、その金持ちマンションの近所。そしてお部屋からの眺め。

===

もう一つ。

粉モンを食べなかった。
粉モンとは、小麦粉を使った料理:お好み焼き、たこ焼きなど。

別にグルテンフリーを気にしているワケではないが
粉モンを食べる機会がなかったので
運転手さんに

「この近くで美味しい粉モンのお店はありますか?
たこ焼きではどこが美味しいですか?」と聞いた。

すると

「僕、実は、この辺のタコ焼き屋は、
アカンのですわ。
偏屈かもしれませんが、
気に入ったとこしか行きませんねん。

僕が気に入ってるのは川西にあるタコ焼き屋で
別になんてことないんですけどね、
スタンダードにウマいんですわ。
ソースが美味い。

僕、思うにですねえ、
アメ村やらこのへんやら、
流行ってる都会のタコ焼き屋はですねえ、
ディテールにこだわりすぎや、思うんですわ。

例えば、外がカリっと、中がじゅくっと、
そこにこだわりすぎてですねえ、
油っぽいいうか、揚げ物系になってたりですねえ、

タコ焼き本来の、大切な何かを
忘れてしもてるような
そんな気がしてならへんのですわ。

こだわりすぎて本来を見失う、いうのは
僕は、ちょっと、アカンのですわ」



深い。。。

大阪のタクシーの運転手さんは哲学者だった。

とにかく、主張があるのね。
どなたも。

そこがオモシロイ。
 
 
もし、大阪でタクシーに乗ることがあったら、
ちょっとだけ突っ込んで話をしてみたらオモシロイ。
きっと「ほんのちょっとのココロの触れ合い」ができると思う。
 
ビバ!大阪!

優しい時間が流れている

実家で親と一緒に居る4日間。
楽しく優しい時間が流れている。

おいしいものをたべさせてもらい、
一緒に時代劇を見、
一緒にナンプレをし、
一緒にワインを飲み、
一緒に笑う。

愛するという形において、
若い頃は親を労わりたいと思い、
親を楽させるために
これをしてはいけないあれをしてはいけない、と
言ってきた時期もあった。

が、自分も年齢を重ねるにつれ、
一番悲しいのは自分の可能性をもぎ取られることだということがわかり
じっとしていろ、だの
アレするなコレするな、は
とても失礼なんじゃないかとも思い始めた。

しかも、アレするコレするなは
自分だって子供時代に言われて嫌だったのにね。

というワケで、
金銭的なこと以外では、
親がやってくれるという可能性に
最大の感謝と喜びで受け取ることにした。

なので、お料理もしてもらい、
寝る前の電気毛布のスイッチを入れてもらい、
スーパー銭湯へ行く準備をしてもらい、
エコたわしを編んでもらい、
私の夫のスマホケースに刺繍をしてもらい、
何から何まで世話になり、
妹たちには秘密ね、という約束で
ダメ娘をさせてもらっている。

そして、
今回は意図的に両親の話を聞きたいなと思って
インタビュアーになったかのように話を聞いている。

すると、
父の、母の、若い時の話が、とても立体的に、
まるで色をつけたかのようにキラキラと目の前に浮かび、
それらを話す時の両親の顔は明らかにシャキッとキラキラと輝きを増し、
私は両親と一緒にタイムストリップする。

たくさん話した後、
雅代に自白させられたなあ、と笑う。

こんな、緩やかで幸せな時間。

〜〜〜

物事は絶えず動いている。
絶えず流れていく。
この場に、
このまま留まって欲しいと願うことは
無理なのだ。

だから、今を精一杯楽しもうと思う。

そして、
休むことも、
動くことも、
サイクルの一つとして

しなやかに、
時に反逆しつつもがきつつ、

逃げずに迎えたら、
それでいいと思う。

アンダルシアに憧れて

うわぁーーー、なんなんだ!

友人が行っているスペインのFB投稿を見た時に、
調子に乗ってグーグルマップで見てみた。
その中で「アンダルシア」という文字を見ただけで
みょうに郷愁に誘われて、
胸がぐわ〜〜〜っとワシづかみ。

アンダルシアは、数年前に行った。
しかも、ひとり旅。
あの時も、アンダルシアという言葉で
ハートを鷲掴みされた。

アランフェスも別な切なさがあったんだ。
アランフェスは、宮殿のすぐそばの並木道で
「あ!ここ知ってる!」って思った。
小さい頃、油絵でここの絵を描いた。
描いた時は、どこだかわからなかったけど
その場所へ来て、あ!ここだ!と。
不思議なアランフェス体験。

ただ、”アランフェス”という言葉は
私のイメージとは違い
「アラン フェーース」と、
フェが一番高い音で、
フェにアクセントが付き
ちょっと田舎弁のように聞こえ
私の美しいイメージを少しだけ汚した(笑)

それでもちょっぴり甘酸っぱい不思議体験。

〜 〜 〜

さて、
アンダルシア。

すっごい良かったんだ。

一人アンダルシア。

電車の中から空を見ては泣き、
岩を見ては泣き、
コルドバの寺院、メスキータで、
ワケもわからず、声をあげて号泣。
涙がとめどなく溢れた感覚が今、蘇った。

私の愛しい愛しいスペイン。
なんなんだ、この感覚は!!!

行かなきゃ。

絶対に また 行かなきゃ、

そう思う。

 

こんな時は5リズムの友達を探す。



いたっ!!!

イレネとオスカーがアンダルシアにいる!!!

よし、この1年のうちに絶対に訪ねよう!
来年の夏はスペインだっ!

この歌も懐かしい。

でも、歌詞は んんんん。。。