言い訳をしない。

”体が硬いから、柔らかくなってからヨガに来ます”
”太っててヨガウエアになるの恥ずかしいから、少し痩せたら来ます”

ってヤツがいる。

体を柔らかく自分をメンテナンスするためにヨガをするんじゃないのか?
君らはいったい、何のためにヨガをやるんだ?
体が1日で柔らかくなります、って薬をテレビショッピングで販売したら
君たちは買うのか?
体を柔らかくする意味は何なんだ?

===

10数年前、ブライアンケストのヨガに夢中で通っていた頃
ブライアンが毎日言っていた言葉である。

行きたくない時は
人はいろんな場所から言い訳を探してくる。

行きたくなかったら
「行きたくない」
では、ダメなのかな。

どうして色々な言い訳をするのだろう?

と言いつつ、私もするのね。

で、スケジュールが重なった時などは
正当な理由が見つかったかのごとく
大喜びで
他の時は連絡もせずに行かないくせに
「ごめんなさい、その日は これこれと重なっていて、、、本当は行きたいんだけど」

などというウソをつく。

===

言い訳をしない

という課題を自分に課してみたら
どんな風になるだろう?

行くか、行かないか。

やるか、やらないか。

理由を聞かれた時、
取り繕わない。

たったそれだけのこと。

そして、言い訳をしなくてはいけないような
思わせぶりなこともしない、言わない。
それを「言い訳をしない」に
セットするといいと思う。

日本人には、こっちの方(思わせぶりなことを言う)が
難しいかもね。

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奇跡をわかる「計り」

私は18年前に脳出血をしたことがあり、
左半身が全部麻痺した。
手を上げて、足を動かして、という「意味」さえ分からなかったことがある。

それが、ヨガをし、ハイキングをして
普通にはハンディキャップだということがわからなくなるまでになった。

そして、8年前に5リズムと出会ってから劇的に足が良くなり(その理由は別な時に、、、)
感動して、そのまま5年かかるのに先生になっちゃって、
現在は週に少なくとも3回は真剣に2時間踊りっぱなしな人生を歩んでいるわけだ。

とはいえ、左側の小指の神経はまだまだ開発途中!
うまく通っていない神経があるので、脳出血前と同じように回復している、というワケではない。
未だに踊っている最中にバランスを失って倒れるときもある。

神経に関して 「回復」 はしないのだ。
神経は切られたら最後、そこの部分はナシになる。
新しい神経が 「新たに開発」されるのだそうだ。
これはお医者さんに言われた時、とてもセンセーショナルだったので良く覚えている。
そっか、亡くなった、と言ってあきらめる必要はないんだ。
また作り出せばいいんだ!と思ったことを覚えている。

  〜 〜 〜

ここ2ヶ月、毎朝決まった時間に起きて、
ストレッチをメインとする運動を再度やり始めた。
実は去年の暮れから早起きをしてずっとチベット体操を続けていたのだが、
手足に湿疹ができたことを理由に、春は休んでいた。

今回は無理をせず、自分なりのルーティンを組んで、やっている。

その中に、左足の小指のリハビリを入れた。
小指のバーベルって自分で呼んでいる。

これ、面白いんだなあ〜〜! 
小指ひとつなのに、体全体が反応する!!!

足の小指と話しながら、もう少しここ、頑張ってごらん?っていうと
小指が頑張るの。
最初は全部の足の指が一緒に頑張ってくれて、
そのうち、小指が別に動き出すようになるの。
それは、ほんのすこしだけれども、
明らかに小指「だけ」が意志を持って動くの。

すると、腰あたりにとても響いて、汗が出るほど。
そして、ほんのすこし、昨日より反応が強くなる。
そして、めっちゃ脳が疲れる!!!

これって忘れていた感覚。
私が一旦足の機能を全部失った後、回復し始めた時の感覚に
とてもよく似ているのだ。

それはとてもとてもミラクルで
うわぁ〜〜、こんなところに響くんだ!とか
うわぁ〜〜、からだってスゴイんだ!とか
うわぁ〜〜、この細胞一つにコンピュータが1億台くらい入ってるんじゃないの!とか
そんな感覚なんだ。

これってさ、変な言い方なんだけど
本当に能力を失ってしまってないと、この感覚を味わえないワケ。

私、一度半身不随になってよかったなあ、って心から思う。
だって、人のできない実験をしてるんだよ?
すごくお得な感覚!

うん、足が悪いのって、奇跡をわかるためのゲージ(計り)だ!

そして、

体って本当にすごい!
脳と体の繋がりって本当にすごい!
体はミラクル以外の何者でもない。

すごいんだ、本当に!

