9月、日本の旅2 ルシアpart.1

学んで学んで(フローイング)
決心して動いたら(スタッカート)
色んな流れが変わる。
プロセスなのでここではすべてが出てくる。
それに委ねる、完全に手放して委ねる(カオス)
それがあるからこそ、それを出して空っぽになったからこそ、
次のステージへと移る(リリカル)
そして、一つに融合する(スティルネス)

〜 〜 〜

最初の日、11時間かけてマウイから関空に着いたルシアを
さらに3時間、奈良の柳生まで連れ回して、
車酔いで吐きそうになりながら言っていた言葉が印象的だった。
「OK マサヨ、この旅行スケジュールはとってもF**kだけど、私はサレンダーする(委ねる)わ」

予定を組みながら、確かにルシアにはきついと思ったが、
それがベストと思ったのでやったこと。

だいたい、関空だって名古屋のセントレアだって成田だって、
市街地へ出るのに1時間かかるのは誰のせいでもない。
ひれ伏したりおどおどするのではなく、
「明日の朝起きたら、絶対に感動させてあげるから!」
と、堂々とする事にした。
言っとくけど、私だって疲れてないワケじゃないのだ。

〜 〜 〜

翌日、柳生村起こしのサムライハウスで目覚めたルシアは、
携帯片手に家の中の写真を撮りまくり。
ほら、これだけで昨日の「F**k」が帳消し。

その後、剣術の聖域である道場を見、
日本の原生林へ行き、苔むす岩を見、
雨の田んぼの実る稲を見、感動していた。

「実るほど、こうべたれたる稲穂かな」
という日本の言葉を伝えると、感動していた。

お茶畑を見て、
カントリーサイドを満喫した後、
奈良へ鹿と戯れに行く。

結果、1日観光は大喜びだった。

たとえルシアがワールドワイドに素晴らしい先生でも
私が卑下したり、自分を蔑む必要など1ミリもないのだ。

〜 〜 〜

もし、私が
「どうしよう?ルシアが疲れてる。なんとかしなきゃ」
とコントロールに入っていたとしたら
私が緊張して、
私が萎縮して、
そのエネルギーでネガティブな方を選んでしまったと思う。

それはすぐにルシアに伝わって、
二人して疲れたかもしれない。

が、
よし、流れに任せよう。
自分を信じよう、
というエネルギーの流れになる心の状態の方を選ぶ。

ルシアの「サレンダーするわ」もそうだけど、
5リズムで自分の状況を把握し、
それをシフトしていけていること実感。
それらがますます体に落とし込めてきていると感じる。
人間力のために、私たちは5リズムで学んでいることを日常に反映させ、
人生のプラクティスをする。

〜 〜 〜

さて、その日のルシアの大阪クラスは、
素晴らしいクラスだった。

ルシアも盛り上がったし、
来てくれた人も、たった2時間なのに、いきなりオープン!
終わった後の皆のお風呂に入ったような
何か新しいものが目覚めたような
しかしながら、めっちゃグラウンディングした
その顔を見て嬉しくなった。

浮ついたことではない、しっかりとすべてを受け入れる。
一元論、ノンデュアリティは、闇も全て包括している。
ルシアの美しい全身は、そう語っていた。

私のクラスを受けてくれたリピーターさんがたくさん来てくれ、
しかもお友達を連れて来てくれ、
ますます5リズムの良さをわかってくれたことを実感した。

ここでも、関わってくれた人のエネルギーの反映もあり、
まほちゃんの心遣いとか、正直さとか
そんなものに、ルシアも心を打たれたようだった。

全てに感謝。

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村起こしするかおりさん

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ロサンゼルスに素敵な友達がいる。

かおりさんという人で、
彼女はいろんなことを度返しして、
自分のパッションに忠実に動く人。

その彼女が、奈良県柳生で、小さな「お城」を借りた。

やることがデカい。

なんで、ロサンゼルスに住みながら奈良の柳生でお城を借りたのか?

