自分のためのエサレン

実はまた、エサレンへ行っていた。
10月からロサンゼルスのクラスをおやすみしている間に、普段自分が受けたくても受けられないワークショップをいっぱい受けたい、というのがそもそもの考えだった。
 


 
今回は5リズムじゃなく、
ソウルモーションとコンティニウム。
 
ともにロサンゼルスでも、たまに受けてるけども、
私が一番受けたかった先生スーザン(世界ツアーがメイン)が
私の最初の頃の先生マイケルとコラボをするということで、
申し込んでみたものの、SOLD OUT.
 
なんだか「いけない気」がしなかった。
絶対に私はそこにいるのだ、と
信じているのではなく「知っていた」
 
そのワークショップに友人がアシスタントで入るというので
本当に満員なの?とテキストで聞いてみた。
 
ちょうど私がテキストをしたとき、エサレンのための
スカイプ・ミーティングをしていたのだそうだ。
 
すると先生の一人が
「そういえばもう一人のアシスタントが急遽こられなくなったらしいから、
マサヨはアシスタント興味あるかしら?すぐに聞いてみなさい」
 
そんなミラクルが起こって。。。
 
そう、私はまるまる1週間のエサレンでの
ソウルモーション&コンティニウムのワークショップが実現した。
 
===
 
似たようなムーブメントで、アプローチの違う方法をしっかりと学ぶ。
それは、とても濃い時間で、
私に足りないものが、
私が待てなかった時間が、
私には許せなかった空間が、
そこにはあって、
それらを優しく包んで溶かしていく。
 
自分が慣れ親しんだものからは学びにくい、
いわゆる「隣の坊主」から学ぶ、ってヤツなんだけど、
本当にしっとりと、染みて行った。
 
 
ワークショップの中で、マイケルが
 
「僕の先生はガブリエルロスだ。彼女が僕の恩人だ。
 ガブリエルは、ここ、エサレンで5リズムを作った人だ。
 ソウルモーションは5リズムから派生し、
 今、僕はソウルモーションをやってるけど、
 それぞれにムーブメントの派は違っても、
 アプローチが違うだけで、どれも素晴らしい。
 いろんなムーブメントのことを今から話すけど
 マサヨには5リズムの説明をしてもらう」
と言った。
 
私は5リズムの説明をし(大好評だった)、
自分とソウルモーション、コンティニウムとの関わりを話し、
私らしく、存在した。
 
 
終わってみると、
やっぱり私は5リズムが好きで好きでたまらず、
だけど、5リズムを大変だと思っている人に
少しだけ違うオプションを提供することができるかもしれないことを学んだ。
 
そして、
私の一番最初に5リズムをやったときの先生たちは
ルシアとエレン・ワトソンなのだが、
そのエレン(スピリット・ソウル・ダンス・シンギング主催)がなんと
エサレンにいた!
 
超ひさしぶりの再開。
「あれから何年になるのかしら?」
「2009年だからほぼ10年です!」
と、ハグをしあった。
 
ルシアが今月子供を生む。
それまでに話すべきことは電話でたくさん話した。
先月はダヴィダのアシスタントをした。

そして最初のLAでの先生マイケルとスーザンのアシスタントをエサレンでさせてもらい、そのエサレンのロッジで、久しぶりにエレンに会った。
なんか、同窓会みたいだ。
初めの頃の恩師のオンパレードだ。
 
 
 
私は、これをするために生まれてきた。
私は、真剣に遊ぶために生まれてきた。
その中には、体の知恵と、アートと、喜びと、可能性があるのだ。
それを伝えるために生まれてきた。
 
本当にそう思う。
 
 
音楽も、もっともっとやればいい。
アートも、もっともっとやればいい。
全ては生き方の反映だから、
音楽とか、アートとか、写真とか、ダンスとか
分けてる方が変なのだ。
 
