自分のためのエサレン

実はまた、エサレンへ行っていた。
10月からロサンゼルスのクラスをおやすみしている間に、普段自分が受けたくても受けられないワークショップをいっぱい受けたい、というのがそもそもの考えだった。
 


 
今回は5リズムじゃなく、
ソウルモーションとコンティニウム。
 
ともにロサンゼルスでも、たまに受けてるけども、
私が一番受けたかった先生スーザン(世界ツアーがメイン)が
私の最初の頃の先生マイケルとコラボをするということで、
申し込んでみたものの、SOLD OUT.
 
なんだか「いけない気」がしなかった。
絶対に私はそこにいるのだ、と
信じているのではなく「知っていた」
 
そのワークショップに友人がアシスタントで入るというので
本当に満員なの?とテキストで聞いてみた。
 
ちょうど私がテキストをしたとき、エサレンのための
スカイプ・ミーティングをしていたのだそうだ。
 
すると先生の一人が
「そういえばもう一人のアシスタントが急遽こられなくなったらしいから、
マサヨはアシスタント興味あるかしら?すぐに聞いてみなさい」
 
そんなミラクルが起こって。。。
 
そう、私はまるまる1週間のエサレンでの
ソウルモーション&コンティニウムのワークショップが実現した。
 
===
 
似たようなムーブメントで、アプローチの違う方法をしっかりと学ぶ。
それは、とても濃い時間で、
私に足りないものが、
私が待てなかった時間が、
私には許せなかった空間が、
そこにはあって、
それらを優しく包んで溶かしていく。
 
自分が慣れ親しんだものからは学びにくい、
いわゆる「隣の坊主」から学ぶ、ってヤツなんだけど、
本当にしっとりと、染みて行った。
 
 
ワークショップの中で、マイケルが
 
「僕の先生はガブリエルロスだ。彼女が僕の恩人だ。
 ガブリエルは、ここ、エサレンで5リズムを作った人だ。
 ソウルモーションは5リズムから派生し、
 今、僕はソウルモーションをやってるけど、
 それぞれにムーブメントの派は違っても、
 アプローチが違うだけで、どれも素晴らしい。
 いろんなムーブメントのことを今から話すけど
 マサヨには5リズムの説明をしてもらう」
と言った。
 
私は5リズムの説明をし(大好評だった)、
自分とソウルモーション、コンティニウムとの関わりを話し、
私らしく、存在した。
 
 
終わってみると、
やっぱり私は5リズムが好きで好きでたまらず、
だけど、5リズムを大変だと思っている人に
少しだけ違うオプションを提供することができるかもしれないことを学んだ。
 
そして、
私の一番最初に5リズムをやったときの先生たちは
ルシアとエレン・ワトソンなのだが、
そのエレン(スピリット・ソウル・ダンス・シンギング主催)がなんと
エサレンにいた!
 
超ひさしぶりの再開。
「あれから何年になるのかしら?」
「2009年だからほぼ10年です!」
と、ハグをしあった。
 
ルシアが今月子供を生む。
それまでに話すべきことは電話でたくさん話した。
先月はダヴィダのアシスタントをした。

そして最初のLAでの先生マイケルとスーザンのアシスタントをエサレンでさせてもらい、そのエサレンのロッジで、久しぶりにエレンに会った。
なんか、同窓会みたいだ。
初めの頃の恩師のオンパレードだ。
 
 
 
私は、これをするために生まれてきた。
私は、真剣に遊ぶために生まれてきた。
その中には、体の知恵と、アートと、喜びと、可能性があるのだ。
それを伝えるために生まれてきた。
 
本当にそう思う。
 
 
音楽も、もっともっとやればいい。
アートも、もっともっとやればいい。
全ては生き方の反映だから、
音楽とか、アートとか、写真とか、ダンスとか
分けてる方が変なのだ。
 
しかも、必要以上にそれらの教育は受けてきているし
ありえないほどの天性の耳をもらって生まれている。
 
統合した全てが私だ。
 
恥じることなく(no shame)
恥ずかしがることなく(no hesitation)
それらを出していこう。
 
それが私がこの世の中に対してできる奉仕(service)だ。
 
そう思った。
 
====
 
そして、今回、
80代の人が3人、
70代の人が5人もいたのだが、
みなさん、すばらしい踊り手だった。
 
「私は年をとることが怖い」と言ったら
「あら、アタシもよ。一生なくなりはしないわ」
と笑いながら、しなやかに生きているその背中を見せてもらい、
すばらしい見本が目の前を歩いてくれていることに感謝しかなかった。
 
その中の一人は
「60年代にね、エサレンにいたとき、
私はガブリエルとルームメートだったのよ」とか
 
今、訳しているガブリエルの本の世界が
色鮮やかに動き出し、
 
心が動いて動いて、しょうがなかった。
 
私は、恵まれている。
 
 
私の中に宇宙がある。
私は自分の宇宙を生きればいい。

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5リズムジプシー

5リズムを海外旅行の中に組み込み始めることを
5リズムジプシーと呼んでいる。
 
この前もマウイのワークショップで一緒だった
カルメンが、ジジがロサンゼルスのクラスに来た。
ソニアはどこの国だろうが、飛んでいく。
 
レドンドのクラスにも
ドゥバイからの出張の人がやってきたり
スイスからの旅行の人がやってきたりした。
 
最近では、海外の人から
「自分は来月日本を旅行するのだが、
 自分がいる間に5リズムのクラスはあるか?」
というメールもいただくことが増えた。
 
  
5リズムは
ダンスや自己解放だけじゃないく、
生きるためのヒントとか、覚悟とか、
世の中の摂理とか、
そういうものがいっぱい入ってる。

それを頭で教えるモノはいっぱいあるけれど、
長いワークショップなどを受けた人は特に
しっかりと体に刻印され
「体が知ってしまう」
 
ここに触れると、
本当の5リズムのよさがわかり、
やめられなくなるのだが、、、

そうなるともう
自分でしか説明のしようのない場所へ連れていかれたような
言語化できないモノとか架空の場所に遭遇するのだ。
 
 
そうなった時には
ワークショップで出会った人たちは
生涯の友達になり、
世界が、
そして地球が小さくなる。
 
 
たとえば海外旅行をしたとする。
 
 
仮にニューヨークだとする。
タイムズスクエア行って、ミュージカル見て、
ミュージアム巡りをして、5番街でショッピングをして
 
そこに「5リズムのクラス」があれば
そこへいく。
だって、5リズムのトライブは、
世界中どこへ行っても
自分の親戚みたいな感覚になってるから。
 
すると、旅行もとたんにスペシャルなものになる。
 
しかも、その中に
前のワークショップであったことのある人がいたとしたら!!
 