彼女は、誰かと友達になると、全身で話を聞く人。
その話を聞いているうちに
「それは立ち上がらなければ!」とか
「ここはこうした方がいいのでは?」とか
「私がなんとかする!」とか

そんなことを思っちゃう人のようで、
そのまんま村起こしに参加しちゃったのだそうだ。

そのお城はAirBnBに。

奈良だけでなく、九州にも一つ、
地方自治体と組んで村起こしに絡んでいるらしい。

政治家体質。
政治家気質。

存在そのものがアンカーを下ろせる人。
いいも悪いも、自分が嗅ぎ分けて、それを公平に笑顔で見ている。
そして、立ち上がる時は、何があっても立ち上がる。

そんなかおりさんから
「雅代さん、ファイブリズム、奈良でやりませんか?」
と 声をかけていただいた。

もちろん!

で、彼女が、地方自治体の人たちに頼んでくれて
柳生十兵衛で有名な、柳生坂剣道場を借りてくれ、
そこでクラスをすることになった。

剣の村にふさわしく、スタッカート「侍スピリット」
というふざけた名前のクラスにしたが、
とてもいいクラスになったと思う。
終わる直前、地球に抱きしめられながら横になった途端に
まるで浄化みたいに雨がザーーっと降ってきた。
なんて素敵!

クラス後は、村のお世話をしてくれるクロちゃんの元
バーベキューのディナー。
季節ものの美味しいいちじくをいただき
その美味しさに感動。
木での完熟いちじく。

バーベキュー宴会も、とーーーっても面白い経験ができて、
この後のご飯会でも、また新しいご縁がつながった。

来てくださった方も、お手伝いしてくださった方も
みんなかおりさんが好きだから来る。

かおりさんの良さは
クリアであること。
損得で物事を行わないこと。
フェアであること。
自分の考えをしっかり持っていること。
人に左右されないこと。

そして彼女の中心にあるのは、
「世の中の人を幸せにしたいと思っている」こと。

彼女が言うには
「私が5リズムで、幸せな気分になったから。
他の人もこれをしたら楽になるかなーと思った」
のだそうだ。

彼女は月に一回は必ずクラスに来てくれる。

さすが3人を育て上げている母。
そして、さすがビバリーヒルズにレストランを持つ影の主人。
子供や家族も含めた人を応援しながらも、
絶対に自分の夢をあきらめないのだ。

年齢も、住んでいる場所も、子供も、夫も、仕事も、時差も、
何も言い訳にしないのだ。

一緒にいて気持ちがよくなる人。
見ていてワクワクする人。
大好きな人なのである。

それにしても柳生、素敵なところだった。

ここでの泊まり込みワークショップ、いいかも❤️

 

なぜやるのか?

今日はトモちゃん(仮名)のヒーリングのモニターにならせてもらった。

トモちゃんは若い頃からサイキックの才能があって、
それを意識的に閉じていたにもかかわらず
ついに使う時が来た、とばかりに
「もういい加減にやりなさい」というメッセージを
あちこちから受け、
ついにヒーラーになった。

私はとても直感の優れたオンナなので
そんなこととはつゆ知らず、
トモちゃんちへすごいタイミングで現れ
ヒーリングの栄誉あるモニター1号さんの座をゲットしたのだ。

「本当は使わなくていいんだけどね、ツールがあるとわかりやすいから」
と、チューニングフォークを使い、ヒーリングをしてもらった。

1時間のセッションは あっというまに終わった。

トモちゃん曰く
「いびきかいてたねーー」

嘘!私、寝てないもん!

