プラシーボ(プラセボ)

砂糖菓子を「これ、頭痛に効くから」とあげて、本当に効くことがある。
現に軍隊で薬が足りない時、水を注射の代わりに打って、かなりの確率で痛みが引いたという事実もあるそうだ(Jo Dispenza著 “You Are Placevo”)

プラシーボ/プラセボ Placevo (cのところにアクセント)

プラセボのことは苫米地英人さんの著書にもたくさん出てくる。

イマジネーションのところでも書いたけれど、
だいたい、「痛いの痛いの飛んでけ〜」もプラセボならば
お医者さんさえ、ある人にとってはプラセボ。
だって、お医者さんの顔見たら安心するから。

また、儀式そのものもプラセボだ。
儀式を特別なモノと考える必要などない。
踊りが祈りであるように、
何かを動きに込めて、自分で信じて、そうであるように振る舞い、
自分の内なる神へコミットメントするのが本来の儀式だとすれば
儀式とは、完全なるプラセボ効果を狙ったものである。

よしやるぞ!というアファメーションもある意味プラセボ。
いざとなったらユンケル飲んで頑張る!ユンケルもプラセボ。

薬、マジナイ、儀式、励まし
世の中、すべてプラセボから始まる。

それを疑っていては、何も起こらない。

だから、私はプラセボ効果を100倍利用する。

本当かどうかなんて、論議してる暇があったら、やる。

〜 〜 〜

プラセボの仕組み

脳は、過去と未来、
そして自と他を区別できない。
そして、起こっていることが脳内か脳外かも区別できない。

脳とは、「思うだけで、体に伝達し、その部分に伝わる」

これはアレキサンダーテクニークでもそう教えてもらったが
「ゆるんでいいよ」と「思う」だけで、体は結構緩む。

思う=実際に体内には起こるのだ。
大きな変化ではなくても、実際に起こるのだ。

苫米地さんの本には
臨場感をもって「やった!」という「脳体験」をしたら、
過去と未来がわからない脳は、今のことだと思い込んで
また、それを繰り返す。これが結果的に、
脳の限界点を上げるということであり、
結果的に、臨場感をもったその状態を、後付けで「引き寄せる」

これ、遠回りにプラセボだよね。

別に「引き寄せの法則」などという言い方を使わなくても
ごく当たり前に科学的なこと。

〜 〜 〜

皆さんは
プラセボを上手に使って自分の人生をクリエイトしていきますか?

それとも

それって本当なの?って、本当かどうかを論議する方に時間を使いますか?

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満月で財布を振る

今日は満月!LAでは2/3 午後9時すぎごろ、ニューヨークで2/3 午後6時すぎ、 日本では2/4 厳密には朝の8時すぎ。
さあ、みんなで財布を振りましょう!!!

昨日のクラスでも、一足早く財布を振って踊りました。けっこう真剣に(笑)

通常は5リズムのクラスには財布を振るという事などないのですが(そんな事をした先生は過去にいないと思う)、5リズムの練習の中にある「リチュアル(儀式)」を利用し、その時にこの財布振りを入れ、かなり真剣に振りました。

いつものようにオルター(祭壇)をつくり、そこにクラスが始まる前に空っぽにしたお財布をしばらく奉ってもらい、カオスでいらないものを振りほどいた後のリリカルでの踊りです。最後は、それに命を吹き込むべく、うやうやしくオルターにお財布をまた持って行く。

話は変わって
とある脳科学の先生の本などにハマっているのですが、
現実的、科学的な事を知ればしるほど、スピリチャルとか祈りとか宗教とか、こそばゆい言葉なんですが
そういうこそばゆい事はかなり脳科学の論理にあっているのだと言う事も再発見したり。

実際にプラシーボは利用すればいい。プラシーボによって脳に新しいニューロンの回路を作るのが、引き寄せの法則の原因なのだそうです。

だから、「ありがとう 愛 感謝」の連発は、そういう意味ではニューロンの回路開発に役立っているわけですが、大事なのはホンキの臨場感。
昔、友人で「ありがたいーー、ありがたいーーー」と眉間にシワよせて言ってる人がいましたが、眉間にシワがよらなくなった頃、彼女のお店は繁盛しはじめました。

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数多くの収穫祭の踊り、神道、巫女さんなどの舞、拝む形式、柏手を打つ、チベットなどの五体投地、太鼓をたたく、イーグルの羽でスマッジする、手を合わせる、結婚式などの儀式、最後の晩餐の乾杯 「いただきます」の挨拶、
などなど
すべての儀式、様式、形式というものは

「自分の決心を何かに見立てて、その中に命(精神、魂)を吹き込み、それをする事で自分をリマインドし、それをすると効果がある、と知って行動する事」
つまり、意味付けし、それを信じ、カタチにしてアンカリングする。。。

ソレが共通点だと思うのです。

満月のお財布フリフリが本当であろうと、なかろうと、
自分が「本当として取り扱う」と決意すれば本当になる。

だから、集まって下さった皆さんと一緒に、お財布を振って、完全に一曲踊りました。
私たちはなくすものなどなにもない、ただ楽しく、そのために「自分の人生の7分を使って」意識を集中して踊ったわけです。
そこが大事。

曲はもちろん、Deva Premalの Om Tare Tuttare Ture Svaha(お財布フリフリにいいと言われているマントラ)

真剣にやればやるほど笑ってしまう。ゲラゲラ笑いながらも真剣に。

「こんないい加減でいいんですかねえ?」
「本当にお金、入ってくるんですかねえ?」
という質問にも
「ほーら入って来た!アバンダンス!アバンダンス!(収穫)それを細胞に刻み付けて、ハイ真剣に!!」

笑っちゃうけど、儀式ってまあ、こういう事が始まりなんじゃないかと妙に納得した夕べでした。

さて皆さん、今夜の満月、お財布を振ってみます?