このことを伝えたいから、5リズムの先生になったんだな、と
つくづく思う。

夫、初めての5リズム

10年前の私の誕生日に、夫に「私が行っているヨガのクラスを受けてくれ」と頼んだ。

「ヨガなんて女とかゲイのする事だ」
とオトコぶっていた彼が、はじめてヨガのクラスに参加した。

ちょうどその頃タバコをやめた事もあって、辛い事には辛い事をぶつける、という作戦が効いたようで
クラスが終わった直後
「これはいい!俺には必要だった。明日も行く!」
と、なった。

「あれ?ヨガは女とかゲイのする事じゃないの?」
と言うと
「悪かった。そんな事言ってイジめるなよ」
とハマった。

彼はそれからずっとヨガを続けている。
私はといえば、5リズムをやるようになって、すっかりパワーヨガから足が遠のいてしまってる今
「時々はブライアンのパワーヨガもやったほうがいいよ」
とたしなめられる始末。

クンダリーニヨガは時々やってるんですけど。。。

===

私が5リズムの認定講師となった初めての私の誕生日。
是非とも私のクラスを受けてくれ、と頼んだ。

そして、しぶしぶ(ヨガの時と同じように)
クラスに来てくれた。

トムがよく知っているHちゃんやKちゃんもいてくれたおかげで、
とても楽しめた模様。

そして、終わった後
「すごく楽しかった!君はいい先生だ」

と。

「踊れないって言ってたけど、踊れなくても大丈夫だったでしょ?」
「うん、ぜんぜん大丈夫だった。」
「汗かいた?」
「めっちゃ かいた。足にマメが出来そうなくらい踊ったよ」

そして、クラスに使う選曲も褒められた。
「君がくるみ割り人形のダブステップを聞いてるとき、何をするんだろうと思ってたけど、クラスで使うんだったんだね。それ以外の曲もよかったねー!」

家に帰った後、シャワーじゃなくバスタブに浸かりたい、とお湯を張りながら
「全身、もう筋肉痛だよ!すごく動かされたけど、どこも痛くない。今度君のクラスと比較するために、君の先生の、ケイトのクラスで思い切り踊ってみてもいいな。英語なんか気にしないで、君はもっといっぱいクラスをやったほうがいいと思う。いい先生になると思う。ほら、サンタモニカのパワーヨガ・イーストだっていいじゃないか。聞いてあげるよ!」

私が5年間、何に打ち込んでいたかを、ちゃんとわかってもらえたようで、とても嬉しい。

最高のバースデーギフト。

真ん中が抜けていると、、、

真ん中が抜けている人がいる。

たとえば、
明日の事を考えるのに、今日一日を使っちゃう人。

今、ここにいる ここ、とか 今 とかを
おざなりにする人の事を言っているのだ。

ヨガで、我が師、ブライアンケスト(ちなみにpoweryoga.com )は言う。

「この筋肉を伸ばしている時に、今晩の晩ご飯、何作ろうかしら?と考えている君、君はヨガをしているのではない、クッキングをしているのだ。この筋を伸ばしている時、あら、前の人のヨガウエア素敵だわ、ルルレモンかしら?明日通る時に見てみよう、と思っている君、君は今ヨガをしているのではない、ショッピングをしているのだ。伸ばすべき筋にアテンションしてない。あなたのマインドはどこかへ飛んでいる。」

大笑いしながら激しく同意した。

同じ事が至る局面で言える。

たとえばテキストメッセージ。
テキストメッセージとは便利な世の中になったものだ。
いつでもつかまえられるし、渋滞とか赤信号とかで、ちゃちゃちゃ、とチェックできるし(ホントはダメ)、あれがあるおかげでどんなに便利で楽しく、住所など口頭で無理な事が確認できるだろうか。

だが、映画館で、ずーーーっとテキストしてるバカがいた。
あげくの果てに、あんまりちゃんと見てないからもう一度見たいわ、と言う。

また、私と一緒にいるときに、ずーーーっとテキストをしている別の友がいた。
大事な用事なんだと思って放っておいた。

その友にしょ〜もないテキストを送った時、速攻で返事が来て、「今、友達と食事中よ。これ、食べて、これ食べたの。なかなか美味しいわ」などと言い、会話をどんどんフって来る。

おい、待て。
という事は、私と一緒にいるときのテキストも、そういう事なのか?

