スタッカート過多

vitruvian男性性から女性性へのエネルギーに変わったと言われて久しい昨今。

2012年ごろセドナで神聖幾何学、Ayaのセミナーをに受けた時
ダヴィンチの絵をもとに
Ayaはこういった。

男性性はこの絵の中で Tに なってる。
女性性はこの絵の中で 足を開いたYに なってる。
実際にそのポーズをして、エネルギーの違いを感じてごらん?

完璧な男性性的社会であったところから女性性に移り始めたのがアセンションのさきがけであり、
それから時代はもっとしなやかに、もっとカオスに、委ねる方向へ行っているにもかかわらず
相変わらず世の中はどこかしら「やらなくちゃ!せねば」の、「ネバクチャ系」コントロール。
5リズムで言うところの、スタッカートのシャドウ。

だから「動」とともに「静」が必要であり、
しかし、動と静だけではなく
もっとジャイロ的に立体で感じてみたら
もっと縦にも横にも斜めにも広がり、
もっと面白くて楽しい、私たちは無限の空間なのだ。

意志の力はとても大事だが、
「ネバクチャ」系のガンバリになることがある。
そのあとは、ちゃんとシフトをしないと
今までの古いエネルギーのままになってしまって
体が悲鳴をあげる。壊れる。

自分が何かを成し遂げたい時はコミットメントとか覚悟が必要だ。
それはすなわち意志の力。
意志の力は間違いなく炎、Fireのエネルギーであり、
男性性である(オトコって意味じゃないよ。極としての男性性)。

その意志の力を優先すると、
やるぞ、やるぞ、やるぞ!!と
「スタッカート」の、火のパワー過多になっちゃう。
それは男性性のエネルギーであり、絶対に必要だけど、
火はイグニッションであり、
火をつけたら、次にシフトするのが万物の流れ。

火のついたところに留まると、燃え尽きてしまう。

回していこう。
勇気を持って回していこう。
 

全てはリズムの調和。
宇宙のリズムとの調和。
全てのエレメントと全てのリズムのエネルギーが
体とい宇宙の中で、バランスよく流れますように。

だから、踊りの中でそれをやる。

流す? 流さない?

最初にその事実に遭遇したのはアメリカへ来てまだそんなに経ってない2000年頃だった。

とあるイベントを見に行った時、ホテルのイベント会場のトイレに入ったら水が流れておらず、黄色い液体とトイレットペーパーが見え、嫌な思いをして次のドアを開けるとそこも水が流れていなかった。

5つトイレのあるうち、2つは誰かが入っており、結局残っている3つは全部、水が流れていなかった。
それでもレバーを下げると、水が流れるから、故障ではないらしい。

その、トイレの水も流せない集いは、バシャールの公開チャネリングセッションだった。
バシャールといえばイタコも同然、スピリチャルな集いに集まった人たちは、ドルフィン系のキラキラした出で立ちだった。

てめえら、スピリチャルなクセに、水くらい流しやがれ!!!

と、怒り心頭だった。

もし、その時に小林正観さんを知っていたら「ラッキー」と思ってトイレ掃除くらいしたことだろう。(現に正観さんを知った後は、至るスーパーや公共の場のトイレを狂ったように掃除した時期もあった)

 〜 〜 〜

2016年の今、5リズムを続けて8年になる。

一番近い場所の先生のジョー。
彼女はトイレの水を流さない。
「節水しなきゃいけないから。ここはカリフォルニアよ。ロサンゼルスは砂漠よ。サスティナブル(継続可能)なライフのためにも、たった一回のオシッコで水をあんなに流すなんてバカげてる。ウチへ来た時は、小なら流さないでね」

とても抵抗があったが、ジョーの家へ行った時は、流さないことにした。

 〜

以前、在米北海道人ミチヨと一緒にセドナへ行った時、5人でスイートの一部屋に泊まった。
「ミチヨは夜中にトイレに何度も行っちゃうかもしれないけどさ、水を流す音が聞こえると迷惑だから、流さないから。ね?わかるっしょ?」
というので
「いいよ、流しなよ」
と言っても
「いや。いいのさ。ミチヨは流さないのさ」