「あれ〜〜!モントレーのワークショップで会ったニコだ!!!」
 
そういうのも楽しい。
世界が一気に縮まる感じがする。
 
 
また、
たとえば、クロアチアとかイスラエル、デンマークなど
そういう国は
理由がない限り、
めったやたらには行かない。
 
そこにワークショップが一週間あるとする。
すると、クロアチアが急に身近な国になる。
イスラエルが身近な国になる。
(アイスランドやモロッコでもやってる人がいる)
 
 
そして、各プロデューサーはとても親切なので
ちゃんとメールで、どういったらいいかなど、
(もちろんメールは英語だけども)
親切に教えてくれたりする。
 
しかも、泊まるところなどの案内もしてくれる場合もあるし、
すごくラッキーならホストファミリーを見つけてくれたりもする。
 
こういうことがあるから
5リズムのあるところあるところ、
まるで遊牧民のように、旅行をする。
 
これを5リズムノマドと呼ぶ。
 
みとちゃんは春にカナダへ行き、
池田さんも夏にスペインへ行き、
梅ちゃんもイギリスから帰ってきたばかり。
 
5リズムジプシーが増えていく。
 
そして私は週末、エサレンへ。
 
みなさんも
5リズムノマドになってみませんか?(笑)
 
 
 
秋冬のスカイプクラスの予定、出ました。

http://creativerain.wixsite.com/masayodance

そして、1月末のチェンマイ。あと少しで締め切りになります。
おはやめに!
http://creativerain.wixsite.com/masayodance/retreat

一人じゃない

top_2017_summer1

遅ればせながら、この夏と初秋の
私の思いを、今頃投稿することにした。
 
私は、一人じゃないんだなあということを
綺麗事じゃなく、マジで感じている。
 
だって私の場合は、
一人だったら
ここまでやってこれなかったもん。
 
 
だけど、
本来「なんでも一人でやる!」系の自分が
一人でなく人に助けられたからこそ
そこに変化が起きたのだ。

エゴの塊だから「こそ」
助けてもらった時の振り幅が大きく、
発見も大きい。
あのエゴの塊がこんなふうに思うなんて
そこが自分でもビックリなのだ。
 
 
7月、10月と、
今年に入ってからの5リズムは
徐々に何かが違ってきた。 
 
私も違ったが、
周りも変わった。
 
なんというか
一緒に成長している。
 
 
今までは、必死でがんばってきた。
が、今年になって、自分の中では
できる限りの手は尽くすと同時に
「委ねた感」があり、
 
全てがセットアップされ
私はただ、そこに乗っけてもらって、
動かしてもらった。
 
 
ーーー
 
 
5リズムとの出会いは2009年、エサレン。
 
トミゾウ先生は私にとって
5リズムへの水先案内人だった。
   
足を向けて寝れないと知ってるくせに
忙しさにかまけて不義理ばかりしている。
 
ーーー
 
エサレンでの通訳がいない
ということで急に探されて、
英語のできなかった私が雇われた。
他に誰もいなかったらしい。
 
トミゾー先生にあったご挨拶の時に
「私、実は、あんまり英語できません」
 
と告白したら
 
「かめへんかめへん。俺らもわかりませんから。
 おらんよりマシ、くらいでもよろしいですから〜」
 
と関西弁で言ってくださって、
ホっとしながら始まった通訳だった。
 
 
2時間後には5リズムに感動し
号泣しながら「先生になる〜〜」と言った。
その根拠はまた次の機会にでも。
 
チャネリングとも言われた
当てずっぽう通訳。
 
ーーー
 
その日から、
私は鬼のように5リズムのワークショップを追いかけ、
人生コレ5リズム、的になり、
アメリカ中、ワークショップをおいかけて旅をし、
(ほぼ家にいなかった)
自分が働いたお金は使い果たし、
 
5年かけて必須科目を全部取りながら
ティーチャートレーニングに入って、
2014年、晴れて認定ティーチャーとなった。
 
 
今までは観光客程度の英語でしのいで来たけど、
数々のワークショップを経て英語も覚えた。
 
それまで、日本語を覚えない夫を罵倒し(すまん!トム!)
のうのうと、メシ、ふろ、ねる、
くらいの英語力でやってきてたが
 
もう、必死だった。
 
ワークショップも、英語も。
 
ーーー
 
 
先生になる直前くらいから
練習クラスを始めるように言われ、
 
東京ではミーちゃんが、
大阪ではマホちゃんが、
プロデュースをやってくれ始めた。
 
 
その二人が撒いてくれた種が実をつけ始め、
新しいステージに来た。
スカイプクラス、大阪は、なんともう2年!
 
そして、3年前に知り合った梅ちゃん。
プロデュース、企画、ウエブ、
いっぱいのことをやってくれている。
 
先生を目指している人、
スペースホルダーさんもまた増える。
さえちゃん、みとちゃん、ゆきみちゃん、ハッシー
スタッフも含め、なんだか最強チームになって、
闇に眩しく輝く(笑)5リズムが好きな仲間たち。
 
グループ単位で応援してくれる人たちもできた。
魔法の教室のタマちゃんチーム。
黄金週間や二人三脚の、チーム佐々木。
奈良の福祉関係は今後もチャリティを続ける。
 
 
そして、
 
私のクラスやワークショップに
リピーターで来てくださる方が少しづつ増え始めた。
ハートに響けば、必要な人におのずから広がる。
 
 
これは、
 
私一人のことではなく、 
私はただ、その一部にいて
旗降らせてもらってるだけなのだ。
実のところ、皆で動いている。
 
 
私の仕事は、
自分をバージョンアップさせること。
それが自分からの提供物となる。 
 
 
私をバックアップしてくれるのは
5リズムの申し子、ルシア・ホランと
超人気のベテランティーチャー、
ケイト・シエラ。
 
彼女たちのメンタリングの元、
私は、自分の魂が太くなるよう、
そこへフォーカスを向けている。
  
  
「誰かのように」なるのではない、
自分自身を育てるのだ。
 
私はそんな自分にコミットした。
自分の役割にコミットした。
 
そして、委ねた。
 
それだけだ。
 
 
 
これを10年間、
先にやってこられたサハジャゆかりさん
(日本人で一人目の先生。私は二人目)
 
すごいなー。
本当にそう思う。
  
いずれ、サハジャさんとも一緒に
ワークショップができる日が来たらいいなと思う。
 
 
 
それぞれが持ち味を生かし、
それぞれが動いて
1+1+1が10にも30にも100にもなる。
掛け算になっていく感じ。
 
 
 
一人でやらないからこそ、
魔法が動いてる。
 
天が動いた。
 
そんな感じ。
 
 
 
感謝!

=====

タイ、チェンマイ・リトリートやります。
お申し込みの締め切りはもうすぐ!!

チェンマイチラシ

*注: チラシ中の 1日目のワーク33時まで、はウソです。冗談です。タイプミスです。

無防備な心を受け入れる

ブレネー・ブラウンという博士がいて
彼女の本を今読んでいる。(実際にはオーディオブックを聞いている)
彼女自身が語っているのだが、彼女は話が面白くて有名なので、
聞いていても、超おもしろい。

先週のケイトの5リズムのクラスの最後のシェアリングで
「私はわけもなく悲しい。私は自分がクソに思える」と言った。
それは11月にエサレンから帰ってきての、空っぽになった感が依然続いている。

私も先生なのに、そんな事を言うので、皆が凍った。

ケイトは
「あなたは絶対に嘘をつかない。とても勇敢で、無防備」

無防備さ:Vulnerability(ボーナビリティって聞こえる)
傷ついてもさらけ出す心、裸のこころ、もろさ、弱さ、を含んだような感じかなぁ。
日本語にはないんだけど、5リズムとかではしょっちゅう使うので、なんと訳せばいいか、時々困る。
Vulberableであれ。Vulberableであり、それを出せることは一番強い、と、5リズム創始者、ガブリエルも絶えず言っていた。

「あなたは無防備さをちゃんとさらけ出せるから皆を震撼させる。でも、もし今そこから抜け出せなくて自分が辛いのなら、ブレネーブラウンを読んでみたら?彼女は無防備さと恥との関係をメインにリサーチを続けている学者よ。」
とケイトが勧めてくれた。

以下、ブレネーの本から、おもしろかったところをピンポイントで抜粋。

======

スピリチャル、スピリチャリティーって履き違えやすい。
一つの観点として、感謝をしたほうがいいということがある。
でも、それに「囚われて」いると、本当の気持ちを押し殺すことになる。
例えば一番辛くて泣きたい時に「ありがとう」って?
本当にありがとうって言いたいのかな?
本当の自分を押し殺すって、スピリチャルなのかな?

文句や泣き言を言うことを恥ずかしいと思っている人?
文句を言わないほうがいいという視点があって、そこに固執する場合、
それって どうなのかな?