しかも、必要以上にそれらの教育は受けてきているし
ありえないほどの天性の耳をもらって生まれている。
 
統合した全てが私だ。
 
恥じることなく(no shame)
恥ずかしがることなく(no hesitation)
それらを出していこう。
 
それが私がこの世の中に対してできる奉仕(service)だ。
 
そう思った。
 
====
 
そして、今回、
80代の人が3人、
70代の人が5人もいたのだが、
みなさん、すばらしい踊り手だった。
 
「私は年をとることが怖い」と言ったら
「あら、アタシもよ。一生なくなりはしないわ」
と笑いながら、しなやかに生きているその背中を見せてもらい、
すばらしい見本が目の前を歩いてくれていることに感謝しかなかった。
 
その中の一人は
「60年代にね、エサレンにいたとき、
私はガブリエルとルームメートだったのよ」とか
 
今、訳しているガブリエルの本の世界が
色鮮やかに動き出し、
 
心が動いて動いて、しょうがなかった。
 
私は、恵まれている。
 
 
私の中に宇宙がある。
私は自分の宇宙を生きればいい。

I don’t know の強さ

コンティニウムというソーマティックメソッドの集中ワークショップへ行ってきた。

体を1ミリ間隔(本当はもっと細かくスムーズに)で動かして、
体の中全体を感じていくというような
「マイクロムーブメント」の練習。

この1ミリづつ動くのを6時間やるワケ。

寝転んで、足が外側へ開くのに片足で20分とか、そういう世界。
もう、コレはすごい体の中の発見があるワケね。

だけど、そんなにコンティニウム歴も長くないから、
まず、いろんなことに気づくワケ。

「あ!1ミリづつ動かすのにカタカタしてる」
とか、
「すごい!頭と足と、こうやって繋がってるんだ」
とか。

まあ、無事6時間のワークショップを受け終え、
最後にシェアリングで、自分がどう思ったか、どう感じたかを
言うんだけども、、、

大概こういうとき、アメリカ人は
美しくまとめる。

私だって難しい言葉を巧みに操れたら、
いろいろな言葉で説明できるのに。。。

私の前の人は素晴らしい自己開示をし
とてもエモーショナルになり、
皆の涙を誘った。

そして、私の番が来た。
私が最後だった。

私はまず、
「I don’t know の嵐だった」

と言った。

前の人も正直に言ったことだし、
私はワカラナイことをわかるふりするのは嫌だったので
とにかく、わからなかったことを羅列した。

・自分の体がわからなかったこと、
・自分が体の中にいるのかどうかもわからなかったこと、
・自分の体が床についてるのか、宙に浮いているのかわからなかったこと、
・体って何?魂って何?みたいな、存在そのものへの定義がわからなかったこと、

この辺までの私は、ある種、哲学的だった。
そして、そのあとも続いた。

・足と頭が繋がってるが、皆同じように感じているのかどうかがわからなかったこと、
・足を動かす時の、時間の配分がそれでいいのかどうかわからなかったこと、
・足を動かす時に1ミリ刻みにカタカタ言う私の体は正常なのかどうか、わからなかったこと、
・片足動かすのに20分も私の人生の中で使っていいのかどうか、わからなかったこと、

このあたりから、少し皆が微笑み始めて、クスクス笑い始めた。

・トイレ行きたいけど、今行っていいかどうか、わからなかったこと、
・お腹すいたけど、今立ち上がっていいのか?今食いに行っていいのか?わからなかったこと、
・世の中に人の許可を得ないとできないことあるのか?とわからなかったこと、

路線が少しズレてきたが、止まらなかった。

・声を出すときに、キイがあってるのかどうか、わからなかったこと、
・一人、並外れてキイが違ったんだけど、それでいいのか、わからなかったこと、
・ハモりたい衝動に駆られたんだけど、ハモっていいのか、わからなかったこと、
・先生に聞こうかと思ったけど、先生も一緒にワークしてるし、聞くタイミングがわからなかったこと、
・しかも先生を見たら白目むいてウーとか唸っていて、余計に聞いていいかどうかわからなかったこと、

