負のパワーは宝物

エゴって、嫌なもの? 厄介なもの?

私のエゴは、

一番でいたいと思うこと。
失敗したくないと思う。
コンペティティブ(負けず嫌い)なこと。
ジャッジメンタル(批判的)なこと。
ええかっこシイなこと。
そのオモチャが手に入らなかったら手足をバタバタして泣く子供くらい自分勝手。
思い通りにしたい仕切り屋。
 
そういうエゴをドカっと持ってる。
 
 
でも、
 
だからこそ、
どんな苦難も乗り越えて来たんだよね。
 
批判的な自分じゃなかったら
客観性を持たなかったし、
 
ええかっこシイじゃなかったら
すぐに挫折してあきらめてたし、
 
思い通りにしたいというのは
人生をクリエイトするという意志の表れだし
 
バタバタして泣くほど自分勝手じゃなかったら
自分の欲しいものに情熱を注げなかったと思う。

仕切り屋の素質がなかったら
教えることにはならなかった。
 
一番でいたいから、失敗したくないから、負けたくないから
必死で練習した結果、その能力は成長した。
 
副産物として
一番、なんてモノはないことを知り、
失敗、なんてものは経過であることを知り、
負け、なんてものは勝ちという概念の産物であることを知った。
 
それらを知ることができたのも
必死で「一番、成功と失敗、勝ち負け」に固執したからだ。
 
 
エゴがなかったら
私はただ
流されてきて、
アメリカにもこなかったと思う。
 
自分の欠点を長所の変える、という言い方もできる。
 
むしろ、
 
欠点こそが原動力であり
影こそが光を際立たせるものであり
弱いところが一番の強みである。
 

 
これらを、5リズムで「自分の体から」
「自分の体に落とし込んで」学んでいる。

自分を学ぶことに終わりはない。
なぜなら、自分は絶えず変化するから。

 
負のパワーは宝物。
これだけは絶対に言える。
 
ここが3次元の地球である以上、
これはスピリチャルでもなんでもなく
「物理」なのだ。

負がなかったら正はナイ。

5リズム、日本で1月21日から2月5日まで
クラスやワークショプをして回ります。

http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/

9月、日本の旅 1

9月3日、名古屋空港セントレア 夜9:30着。

空港でワイファイを借りた直後に、
名古屋、静岡、神奈川のプロデュースをしてくれる梅ちゃんが迎えにきてくれた。

梅ちゃんがこう言った。

「訳あって、移動が車ではなく新幹線になりました。
 だから、スピーカー、手持ちです。
 今からドンキホーテ行って、荷台買います」

タクシーで飛ばす。
「セントレア直、ドンキホーテ」

おおお!真夜中なのにすごい品揃えだ!
初めてきたぜ、ドンキホーテ!

梅ちゃんガンバる。
すごいねえ、オトコだねえ。

私はかなりハイだったのもあり、
そのまま倒れ込むように寝て、次の日は名古屋でワークショップ。

梅ちゃんのTREとのコラボである。
TREで体をほぐしてから5リズムを踊る。
TREで芯からほぐれてるから、
皆さんの動きっぷりがハンパない。
飛び込んできてくれた若い衆や、ダンスの先生、
TREの他の先生も含めてのワーク。
名古屋発祥の「コメダ」でお茶&サンドイッチで親交会。

静岡では見慣れた顔の皆さんとワークショップの後、
大好きなレストラン&バーで美味しいご飯をいただき、
大山さんの熱海の豪邸で宿泊。
たまたまたバースデーだった大山さんのサプライズで、
豪邸にはたくさんの人!
それはそれはスゴいご馳走があり、
おまけに屋上にある温泉に入れて頂き、、、至福。

大山さんの笑顔を見ていると、
大山さんが愛されているわけがわかった。
そこに入られたことに感謝。

神奈川では、また新しいコアになっていくだろうと思われる人や、
皆さんの紹介できてくださった人も。

そこへSF在住友達@日本へ嫁に行ったナオちゃん登場。
いやーよ、変なダンスはしない、と言っていたが、
おわった後、「シラフ、トランス大会」
って気持ちよさそうに言っていた。
山川夫妻に聞かせたい。(爆笑)