実は私の住んでいるところでハリケーンがあった時、電気が2週間止まって、信号は動かず、9月で、30度以上で、蚊が多くて、子供達は蚊に食われて熱を出し、そんな時に私はセラピストにあったのね。

「どう元気?」
「ええ、元気よ。もっとひどいことが起こるかもしれないのに、これくらいで済んだことに感謝しているの。他の人は家もなくなっているというのに、私たちは家があり、ジェネレーターで電気も一応起こせるし」

と言ったら、私を見てくれてるセラピストが

「嘘つき!ケツに火がついてるわ」と言ったの。

「もう最悪!って正直に言いなさいよ!暑くてガキは蚊に喰われて熱出して、クソ洗濯もできないわ、いろいろ文句があるでしょう? ね?ハラ立つでしょ?ハラ立つでしょ?今、誰を殺したい?殺したい人リスト出しなさいよ」
って言ったわけ。

「あ、その通りだ!よし、もう嘘つかない! 実は私の心の中ではすでに3人殺してるわ!」
「よしよし、その調子!他に今欲しいものは?」
「すっごい綺麗な水のシャワーを浴びたいっ!そして、冷風のでるエアコンつきの家よっ!」
 ・
 ・
「どう?今の気持ちは?」とセラピスト
「なんか文句言ってホッとしたわ。強くなった気がする」

セラピストがこう言ったのね
「でしょ?この”愛と感謝”ってね、自分の家の屋根がブッとんで、子供が熱出して電気が通ってない時にするもんじゃないのよ。文句を言う時にはきっちりと言いなさい」

例えば、ペットが死んだ時、それは後々感謝に変わる大きな変化だけれど、死んだすぐに感謝しなくちゃっていうおかしな感覚を持ち込まなくてもいい。

いわゆる「ヨガ的態度」を間違って実践しちゃダメよ。多くの人がヨガ的態度を目指すブームなわけね。「やっときゃいいんじゃないか的に」。
ヨガをやりもしないのに私はヨガパンツを履いてたりもするわ。私だって、探したら家の中に一度も使ってないヨガマットがあると思う。

======

余談だが、そう言えば昔、日本では丘サーファーっつー言葉もあった。
これを聞いて、丘サーファーを思い出した。
 
 
脱線はさておき、これは5リズムともすごくつながる。
私が5リズムを好きなのは、自分に嘘つかないから。
とてもリアルだから。
 
まずは、その感情を押し殺さずに感じること。
感情は押し殺すと「麻痺 しびれ」へと変わる。
 
感情には良いも悪いもなく(それは人間が張ったレッテルであるから)
「この感情だけ排除しよう」と思っても区別できない。例えば嫌な感情を押し殺すと、喜びや感謝も一緒に押し殺してしまうことになる。
 
それと同時に、「まずは無防備で弱い自分を受け入れてから」。
無防備で弱い自分を受け入れるということは、実は何よりも強いのだ。
そのあとで、どんな大変な状況の時も「感謝をする」練習をしよう、と。
 
そして、このビデオの最後にも言っているけども、
「自分は充分よくやってる」と信じること。
自分に対してそう言えたら、その時、周りを聞くことができて、周りにも優しくなれ、自分にも優しくなれる。
 
と、ブレネーブラウン。
 
===

「はじめにリズムがあり、それがパターンとなり、それが波となる。それ以上でも以下でもない」
と、ガブリエルロスも言っている。「リズム」や「パターン」を「癖」と言い換えてもいい。
 
しかも、癖を波というなら、全員が凪いだら、波の面白さはナイ。
私は尖った波だから面白かったり、彼はうねる波だから面白かったりする。
 
悪いところ、悪い癖を治す、治さない、という問題ではない。
「ただあるがまま」を受け入れる。
「良い方に」しかも「治す」という考え方は本来はありえないのだ。

5リズムのみならず、アレキサンダーテクニークでもこのように言う。
多分、仏教でも、何でも、最終的にはこのようにいうのだと思う。
「あるがままを受け入れる」
 
物事(波)は絶えず変わる。だけど「いい」部分に固定して、お取り置きしておきたい。
その宇宙的法則があるにもかかわらず、実際に変わる渦中にいる事は怖く、どこかにつかまりたく、心地いい場所へ自分を限定しておきたい考えが、私を縛り付けていることに気づかなかった(人には言うくせに)。そして「人には言うくせに自分が出来てない」と自己否定する。
 
 
自分の弱さ、脆さにブチ当たったら、それを無視しないで、しっかりと感じること。
そして、感じきって、感じきったら、次へ進む。
 
いくつになったって、人生はこの繰り返しかもしれない。
  
 
クソ長いのに読んでくれた方、ありがとう。
 
ブレネーブラウン氏のTEDトーク 日本語字幕。(この字幕、素晴らしい!)
(2本目のTEDトークも素晴らしい。是非、探して見てみて。)

何もないのに悲しかった

ブログが書けなかった。

素晴らしい、楽しいエサレンから帰ってきたのがサンクスギビング前。

帰りは、対向車線が見えない恐ろしいほどの霧の中、
山の崖の道を運転すること2時間。

2時間の霧が少しはれてきたかと思ったら、
そのうち雨が降ってきて、
その雨はワイパーなど効かないひどいモノで
前から来る車がクリスマスのイルミネーションにしか見えない状態で
ハイウエイをさらに4時間。

嵐だった。

体全身の毛穴まで開くほど、
体感が覚醒する感覚。

それは恐ろしく
それはまるでドラッグでぶっ飛んでいるようでもあり
言い知れないほどの興奮と警戒と
そして「今ここ感」があった。

瞑想して今ここやってる場合じゃないよ、と
笑いたいくらいの今ここ感。

身体中のポータルとエネルギーセンターが開いているような感覚。
 
家に着いてからも
身体中の細胞がシェイクしているみたいだった。
 
===
 
ただ、それだけ。
 
そのあと、とてつもなく悲しくなり
人生なんて、
私なんて、
 
とか、
 
この私が思ったのだ。
 
その事実にビビったのだ。
 
 
そしたら、昨日撮影したネルダという女性と世間話的にエサレン帰りの雨の話をしたら
彼女はこういった。
  
 
私も同じ経験あるの。
それはね、軽く見積もったらダメよ。
ものすごい覚醒的経験よね? 
特に、体を動かして身体がクリアな状態にある人は、敏感だからいつもよけいに、よ?

そして、たくさん覚醒経験をした後は、必ず、落ちるの。
だってハイになったらローが来る。それが物理でしょう?

あなた一週間で済んで良かったわよ。
人によってはそれが引き金で1年も続く場合あるんだから。

ーーー

なるほどーー。

そういうわけで、5リズムだけは行き続けたものの
後は、ずどーんと、引きこもってました。

祭壇を創るアレッサンドロのモノローグ

エサレンでの、ルシア・ホランによる5リズムの一週間ワークショップの通訳が終わって、今一息ついているところ。

通訳の私以外にも、アシスタントとして、チェルシー、マリア、アレッサンドロがワークに参加。
アシスタントをしながら一緒に動いて踊るというのは、大変だけど、とてもいい経験。

クラスはもちろん、大感動なのだが、6日目の最後の朝の、ワークショップの終わりのシェアリング。
一番最後にシェアをした、同じ先生仲間のアレッサンドロの言葉にとても感動した。
アレッサンドロはオルター(祭壇)担当だった。

5リズムでは、宗教はないが、オルター(祭壇)を創るのが習わしとなっている。
1960年代、創始者ガブリエルロスへの敬意として、マーサがはじめた花一輪から始まったのだそうだ。
それはテーマを表す為でもあり、空間を安全に保つためでもあり、オルターが1つの皆のコミットメント(宣誓)でもある、とするからだ。