・こんなに長くやって、誰も途中で飽きないのかなーとか、面白いのかどうかわからなかったこと、

・途中、他の人のイビキが聞こえてきて「マジかよ」と思った。寝ていいのかわからなかったこと、
・そのあと自分も寝ちゃった。自分もイビキをかいてしまったか、わからなかったこと、
・しかも、自分がどれくらい寝てたのかもわからなかったこと、
・いつ起きたのかもわからなかったこと、

私はなぜこんなにスラスラでてくるのだろうというくらい流暢にこれらを日本語なまりの英語で話した。

この間10分近く、
クラス中、途中から爆笑の渦に包まれ、
先生も、私の前に涙ながらのシェアリングした人も、
涙を流しながら腹を抱えて笑っていた。
まるでトークショーを見てるみたい、と。

「あなた素直だわー。
 I don’t knowって本当にパワフルね。
 そう、私たちは本来、I dont knowの世界に生きている。
 だって、1秒先は何が起こるかわからない未来。
 なのに解ろう、解ろうとする。

 I don’t knowって言えることは強い。
 いつもI don’t knowの世界に意識的に居たいわね。

 あなたのこの話、ビデオにとっときたかったわ〜
 こんなにワークショップで笑ったの、初めて!」

そうなのだ。
コンティニウムというのは本来とてもエデュケーショナルなもので
皆、真剣に取り組むのに、
私も真剣に言ったつもりだったが、
全員のツボを捉えたようで、爆笑になった。

「皆がそれぞれに感じている ”本当” を、
 あなたが違う側面から暴露したから爆笑になったのよ」

と先生が付け足した。

そこでふと気づいたことがあった。

私は英語で皆を笑わせたい、という目標があった。
それ、超〜 叶った!!!

いや〜〜〜、I don’t knowは強い!

これからも 嘘偽りのない Idon’t know の精神で行こう!

コンティニウム 4) ジョジアン・コーワン

ジョジアン・コーワンは5リズムやエクスタティックダンスにもよく来ている。
60歳近い女性だが、背が高いブロンドで、いつも奇麗な布をまとっていて、布を上手に使いながら踊っている。

白い女神エナジーで、サラッとしている雰囲気の女性。

===

ジョジアンは前出のカミール・モーリン(コンティニウム2で書いている)と同じく、コンティニウムをベースとして使った、女性のためのムーブメントを展開し教えている女性。
彼女はかなりユニークなやり方をとっており、それが特徴となっている。

その特徴とは?

布。
彼女は布の人である。

スタジオに入ると、部屋中に大きな舞台装置ほどの布が張り巡らされている。
部屋へ入ったとたん、え?何するの?と思う。

彼女のワークはどこのスタジオでも出来るわけではない。吊るしたり張ったりするためには天井の高さや梁が必要。彼女はサンタモニカのコンティニウムスタジオでやっている。

天井からフライングヨガが出来るようなシルクを釣ってあったり、壁には登れるロープや蜘蛛の巣が張ってあったり、小体育室ほどの部屋の中は、大きな様々な色の布でいくつかの仕切りがされ、いくつかの世界が作られている。

その世界は、毎回テーマごとに違うが、闇、光、癒し、川、といった比喩の空間。
まるでアングラ演劇の実験室のような部屋に作られている。

その中には小道具がいっぱいあって、小道具を使ったり身にまとったりしながら、自分の中の闇や光、癒しと大きく繋がるという、演劇的実験空間を体験させ、自分自身を見つめさせる。

3時間のクラスでここまでしっかりやっているのは全米広しといえどジョジアンだけだろうと思われる。
3時間のためにこのセッティングを、はしごをのぼって自分で作りあげるのは、まさに愛としかいいようがない。しかも、布は自分が持って来る。