 〜

ヒッピーの聖地、トパンガのお家で水洗トイレの場合、二回に一回の割合で流れてない。
もちろん、大の場合に流れてないということに出会ったことはまだない。
が、トパンガのクラスでの公衆トイレも、キレイなのに2〜3回に1回の割合で流れてない。
ヒッピー的には、サスティナブルなライフを目指しているので、そうなんだろう。。。

 〜

5リズムの先生、ルシアと大阪で一緒の部屋に泊まった時、夜中にルシアがトイレに行った形跡があったが、やっぱり流れてなかった。ミチヨ的な音の迷惑なのか、ジョー的なサスティナブルなものなのか、わからないが、流れていなかった。

 〜

ダンスのクラスでは、誰かの後にトイレへ入ると、大概流れてない。

ダンスの友達の家では3件に1件の割合で流れてない。

どうやら、わざと流してないっぽい。

 〜

でも本当のことを言うと、節水が心配なら、個人宅の努力はもとより、自動で流れる空港のトイレやハイウエイのインターのトイレとかを自動じゃなくすればいいのにね。

 〜 〜 〜

で、最近の私は。。。

ミチヨに習ったのか、
夜中のトイレは小ならば流さない。だって下の階に響くもん。

そして異様にオシッコが近い私は、昼間でも自分だけの時は
2度までは流さない。

習慣ってすごいなあ〜〜
(と、感心している 笑)

 〜 〜 〜

で、何が言いたかったのかというと
物事は同じ一つの出来事でも
怒ったり、同意したり、考え方一つで全く正反対に変わるのね、ってコトよ。

だって、水のことだけ考えたらそりゃ流さないほうがエコだけど、気的に考えると、汚物がそのまま放置されているというのはありえないしね。

だから、悪い=いい
は、コインの裏表。
両方同時に存在するのね、ってコト。

線じゃなく球

私はイメージでしか言えない。

だけど、物事を球でとらえる。
線じゃない。

線は面倒臭い。
線はかっこいいけど、線は線。

物事は球なのだ。

マンダラ。
マンダラは二次元の平たい絵だが、
本当は3次元の球を切り取った部分を絵にしている。

セドナの、神聖幾何学のAya や
フラワーオブライフの著者、ドランヴァロメルキゼデク氏の
プライベートワークショップを受けた時も

二人とも当たり前のように
マンダラは3次元の「球」だと言っていたのを聞いてホっとし、
自分の感覚を信じててよかった、と思った。

と、「誰々を知っている」系をさりげなさそうに
にエラそうに語るワタシ。
こういうとこがヤよね〜。

という自分のイヤなところカミングアウトはさておき、

結局のところ、球はエネルギーを表し、
線は結果を表している。

いずれにせよ、線であれ球であれ、

本来物事には
「事実」しかない。

例えば、

事故にあった

という事実があるとする。

それは「事故にあった」
という事実があるだけであり

” 事故自体に良い悪いはない ”

ここがポイント。

線で考えると事故を「遅れた」とか「せっかく進んでたのに3歩下がった」
と悪者にする時がある。

球で考えるというのは

私の勝手な球の理論なんだけど
(そういうイメージが自分の中で染み付いてるだけなので科学的根拠は何もナイ)

イメージで言います。

透明なサッカーボールがあって
その中にまた小さい透明なサッカーボールがあって
その中も、その中もロシアのマショーリカみたいにサッカーボールがあって

そのボールを手にとってアッチを見てみると
実は透けて見える場所がいっぱいある。

そのサッカーボールの辺という辺には
透明なゴムが貼られており、
その中をトランポリンみたいに行ったり来たりする。

例えば、事故が起こったとする。

それによってポンと小さなトランポリンから跳ね返され、
サッカーボールないをピンボールみたいに色々動いて
違うところに来たら
違うところで新たな偶然があって
「あらー、事故がなかったらここであなたと会ってなかったわねえ」
というような出会いが数十キロ先のスーパーであったりするわけで。。。

って、わかんねーよなー。

こんな私の脳内説明(笑)

とりあえず、自分のためのメモということで。

ペイ・フォワード セドナ編

行ってきました。久しぶりのセドナ。
1年ちょっとぶり、かな?