アレッサンドロは今回のテーマ「ハートビート」のとおり、ハートをモチーフにしたアートを創った。

1日目は、シンプルな赤い「ハート」
2日目は、花が咲いてるのに外に出られない「縄で縛られたハート」
3日目は、鉄のトビラをドラゴンがぶち破った「怒ったハート」
4日目は、クギが打たれた水色の「悲しいハート」
5日目は、白い羽がいっぱい生えた「喜びのハート」
6日目は、ベールがとられた「本当のハート」

美しく、そして時間がかかるであろうアートだった。
時には溶接を使ったり、鉄を切ったり、羽を接着剤で張ったり、時には生の花を使ったり。
一体、いつ、何時間これに費やしてくれたんだろう?
時々花畑で見かけた風景で、ゴツいアレッサンドロが自分で一本づつ、畑から花を選んでいる姿は微笑ましかった。

さて、終わりのシェアリングの最後を飾るアレッサンドロの言葉は、
映像的で、ショートムービーにしたいような、そんなセリフ達で、
書き留めずにはいられなかったので、ここに残す事にする。

===
===

俺は毎晩、全員のダンスが終わった後、真夜中にここへ来て、
1人でこのダンスフロアの真ん中に立って考えるんだ。
明日このモチーフをどのように変化させようかな、って。
どうしたら、皆がこれを見て喜んでくれるだろうか?
どうしたら、心を、より響かせてくれるだろうか?って。

そして、おもしろい事に気づいたんだ。
真夜中に1人で立っているのに、不思議とみんなが側にいる感じがするんだ。
一人一人、全員の顔が浮かぶんだ。
この人の笑顔、この人の泣いた顔、この人の困った顔、落ち込んだ顔、喜んだ顔、
そして、皆が俺の側で踊ってるんだ。
喜びのダンス。悲しみのダンス。強いダンス。弱いダンス。

今ここで、あの女の子が踊っているのが見える、
今ここで、あのジイさんが踊っているのが見える、
それぞれが皆、自分の人生の喜びとか悲しみとかを背負いながら
ここで踊ってるんだ。

びっくりして周りを見回してみる。
実際には誰もいないんだけど、どう考えても、皆が一緒にいるんだ。

そして、ああそっか、繋がってるんだ。
俺は一人じゃないんだ!って、嬉しくなったんだ。
そうか。そういう事だったのか。。。
って。

そして新しい祭壇に作り替えるんだ。

「俺が祭壇を創っているのではない」

いわば

「俺はただの『管』なんだ」

この祭壇は皆の祭壇で、
俺という腕を使って作り替えられるだけで、
本当はみんなのエネルギーが、みんなのエッセンスが
俺の腕を通して祭壇を作り替えている

そんな事を体験させてもらっている。

それはとても幸せな、不思議な、満たされた気持ちなんだ。

そして、そんな暖かい気持ちで、
毎晩、祭壇を作り替えたんだ。

皆は一つに繋がってるんだな、って本当に肌で教えてもらった。
大変だったけど、最高の事を学ばせてもらったよ。

この祭壇は、皆なんだ。
皆そのものなんだ。

ありがとう、ありがとう、ありがとう。。。

======

とてもあたたかな言葉だった。
アレッサンドロの言葉。

「悩み」とは分離感から始まる。
そして優しさに触れたとき、人は本来の繋がりを思い出すのだろう。
アレッサンドロの話はまさに「繋がり」「ワンネス」の体験。
その優しさと、繋がりに、
涙が止まらなかった。

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「鏡」ガブリエル・ロス

ガブリエル・ロス(*後ろに説明アリ)は、今まであったどの師よりも得体が知れないが、あえばあうほど、腑に落ちる人。
カリスマだしスピリチャルなんだけど、キラキラとしたカリスマ性が売りでなく、とても論理的で、系統立っているにもかかわらず、子供じみてもおり、それでいて老人の叡智に溢れ、やさしいのかと思うと、あまり何にも興味がないみたいで、、、
まさにゲシュタルト(全体)。包括。
全てであり、全てでない。色即是空な人だ。それが私の印象。

「ガラスの仮面」の月影先生のようでもあり、もっと妖精のようでもあり、、、
ただひとつ言える事は「見つめられると、見透かされているよう」に思う。

ということは、「鏡」なのだろう。
単に「鏡」になれる、ってすごい事だと思う。
その人のカラーや主張がないのだ。ただ、そこにいる、という強さ。儚さ。

彼女の中に「サービス(奉仕)」はあるけれども、それは神への奉仕であり、顧客、生徒への「サービス精神」ではない(*但し、彼女は病気をしてから後しか私は知らないので、それ以前にそのようなものがあったかどうかは謎だ)と感じる。

鏡:ガブリエルの音楽のバンド名も「mirrors(鏡)」
メソッドの上級レベルの名も「mirrors」。
彼女は、「鏡」の達人なのだと思う。
だから、これは私が思うガブリエルで、他の人から見たガブリエルはきっと違うのかもしれない。

===

そんなガブリエル・ロスの、ワークショップ「メディスン・ダンス」に出た。

正直に言うと、とても不思議な感覚だった。
彼女の言うコト、その場、その場では納得し、いつもの120%「いまに生きる」状態で体を動かしたが、後になって、彼女が言った事が「何も残ってない」のだ。

ワークショップが終わってからこの事を他の人に聞いてみたら
皆、同じように「あんまり覚えてないのよ」と言う。

同じくワークショップを受けに来た先生の資格をもってる人が言った言葉が、むしろストンと腑に落ちた。

「ガブリエルといるときは彼女の言っている事を覚えようとか、理解しようとかしなくても大丈夫。彼女の言おうとしてる事はエネルギーでちゃんと体の中に入ってるから。たとえば数ヶ月、数年あとになって、ふと思い出す事があるわよ」

ガブリエルは、あんまり、ありがたい事を言ってた様子もない。
あんまり、えらそうにも言わない。
あんまり、愛をふりまいてない。

愛のある人は「愛」を主張し、「愛」でキラキラ光っている。私には案外これが迷惑な時があるが、彼女は、あまり「愛」という武器もふりまわさない。

「都会的なシャーマン(Urban Shaman)」と呼ばれるガブリエルは、スピリチャルさを振り回さないばかりか、「祈りは理論なのよ」と、サラっと説明する。
その心地よさが体に残っている。

役者がオーラをオン、オフするように、人の前に出る人は、その時にオンにする人が多いと思っていたが、ガブリエルは、どこでも同じ、素のままだった。

===

1週間のワークショップで、一つだけ印象に残った言葉があった。

「ファイブリズムの先生になると言うコトは、ちょっとクールなメソッドをたくさん覚える事じゃあないのよ。そんなものはたとえ1年ワークショップをおいかけたって、氷山の上の小さなカケラにも及ばない。先生になると言うコトは、クールなメソッドをいくつ知ってて、どのように使えるか、ではなく、”素の自分:ハダカの魂の自分を、生徒の前にさらけ出せるようになる事を学ぶ” 学びのスタート地点だと思う」

あ、これなのか。。。
だから、ガブリエルは、あんなにも自由で、自分の全てを受け入れる覚悟があり、勇敢なまでに 彼女の「まんま」でいるんだ。。。

この言葉を聞いた時、涙がとまらなくなった。
私はいつも自意識が邪魔をするから。。。

そして、こうとも付け加えた。(先輩の先生が言った通り、後で思い出した)