Aさんといるとき、Bさんとテキストをし、BさんといるときにAさんとテキストをする。じゃあ、Aさんといる時に、ストレートにAさんと話せばいいじゃないか?
矢印が、目の前(たとえば自分)ではなく、いつも別な方向へ行っている。
いつも、別な所と繋がっていて、あげくの果てに
「ああ〜、人生ってつまんないわね〜」

つまんないのは、
今、この瞬間を、この空間を、大切にしてないからじゃないか?
図で表すと、いつも円周を回って向こう岸ばっかり見ていて、
真ん中の円が埋まっていないからじゃないのか?

また、付け加えるに、写真!
デジカメになってから、いくらとってもランニングコストが安いからやたら多くなったのがコレ。

私も写真を職業柄撮るし、写真が好きだから、気持ちはよくわかるが、セドナなどの観光地へいって、その場の空気に触れずに、気が狂ったように写真ばっかり撮っていると、「写真を撮る」という今この瞬間は得られても、「セドナを楽しむ、感じる、吸い込む」ことを忘れて、ただ、記録して、家に戻ってきた時に写真を見てセドナを思い起こして、自分の脳内でもう一度組み立てているだけのような気がする。

私も、その昔、旅行へ行くのに、パスポートにスタンプを押してもらう事が一番誇らしく、それを自慢げに友達に見せた。そのために旅行をした若かりし頃もあった。

そして、現地へ行くと、まずお土産を探し、それでツアー日程が終わってしまう事もあった。何しに旅行に来たんだ。。。

だから、本当は他人の事は言えないんだが、。

これら全部、ぜ〜〜んぶ、
「本末転倒」と言う。

そしてこれらを繰り返していると、、、

著しく、空しい。

イコール、

自分を愛せない。

自分の愛し方が解らない、という人をよーく観察してみると、
大概は、「真ん中が抜けている」

多分、コレほんと。

今という瞬間を生きる

最近は、けっこう一生懸命生きているので、自分が大好きだ。
後悔しないように、今、この時を楽しんで、それに集中することにしている。

悩むという事は案外、人生を無駄にしていると思う。たとえば、「こうなったらどうしよう?」と未来を嘆く。たとえば「どうしてあんな事しちゃったんだろう」と過去を嘆く。
その、嘆いている時間、悩んでいる時間は「過去」や「未来」。
その過去や未来のために、自分の大切な「今」を使っている。ずっと悩み続けていたら、永遠に「今」は抹消されてしまう事になる。

ヨガの時に、わが師、ブライアンが
「ポーズをやりながら前の人のヨガウエア、かっこいいわ、どこのかしら?なんて思ってたら、あなたはヨガをやっている事にはならない。あなたの頭の中はショッピングをしている。また、ポーズをやりながら”今晩のおかず、何にしようかしら?”なんて考えていたら、あなたはヨガをやっている事にならない。クッキングをしている事になる」と、いつも言う。

何故、旅行が楽しいのか?
それは、旅行とは非日常。見られるのは「今」しかないから「どん欲に今を生きるから」なのだそうだ。
人生がずっと旅行だったら素敵だ。
とはいえ、旅行慣れしてしまっている人は、フツーに旅行をして、旅行中もずーーーっと海外テキストメッセージを打ち、景色を見ずに、ずっとケイタイを見てたから、その人にとっては旅行はたいした非日常でもないのだろう。

「素敵な今」「満足な今」の積み重ねの人生と
「振り返る過去」「憂う未来」が連なる人生と、どちらを選ぶか。どちらも間違いではないけれど、選ぶのは自分だ。
前者を選ぶと、間違いなく自分が好きになる。

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Lately, I do my best that is the why, I love myself very much. To not regret, I am having fun right now, concentrate on the things I do now, I am living in moment by moment.

Being tronbled or worry about something, are a kind of waste of the time. worry about the future like “what shall I do if it’s gonna be happened!” or regret the past like “why I did that way…”。
it means,,, you are using your important “this moment” for thinking about past or future. such a waste of time! if you are always in the trouble, your “moment of now” never comes. you would lost “the moment of now”

my yoga teacher Bryan always said “during yoga, if you saw the cool yoga ware in front of you and think where did she get those ? it’s not yoga. that is shopping. during pose, if you concern about what willl you cook for dinner?, that is not yoga anymore, that is cooking”

Why people loves traveling ? because the traveling is “un-usual” if you miss “now”, you never get it.
life like travel, that would be great.
however, I know one person to much get used to travel, she never look the view but cell phone text message during the traveling. for her, traveling is just usual things.

anyway, which one do you prefer ?
A: continuing “beautiful moment (now)” “satisfied moment (now)” even sometime hard time moment (now)
or
B: look back the past, worrying about future.

both are not wrong or right.
just our choice. if you choose A, you will become your own fan.
I think that is 100%.

me? I love myself sooooooo much! I am a big fan of me.