相変わらずパワフルで、強烈なデトックス効果を発揮。

セドナがパワースポットというよりは
セドナはとても強いエネルギーで、スコンとチャクラが開く感じなので
良きも悪きも、自分がボッコボコに出て来やすい。

4泊だったのでいろいろ行ったが、
日中が50度近い暑さだったのと、
暑さにやられたのか、デトックスなのか、
強烈な下痢になり、まるまる半日、寝ていた。

さて

朝の4時起きでボイントンキャニオンへ行った時のこと。

不確かに探しながらボイントンへ着き、
声の変わり方、響き方の変わり方など、
さすが上の方のチャクラに対応してる場所だーー、などと
感動しつつ、歌を歌ったり、写真を撮りあいっこしたりして
楽しんでいると

白人の4人組がやってきて。。。

暑いねー、という話から始まって、
なぜかオーラフォトの話になった。
「このね、うちの妻はね、オーラフォトを撮ると、
オーラの色がバイオレットとシルバーなんだよ」

おお!なんと高貴な!的にちょっぴりジェラる。

ご主人のオーラは緑で癒し系なのだそうだ。

ご主人が言うには
「うちの妻はエンジェルのような人なんだ。
なのにまたその上に、人がいると『私がシャッター押してあげましょうか』
って、言うんだよ。
ペイフォワードで人の写真を撮ってあげてるから、
どんなハイキングをしても、倍の時間がかかるんだよ」

と笑った。

「あら!私もいつも、”撮りましょうか?”って聞くわ。
そっか、それ、ペイフォワードなんだ!」

ペイフォワード:(先払い)
先にいいことをしておくこと。めぐりめぐって自分に返ってくる。
もしくは、自分がしてもらった事を別の人、別のシチュエーションで返す。
カルマの解消にいいとされている。

その後、山のてっぺんで、朝の6時に5リズムのことで盛り上がり、
今後も人の写真を「写しましょうか?」って言おうね、と約束し
なんだか、とても心地よく、気が合う人が見つかった感じがした。

出会いはどこにでもあるもんだなあ〜〜。

写真はセドナ:

セドナより

いろんな事が起こる場所、セドナにいます。

例えば富士山は、外から見るもの、とすると、
セドナは、その景色の中に入る、そんな感じの場所。

エネルギー的には、ネガティブポジティブどちらでも、自分の持っているものを増長させるもの、だそうです。
あらゆる意味で試される。

何度来ても、何度来ても、おもしろい場所。

私は見られなかったけれども、今朝も、すごい雲が出たそう。

書きたい事はいっぱいあるけれども、着々と、あまりにはっきりと物事がカンカンと音をたてるように変わって行くので、記述が追いついて行かない(笑)

また、まとまったら書きますね。

真ん中が抜けていると、、、

真ん中が抜けている人がいる。

たとえば、
明日の事を考えるのに、今日一日を使っちゃう人。

今、ここにいる ここ、とか 今 とかを
おざなりにする人の事を言っているのだ。

ヨガで、我が師、ブライアンケスト(ちなみにpoweryoga.com )は言う。

「この筋肉を伸ばしている時に、今晩の晩ご飯、何作ろうかしら?と考えている君、君はヨガをしているのではない、クッキングをしているのだ。この筋を伸ばしている時、あら、前の人のヨガウエア素敵だわ、ルルレモンかしら?明日通る時に見てみよう、と思っている君、君は今ヨガをしているのではない、ショッピングをしているのだ。伸ばすべき筋にアテンションしてない。あなたのマインドはどこかへ飛んでいる。」