「私はね、本当は人の話(特に悩み)など、聞きたくないの。100人がそれぞれに話を持って来るでしょう?シチュエーションが違うだけで、皆、同じなの。頭の中はおしゃべりだらけ。モンキーマインド(サル的思考)、フューチャーマインド(未来を憂う思考)って私は呼んでるわ。自分の『特別な』事情説明と、『特別な』言い訳と、今後の心配ばかり。正直いってクタクタになるの。だけど、本当は皆、自分の感情をどのように取り扱ったらいいかがわからないだけなのよ。感情は皆、同じように持っている。うまくそれと共存するか。それが問題なの。だから、音楽をガンガンにかけて、ダンスさせちゃう。皆が自分の体でソレを理解できる。体は知ってるのよ(BODY KNOWS) 自分の体で自分が体感しなくちゃ、何もはじまらない」

麻痺。怠惰。
これらも感情だと言った。感情をシャットダウンした裏にある感情である、と。

ガブリエルロスの書いた本、「Maps to Ecstasy」。
ようやくもうじき読み終わる。
読めば読むほど、どのように彼女は様々な事を分析して、ここまでの形態を作った事に頭が下がる。

エサレンのロッジで、すれ違い様に
「ファイブリズムを作ってくれてありがとう」と言ったら
「いいえ、どういたしまして」と、とてもニュートラルな状態での返してくれた。

ホンモノはさりげない。さりげないフリもしない。
ホンモノは、実にそのまんまであり、「透けている」

あ、理解なんてしなくていいんだな。
ただ、感じてればいいんだな。
そう、素直に思えた。

*******

ガブリエル・ロス
思想家であり、ミュージシャン。ゲシュタルト心理学をベースとしたゲシュタルト療法とシャーマニズムと演劇法を使った、ダンス(動く瞑想)による自己認識、自己統合、ムーブメントのメソッド、「ファイブリズム」を1960年代に作った人である。(フリッツパールも応援していた)
ややこしいので要約すると、ダンスセラピー。アメリカでの心理療法や、演劇の世界では、とある時期、あっと言う間に広まったらしい。

この中の一部を、私は数十年前の、大学の演劇科でやった事がある。
きっと、だれかが西洋からのメソッドとして学んできて、日本の演劇界にも広まったのだろうと思う。

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私見につき、この文章の転載はされないほうがいいと思います。

ダイナミックに肌の上を踊る

人に魅了される時、酔わせられるとき、魔法にかかったようになる時、何が原因かをよく考える。
その答えを探している時、私の心の中に「ダイナミクス」という言葉が浮かぶ。力強さ、精力的、とともに、強弱、緩急。多くの芸人さんも、素晴らしい方は皆このダイナミクスを持っている。

人は淡々と生きていても、ドラマチックなものに触れるが好きだ。人生のスパイスのようなもの。
ドラマチックなものの中にはちょっとしたスリルやダイナミクスがある。
ダイナミクスはハートをわしづかみにし、揺さぶってくれ、味も、香りも、エネルギーも、音も、リッチにしてくれる。

ディズニー・アニメの動きがキレイなのもダイナミクスによると思う。
動きが直線でなく、イーズイン(加速する動き始め)とイーズアウト(減速する動き終わり)するから動きがダイナミックになる。
ダンスに置き換えて言うならば「タメとキレ」。多くのタメとキレは、感情の表現とも関係し、ラジオ体操や盆踊りにはないダイナミックさが出る。

エサレンでのファイブリズム(ダンス)のワークショップの中で、ダンスにもかかわらずマッサージを半日づつ習った。

ペギー・ホランの娘、ルシア先生からの言葉
「相手の領域の中に入る時、急激に入っちゃダメよ。ゆっくり入るの。そして、相手とひとつになって、それから相手と一緒に呼吸をあわせるの。相手とダンスするみたいに」

ペギー・ホランの義理息子でガブリエル・ロスの息子、ジョナサン先生からの言葉
「マッサージはまさにダンスだよ。ダンスフロアが肌に、足が手に変わっただけだ。肌の上を踊るように、手を、腕を、ダンスさせればいい。そのダンスに夢中になればいい。マッサージとは、いわば相手とのペアダンスだよ。疲れるようじゃペアダンスじゃない。一方だけがあげてるんじゃない。両方が互いに肌で会話をするんだ。だからエネルギーがまわる。どちらも疲れない。メークラブ(セックス)も同じだよ。マッサージも、ダンスも、メークラブも、まるで瞑想だよ」

それを聞いてからマッサージの実習をしたところ、疲れるどころか、マッサージをした側のほうが、エネルギーをもらえて元気になったほど。

上手い人のマッサージはまさに、うっとりとする上質なペアダンス。
互いのエネルギーが循環する。

バシャールへの質疑応答でも言っていたっけ。
Q「私はマッサージセラピストなんですが、どうしたら疲れずに仕事ができるでしょうか?」
A「何故マッサージをする側が疲れると言う図式を信じるんですか?まず、あなたが”あげている”という考えをやめる事。互いのエネルギーを回していれば、疲れるはずはない」

*****

マッサージだけじゃなく、全てに同じ事が言えると思う。
「料理」「営業」「歌」「漁」「商売」「工事」何にかえてもいいと思う。
エネルギーがうまくまわると、それはそれは「Yummy(美味しい)」

そして、肝心なのは、「呼吸」と「ダイナミクス」

「愛」と言う音楽にのせて。
人生というお皿の上で。

ボナペティ☆

ヒッチハイク拾うも他生の縁

長いです。12月9日のハナシ。

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【男の子、拾っちゃった】

12月9日。ハードなワークショップを終え、エサレン・インスティテュートを出た。
ちょうど出たところは道が少し広くなっていて、エサレンのスタッフが車で宿泊場まで送ってほしくて待っている事がある。
ふと見ると大きな荷物とスケートボードをかかえた男の子が立っていた。

「のっけてこうか?どこまで行きたいの?」
と声をかけた。

「あっ!南です。最終地点はロスアンゼルスまで行きたいんですが、その途中、サンタバーバラでも、いや、もっと手前でも、どこでもいいから少しでも南に行ってくれる車を探してたんです」

「私、LAへ行くわよ」
「マジかよ!?すげえ!(No Way!! Nice!!)あっ、すみま、、ありがとうございます!」

エサレンで働いている人?それともワークショップを受けてたの?と聞くと、「いや、なんとなく歩いてきて、このあたりだと乗せてくれる人がいそうだったからここで待ってただけ」と言う普通の男の子で、エサレンの事は一切知らなかった。
一瞬、面倒くさいものを拾ったかと言う思いがよぎったが、それにしちゃ、この出口で待つとはいい勘をしていると感心もしたし、これで何か嫌な目にあう事もないだろうし、もしそうであってもそれは必然で、何かテストでもされてると思えばいい、と、小さくハラをくくった。
でも、とても笑顔の可愛い男の子だったので、くくったハラはすぐに緩んだ。

ふと思うに、昔はこういう事をしなかった。特に男性を拾うなんてコトは。
昔は自分も若干、可愛かったので、犯されたらどうしよう、というオコガマシイ思いもあって、自分を規制する事も多かったが、今や、じぇーーーったい何もない自信がある。年をとるってスバラしい。そういう意味での行動範囲が広がる。

エサレンの温泉で長湯していたこともあり、出発がやや遅めになり、夜になるのは必須。暗くなると標識が見えにくくなるので、誰かにのっかってもらってホっとしていた。
これから5時間半、この子と一緒にいるのだ。話す事がなければ日本語のクラスでもすればいいや、と。
「いいこと?夜になると私は標識が見えづらくなるから、あなたがちゃんとナビするのよ」
「はい、わかりました!」

彼の名前はスティーブン。あと一週間未満で21歳になるのだと言った。
あら!私は10日後に誕生日だから、二人とも射手座ね!というと、Wow!と小さく言った後、いや、実は13星座になったので、細かく言えば僕は蛇使い座で、あなたはそのまま射手座です、と。
ほう、おもしろい子を拾ったかも。さい先、悪くない。

