セラピーが必要な人がセラピストに

Sopranos(ソプラノ)という、ギャングをモチーフにしたテレビドラマがあった。
大好きで 毎回見ていた。

中でもギャングの親分 トニー・ソプラノが通う精神科の心理セラピストの部分がとても「リアルな生活」を見られるようで好きだった。社会での顔の下の人間模様やインナーチャイルドが見え隠れする。

番組「ソプラノ」の中の心理セラピストも、患者から様々な事を聞いて痛んだ自分の心を癒す為に別な精神科医にかかっている。実際これは稀な事ではないらしい。
夫の姉が精神科医で心理セラピストをしているが、彼女もしょっちゅう別な心理セラピストにかかっているらしい。

セラピストがセラピーを必要なのには、多分二つの理由があると思う。

ひとつめの理由は、単に自分のメンテナンス。

もうひとつの理由は、「悲しい話のちハッピーエンド」にも書いたが、傷ついたヒーラーしか、人を癒せないのかもしれない。
恋に破れた人しか、失恋の痛みはわからないのと同じ。肩の凝らない人がどう揉んで欲しいかわからないのと同じ。
セラピーが必要な人にしか、セラピーに来る人の気持ちもわからないのかもしれない。
そういう人が、自分のされたい事を「仕事に」する。

夫が時折イジワルく言うには
「普通の人はセラピストになんてならないのさ。自分がセラピーして欲しいクレイジーさを持ち合わせてるから、心理学なんかに興味持つ。姉ちゃん見てたらそう思うよ」

あたしも興味あるんですけど(笑)
ま、自分のクレイジーさも否めない。

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さて、昨今、世の中にはヒーラーとか、ライフコーチとか、カウンセラーがあふれかえってる。

もしかしたら
世の中に傷ついた人とか、導いて欲しい人が多いってコトなのかな。。。

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【かかる側のキーポイント】

ひとつだけ思う事。

マッサージかかるもけっこう、
セラピーかかるもけっこう、
ヒーリングされるもけっこう、
占い、チャネリング、みなけっこう、

ただし、

「誰かに」 ”してもらう” のではなく
「自分が」 少し”手を貸してもらいに”いく 

という姿勢と意識が大事な気がする。

ほんとうのところ、誰かが治してなんかくれないのだ。

相手がどんなにエライ人でも、どんなにスゴイ人でも、
結局は自分。
相手は ちょっと 手や胸や能力を貸すだけだ。

マッサージもセラピーも、大げさに言えば医療さえも、
全て、コラボだと思う。

する側とされる側のエネルギーの循環。

そして、癒してくれる相手もまた、同じ痛みを持つ人間(多分ね)。
だから100%おんぶされに行くのはお門違いかもしれない。

そして、100%おんぶされに行くと、する側とされる側のエネルギーの循環は止まる。

・・・そんな気がする。