それぞれの愛のカタチ 2)

アンの家はオリンピア郊外。
自分の息子デイビッドは10月に21歳になったのを期に、一人暮らしをすると、1ブロック先に引っ越して行った。

25歳のマイカはここから仕事へ通い、26歳のチェイニーは数ブロック先の、彼女の家に住んでいるのだという。

猫が二匹。年寄りの黒猫は、椅子とたわむれている。
まだ2歳になったばかりのシャム猫は、火事で家がなくなった人の子猫で、誰もひきとってくれなければシェルターに入って処分されるとこだったのを、兄、チェイニーの彼女がもらってきて、アンに見せた。
彼女は動物病院で働いているのでそう言う事は多々あるが、特にその猫をみた時には、他の人ではない、この猫はアンの猫だ、と思ったらしい。アンは見た途端にとても気に入り、ひきとった。

やんちゃな子猫はある日手のひらをハチにさされたが、アンはすぐにチェイニーの彼女に電話して、どうしたらいいか聞いた。彼女の適切な処置で、大事に至らずに済んだの、と言った。

チェイニーの彼女は、とても頼りにされているんだなあ、と思った。年齢に関係なく、アンはチェイニーの彼女をとても頼っているように思えた。

 ***

テッドが煎れてくれたコーヒーを飲みながらキッチンのカウンターで猫と遊ぶ。

天井が高く、天窓がある。リビングも広く、キッチンもダイニングも広く、裏庭がある夢のような3ベッドルームの平屋。しかも、華美でなくすっきりしていて、機能的な大きなキャビンがモダンになったような家だ。

「こんな素敵な家、どうやってみつけたの?」
「それはね、チェイニーの彼女がこの近くに住んでいて、たまたま”レント;貸します”という看板をみて、すぐに電話してきてくれたのよ」

「あら!またチェイニーの彼女!すると、彼女はこの家のラッキーガールなのね!」
と言うと

「ほんとにそうね。ただひとつ。二人の男性とつきあってるのさえ除けば。。。」

・・・ え ゞ ? ? ?

・・・ は ? ? ?

  ***

「それぞれの愛のカタチがあるんだと思うの。だからジャッジする事じゃないと思うのよ。
チェイニーが彼女と初めて出逢ったとき、彼女は他のボーイフレンドとつきあってたんだけど、チェイニーの事が気に入っちゃったのね。まるで私とテッドみたい。で、そのボーイフレンドに『チェイニーを好きになっちゃった』って告げたらしいの。そしたらボーイフレンドが『じゃあ、僕の他に、チェイニーともつきあえばいいじゃないか』と言ったのよ」

う、うひょ〜〜〜〜〜っ!?

すすんでるんだ、インディゴチルドレンの世代は、、、

いや、もしかしたら、インディゴ云々より、ヒッピーの継母のほうがすすんでいるのか?

「前はね、彼女はその彼氏と週に5日居て、週末、彼がでかけた時にだけチェイニーが訪ねて行ってたの。だけど、その彼、別な恋人に夢中になってきて、家から出ていっちゃったの。まだ彼は彼女とも付き合いは続いてるんだけど、とにかく私たちはチェイニーに ”ほら、今度はあなたの番よ!さっさと彼女の家に転がり込みなさい”ってハッパかけちゃったのよ」

すすんだ親だと思う。

「その彼も二人の女性とつきあってるんだね。どういう人なんだろうね?」と言ったら
「あら、彼のもう一人の恋人は、男性よ」

「は?」

「彼はバイセクシャルだから」

朝の10時すぎにコーヒー飲みながらこういう話をするのは、案外シュールだった。
自分の予想を超えた答えが来ると、心臓が案外バクバクするものだと言う事を知った。

今後、男性、女性、というくくりは少なくなって行くのだろう。そして「〜〜でなくてはならない」事は少なくなって行き、流れのままに動くと、こういう事も多くなるのかもしれない、と思った。

折しも、私が参加したワークショップは
「God, Sex and The Body」

カラダというカタチには男と女があるけれども、
”神である自分=自分の神性”は、
性別を超えたところにある。
「男」というカテゴリーも「女」というカテゴリーも、単なるアーキタイプだ。

それぞれの愛のカタチ 1)

「アンは最高にいかしたヒッピーガールだったんだ」
夫は、ワシントン州オリンピアに住む姉、アンの事を話す時、いつもそういいながら嬉しそうにする。姉、アンは、ポートランド、オリンピアと、ヒッピーのメッカにばかり住んでいるんだ、と笑う。