大笑いしながら激しく同意した。

同じ事が至る局面で言える。

たとえばテキストメッセージ。
テキストメッセージとは便利な世の中になったものだ。
いつでもつかまえられるし、渋滞とか赤信号とかで、ちゃちゃちゃ、とチェックできるし(ホントはダメ)、あれがあるおかげでどんなに便利で楽しく、住所など口頭で無理な事が確認できるだろうか。

だが、映画館で、ずーーーっとテキストしてるバカがいた。
あげくの果てに、あんまりちゃんと見てないからもう一度見たいわ、と言う。

また、私と一緒にいるときに、ずーーーっとテキストをしている別の友がいた。
大事な用事なんだと思って放っておいた。

その友にしょ〜もないテキストを送った時、速攻で返事が来て、「今、友達と食事中よ。これ、食べて、これ食べたの。なかなか美味しいわ」などと言い、会話をどんどんフって来る。

おい、待て。
という事は、私と一緒にいるときのテキストも、そういう事なのか?

Aさんといるとき、Bさんとテキストをし、BさんといるときにAさんとテキストをする。じゃあ、Aさんといる時に、ストレートにAさんと話せばいいじゃないか?
矢印が、目の前(たとえば自分)ではなく、いつも別な方向へ行っている。
いつも、別な所と繋がっていて、あげくの果てに
「ああ〜、人生ってつまんないわね〜」

つまんないのは、
今、この瞬間を、この空間を、大切にしてないからじゃないか?
図で表すと、いつも円周を回って向こう岸ばっかり見ていて、
真ん中の円が埋まっていないからじゃないのか?

また、付け加えるに、写真!
デジカメになってから、いくらとってもランニングコストが安いからやたら多くなったのがコレ。

私も写真を職業柄撮るし、写真が好きだから、気持ちはよくわかるが、セドナなどの観光地へいって、その場の空気に触れずに、気が狂ったように写真ばっかり撮っていると、「写真を撮る」という今この瞬間は得られても、「セドナを楽しむ、感じる、吸い込む」ことを忘れて、ただ、記録して、家に戻ってきた時に写真を見てセドナを思い起こして、自分の脳内でもう一度組み立てているだけのような気がする。

私も、その昔、旅行へ行くのに、パスポートにスタンプを押してもらう事が一番誇らしく、それを自慢げに友達に見せた。そのために旅行をした若かりし頃もあった。

そして、現地へ行くと、まずお土産を探し、それでツアー日程が終わってしまう事もあった。何しに旅行に来たんだ。。。

だから、本当は他人の事は言えないんだが、。

これら全部、ぜ〜〜んぶ、
「本末転倒」と言う。

そしてこれらを繰り返していると、、、

著しく、空しい。

イコール、

自分を愛せない。

自分の愛し方が解らない、という人をよーく観察してみると、
大概は、「真ん中が抜けている」

多分、コレほんと。

アセンションって結局のところ

ウエストハリウッドへ引っ越して一年半。
ここのご近所は、世界屈指のジェンダー(性別)のない世界。
そう、男も女も関係ない、魂そのままで生きている人たちが多く住む場所。世間一般にはゲイ・タウンとも言う。

みんな、キラキラしてる。光の粉が溢れてくるような表情をしている。
楽しんで生きている。お友達も出来た。

11月、日本から友人、由紀子ちゃんの「地球人のための〜」のツアーの方々が来て、ワークショップのコーディネートとアテンドをした。

アタシん家でバシャールのグループセッションをやった。
それからセドナへ行って、神聖幾何学のセミナーも受けたし、ボルテックスへも行き、瞑想もし、スエットロッジだってして、スピリチャルてんこもりだった。

その中でいっこだけ、通常のスピリチャルのツアーでは絶対に入れない事をした。
バシャール後、ごはんを食べてから、誰かがどこか、クラブへでも行きたい、と言い出したので、この落差もな〜、と思いつつ、ちょっと刺激が強すぎるかな〜、とも思いつつ、思い切って皆さんを ゲイクラブ「M」へお連れした。

チップの1ドルの挟み方からはじまって、皆さんに遊び方を少しだけ覚えていただいた。
目を白黒させている人もいた。が、数時間いるうちに、皆さんも慣れてきて、楽しかった模様。

