嫌い から始める

って、もしかしたら前にも書いたかもしれない。
でも、もう一回書いちゃおう。

世の中には「スキ」がうまく見つけられない人がいる。
それはなんでかな。

・・・

私たちは、人の価値観で生きてきた時間が長いため、
自分自身の感覚が少し痺れてしまっていることがあります。

その「自分自身の」感覚を取り戻すには???

それは、

「嫌いから始める」

「ありえない!」「無理!」とかも含む。

なぜなら、絶対的な「好き」は別として
通常の「好き」は案外あやふやなことも多く、
「嫌い」の方がシャープだから、捕まえやすい。

「何になりたいの?」
と聞かれて
ちゃんと答えられなくても
「じゃあ、何にはなりたくないの?」
と聞かれたら
「おまわりさん」とか「カスタマーサービス」とか
案外ハッキリでてくるはず。

それと似てる。

===

あと、「嫌い」をネガティブだと思って見ないようにし、
「好き」ベースでやってる人には
隠された闇(シャドー)が多いのも経験上の事実。

世の中Light & Shadow, 陰と陽、光と影、黒と白、
すべて2つが両方いっぺんにそこにある。
だから、2元でもないんだな。
両方を含んでいる。

ちなみに余談だが、
どこかのお嬢が一元論を唱えているけれど、
それはただの言葉のアヤ的なものであって、
彼女の言う一元も 私が思う二元同一も、
ポイントは結構同じだったりする。
それらを「そうかーー」って鵜呑みにする必要はナイ。

ちなみに私の「感覚」から言うと、
一元を語る お嬢のその「声」に
私は真実を感じられない。

実際に会ってないからわからないけど
・・・ 気持ち悪いんだな。

ようは、「嫌い」なワケで、私はこの感覚を信じる。

この「嫌い」があるから
自分のフィーリングがはっきりする。

「ああ、嫌いも好きもない」
という白昼夢的感覚を一元、非二元と勘違いするのは危険。
こういう人、案外多いよね。スピリチャルな人とかヒッピーに。
それはご自由にセンズリでもコイていていただきたい。

私のポイントは

シャープな「嫌い」からスタートすると
もっと「好き」が見える。

嫌いも好きも、イメージで言うと「同じ球の中」にあるワケだ。
夜空の中に星があるように、
影の中に光が射すように
光の中に影が映るように

すべては包括されている。
わかりやすくレストラン用語で言えば、「コンボ」なわけだ。

「好き」は、結構上級だと思うので、
とても注意が必要だ。
ウソや上辺になることがあるというトリックにはまることもある。

だけど「嫌い」の方が捕まえやすい。
「嫌い」にはウソがない。

自分の感覚に忠実になると、もっとスキが見えてくる。

だから「嫌い」からスタートする。

それだけ。
 

 

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信頼の一歩目

昨日トモちゃんに言われた事も相まって、、、

今日のテーマは信頼。

自分の感覚を信頼する。
舌だとか、味だとか、音だとか、皮膚だとか、質感だとか、
自分で感じたものを信頼する。

スピリチャルな世の中、
全てが愛と光で、ネガティブなことを排除するが、
キライというのはとてもシャープな感覚だ。

だから私は
自分の嫌いを信頼する。

例えば
サラサラ、ねっとり、ネバネバ、バサっ!
シャキッ、ほわ〜〜ん、ドバっ!
だーーー、 カリカリ、ぽこぽこ、
とろとろ、 ふわふわ

思いつく限りの擬音を上げてみるといい。
その中で好きなもの 嫌いなもの
それはまちがいなく、感覚だ。

私はフジツボが嫌いだ。
あのウロコのような羅列を見ると
身体中が鳥肌になる。

それは何かのリアクションかもしれないが、
それでも嫌いなものは嫌いだ。

それでいいのだ。

そうやって、自分の「嫌い」をしっかり見つめてあげる事で
じゃあ、嫌いじゃないものは?
どれが好き?

と、好き が浮き彫りになる。
本当に好きなものを見つけるために
「嫌い」にフタをしないこと。

信頼の一歩目だと思う。

===

踊る瞑想 5リズム、奈良のお城でもやります。

柳生の里、柳生の剣道場で5リズム!
「侍スピリット」で、この「好き キライ」をバッサバサと斬っていき、
本当の自分の感覚を探していきましょう!

フライヤーはコチラ

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興味のある方、お問い合わせはメールに「柳生」とタイトルをつけて、直接私までご連絡ください。
masayo.cc AT gmail.com ( AT を@に変えてください)

 

「嫌い」から始める

嫌っちゃいけない、
ジャッジしちゃいけない、

そういう人がいる。

いやいやいや、

嫌っていいから。

そういう人には 私はそう言う。

だってそれ
プロテクションだから。
もしくは、投影だから。

 〜 〜 〜

キライという感覚は 好きよりもシャープで強い。

好き、が下手な人。
受け入れるのが下手な人は
まず、嫌いから始めてみるといい。

キライでいい。

それは強い感覚。

もっとも恐れるべき感覚は

「しびれ」

である。

しびれは重要な感情だ、と
5リズムの先生、ルシアも言っている。

辛さも何も押し殺して
何もかもを愛と光と感謝の綿菓子に包もうとすると
それらがしびれる。
麻痺する。

本当に好きなものも、そうでないものも
キラキラの砂糖菓子にまぶしている人たちは
実は本当の自分に気づいてないのかもしれない。

気づいた上での愛と光なら素敵だけどね、
でもそういう人たちは愛と光を振りかざさないし、
口で言わなくとも、もっと深みが見えるものだ。

フェイクな愛と光を振りかざすならば、
それよりも
「キライ」
という強い感情を持っている方が
100倍素敵だ。

まず、キライから始めたらいいと思う。

そこから、なぜキライか探ったっていいし、
じゃあ、キライじゃないものは?って探ったっていいし。

すると、
そのうち「スキ」が見えてくる。