負のパワーは宝物

エゴって、嫌なもの? 厄介なもの?

私のエゴは、

一番でいたいと思うこと。
失敗したくないと思う。
コンペティティブ(負けず嫌い)なこと。
ジャッジメンタル(批判的)なこと。
ええかっこシイなこと。
そのオモチャが手に入らなかったら手足をバタバタして泣く子供くらい自分勝手。
思い通りにしたい仕切り屋。
 
そういうエゴをドカっと持ってる。
 
 
でも、
 
だからこそ、
どんな苦難も乗り越えて来たんだよね。
 
批判的な自分じゃなかったら
客観性を持たなかったし、
 
ええかっこシイじゃなかったら
すぐに挫折してあきらめてたし、
 
思い通りにしたいというのは
人生をクリエイトするという意志の表れだし
 
バタバタして泣くほど自分勝手じゃなかったら
自分の欲しいものに情熱を注げなかったと思う。

仕切り屋の素質がなかったら
教えることにはならなかった。
 
一番でいたいから、失敗したくないから、負けたくないから
必死で練習した結果、その能力は成長した。
 
副産物として
一番、なんてモノはないことを知り、
失敗、なんてものは経過であることを知り、
負け、なんてものは勝ちという概念の産物であることを知った。
 
それらを知ることができたのも
必死で「一番、成功と失敗、勝ち負け」に固執したからだ。
 
 
エゴがなかったら
私はただ
流されてきて、
アメリカにもこなかったと思う。
 
自分の欠点を長所の変える、という言い方もできる。
 
むしろ、
 
欠点こそが原動力であり
影こそが光を際立たせるものであり
弱いところが一番の強みである。
 

 
これらを、5リズムで「自分の体から」
「自分の体に落とし込んで」学んでいる。

自分を学ぶことに終わりはない。
なぜなら、自分は絶えず変化するから。

 
負のパワーは宝物。
これだけは絶対に言える。
 
ここが3次元の地球である以上、
これはスピリチャルでもなんでもなく
「物理」なのだ。

負がなかったら正はナイ。

5リズム、日本で1月21日から2月5日まで
クラスやワークショプをして回ります。

http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/

怒りを悪者にしないで。

私はすごい怒りん坊だ。

怒りを「悪い」とか
「乗り越えなきゃ」とか思っている人がいる。

・・・

うわ〜〜〜〜、鎮火したらもったいない。

 

感情はエネルギーだ。

怒りのエネルギーは
何でしょう?

考えてみて。

怒りのエネルギーは

火です。

 

焚き火が良くて、
キャンドルの光が良くて、
燃え盛る炎が悪いってナニよソレ?

元気だって火だよ?

ヤル気だって火だよ?

ゴールに向かって突き進む、
射手座ならではのパワーも、
まさに火!
(しし座も牡羊座も火ですね)

私を含めた怒りんぼうさんを見てみると
大概情熱に溢れた人だと思う。
いわゆるパワフルだったり
ダイナミックだったり
ゴーー!!!イケイケ!!!系。

うまく使えば、とてつもないパワーになる。

だから

怒りを悪者にしないでくれる?

(笑)

 

怒りたい時、
カチンと来た時、

それは
「すごいモチベーションが上がっている時」
なのだ。

ハラ立ってきたら
「あ、キタキタキタ!!!よしっ、やるぞ!」と

怒りの矛先を、
やりたいことだとか
「それ無理でしょう?」と言われる挑戦とか
そういうものに向ければいいだけのこと。

エネルギーを無駄にしないで
ちゃんと使いましょう。

今こそ、
特に、アメリカで怒っている人は
それを「自分のエネルギーであると認識し」
有効に使えますように。。。

Have a great day!!!

〜 〜 〜

ちなみに、こういうことを
お願いですから
「知識」として受け売り、受け流ししないで
「体験」として何度でも使ってください。
どうか、実践して、カラダで感じてください。

これらの「私が体験してる知識」は
何十回も何十回も出たワークショップと
週に4〜5日、7年踊り続けてきた事で体に落とし込み、
ようやく細胞に入り込み始めた
5リズムの教えに由来するものです。

〜 〜 〜

光と闇、もっと大きな視点で

愛と光だけがえらいだなんて誰が決めたのだろう?

愛や光は白で、闇は黒。

黒は全てを包括した、最も気高い色だと思う。
だが、人がつくりあげたイメージとは
「善人=白」「悪人=黒」だったりしてね、

黒に申し訳なく思ってほしいと思う。
学ランとか、黒じゃんね?
白がそんなにいいならなんで学ラン変えないの?

「光讃歌」にはいい加減、飽きている。

闇を葬ってはいけない。
闇は光を包括する大きな宇宙なのだ。

なーんて事ね、ずっと思ってたし、ずっと書いてた。

いろんなレベルがあり
いろんな視点があり、
いろんな角度がある、、、

そのレベルや視点や切り口によって、「光が素晴らしい」はとても正しいと思うし
少なくとも人殺しを推奨しているわけではないが、それは敢えて「光が作る影」なのかもしれない。

もし、
全部光だったら、メクラになるだろう。
全部光ってたら、光ってること、分からないだろう。

もうちょっと大きな視点で見てみたら、
闇は宇宙となり、
光はその中に点在する星と成る。

私は星を包括する、宇宙でありたい。

3DのCGをやった事のある人ならわかると思うが、
いわば、闇はグローバル座標の視点。
光はとてもローカル座標の視点。

光になるというのは、日常的、ローカル座標的にはとても正しい(物事に正負はないが)。
けれど、その光は、闇の中で初めて輝く。
だから、闇とは、光を存在させるための大きな器なのだ。

ガブリエル・ロス(5リズム創始者)も

「闇とは、光の子宮である」
と言った。

星も、暗い空がなくては光れない。

〜〜〜

「私に闇がない」という人もいる。

そんなヤツぁいねえ。
マザーテレサにだって闇はある。
なかったら生きている意味がない。(マザーは故人だけども)

 

暗闇のパワーは自分のパワーだ。
その中で光を輝かせたければ、まず闇を真摯に認めること。
そして、グローバルな(闇は光を包括する)視点に変えること。
宇宙的ゲシュタルトよ、これ。

「愛と光」を唱えただけでごまかせるほど、宇宙(世間と言い換えてもヨシ)は甘くないよ。
ソレを認めて初めて「弱み」は「強み」になるのだ。

私はそう思う。

これはスピリチャルでもなんでもなく、
単なる物理である。

〜〜〜

自分内の「闇」が正しく大きくなると、
それ自体が振動を始め、
それは素晴らしくエクスタティックで、
無限の宇宙そのものを感じるようになる。

そして、それは、
光が点在する、限りなく「暗く深い闇」なのだ。

その闇を、宇宙を、感じてみて。

闇の持つ、黒の持つ、

深さを

う〜んと

感じてみて。