「あ、とにかく、これで21歳になるので、晴れてアルコールが飲めます」
(注*アメリカでは、たばこと医療マリファナは18才から。飲酒は21才から)

「何飲むの?」
「発泡酒とか、自分で発効させて作って飲むのが一番好きです。果物とか、穀物とか、すごく上手く行くと、本当に美味しいんです」

===

【大人な対応の21歳】

発泡酒の作り方は興味がないので聞かなかったが、星座の話を振ると、彼は射手座、蛇使い座の説明を一生懸命した。
太陽の星座が射手座でも月の影響も調べなくては本当のホロスコープとは言えないんだ、と大きな身体の男の子が言うのはちょっと微笑ましく、知っている事もあったけれども、英語のあいづち「アハーン」を連発。

途中、
「ねえ、出発が遅れたんだけど、こっち方面へ来たときは必ず寄る所があるの。寄っていい?あなたも多分、気に入ると思うわよ」と言うと
「もちろんです、僕はのっけていただいているだけなので、全てはあなた次第。どこでも応じます。どこでも、いつでも、あなたの停まりたい時に停まって下さい。ぼくはただ待ってますから」
と、とても丁寧な言葉で言った。まるで日本のテレビのイケメン執事のようだった。

こちらのティーンは、二つの顔を持っている。
完全にティーンだけの時の本当の顔と、社会に出る時のソーシャルな顔。このソーシャルな顔のときは本当に丁寧で、紳士淑女。ものの頼み方も、お前オトナかよ、と。
日本で、某電通のおぼっちゃんディレクターが、ものの頼み方も知らなくて、才能だけ伸ばされた社会的知恵遅れの父っちゃん坊やだったのを思い出したが(ソイツは何故か私の言う事はとてもよく聞いた)、それに対し、アメリカという国は、大人への喋り方や「ソーシャルライフ」というものをひとつの教育にしているため、例えばどんな不良でも、知能障害を持っている子も、驚くほどに通常の紳士淑女コミュニケーションができる。たとえぎこちなくとも、これで社会での会話の最初の10分は完全に乗り切れる。スティーブンもご多分にもれず、そのへんはとてもキッチリしていた。

話を元に戻すと、寄った所は、ゾウアザラシのビーチ。
ゾウアザラシがビーチで団体で寝ているのを見た途端、スティーブンは「ワオ!」と子供の顔に戻った。
大きな大きな一匹のゾウアザラシを見て、私はあれは妊婦だと言い、彼はあれはオスだと主張した。私はお腹の形と大きさからそう感じ、彼は看板にあったアゴの形からそう言った。
ひとつのモノを見て一緒に感動できるのは嬉しい。いつもここを通るときは一人で見ていたから。

もしも、自分に子供がいたら、彼くらいの年齢の子かもしれない。
小さな喜びと郷愁の中間のような感覚をビーチの風に吹かれながら感じた。

このあたりから、彼の敬語は消え、何に対するリアクションも「ノーウェイ!(まさか! 若者はマジ?という感じで使う)」とか「ナイス!」という若者同士で使う言葉になった。
ガムだべる?といっても、食べるか食べないかは別として「ナーイス!」
便利だ。言葉はいつの世も、便利なように進化する。

座っているときは気付かなかったが、身長は6フィート(183センチ)以上あり、編み上げ付きの地下足袋を履いていた。どこで買ったの?と聞くと、日本のものを売っているネットがあって、この「タビ・シューズ」はスケボーに最高なんだ!これはアメリカ全土で発売するべきだ、と真顔で説明した。
しかし、この大きさだと、両国のお相撲さんの所で作っているんだろうか?

日本が大好きで、ナルトが好きで、音楽はシートベルツのファンなのだと言った。
ネットが栄えてから、こういう事が早くなった。私より日本を知っている。
サスティナブルな生活を目指している彼は、そのうち、”ゲタサンダル”(下駄)とか、生活用品は全て自分で作れるようになりたいと夢を語った。

===

【エコロジー、インディゴ、もろもろ】

それから色んな話もした。
サスティナブルな生活の話。

私の乗っているプリウス、本当はちっともエコじゃないよね、だってリサイクルの事、まだ考えられてないもの。というと、
これから車を買う人にはいいかもしれないけど、ガス代がかからないから、と今までのものを捨てて乗り換えるのは、本末転倒かもね、と笑った。

彼は、何でも飲むし、ベジタリアンでもなく何でも食べるけれども、人工的なものは口にしたくない、と言った。
たとえばお菓子。コーラ。人工甘味料の入ったもの。アミノ酸添加物。遺伝子組み換え食品。
出来れば、何もかも、自分で作ったものでまかないたいのだと言った。
だから、ガムをすすめたときも「ナイス!」とだけいって、手を出さなかった。

せっけんも、ゲタも、自分の着るものも、乗るものも、全部必要な分だけ自分で作りたいんだ。地球からのものをあまり傷つけたり、汚したり、壊したりしたくない、と。
全部、自分で栽培したいから、きれいな景色よりも、山の斜面を見て、このあたりに畑を作れたら素敵だとか、そんな事をいいながらドライブはすすんだ。

そうね、でも、皆が自分で作り出したら、全く経済はブっつぶれるわよ。今まで経済の事ばかりが先立って来たけれど、そろそろそういう体制は壊れてもいいのかもね。あなたたちはインディゴとかクリスタルでしょ?私は、地球上の年齢に関係なく、尊敬する人は尊敬する。あなたたち次世代が動きやすいように、私みたいに、ちょっとだけメーター振り切ったヤツが、先に親の年代を壊す役目かもしれないんだ、と言うと、ありがたい、と笑った。

僕たちも、この後に続くクリスタル・チルドレンやレインボー・チルドレンを楽しみにしてるんだ。僕たちは、自分たちが何故この世界に産まれてきたか、知ってる人種だと思う。クリスタルやレインボウは、もっともっとスゴイんだぜ、きっと!と。

「そうだね、きっと世界は変わるね」

ひとつだけ、スティーブンに言った。
「あなたはサスティナブルな生き方をがんばっているけれども、今のアメリカって国は、本当にたくさん採って、たくさん捨てる国だと思う。捨てる為に採る国よ。
私たち日本人は、必要なものだけ採って、少なく使って、ゴミを出さないように努力してきた。
だけど、皮肉よね。そうやってゴミを出さないようにしてるのに、津波が来て、そのうち流されたものが世界中へ漂流したり、放射能だって、いまだ垂れ流してる。
あんなに汚さないように、ゴミを出さないようにしたのに、結局のところ、プラスマイナスゼロなのかしら、悲しいわ。。。」

スティーブンは、大きな身体を小さくして、申し訳なさそうにした後、だけど、ものにはエネルギーがあって、ポジティブなエネルギーをもって接した事は大事に至らない、という事もあるんだよ、と一生懸命語った。

じゃあ、ビニールバッグも、ポジティブに作ればそれはポジティブなのかしら?と聞くと、それは違う、何故ビニールバッグを作りたいか、という意志の時に、「安く作ってお金を儲けたい」という原動力でやっているものだから、悲しいかな、それはポジティブとは言わないんじゃないか、と彼はいった。

原発は僕も反対で、便利になりすぎちゃって頼ってるけれども、本来はいらないよね、原発を作った時の事はネガティブな事、例えばそれぞれのエゴなどがいっぱい絡まっているけれども、地震で漏れた「結果」に対しては、ポジティブな念を飛ばせば、希望的に少しでも悪影響が減るんじゃないか思いたい、と言った。

===

【自由な旅の仕方】

陽が沈み、ガソリンを入れて戻ると、彼はWholeFoodsナチュラルストアの袋に入ったナッツをつまみながら、せっせこせっせこテキストメッセージをしていた。テキストの早さは世界共通、ティーンの図。
ご飯でも誘おうかと思ったが、さすがに夜暗くなるのも嫌だし、ナッツでお腹を膨らませているようなので、そのままにした。