的な問答があった後、

「マサヨさんさー、左足が悪いから右足に負荷かけすぎ。右足が怒ってる。そして、左足は”もうそこまでサポートはいらないから私を信じて”って言ってるよ」

そして

「チャクラとか全部キレイなのに、エネルギーがちゃんと回ってないのは、思考を使いすぎ。頭で考えないで、足のいうこととか、ちゃんと聞いてあげて。体のパーツ全てに声を傾けて。それらを、体の中で流れるように回す」

えっ????
えっ!!!!
はっ。。。

これは私が5リズムのクラスで言ってることじゃないか。
トモちゃんは5リズム受けたことないのに、何を言っているんだ?

トモちゃんは話を続ける。

「自分が一番必要だからこういうことをするんだ、って。
 一番必要な人が、いつも自分に思い出させるためにその仕事をする。
 そうじゃないと、人に響かないから。
 その痛みをわかってる人じゃないと、響かないから。
 一番必要な人じゃないと、ちゃんと教えられない。
 それが天命なんだって」

それはまさに、
ヤクザに瞑想教えられるのは同じヤクザか
ヤクザ以上にキモの座った坊さんくらいのもんだろう。

そして、
サイコセラピストは、大概自分がサイコセラピストを必要としている。
ヒーラーは大概自分がヒーリングを必要としている。
マッサージさんは大概肩こりだ。

「そこを信じて、もっと、自分のためにやる、
 自分のリマインドだと思って、
 そのために、体のためにやるんだ、って思ってクラスをしたら
 雅代さんのエネルギーももっと流れるらしいよ。
 Let it flowだよ。
 そして、来てくれる人の人数の心配なんてしないでいい。
 ソレしたら止まるよ。
 ここに気をつけてちゃんとやってたら、成功は付いてくるから。
 とにかく、頭で考えないこと、って、言ってるよ」

まいりました。

そうです。
私が必要なのです。

なぜ私が5リズムをここまでいいと思うのか、
それをただ伝えたらいい。

というわけで、

私は自分に必要なことを、
自分が経験してきたことを
必要な人に伝わればいい、という姿勢で
もう少し気楽にやることにします。

今日のクラスは楽しもう!

内なる子供に遊ばせる

ふう〜〜〜っ!
心地よい疲労感だ。
マラソンの後のような、疲れているけど冴えている。

夏の間限定、トパンガで火曜の夜クラスもやっている。
「踊る瞑想 5リズム」

ここのところ、爆発したいエネルギーがうまく出されてなくて
ウズウズしている感覚があった。
多分それは地球的なエネルギーで
(私はよくこの表現をするけど、これは間違いなく有る!)
皆、つながってるから、同じように感じる感覚。

そこで、昨日のトパンガのクラスは
「ライト&シャドウ(光と闇)」にした。

シャドウをやると結構落ちるので、
あとはライトで明るく持って行って発散させる必要がある。

なるほどカオスでは皆、えらいこと中からエネルギーが溢れてきていた。
吐き出したいものが出てきたらしく、
皆からウーとかアーとか、声が出始めた。
追い打ちをかけるようにカオスの激しい曲をかけようとも思ったが、時間もないし、

そこで あ!と思ったのが
そのまま ダークな子供に皆を変えてあげることだった。

ピンクパンサーの曲
(しかもジャズリミックス。下のリンク参照。
”Don’t Worry Be Happy”のボビーマクフェリンかっこいいよ)
をかけ、流れを見ていたら、、、

エネルギーをもてあまあしている子供が
皆がそれぞれに ちょっぴり悪い子になって
踊りながら遊び始めた。

アドリブのダンスでの追いかけ合いが始まり、
声をさらに上げ、その一曲が終わっても、
とどまることを知らず、
呼吸と声と足音が音楽となった。

なのでDJを切り、なすがままに放っておいた。

最年少が20代〜50代までのオトナが、
真剣に子供になって遊ぶ、踊る。
インナーチャイルドが好きに遊んでる!
その図は壮観だった。

散々声を出して自分の中の溜まっている子供を出した後、
皆が笑い出し、10分が過ぎた。

笑いが終わったら
徐々に静かになった。
そこには呼吸だけがあった。
皆、完全に”空”になっていた。

終わった後、ボビーとサティアが
「泣くだけが深いんじゃないよ。
 死ぬほど笑ったけど
 すごくディープなダイブだったよ
 本当、皆、出す必要があったよねー」

うん、うん!