さて、セドナで最終日、皆で集まって感想を言い合った。

「バシャールもよかったし、神聖幾何学もよかったんですが、一番感動したのは、ゲイクラブでした。ああいうふうに皆さんがキラキラ生きていて、スピリチャル云々言うまでもなく、実は、あれこそが愛そのものだと思いました。自分たちが普段とらわれている色んな方面でのワクだとか、そいういうものに気付かされたような感じがして、すごく感動しました」
と、参加者のNちゃんが涙まじりで言った。

うん。そうなんだよ、、、
彼らは、会話の中で、愛とか光とかエンジェルとか あまり言わない。
だって、自分達が愛そのもので、愛に生きてるから言葉に出して言う必要もない。
自分達がエンジェルなんだから、言う必要もない。
ただ、一生懸命遊ぶ。一生懸命、生きる。
愛も、泥沼も、悲しみも、楽しさも、全部背負って。。。一生懸命生きる。

ようこそ、光のフォトンベルトへ。(笑)

結局、アセンションなんて、そういうコトかもしれない。

ありがとうをマントラのように唱えていても、額にシワよって言ってたらウソ丸出し。
そんな他力本願じゃ効果が減少。
本気で笑って本気で泣いて、汗出して、身体で感じる。

上へ上へ(精神へ、エーテルへ)、と行きたかったら、上ばっかり見て背伸びで終わるより、
ちゃんと下へしゃがん(地に足つけて、身体を使って)で、ジャンプしたほうがいい。

奇しくも、
バシャールも
神聖幾何学のアヤも
スエットロッジのシャイナも

みんな、言った事は同じだった。
「まずはグラウンディングして、自分をセンタリングし
 自己統合をすること。
 全てはそこからだ」

と。

地球とつながり、天にのびろ。

私はこういう勘にかけては、人一倍早い。
もう、実はスピっている場合ではない。
と、マジで思う。

でも媒体は何故か、遅いんだよなー、そういう感覚が。。。
ま、いっか。

『遊べ! 遊べ!
 地球というステージで、身体を使って もっと遊べ!』

そう言われているような気がする。

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on my American Bday…..
thank you everybody. love you all.

自己統合 まずは自分を満たす

Happy Thanksgiving!

ゆっくりな時間が流れるLAライフの中、この11月はハードに動かせていただいた。通訳とか、旅(セッション)のコーディネイトとか、なんだか、秋からそういう流れになっていて、やたらセッションとかワークショップにスタッフとして参加させていただきまくっている。

たくさんのたくさんの学びがあり、まったりとそれらの経験を見返している。

ーーーー

エサレンでのワークショップで、半日だけ、エサレンマッサージの手ほどきをうけた。
その時にルシア(5リズムの創始者:ガブリエル・ロスの義理娘で、エサレン創立時のメンバーの1人、ペギーの娘)が言った言葉からはじまった。

「いいこと?マッサージをするという事は、人のエネルギーフィールドに入って行くという事。相手と同調する前に、”まず、自分自身と統合して、自分と繋がって、自分をセンタリングして”。それをしてはじめて、人と同調する事ができるの。片手をハートに、片手をお腹に、自分の身体をしっかりと感じて、自分を満たしてから、人の中に入っていきましょう」

ほう。。。

ダンスの時も言っていた。
「自分を満たす。自分と統合する。本当の自分になる。そうしたら簡単に人とハートが繋がる」
自分の感覚を大事にして、「他人のためでなく」自分のために踊る時、人のエネルギーを一番感じられるようになる。

パラドックスだけど、何事にもソレが言える。

ーーー

ドンミゲルルイス氏に あわせていただいた。長〜〜いハグをしていただいた。
愛、愛、愛の人。
からっぽの心や、かたくなな心、傷ついた心には、この人の愛はすごく染み渡るだろう。