「お友達に連絡とれたの?さて、私はあなたをLAのどこで落とせばいいかしら?」
「ベニスビーチのどこでも。あなたの行きやすい、どこかで」
「どこか、って言っても、まさか砂の上?それでよければ、砂の上までいってあげるわよ、そんなに遠くもないし。だけど、何時にどこどこ、と言う決まった所があるのかしら?お友達を砂の上で何時間も待つの?」

「ううん、僕たちは自由な旅をしてるんだ。これはある意味、ゲームなんだ。テキストが入ってきて、今から皆が、LAのベニスビーチへ向かう。誰が一番早く着くか、っていうゲーム。多分僕が一番乗りだと思う。だってLAへダイレクトで走るあなたが拾ってくれたからね。他の人たちは明日とか、そんな感じで着くんじゃないのかな。
こういうふうに続けて、ブラジルへ行き、南米へ行き、そして一番最後の目的地は、2012年のマヤカレンダーの12月22日に、アメリカのとある所で、皆で落ち合う事になってるんだ。それまでは、勝手気ままに皆が参加する。こうやってあなたみたいに知り合った人も、参加する事だってあるんだ」

それはとても気楽そうで、インディペンデントな旅だと感心した。

で、どこに泊まるの?と聞くと
「ほとんどは野宿。野宿というか、僕の場合は樹に泊まる」

彼はハンモックを持っていて、2本の樹があればどこでもハンモックを吊るして夜を過ごすのだといった。
「出来るだけ高い所に吊るすんだ、そしたらお巡りさんが来ても、みつからない。そして、大概のお巡りさんは高い樹の上までは捕まえには来られないから」

6フィートが樹を登る。けっこうスゴイ図だ。

ちなみに、一人で旅をするのに必要なギアは何?と教えてもらう事にした。
彼は事細かく、何がどのように働くのか、ひとつづつのものを説明してくれた。

特に洋服は,外は一枚でいい。レイヤーで重ね着をし、持ち歩くものの重さを最小限度に押さえる事が大事だと言った。但し、一番下の肌につける下着や靴下だけは、複数枚持っていなくちゃならない、と言った。
ハンモックと寝袋、ヨガマット(下に敷く&温度調整)、簡易コンロ、重ねる食器兼、鍋。
一生懸命教えてくれた。

実はヒマつぶしに話題提供、と思いながら振ったトピックだったが、案外面白かったし,もしもバックパックなどするときの為に割と真剣に聞いておいた。

===

【地球のチャクラ】

陽が完全に沈み、うっすらピンク色を残した空に月が出た。一緒に歓声をあげて喜ぶ図は、まるでアメリカ映画の中に入ったような気分だった。
運転している私のかわりに、私のカメラでスティーブンに月を撮ってもらった。「すげえ!一眼レフだ。写真もちゃんと勉強してみたいなあ。どうやればいいの?」

私の口頭の指示で、ダイヤルをいじりつつ、あ、ホントだ!と声をあげ、楽しそうに、大事そうに一枚写真を撮る。ああ、こういう撮り方してなかったな、と、彼から学んだ。結構上手に撮れていた。

この後、どんな所に旅をしたいかという話になったら
「あのさ、地球にはチャクラがあるんだ。僕はそのチャクラの場所、全部に行きたいんだ」と顔を輝かせた。

「へえ、地球にも?セドナが第一チャクラから第七チャクラまであるのは知ってたわ。でも地球にもあるって、知らなかった。あ、でもそりゃそうでしょうね。で、ねえねえ、地球の第一チャクラはどこなの?」

「えっと、、、これが、皆信じられない事なんだけど、マウントシャスタなんだ」
「え〜〜〜〜っ?シャスタ!!?」
「だろー?僕も信じられない」
「うん、シャスタは第六チャクラとか第七とか、上な気がするのに、第一チャクラなの?」
「うん、そうなんだよ。おもしろいね。でも諸説あるかもしれないから、必ずそれが正解かどうかはわからないけれども」

私が「ちょっと、そのチャクラの情報を、iphoneのメモパットに書いといてくれないかな」とお願いすると、「いや、いま、ちゃんとウエブを探してあげる」と、私のiphoneをいじる姿は、そのあたりの中学生くらいに見えて微笑ましかった。

そして、その説明を音読してくれた。
私はわからない言葉があるたびに「その単語、どういう意味?」と聞くと、一生懸命説明してくれた。日本語のレッスンをやるヒマもなく、私の英語のレッスンとなっていた。

第一チャクラ:マウントシャスタ
第二チャクラ:チチカカ湖
第三チャクラ:ウルル(オーストラリア エアーズロック)
第四チャクラ:イギリス、グラストンベリー
第五チャクラ:エジプト、ギザのピラミッド
第六チャクラ:12星座で移動する。現在第四チャクラと同じ
第七チャクラ:カイラス山、チベット

なんだそうな。詳しくはhttp://earthchakras.org/で。

===

【他生の縁、多少の縁】

2時半に出て、寄り道をして、ベニスに着いたのは夜の8時半。
やっぱりI−5のほうが早かったかな。結局101を使ったら、若干遅かった気がする。

地球のチャクラのウエブをiphoneで読んでいる間も
「ねえ、フリーウエイ405まだカスってないでしょうね?ちゃんと標識見てよ〜っ」
「あっ、ほんとだ、やべ!」
「ほら、あったあった!あと10分で着くわよ」
「ノーウェイ! ナイス!!」

   ***

彼の言うとおり、本当に砂のすぐ近くまで連れて行って、降ろした。
「ここがドアーズのジムモリスンの居た場所だからね」と建物を指差す。
「あれが、話してた面白い像のいっぱいついてるアパートよ」
「そして、明日、土曜日の夕方は砂の上でドラムサークルがあるわよ」
全てに「ノーウェイ!」か「ナイス!」で答えた。
なんだか名残惜しかった。

野宿道具がいっぱい詰まった大きなバックパックをおろし、スケボーをおろし、
じゃあね、楽しかったわ、と言うと、
「本当に心から感謝してるんだ、ありがとう。助かったよ。そして楽しかった」

私たちは10秒ほどハグし、お互いの背中をぽんぽん、と叩いた。

袖すり合うも他生の縁と言う。

私とスティーブンは他の生で会っていたのだろうか?
それは、どんなご縁だったんだろう?

メールアドレスも交換しなかったけれど、たったひとつ、彼が残した形跡。

彼が自分の携帯を車の中で落としてみつけられなかった時、
「すみません、電話お借りしてもいいですか?みつからないんです」と、私の電話を使って自分の電話にかけた、その携帯番号が履歴に残っている。

名字も知らない。
履歴が流れて消える前に、コンタクトを追加しとく事にした。

コンタクトアドレスには Steven
名字のところに Hitchhike(ヒッチハイク)と入れた。

もし、数ヶ月後、南米へ行きたくなったらテキストでもできるように。。。
私も参加できるよ、と言っていたから。もしも、そんな気分になったときのために。

きっと「じゃあ、チチカカ湖のほとりに6月ごろ」とか、帰ってくると思う。

自己統合 まずは自分を満たす

Happy Thanksgiving!