楽しみながら闇(シャドウ)を出す。
これ、大事。

===

9月、日本へ行きます。

名古屋、静岡、神奈川、東京、奈良でワークショップします。
お家で声を出せない人、
自分を発散させられない人、

ぜひご参加ください。
お待ちしています!

2016_fall

自虐ネタ言ったら怒るわよ!

昨日私がしたトパンガのクラスは、
自分として100%満足できる出来ではなかった。
最後までいてくれた人はいいクラスだったと言ってくれたが、
自分は満足していなかった。

それを反映してか、クラスの生徒が3人、終わる前に帰った。
せっかく少し自信が出たと思ったのに、、、

そのフラストレーションを体に溜め込むのは嫌なので、
昨夜10時くらいまで踊っていたにもかかわらず
今日の朝、カルバーシティのジョー先生のクラスに出た。

こういう時こそチャンスだ。
自分を見直してみよう。。。

必死で踊った。
いらないものを全部振り払うかのように。

いつものカタリナも、リーナも、クリスもパラシャクティも
みーーんないて、
自分の嫌な部分を踊りにして吐き出して、
スッキリした。

「来週、マサヨがこのクラスの代講をします」
終わった後ジョー先生がそのアナウンスをしてくれた。

帰る時、カタリナが
「来週楽しみにしてるからね」
と言った。

彼女は、以前私が代講でクラスを3週間続けてした時、
2回目の時に途中で悲しそうな顔をして帰った。

その次の週、私のクラスにカタリナは出てこなかった。
「子供を人に見てもらって、このクラスの時間だけが唯一自分のための時間なの。だから絶対に休まない」と言っていたのに。
きっと彼女は私のクラスが嫌いだったんだ、と一人で思ってた。

その事実に落ち込んでいた時もあったので、
そのカタリナが来てくれるというのは
ちょっと嬉しいオドロキだった。

驚いた顔をしてたら
「どうして?私、あなたのクラス大好きよ!」
というので
「だって、私は、生徒がクラスの途中で帰っちゃう名人よ?」
と言ったら
その場にいたリーナと共にカタリナが固まった。

「どういう意味?」

「ああ、私はまだ下手だからね、っていうジョークよ」

というと

「マサヨ、私、怒るわよ! 
 お願いだから ”私の友達のマサヨ” に優しくしてあげて!!!
 たとえジョークにしても自虐ネタは許さない。

 私も以前、友達と自虐ネタをやっていたわ。 
 私ブスだから〜、とか、ほら、この太ももハムみたいで美味しいわよ、とか
 オバハン頑張りまーすとか、そういうので笑ってた時あった。

 だけど、もうやめて!私たちのエネルギーはもうそんなところにないわよ!
 あなたのエネルギーはそこにないから、何を言ってるんだか混乱する。
 ソレを聞くと気持ち悪くなる。

 自分をおとしめないで。
 絶対に自分を卑下しちゃダメ!
 ジョークでも言っちゃダメ!
 言葉のチカラってすごいんだから!!!」

目に少し涙を溜めながら、必死でそう言ってくれた。
私より10歳くらい年下のカタリナ。

私はありがたくて涙が出た。

カタリナに抱きついて、何度も何度も
ありがとう、と言った。

ケイトの強さ

ケイトは私の5リズムの大好きな先生。

5リズムは、
自分を解放するダンス。
感情を解放するダンス。

生活の中のストレスとか、
キモチをダンスで表現して昇華する。

ケイトは日常でも
感情をあらわにする。
怒りをしっかり出す。
悲しみを溢れさせる。
喜びに跳ねている。

彼女の強さは、こういうこと。

以下、ケイトがよく言う言葉

===

私はね、あなたたちより少しだけ強い。
それは 私は隠さないから。

例えば、ワキの下が臭いとするでしょう?
それを隠そう、隠そうと思うと
それに意識を集中してしまう。
だけど
「肉も食ってないのに私はワキが臭いの。
 誰かいい方法とかあったら教えて」
って言ってしまえば、
もう何も隠すことはない。