多くのムーブメントの先生はきっちりとオルター(自分を敬うための祭壇)を作るので、布を持っているケースも多いが、ここまでマイ布を持っているジョジアンは圧巻だ。
布の持つ揺れ、布の持つ手ざわり、これらを使って女性性を解放する練習を促している。

===

彼女の優しく的確なウォーミングアップとインストラクションの後、1時間半以上、どっぷりと、その布で作られた演劇的空間の、それぞれの世界にはまる。

布をまとったり、布に隠れたり、布から脱皮したり。
釣られたシルクの中にどっぷりと包まれ胎内にいる感覚を感じたり、
川と設定された場所で自分を洗い流す感覚を味わったり、
火と設定された真っ赤な布のある場所で棒を振り回したり、

そんな事をしているうちに隠されている感情が湧いて来る。
サディスティックだったり、悲しかったり、嬉しかったり、超越感を感じたり。

あっと言う間に1時間半以上たってしまう。

いわゆる、壮大な「ごっこ遊び」なのだが、
真剣にセットを使って、真剣に遊ぶ。1人で遊ぶ。自分と遊ぶ。
大人のための「ごっこ遊び」。

けっこうガーリー(女の子的)といえば、ガーリーだけれども。
小さいときは、こういう事をしていたかもしれない。
それってけっこうなセラピーとなっていたようにも思う。
また、クリエイティブなココロの促進にも。。。

彼女のガイドによる身体の微妙な動きにコネクトしつつ、かなり深い「心のワークアウト」となる。

コンティニウム 1

最近、5リズムのために、コンティニウムのクラスを受けている。

コンティニウム(コンティニュアムとも表記 continuum)は、エミリー・コンラッド(故人)が体系化した、身体の中を動かすムーブメントのメソッド。

瞑想してる時の、エクスタティックダンス(5リズムも含めた)を踊っている時の、ヨガのサバアサナのときの「トリップ感」。
あれにアプローチするのがコンティニウムなんじゃないかと想像している。

5リズムではスティルネスの時にトリップ感に大きく気づく。ソウルモーションもしかり。この時、「内側がすごく動いている」と感じる。マイクロ・ムーブメント(微小な動き)は外側に見えるのはほんの指先一つでも、中では大きく動いている。細胞が動いている。

コンティニュウムはパフォーマンスじゃない、
いわゆるダンスでもない、
結果的には瞑想だけど、いわゆる典型的な瞑想でもない、

大きく動くのではなく、内筋、インナーマッスルを、流れるように、水のように動かす。
身体は水。身体の中を液体性を動かす。

「身体を液体のように動かす」事は、5リズムでも同様。
その液体を身体の中でスムーズに流す。コンセプトは同じだが方法が違うだけ。
5リズムが「外へ」の動きなら、コンティニュウムは「中へ」の動き。

===

人はふつう大雑把に動いているため、自分の内部、細部の感覚に鈍感である。
怪我でもしなかったら気づかない感覚がいっぱいある。

例えば普段は7色くらいで動いてるとする。(TAW、一色真宇氏の表現をお借りする)
自分の身体と繋がり始めると、その7色が12色になり、24色になる。

いわゆる自分の身体の中を100色でスケッチできるようになったら、どんなに素敵だろう。。。☆

やった事がない時は、色が数色で、スケッチに例えるとすれば、身体の面取りも粗いから細部まで感じられない。

細かな感覚というのは、感じられないとつまらない。
ここを感じないと、身体があたたかくすらならないのだ。

慣れてる人はすごく内部が動くから、外から見た目には何も動いてなくても、外の動きと同じくらい身体の中が大きく動く。だから、あんまり動いてないにもかかわらず、汗だくだったり。また、実際に動いたのと同じ暗い体力を消耗する。

身体は宇宙。自分の宇宙の中に入る。

その宇宙を旅し、その宇宙を動かすのだ。

水のように、流れるように。

この感覚を5リズムの時の全てに使えたら、さらに5リズムにも深みが出ると思う。

わくわく☆