しょせんスピリチャルなんて、シラフ、トランス大会。
覚醒とか、悟りとか、
アホだな。
って、CAブログを書いている友達なら書くと思う。
私は書けないわよー、ムリよーー。根性ナイもの〜〜♪

5リズムは「シラフ、トランス大会」
まさに、そこに落とします。
だから現実的なの。

神奈川ではアンちゃん宅に宿泊。
そこで最高のギフト、梅ちゃんからのロミロミ〜〜〜!
もう、放心状態。最高!
そして、朝はアンちゃんが作ってくれた最高料理。
すげえな、みんな。

〜〜〜

今回の旅は、これらローカルなワークに参加してくれた人が
リピーターとして、いろんなワークに参加してくださったこと!
これって、これって、もしかして成功じゃん!

だけど、成功は私じゃない。
助けてもらわないと何も始まらない。
梅ちゃん、大山さん、あんちゃん、皆さんあっての旅が始まった
2016年の9月。

私はこの夏、エゴを大量に捨て、
自分のできることだけをすることにし、
宇宙の意思の管になる宣言をした。

そしたら、こんな風に、とても素敵な人たちが
私を助けてくれ始めたのだ。

THANK YOU!! LOVE YOU ALL!

自分より能力のある人が現れるのは

私の前に
自分より能力のある人が現れると
まずは防衛本能が働く。

「この人が私を脅かす」
「自分の出来なさをバラして、皆にバカにされる」
「負けるもんか。戦うぞ」
と思うクセがある。

最近はそう思った途端にソレを捕まえて自分で対処する。
それは自分の子供の頃に刷り込まれたことをベースとした、
歪んだ感情とつながった思考回路。
もう そう思う必要はないんだ、
と自分のインナーチャイルドみたいなヤツに
言い聞かせる。

〜 〜 〜

大体の場合、
目の前に現れた自分より能力のある人は
ほぼ100%
私の出来など気にしておらず
脅かす気にもなっていない。
100%いい人だ。

(たとえいい人じゃない人がいたとしても
それは相手の問題で、その人に何か傷がある。
私の問題じゃない)

考えてみたら、
私だって自分より経験の浅い人が現れたら
助けてあげたいとこそ思えど
この人を叩き潰そう
などとは思わない。

だから、すごい人が現れたら
手伝って貰えばいいんだ。

裏を返すと、
能力のない上司が
能力のある部下を叩き潰そうと思うのは
この論理の裏返し。

上司に意地悪されたら、
自分が能力のある証拠だと喜べばいい。

〜 〜 〜

物事は波動。
だから
自分より能力のある人が現れてきたら
自分の変革期。
変わってきた証拠。
自分が一歩、彼らに近づいてきたから
そのステージに上がった、ってことだ。

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==== 今朝の音楽 ====
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今日は
朝にもかかわらず、

なぜか  Sam Smith STAY WITH ME
しかも日本語のコメントが
いっぱい入っているバージョン。

Have a great day!!!

 