例えば、私はこんな汚いことを思っている。
そんな自分が嫌だけど今は治らないの。
そう言ってしまえば、楽になる。

だけど、人はそれらを隠そう隠そうとする。

隠そうとすればするほど、
バレたときのことが怖くなり、
ますます、隠そうという鎧を被ってしまうのよ。
鎧がはがれることに人生を使ってしまうの。

私は 何も隠さない。
私はセックスだって隠さない。
今、性器をみせろって言われたら
別に見せたって構わない。
だって、皆、持ってるものでしょ?

自分を大きくも見せなければ、
小さくも見せない。

だから、あなたたちより、ほんの少し
私は強いの。

===

Love you KATE!

世の中は、隠そうとすることにチカラを入れすぎていると
私も思う。

私も、そういえば隠さないなあ〜。

隠したものを守るために時間と労力を使うって
ナンセンスだよね。

とはいえ、ちょっぴり勇気はいるのも確か。
でも、そのあとは楽になる。

その人のプロセス 2)

その人のプロセス 1から続く

クラスの中で誰かが泣いている場合があるとする。

「大丈夫?大丈夫?」って行くのは、
「大丈夫?」って行く人が、
「誰かを助けていなければ自分の存在価値を認められない」
という問題がある人が多い。

もし、心がドバーっと開いて泣いているんだとしたら、
その気持ちを一人でしっかり味あわせてあげるべきだし、

本当に、心の底から苦しみが出てきたのだとすれば、
同じ苦しみを知っている人ならば、そっとしておくはずだ。

「かまって光線」を出して泣く場合の人がいたら
そんなものに「大丈夫?」って行くのは、女子高生ノリだし、
義理を果たすというだけの「ウソ」を育てる。
だから、なおさら放っておいたほうがいい。

〜〜〜

そういう風に訓練されているので、
私は「ああ、ただいま、彼/彼女 は プロセス中なんだなあ。。。」
と思うのであって、

たとえそこでその彼/彼女が号泣していようと、
彼らには泣く必要があるのだ。
たとえ今、彼らにわからなくても、
彼らには今、わからない必要があるのだ。

そこをジャマしてはいけない。

そもそも、人はそこを学ぶために生きてるんだ。
人の学びをジャマしてはいけない。

それは、境界線を超え、土足で人様の家に入っていくようなモノだから。

助けてはいけないのではない。

「本当に助けるというのは、
その人が自分のタイミングで、
自分の足で歩けるようになるのを
ずっと我慢強く見守るということだ」

その人のプロセス その1

色んな苦悩が、その人、その人、個人のプロセスであるという事を「体が」理解できるようになってきた昨今、誰が何を相談しにこようが、軸がぶれにくくなってきている。

人はみんなドラマを持っている。
お姑さんドラマ、ご主人ドラマ、子供ドラマ、失敗ドラマ、成功ドラマ、自慢ドラマ、不幸ドラマ、、、
それらのドラマは、人を介しているだけで、すべて、ドラマの語り手の中にあるのだということを、大概の語り手は気づいてないのだ。