私は、ハグされている間、楽しかった。そして、ミゲル氏との間で、二人の愛を循環させようと思った。

「私たちは一滴の水です。湖の水も、大海の水も、皆おなじ、一滴の水から出来ています。
 だから、私たち一滴の水たちは、大海の水と同じである事を覚えておいてください。
 私たち、ひとりひとり、ひとつぶひとつぶが完璧である、
 ひとつぶひとつぶが愛に満ちあふれているという事。
 そうしたら、池の水も、大海の水も、どこの水とも同じであり、
 繋がっているという事がわかります」

おお、自己統合! マクロとミクロ、、、

ーーー

バシャールのグループセッションでも、、、

バシャールも同じように言った。
自己統合をする事。自分を愛する事。自分にうそのない事。そうするとスピードが早い。
「本当に楽しいと思って本当に楽しい事を発すると、本当に楽しい事がやってきますが、
 本当に楽しくないのに、楽しいとウソをついて言葉に出しても、
 楽しい現実はやってこないこの論理、わかりますか?」
と、バシャールらしい口調でまくしたてた。

では、本当に楽しくなりたいのに、楽しくなれない場合はどうしたらいいですか?
の問いに
「何が楽しくさせないか、その恐怖を見てみなさい。
 楽しくない場合、嫌な事を見てみるのも大事。
 いやだという感情は、あなたの恐怖を教えて、あなたを守ってくれていますからね。
 その恐怖を知り、それらをクリアしたら、簡単に楽しくなる。まずは自分。自己統合です」と。

「ファースト、 インッテ〜グレイト ユアセルッフ」というバシャールの口調が耳に残っている。
そして、それから 愛へ。

ーーーーー

セドナではAYAの神聖幾何学のレクチャー。

グラウンディングしている事がいかに大事か、マザーアースのど真ん中に、足から自分を繋げていき、頭は天に。黄金比率などを学びながら、上へ、上へだけ行くのではなく、しっかりと根を張っている事。
「まずは自分としっかり繋がって、センタリングして、そしたら、次に人と繋がる事ができます」

ああ、ルシアもいってたっけなあ、バシャールもいってたっけなあー

また、陰と陽の統合でもあり、○と|の統合でもある、”ファイ∅” でもある、と。
私が昔歌っていたユニットが ルナティック ファイ(∅)というので、ひさしぶりにファイを見るなんて、と少し嬉しかったりもした。

AYAもまた、愛、愛、愛の人。

ーーー

日程も短かったので、ボルテックスなどをチラっとカスった後、スエットロッジへ。

地面に描かれていた文字は無限大のインフィニティ ∞ (←8の横になったバージョンね)

まずはグラウンディング、そして自己センタリング。
そうすると初めて外と繋がる、と。
自己統合、内部統合の後、外と繋がる。
それらは永遠に続くから、インフィニティを選んだ、とスエットロッジをやってくれたシャイナが言っていた。

ーーー

まあ、人というのはえてして自分に必要な部分だけを吸い取るので、私の仮題がそういう事だったから、全ての人がいっていた中で、ソコに反応しただけかもしれないが、これだけの人が「自己統合」を言うのは、オモシロイなと。

自分が寂しいから人の面倒をみたり、自分を満たす事のかわりに、他人の世話をするタイプとか、
他人の事で忙しい忙しいといって、自分がぽっかり空っぽになっちゃうタイプとか、
自分にヒーリングが必要だからヒーラーになっちゃうタイプとか、

まあ、どれも多かれ少なかれ、私にも当てはまるんですが、

約20日以上にわたる「人と一緒」の時間が終わり、やっと1人になり、
「ああ〜〜、自分を満たす時間〜〜〜」と、今、まったりとシアワセ。

===

「センタリングして自分と繋がる」をビジュアルでたとえるならクリスマスの電飾のようなモノかもしれない。
自分の電球が切れてるのに、皆とつながっても光らない。まず、自分の電球のタマ、チェックしましょうって事なのかもしれないな、なんて。

ああ、モノのたとえにクリスマスが出てきちゃう季節になっちまいました。
え?もう? みたいな。景色的にも時間的にも、季節感全然ないんですけれども、、、(笑)