ジャイアンと白鳥麗子

通常の私は結構オトナ。
オトナでいるほうが物事がスムーズに進み、ラクだから。

だけど、体が疲れた時は話が違う。

=== 前フリ 長いです。本題は最後の方 ===

1)
シアトルからロサンゼルスへの帰り、
朝3時起きで4時に空港に着いたが早朝なのに劇混み。

ようやくゲートに着いたら手荷物ももう入らないから預けるように言われ、
「遅く来たアンタが悪い」と言われた。

私は時間通りに来てるし混んでたのは空港内で、作業が遅いのは空港、と反論。

どっちにしたってエコノミーの最後列の席は登場が最後で
早く来てもこういうことが起こるくせに。。。
「いい席にしないアンタが悪い」って言うのかな。

2)
サンフランシスコで乗り換えがJALとの提携便で日本から機体が到着しておらず
まさかの3時間遅れ。

2回も3回もゲートが変わり、眠さもピークに達する。
最終的にゲートに並んだら

「お前、一体どこへ行くつもりなんだ?
このチケットではシカゴへ行けないんだぞ?
これでシカゴへ行くつもりなのか?あん?」

「え?あ、間違えました。じゃ、どこ?」

「あっちで聞け」

どうして空港で働く人は皆、ちょっぴりイジワル人がいるのだろう?
まあ、無理いう人が毎日数千人いたら、そりゃイジワルにもなるわな。

3)
ようやく機内に入って座っても、なかなか出発せず、
スチュワーデスさんに何時に着くか聞いた。

「いつ出発するかによるわねえ〜(うまいっ!思わず笑いが出た)
ユナイテッドのアプリ持ってる? ダウンロードして調べたら?」

って、お前の仕事ちゃうんかい!
これ、日本だったらありえないなーー。

4)
サンフランで待ってる時から、
私のストレスの元、マーガレットからテキストが連打で入る。
1つで済むものを10メッセージ入ったらイラつきも加速。

彼女がこう言ってくるのは、ほぼ100%決まって
旅の途中。なんで私が旅してんの知ってるの?っていうほど。

お願いの時しか連絡してこない彼女はやっぱりお願いをしてきたので
今は無理。私にはイッパイッパイすぎる、と返事したら
「OK」と一言。

引き際はいい。

5)
ようやく到着。
Uber(アメリカで大人気の白タク)を呼ぶ。
ピックアップの場所を「ここだ」と伝えてあるにもかかわらず
別な場所を指定してくる。
「私は伝えた場所にいる。荷物が多いから動けないから、ここへ来て」

と断固として譲らなかった。ってか移動はマジ無理。

道を指定するも、別な遠回りな道を通ってるので告げると
「山火事のラジオ聞いてたから、、、」

このあたりから、今までオトナなフリしてガマンしてきたことが
ふつふつと湧いてくる。

コイツ、使えねえ〜〜!!

6)
車の中から夫に電話して、重たい荷物を一番運ばなくていい方法を相談しようとするも
「ハニー、どうしたいんだ〜?早く会いたいよ」系のドゆる系で話にならず。

使えねえ〜〜〜〜!!!!!

===== 本題 =====

で、ハッと気付いた。

私、ジャイアンやん。

すごく自分が頑張ってる時、エネルギーが余ってる時、
そういう時に寝てなかったり疲れてたりすると
私はジャイアンになる。

ふざけんな〜〜〜!
って、全部をひっくり返したくなる。

そして、その第一歩は、
私の中の白鳥麗子がカチン、と音を立てて、
真っ暗なステージでスポットライトを浴びて立ち上がった時。

「この ワタクシに向かって?
え? この ワタクシに向かって?
このワタクシがこんなにやってるのに、ナンて無礼者!」

これが引き金である。

そこから、世の中の人はすべて「使えねえ人」となる。

そして、白鳥麗子はジャイアンに変わり、大暴れしたくなるのだ。

========

これが アタシのエゴ。

愛おしくもあり、バカバカしくもあり(笑)

これを良い方向に使うと、
ものすごいエネルギーとなる。
だから、いろんなことがこなせてきた。

エゴを排除するつもりなど一切ない。

これらのエゴを味方につけ、
上手に対処していけることが
人が成長するというコトなのだ。

Luciaの マウイでの5月のワークショップ、
Little Warrior (小さな戦士)は私で言えば、
まさに、このジャイアンと白鳥麗子を起こして認めて
それらを味方につけなさい、ということ。

自分の欠点は、最大の味方になる。

私は自分にこの二人がいなかったら、
左半身付随の体からダンスの先生になろうなんて思ってなかった。

欠点こそ、自分の最大の武器。

あ、こっちをタイトルにすればよかった。。。

ま、いいか。

=====

ルシアの来日クラス、大阪であります。

https://www.facebook.com/events/610932222407614/

この翌日は ルシアの奈良2デイワークショップです。こちらは個別カウンセリングではなく、「感情を取り扱うセラピー効果の高いダンスを使った自己解放」として、劇的な体験をする、ルシアによるグループワークです。

https://www.facebook.com/events/1170322666332088/

脅かされると思っているエゴ

私はビビリーだ。

普段はイバっている。

が、自分よりちょっとエライ人とか、才能のある人が来たら
もう、いきなりビビる。

なぜビビるか、今日 
いや、さっきお米洗ってる時に
ピンときて、叫んだ。

あ!そうか!!!

それは

「自分が脅かされる」
と思っているからだ。

自分が壊れるかもしれない
立場が壊れるかもしれない
心が壊れるかもしれない
固めていた城壁が壊れるかもしれない
私のウソが壊れるかもしれない

 ・

一番でなくちゃいけない、と思っていた期間が長く
競争心強く
勝て、負けるな、と
自分に言い聞かせ、
誰よりも自分が成長している
と思いたい

他より成長していなければ
ウソをついてでも
成長しているフリをしたい。

だって私は特別なんだ!