誰が一番不幸か、不幸自慢をした時代もあった。それらのことをメロドラマ、シャンソン好き、と今や言いながら笑っている。

「ねえ、聞いてよ、これがアレでさ〜、こうでさ〜〜」
「あ、わかる〜〜!」
「だよね〜〜」
という共感が嬉しい部分はあるにせよ、
そこに留まると、何も生まれない。

ドラマのことは今度書く。

私が彼女/彼の肩代わりをして人生を生きてあげられるならともかく、(いや、生きてあげるとしたらその分少なくともギャラは欲しい)生きてあげられっこないんだから、一緒に悩むというのは、もうある意味古臭いのだと、私は思うんだ。

しかも、そのドラマに付き合わせられている間、時間のムダってモンだ。私の人生、短いんだしさ、人のドラマに付き合ってるほどヒマじゃない。
私の場合、そのドラマの内容に自分の興味がそそられるか、もしくは勉強になりそうなケースでなければ、付き合わない。(そういうのはカンでわかる)

それを、冷たいんじゃないだろうか?と思った若いころもあった。
いやいや、それは冷たいんじゃない。
それが、自然なんだと思う。
だって、お花だって木だって、共倒れしたらたまんないっしょ?

ってか、聞きたきゃきけばいいし、一緒に泣きたきゃ泣けばいいし、
人それぞれなんだけども、

5リズムをやるようになってから、一つ学んだこと。

「放っておいてあげなさい。準備ができたら自分から立ち上がってくるから」

これが5リズムの姿勢である。

 その2に続く

88歳からのギフト

マウイのワークショップでのこと。

88歳の「ボディ・ハナ(ボダイ・ハンナ)」という女性が参加していた。

親からもらった名前はハナ
「私は日本が大好きなの。日本語で私の名前、ハナとはフラワーのことよね?」

ハナの前についた「ボディ」は、菩提樹のボダイの英語読みで、インドの聖人OSHOからもらった名前なのだそうだ。OSHOが生きている時にオンタイムに一緒に長く過ごした人で、そのインドのアシュラムでハナは弓道を教えていた。
88歳の今もなお、現役で弓道を教え、世界中を旅している。若く見えるというよりは、めちゃめちゃ元気な実年齢の人。

彼女は1日も休むことなく、5日間のワークショップに参加し、いつも、休まずに踊った。頭は年齢に違わずシャーブで、会話も普通に弾んだ。

スタカートの踊りではダブステップのリズムに乗せながら
「自分のパワーを感じるわ!」
と言った。
丹田にセンターを感じながら動くことなどは、5リズム、フラ、弓道、すべて一緒ね、とも。

ご飯を食べる時も、積極的に日本人の中に入ってきては話をする。
そして自分の予定を聞かれるとバッグの中からiPadを出し、さささと操作をする。
なんとフェイスブックもやっていて、ちゃんと投稿もしている。そのスーパーシニアぶりにも恐れ入った。

私が
「小さい頃、親を見て ”あんな風に老けたくない” と思ったけど、今、その時の親をはるかに超えた年齢になって振り返ってみると、私はあの時のままとあんまり変わってないの」
と言うとハナは
「そうそう!私だって同じよ。気持ちは子供の時のまま。年寄り扱いしないでよ! とか思っちゃう」
と言って笑った。

彼女の存在そのものがギフトだった。

彼女が頑張っていると、「歳だから」とか「足腰が痛い」とかを理由に誰も休めない。文句言えない。それだけでもギフトだった。

===

ワークショップの全てが終了し、皆がそれぞれにハグしながら、さよならを言い、互いに写真を撮った。

一人の女の子がボディ・ハナにハグされた後、微笑みながら泣き出した。

ボディ・ハナは彼女の頬の涙をしわくちゃの手で拭いながら、、、

「いいこと?私はあなたの ここにいる。」

と、その女の子のハートを触った。

「そして、あなたも私の ここにいる。」

と、自分のハートを触った。

「だから、もし、何か辛いことがあった時は、
こうやってハートを触って、
私のことを思い出して。

いつも一緒にいるから。」



なんというギフトでしょう!