Sedona1: Spirit tour

友人夫妻に誘われていったセドナ。US AirwaysにてPhoenix 空港への到着は朝。レンタカーをし、セドナの街まで2時間のドライブ。

セドナがはじめての友人達は「どこがセドナなの?」とずっと言っていたが、最後の数分で突然現れたセドナに驚いていた。あの真っ赤な土の山々に急に囲まれると不思議な感覚になる。まるで自分が海の底にでもいるような感覚。

一日目はチャペルへ行き、チャペル前の赤い岩の盆に入ったようなボルテックス感覚に酔う。そして二日目は、メインイベント。友人のIRU(イル グラハム)ちゃんがスピリットツアーガイドをしている ので、今回もイルちゃんに電話して頼む。彼女のツアーは激しい。彼女がやらせるのではなく、グレートスピリット(創造主とか)とコンタクトして、そこから、このツアーメンバーだとどこのエネルギーが必要、とメッセージが入るのだそうだ。

私は過去に彼女のツアーにて3回も4回も、えらく急勾配な無茶な場所に連れていかれているので、そのたびに「もう絶対に頼まないから!」と怒るのだが、半年もたつと忘れ、あの上からみた何とも言えぬ光景とか、エネルギーが喜ぶ様子だとか、いいところだけを思い出して、まんまとまたお願いしてしまうのだった。

今回はキャセドラルロック。

それを告げられた時にはふざけているのかと思った。なぜなら足の悪い私だけでなく、ともこダイスケ夫妻の2歳のベイビーも一緒だから。ところがイルちゃん本人も「何度もスピリットに聞き直したのよ。2歳の子供と雅代ちゃんも一緒なんですが、本当ですか?って。だけど、だからこそそこが必要。大丈夫だから。って出て来るの」との事で、上る。上る。のぼる。。。

2歳児はぐっすり眠っており、それをパパ・ダイスケがだっこしてのぼる。それはほぼ崖であり、滑り台である場所を、子供を抱きかかえて登る父。その姿は勇ましかった。感動した。ベイビーが目を覚ましたのは7合目くらいの山の上。そこからベイビーはトコトコ上り始める。行き交う人が驚く。イルちゃんも2歳児は過去最高記録だと言う。私は「まだなの?」と、文句を言いながら怒りながら上る。が、高所恐怖症の人は絶対に無理と思われるような頂上(ハイキングで行ける意味)へ上がると、やっぱり来てよかったと思う。そこで「翼を下さい」を歌った。まるで歌の奉納みたいに一生懸命歌った。

また、その近辺のポイントとして、女性性のポイントがあり、見事に陰部と臀部を現していた。そこでもお祈りをして。。。

さまざまな瞑想ポイントで瞑想をしたり、ネイティブアメリカンのレクチャーを受けたりしつつ、降りる時は滑り台のように、全て腰をつきながらズリ降りて来る。気がつけばハイキングパンツに穴が空いていたが(笑)あいかわらずとても内容の濃いツアーだった。

やっぱり今回もキツかったので「もうイルちゃんのツアーは絶対参加しないっ!」と怒りながら、半年も経つとまた他の人に「イルちゃんにスピリットツアーやってもらうのとやってもらわないのと、セドナの楽しみ方が3倍違うよ〜!」などと勧めて、自分も参加してしまうのだろう。どマゾかもしれなくても、本当にイイのだ。半年に一度くらいチャレンジするのはイイ事なのだ。

イルちゃんにツアーを頼みたい方はコチラから。http://sedonadolphins.com/

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my friend Tomoko & Dai couple with their 2 yr old baby asked me to come Sedona with them.  we were flying to Phoenix and rent a car at the Airport and drove to Sedona. Sedona is always suddenly appear in the end of the driving.