ゆっくりな時間が流れるLAライフの中、この11月はハードに動かせていただいた。通訳とか、旅(セッション)のコーディネイトとか、なんだか、秋からそういう流れになっていて、やたらセッションとかワークショップにスタッフとして参加させていただきまくっている。

たくさんのたくさんの学びがあり、まったりとそれらの経験を見返している。

ーーーー

エサレンでのワークショップで、半日だけ、エサレンマッサージの手ほどきをうけた。
その時にルシア(5リズムの創始者:ガブリエル・ロスの義理娘で、エサレン創立時のメンバーの1人、ペギーの娘)が言った言葉からはじまった。

「いいこと?マッサージをするという事は、人のエネルギーフィールドに入って行くという事。相手と同調する前に、”まず、自分自身と統合して、自分と繋がって、自分をセンタリングして”。それをしてはじめて、人と同調する事ができるの。片手をハートに、片手をお腹に、自分の身体をしっかりと感じて、自分を満たしてから、人の中に入っていきましょう」

ほう。。。

ダンスの時も言っていた。
「自分を満たす。自分と統合する。本当の自分になる。そうしたら簡単に人とハートが繋がる」
自分の感覚を大事にして、「他人のためでなく」自分のために踊る時、人のエネルギーを一番感じられるようになる。

パラドックスだけど、何事にもソレが言える。

ーーー

ドンミゲルルイス氏に あわせていただいた。長〜〜いハグをしていただいた。
愛、愛、愛の人。
からっぽの心や、かたくなな心、傷ついた心には、この人の愛はすごく染み渡るだろう。

私は、ハグされている間、楽しかった。そして、ミゲル氏との間で、二人の愛を循環させようと思った。

「私たちは一滴の水です。湖の水も、大海の水も、皆おなじ、一滴の水から出来ています。
 だから、私たち一滴の水たちは、大海の水と同じである事を覚えておいてください。
 私たち、ひとりひとり、ひとつぶひとつぶが完璧である、
 ひとつぶひとつぶが愛に満ちあふれているという事。
 そうしたら、池の水も、大海の水も、どこの水とも同じであり、
 繋がっているという事がわかります」

おお、自己統合! マクロとミクロ、、、

ーーー

バシャールのグループセッションでも、、、

バシャールも同じように言った。
自己統合をする事。自分を愛する事。自分にうそのない事。そうするとスピードが早い。
「本当に楽しいと思って本当に楽しい事を発すると、本当に楽しい事がやってきますが、
 本当に楽しくないのに、楽しいとウソをついて言葉に出しても、
 楽しい現実はやってこないこの論理、わかりますか?」
と、バシャールらしい口調でまくしたてた。

では、本当に楽しくなりたいのに、楽しくなれない場合はどうしたらいいですか?
の問いに
「何が楽しくさせないか、その恐怖を見てみなさい。
 楽しくない場合、嫌な事を見てみるのも大事。
 いやだという感情は、あなたの恐怖を教えて、あなたを守ってくれていますからね。
 その恐怖を知り、それらをクリアしたら、簡単に楽しくなる。まずは自分。自己統合です」と。

「ファースト、 インッテ〜グレイト ユアセルッフ」というバシャールの口調が耳に残っている。
そして、それから 愛へ。

ーーーーー

セドナではAYAの神聖幾何学のレクチャー。

グラウンディングしている事がいかに大事か、マザーアースのど真ん中に、足から自分を繋げていき、頭は天に。黄金比率などを学びながら、上へ、上へだけ行くのではなく、しっかりと根を張っている事。
「まずは自分としっかり繋がって、センタリングして、そしたら、次に人と繋がる事ができます」

ああ、ルシアもいってたっけなあ、バシャールもいってたっけなあー

また、陰と陽の統合でもあり、○と|の統合でもある、”ファイ∅” でもある、と。
私が昔歌っていたユニットが ルナティック ファイ(∅)というので、ひさしぶりにファイを見るなんて、と少し嬉しかったりもした。

AYAもまた、愛、愛、愛の人。

ーーー

日程も短かったので、ボルテックスなどをチラっとカスった後、スエットロッジへ。

地面に描かれていた文字は無限大のインフィニティ ∞ (←8の横になったバージョンね)

まずはグラウンディング、そして自己センタリング。
そうすると初めて外と繋がる、と。
自己統合、内部統合の後、外と繋がる。
それらは永遠に続くから、インフィニティを選んだ、とスエットロッジをやってくれたシャイナが言っていた。

ーーー

まあ、人というのはえてして自分に必要な部分だけを吸い取るので、私の仮題がそういう事だったから、全ての人がいっていた中で、ソコに反応しただけかもしれないが、これだけの人が「自己統合」を言うのは、オモシロイなと。

自分が寂しいから人の面倒をみたり、自分を満たす事のかわりに、他人の世話をするタイプとか、
他人の事で忙しい忙しいといって、自分がぽっかり空っぽになっちゃうタイプとか、
自分にヒーリングが必要だからヒーラーになっちゃうタイプとか、

まあ、どれも多かれ少なかれ、私にも当てはまるんですが、

約20日以上にわたる「人と一緒」の時間が終わり、やっと1人になり、
「ああ〜〜、自分を満たす時間〜〜〜」と、今、まったりとシアワセ。

===

「センタリングして自分と繋がる」をビジュアルでたとえるならクリスマスの電飾のようなモノかもしれない。
自分の電球が切れてるのに、皆とつながっても光らない。まず、自分の電球のタマ、チェックしましょうって事なのかもしれないな、なんて。

ああ、モノのたとえにクリスマスが出てきちゃう季節になっちまいました。
え?もう? みたいな。景色的にも時間的にも、季節感全然ないんですけれども、、、(笑)

全身で受け取る「いまここ」をエサレンで

ファイブリズムのワークショップで、通訳として参加した
エサレンの一週間が終わった。

時間の流れ方が違うと感じる。

全ては今この瞬間のために。

この瞬間に生きるという事は、なんと贅沢な事だろう?
身体全身を使って生きている、と感じる事の幸せ。

なんちゃって通訳をしているとき、私の脳はフルに動いている。
通訳すべき英語を聞いている時、身体全身でニュアンスを感じ取っている。
私の感覚は自分の感覚の最大を開き、全てをうけいれられるよう、体中でアンテナを張り巡らせている。

それを、日本語にするまで覚えていられるよう、別の脳が全身で動いてくれている。

通訳と通訳の間では、皆と一緒に、全身を使って踊る。
全部の感情を起こし、それらを解き放ってゆく。

そして、そのクラスが終わると、まさに、「全力をあげて」リラックスする。

そんな後の食事は、身体と心が喜ぶ。

全部の細胞がオーガニックの食事を全身で吸収しようとしている感覚がわかる。

日常生活の中では過食な私も、このように身体が身体自身で選んで栄養をとりこんでいるので、ここでは身体の「おなかいっぱい」という声が聞こえ、ちゃんとそこで辞めることができる。

夕陽をみながら、海をみながら、思いっきりそれらのエッセンスを吸う。
夕陽が落ちるのをただ、静かに20分、見る。

夜は、切り立った崖の上の露天風呂(硫黄の温泉)で、全身の力を抜いて、ただ浮く。

一つひとつの呼吸に意識を集中する。

呼吸毎の体の浮き沈みを知覚する。

鳥の声、風の音、木々のざわめきを聞く。
それらと全身で一体となる。

混浴のエサレンで奇麗な男が入ってきたら、開いたアンテナがそれをキャッチする(笑)
同じ湯船に入って、会話を楽しむ。
そして、自分の空間へと戻ってゆく。
いちおうカラダのチェックはしっかりしたりして。

夜は湯船に浮かんだ月を手ですくって顔に浴びる。

そして、湯船に浮かびながら、星を眺める。

エサレンマッサージを受ける時も、全身で受け取る。

Cジェイのマッサージは まるで海。
私は海につつまれたイルカになった気分。

互いの呼吸を合わせ、一体となる。

やってもらう、やられる、ではなく、ひとつとなる。

こんな生活だから、一瞬一瞬を一生懸命やってると、
結果的にとても忙しい。
幸せな 幸せな忙しさ。

ああ〜〜〜、しあわせ〜〜〜!!!!!

http://www.esalen.org/