ありがとう、ボディ・ハナ

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コミュニティの意識

動く瞑想、感情解放のダンスセラピー、ファイブリズムのワークショップが明日からロサンゼルスで開催される。

私がシアトル北、ベイリンハムへ行った時には、ファイブリズムの人たちが州外の人たちのためにホストハウスを探してくれて、私とメキシコ人のMaryは、テレサの家にお世話になった。

こういうコミュニティのサポートなしでは、とうてい全米を駆け巡る事など不可能だ。
ワークショップそのものも高いし、全米を追い掛け回るには、飛行機代もかかるし、その上ホテルに泊まってたりしたらエライ事だからだ。

なんせ、ティーチャーズトレーニングを受けるためには、それまでの、必須ワークショップがすごく多くて、二ヶ月に一度の割で旅行してる状態だから、少しでもお金をセーブしたい。

そういう時、コミュニティのサポートはすごく助かる。

サクラメントではふみこちゃん宅にステイさせていただき、
サンフランシスコではサリーの家にステイさせていただき、
本当にありがたい。

なので、今回のLAでは私が誰かをホストする番。

今回のワークショップに向けて、明日からは、他のワークショップでも一緒だったRiccaが来る。

今日は一足先にサマンサが来て、5人でアボットキニーへディナーに。

一緒に汗をかく仲間は一緒にいて楽ちん。
このコミュニティは、私のホーム。

そういう場所に出逢わせてくれた神様。ありがとう☆

「鏡」ガブリエル・ロス

ガブリエル・ロス(*後ろに説明アリ)は、今まであったどの師よりも得体が知れないが、あえばあうほど、腑に落ちる人。
カリスマだしスピリチャルなんだけど、キラキラとしたカリスマ性が売りでなく、とても論理的で、系統立っているにもかかわらず、子供じみてもおり、それでいて老人の叡智に溢れ、やさしいのかと思うと、あまり何にも興味がないみたいで、、、
まさにゲシュタルト(全体)。包括。
全てであり、全てでない。色即是空な人だ。それが私の印象。

「ガラスの仮面」の月影先生のようでもあり、もっと妖精のようでもあり、、、
ただひとつ言える事は「見つめられると、見透かされているよう」に思う。

ということは、「鏡」なのだろう。
単に「鏡」になれる、ってすごい事だと思う。
その人のカラーや主張がないのだ。ただ、そこにいる、という強さ。儚さ。

彼女の中に「サービス(奉仕)」はあるけれども、それは神への奉仕であり、顧客、生徒への「サービス精神」ではない(*但し、彼女は病気をしてから後しか私は知らないので、それ以前にそのようなものがあったかどうかは謎だ)と感じる。

鏡:ガブリエルの音楽のバンド名も「mirrors(鏡)」
メソッドの上級レベルの名も「mirrors」。
彼女は、「鏡」の達人なのだと思う。
だから、これは私が思うガブリエルで、他の人から見たガブリエルはきっと違うのかもしれない。

===

そんなガブリエル・ロスの、ワークショップ「メディスン・ダンス」に出た。

正直に言うと、とても不思議な感覚だった。
彼女の言うコト、その場、その場では納得し、いつもの120%「いまに生きる」状態で体を動かしたが、後になって、彼女が言った事が「何も残ってない」のだ。

ワークショップが終わってからこの事を他の人に聞いてみたら
皆、同じように「あんまり覚えてないのよ」と言う。

同じくワークショップを受けに来た先生の資格をもってる人が言った言葉が、むしろストンと腑に落ちた。

「ガブリエルといるときは彼女の言っている事を覚えようとか、理解しようとかしなくても大丈夫。彼女の言おうとしてる事はエネルギーでちゃんと体の中に入ってるから。たとえば数ヶ月、数年あとになって、ふと思い出す事があるわよ」