we visited to the holly chapel srounded by Red Rocks Bowl. this is one of the Vortex point. and the day 2, we asked IRU to give us Spirit Tour which is by her channeling, decided to where we have to go with this member. anyway, we didn’t expected so hard place because not only me who does not have perfect leg ability but also there is 2 yrs old baby in our group.
but… she said “sorry, I think you guys MUST climb to the Cathedral Rock which is one of the hardest hiking. I re-asked to the Great Spirit 3 times, but they said ALL OF YOU NEED TO GO. THIS IS “MUST” things to do”
it was really hard but Father Daisuke carrying Baby Karina, and that was really amazing things to watch. he climb the more than 45 digree wall carrying sleeping baby Karina.  Baby wake up at the almost top. and she said “Wow!” every hiker was so surprised that 2 yrs old baby is here!
Top (hikeable top, I mean) has some secret (and Sacred) point. there are vagina shape of the rock (with hair !!) and ass shape of the rock. here is the release point our feminine side. I sang some Japanese song on the top, also meditation, pray,…

it was really beautiful view and big challenge. I always say “I never join IRU chan’s tour. because too hard!!” but I think I may forget about this again, and will say to my friends “hey, IRU chan’s Spirit Tour is the best! with her guide, your trip is going to be 3 times better! ” and I know I would join again.

サボテンがぬけた! Cactus needle came out!

それはホクロのようになっていた。この1、2ヶ月、妙に大きくなってきて、時に赤く、時に黒く、「皮膚ガンかもしれないから医者へ行ってくれ」という夫を無視しつつ、今年に入ってから波動の強い強命水を顔にかけたり、ココナッツオイルプリングしたり、指先レイキをしたり、いろんな事をしていた。

そもそもの原因は、去年の6月のセドナだった。
ワケあってサボテンの上に転がり、右半身全サボテンをくらい、抜いたつもりがぬけていなかったトゲが、右頬の顎少し手前に残っていたのだ。そのときはあまりに奥深いのでとれなかったけれども、今になって表面に出て来て、ついに出た。

昨日、セドナの友人とスカイプしていたら「あ、痛い!トゲみたいなのがピューン!って飛んで来たわよ。何かしら?」などと言うので説明していたら「ああ、じゃあ抜ける予兆かもね」と。夫に告げると「君はアヤシイ友達しかいないのか」と言っていたけれども、実際に、その指定の日だった。

ホクロのようなものの先に、毛のようなモノが出ていたのでおそるおそるひっぱってみたら、すーーーっと。とげにしては長く太い、ニキビの芯のようなものが、引っ張ってもそのまま糸のように出て来て、長さが5ミリ以上(後で計ったら7ミリ!)あった。夫と二人で声をあげて叫んだ。こんなものが入っていた割に、よくも腫れなかったものだ、と。

そもそも私はツイている。通常サボテンの針などは化膿するらしい。破傷風になる事が多いのだとか。
だがセドナへ行く3ヶ月前にインドへ行ったので、インド前に、破傷風の予防接種を受けていたのだった。

とにかく、めでたし、めでたし♪

やったーー!!

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The needle is came out!!

it was looked like mole. past 1~2 month, became bigger with changing the color. ignoring my husband ‘s “Could you go to the doctor for the skin cancer please ?” and did a lot of self healing like “Undulated water” “Coconuts Oil Pulling” or “Reiki”.

the reason of the mole, began last June, at Sedona.
I felt down on the huge cactus : a prickly pear. covered by thorns includes 20 of 2 inch thorn and 100 of half inch small one. some left over was deep inside of my right cheek.

just yesterday, I skyped with my Sedona friend. and she said “Ouch! I feel something is blown off to here, like thorn.” and I explain, she said “ah ha! so maybe tomorrow. it ‘ll be coming out!”
my hubby said “Don’t you have any regular friend ?” actually, that was exactly the day she said.

I noticed little piece on my cheek, and picked with my finger “what is this ?” the something kept coming out. eventually it was over 1/4 inch needle like thorn was came out!!
we scream together. I thank didn’t get infection!!

I am VERY lucky girl. before went to Sedona, I got some vaccinate shots includes “tetanus (lock jaw)” for India trip before Sedona. usually cactus thorn is easy to get suppuration.
anyway, everything was well done! yay!!

YATTA—h!! (sound of “Yay!” or “ee haa!” in Japanese!)