オリンピアでのファイブリズム(R)ダンスのワークショップに急遽参加する事が決まった私に、正月にもかかわらず、アンは快く宿を提供してくれた。

「私も昔、オレゴンのポートランドでファイブリズムをやっていたのよ」
もう、この言葉を聞いただけでアンは「My People(私の仲間)」であり、いらない社交辞令は必要ナシとなった。

ワークショップの時に消化しやすいように、いったその日に大鍋にスープを作ってくれ、野菜のヘタなどはコンポストにして、裏庭の畑へ埋め「ミミズがちゃんと出てきてるからほら、鳥がいっぱい来るでしょう?」と笑った。

彼女はスープのみならず、青汁系プロテインを水筒に詰めてくれたり、バスの時間のチェックから遅い時間の送り迎えまで、まるでステージママのごとく色々とやってくれた。

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とある朝、私が10時ごろキッチンに出て行くと、アンの夫、テッドが料理をしていた。
「君はスープを食べなさい。僕はアンにランチを作るから。アンが君を乗っけて行く時に食べやすいようにエッグ・マフィンを作ってる」

大きなテッドが持った1つの卵用の小さなフライパンはまるでオモチャに見えた。丁寧に丁寧に愛情をそそぎ、そのフライパンにバターをころがす姿をカウンター越しに見ている時間が大切に思えた。

「テッド、自分のぶんは?」
「僕は別なものを食べるからいいのさ」
「そうやっていつも、アンの食事をつくるの?アンだけのために?」
「そうだよ。愛する人のために作るのは、とても楽しいものさ」

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アンとテッドは2011年の10月に結婚した。
57歳同士の再婚だ。

卵とバターの匂いが立ちこめてくる中、テッドはこう言った。

「僕とアンは、もう30年も知ってるんだよ。君も聞いたかもしれないけれども、僕がアンにはじめてあったとき、お互い一目で恋に落ちた。だけどその時、アンは僕の親友、ジムとつきあってたのさ。僕たちは一緒に同じバーで、バーテンダーとして働いてたんだ。アンと出逢った時、彼女はすでに親友の恋人だったんだよ」

そして、テッドはあきらめるためにすぐに他に彼女を作って結婚し、二人の子供を作った。それはアンがジムに自分の気持ちを話そうかと思っていた矢先だったのだそうだ。
アンもジムと子供を作り、ふた家族は友達として仲良くしていた。

が、テッドの妻は、幼い息子二人をおいて、ガンを患い、たった30歳で帰らぬ人となった。

親友ジムはテッドを心配し、男達は一緒に飲みに、一緒にフットボールにでかけ、両方の子供達は、アンが家で面倒を見ている日々が続いたのだそうだ。

お互い、隠しきれない情熱を持っていたのをジムが気付いたのか、そのうちジムはドラッグに走り、家庭は半崩壊し、アンがこれ以上一緒に住めない、と言うと、ジムは家を出て行った。

その数週間後、テッドがアンに電話をかけた
「アン、だいじょうぶかい?」

それが全てだった。

もう、誰もとめられなかったのだそうだ。

長い長い道のり。

ドラッグをやめて戻って来ようと努力したジムは可哀想だったと思うけれども、人には役割がある。
ジムという美しい人の遺伝子を持って産まれたデイビッド。
30歳でなくなったテッドの奥さんは、二人の息子を残す必要があったと思う。

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「ぼくたちはね、本当にお互いが大好きなんだよ」といいながら
マフィンをやいて、大事そうにワックスペーパーに包み、愛おしそうにマフィンを持ち上げ、オーブンのなかで冷めないように、暖めているテッドが私の目の前にいる。
なんて暖かい風景なんだろう?

朝のシャワーを終えて、髪をふきながら出てきたアンは、
「私たちはずっと子供達が大きくなるのを待っていたのよ。傷つけたくなかったから。そして、去年の夏、子供達に話したら、皆が喜んでくれたの。だから結婚したのよ」
といいながら、テッドにマフィンのお礼のキスをした。

私も、あの時に離婚してアメリカへ来なかったら、
こんな光景は目にしていないだろう。

肝心なトムをロサンゼルスで留守番させて、トムの姉の家にいる。
そこで、姉の30年の恋の実りを見ている。

人生って不思議だ。