ガブリエルは、あんまり、ありがたい事を言ってた様子もない。
あんまり、えらそうにも言わない。
あんまり、愛をふりまいてない。

愛のある人は「愛」を主張し、「愛」でキラキラ光っている。私には案外これが迷惑な時があるが、彼女は、あまり「愛」という武器もふりまわさない。

「都会的なシャーマン(Urban Shaman)」と呼ばれるガブリエルは、スピリチャルさを振り回さないばかりか、「祈りは理論なのよ」と、サラっと説明する。
その心地よさが体に残っている。

役者がオーラをオン、オフするように、人の前に出る人は、その時にオンにする人が多いと思っていたが、ガブリエルは、どこでも同じ、素のままだった。

===

1週間のワークショップで、一つだけ印象に残った言葉があった。

「ファイブリズムの先生になると言うコトは、ちょっとクールなメソッドをたくさん覚える事じゃあないのよ。そんなものはたとえ1年ワークショップをおいかけたって、氷山の上の小さなカケラにも及ばない。先生になると言うコトは、クールなメソッドをいくつ知ってて、どのように使えるか、ではなく、”素の自分:ハダカの魂の自分を、生徒の前にさらけ出せるようになる事を学ぶ” 学びのスタート地点だと思う」

あ、これなのか。。。
だから、ガブリエルは、あんなにも自由で、自分の全てを受け入れる覚悟があり、勇敢なまでに 彼女の「まんま」でいるんだ。。。

この言葉を聞いた時、涙がとまらなくなった。
私はいつも自意識が邪魔をするから。。。

そして、こうとも付け加えた。(先輩の先生が言った通り、後で思い出した)

「私はね、本当は人の話(特に悩み)など、聞きたくないの。100人がそれぞれに話を持って来るでしょう?シチュエーションが違うだけで、皆、同じなの。頭の中はおしゃべりだらけ。モンキーマインド(サル的思考)、フューチャーマインド(未来を憂う思考)って私は呼んでるわ。自分の『特別な』事情説明と、『特別な』言い訳と、今後の心配ばかり。正直いってクタクタになるの。だけど、本当は皆、自分の感情をどのように取り扱ったらいいかがわからないだけなのよ。感情は皆、同じように持っている。うまくそれと共存するか。それが問題なの。だから、音楽をガンガンにかけて、ダンスさせちゃう。皆が自分の体でソレを理解できる。体は知ってるのよ(BODY KNOWS) 自分の体で自分が体感しなくちゃ、何もはじまらない」

麻痺。怠惰。
これらも感情だと言った。感情をシャットダウンした裏にある感情である、と。

ガブリエルロスの書いた本、「Maps to Ecstasy」。
ようやくもうじき読み終わる。
読めば読むほど、どのように彼女は様々な事を分析して、ここまでの形態を作った事に頭が下がる。

エサレンのロッジで、すれ違い様に
「ファイブリズムを作ってくれてありがとう」と言ったら
「いいえ、どういたしまして」と、とてもニュートラルな状態での返してくれた。

ホンモノはさりげない。さりげないフリもしない。
ホンモノは、実にそのまんまであり、「透けている」

あ、理解なんてしなくていいんだな。
ただ、感じてればいいんだな。
そう、素直に思えた。

*******

ガブリエル・ロス
思想家であり、ミュージシャン。ゲシュタルト心理学をベースとしたゲシュタルト療法とシャーマニズムと演劇法を使った、ダンス(動く瞑想)による自己認識、自己統合、ムーブメントのメソッド、「ファイブリズム」を1960年代に作った人である。(フリッツパールも応援していた)
ややこしいので要約すると、ダンスセラピー。アメリカでの心理療法や、演劇の世界では、とある時期、あっと言う間に広まったらしい。

この中の一部を、私は数十年前の、大学の演劇科でやった事がある。
きっと、だれかが西洋からのメソッドとして学んできて、日本の演劇界にも広まったのだろうと思う。

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私見につき、この文章の転載はされないほうがいいと思います。