だから私が一番愛されるべきなんだ!

そんなエゴ。

ひどいなーー、アタシ!

 ・

「へー、案外ダメじゃん」
っていう言葉は私を一気に殺すし

「口ほどにもないのね」
っていう言葉は、ちくしょう、バレたか、と思う。

じゃあ、私は何者なんだ?

人は皆、愛されたいんだな。
少なくとも、私は愛されたい。

だけど、愛されなくてもしょうがないことも
最近わかってきた。

私にも好みはある。
人にも好みはある。

そして、私がここをなかなか乗り越えられないように
人も、乗り越えられないものがあるのかもしれない。

人それぞれの問題であり
人それぞれのプロセス。

こうでなくてはいけない、は ナイ。
あの人はこうあるべき、も  ナイ。

そして、私は ビビってもいいのだ。

あれ?今日は何を書いているんだろ、アタシ。。。(笑)

いいのいいの、

綺麗事じゃない。
私は血と肉したたる、
リアルな現実を生きて行く
自分自身でいたいから。

「わかる?」「わかんないよ」

わかってもらいたい。
わかってくれない。
うん、それ、わかるよ。
ねえ、わかってくれる?

ごめん、サポートはするけど、私には完全にはわからない。

人は大きくは一つで、ワンネスであるという前提は別論点なので今は一人一人のカラダをもらった「自分」という観点から。

人はそれぞれに違う役割とカラーを持って来てるから、わからなくて当然。
わかったら偶然。もちろん偶然は必然。

たとえば身体で言うと、大きくは一つだけど、肝臓には肝臓の役割があり、ヘソにはヘソの、足の指には指の、爪には爪の役割がある。

心臓が目に「どうしてポンプを送ってるのをわかってくれないの?」といわれても、目は「だって私はただ、自分の視界に入ってくる事を処理してるだけだから」と言うのと同じで、目が心臓の事をわかっちゃったら目としての機能が滞るんじゃないかというような屁理屈を加えつつ。。。

「わかってほしい」というのは、

 *パーミッション(許可)が欲しいのだ。
 *そして特別な理由を認めて欲しい(特例だと認めて欲しい)のだ。
  — 特例を認めてというあたりでワンネスは崩れてる事に気づく事もなく
 *そして、よくやってるね、と褒めて欲しいのだ。

本来は全員がそれぞれに役割が違うのだから、全くわかる事は無理で、互いの働きを誉め称えるしか出来ない。
わかろうと努力する事にのみ時間を費やしたり心を砕くのは案外もったい。

それより、自分のすべき事を今、一瞬、がんばってやればいい。
そしたら他人の働きも認められるのだ。

大体において自分の事を一生懸命やらない人ほど他人を悪く言う。
自分に必死だと、人の事なんて言えない。(スポーツ観戦に熱狂する人の中で自分は実際やらないのにプロを捕まえてアイツはダメだとか言うのと同じ論理。ある程度努力した人はやたら人を斬れない)

自分で本当に100%一生懸命やってる人は
「わかってほしい」とは言わない。
自分が自分をわかってあげているから、他人からの許可や評価がいらない。

恋に落ちる瞬間なんかは「わかりあえる」溶けちゃう感がタマラナくエクスタシーなんだけども、通常の生活の中では相互理解のために自分を説明するのは有効でも、「わかって欲しい」という甘い期待の元でこれをやると、「わかってもらえない=マイナス」となり、

傷つく → 相手を攻める → こじれて孤独に

と言うダメ雪だるまにハマる可能性がある事を覚悟しておいたほうがいい。
これを「ドラマ」と言う。

ドラマは文字通りドラマチックに自分を翻弄し、ヒロインになったかのように自分を被害者にし、「こんなにがんばってるアタシ」を作り上げる。
だがそれは、わかってもらいたいという、依存的な甘えから「自分が作り出した結果」である事を理解したほうがいい。

 
なんて書く自分は、冷たいんだなあ、きっと。。。
( ↑ 本当は冷たくないのよ、と”わかって欲しい”らしい 笑)