ベイエリア2:5リズム

看護師さんをやっておられる洋子さんはエサレンマッサージのプラクティショナーでもあり、ダンスも踊っておられる。
彼女の主催で、サンフランシスコ在住の日本人向けに5リズムのミニワークショップをやらせていただいた。

前日までのサクラメントからサンフランシスコエリアへ行くまで通常の倍近くかかった。
そして市内も、始まる前は異様な渋滞。何かのイベントで道が一つ止まっていたような感じ。

会場近くのミッションでパーキングに車を入れ、一時間半前に到着してお茶をするつもりだったのだが、洋子さんが到着したのは、始まる30分前。

会場へ行くと、サンフランの5リズムの先生、ヴェーリアとアレッサンドロが挨拶をしに来てくれていた。
懐かしい従姉妹にあったような感覚。

この日は私を入れて6人。
洋子さんは「少なくてごめんなさい」と言っていたが、いやいや、最初の頃は一人相手に数万円の場所を借りてやっていたので、4人のお客さんが来て下さるだけでもありがたい。まずはそこから始まるのだ。

来てくださった方々は「5リズムは初めて」とみなさんおっしゃるのに、面白いほどに動き、そしてとても成熟した大人のエネルギーがした。自分を大切に生きておられる方達。
ただ自分につながる。つながる。つながる。。。

とても心地よいエネルギー。
ここに来てくださったメンバーさんは、なんだか懐かしい感覚がした。

終わった後、それでは今から電気をつけますね、ゆっくりと立ち上がりましょう、と言った途端に電気がついて、そのタイミングに私はサイキックだったのかと思ったら、センサーでだったのね(笑)

洋子さんがみなさんのためにつくってきてくれたおむすびは、参加者のお一人がボランティアへ行った三陸の海苔が巻かれており、とてもとても美味しかった。
 
 
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終わってからラーメンを食べに行き、洋子さんのお宅へ泊めていただいた。彼女はとてつもなく優しくて、ご自分の駐車スペースを私のために空けておいてくださったり、次の日の朝のご飯は、すごく美味しかった。お料理で人柄がわかる。この方はとてもとても暖かかった。
 
 
そして次の日の朝、次のイベントをして下さる有子さんのおられるオークランドへ。

すると有子さんから電話があり「サンフランシスコ広域で停電よ」との情報。
バスも路面電車も止まっている地域があるということで、洋子さんを送りながら停電のサンフランの街を運転。

面白い〜。なんで写真撮らなかったんだろ。
路面電車が道の真ん中で乗捨てしてあったり。。。

すべての信号がナイのね。
でも不思議なことに、事故や大パニックにはならない。
おまわりさんも交通整理も出てないのに。

なんでだと思う?

アメリカの交差点の交通ルールは、「先着順」
これが徹底されているから、パニクらないのね。

というわけで、オークランドへも、長い時間がかかって到着した。

大きなチャレンジ 3)

このクラスはほぼ3時間ブっ続けのダンスなので、
好きな時間に来て、好きな時間に帰る人も多い。
ツマンナイと思って帰る人もいるが、それにいちいち反応してたらラチがあかない。

人が私のクラスを嫌うか、嫌わないか、
それは”私の”プロセスじゃない。
”彼らのプロセス” なのだ。

11時15分に音を流し始めた。
まずは静かな曲から。
https://www.youtube.com/watch?v=RPW3VAtTl6s

「皆の好きそうな音楽をかける」とか
「こうしよう」とか
「人に喜んでもらう」とか
そういうことは置いといて

「私は自分の感覚のみ」に正直になることにして、
チャネリングではないけど、自分を宇宙の意思の管として存在させようと思った。
「こうしよう」というコントロールを捨て、
自分が楽しい、自分だったこれを受けたい、という自分のためのクラスをすればいいと決心した。
なぜなら、世の中って「全部自分」だから。
だったら自分が喜ぶことをすればいい。
自分に嘘のない世界。

で、自分の好きな曲をかけ続けた。
ブライアンが2ラウンド目にドラムを叩くまでは、
自分の好きな曲ばっかりかけて、みんなと一緒に踊る。

みんなが結構盛り上がっているのを感じる。

〜 〜 〜

ここで「呼吸」を促した方がいいな、と思った。
マイクを持って、ちょっと考えた。

そうだ!日本語で言おう!

どうせ私の英語は日本語アクセントがあるし、
人が「What?」とか聞き直すんだから!

「背骨を感じて、背骨の一本一本に意識的に呼吸を入れて。
背骨と背骨の間に詰まっているものがあるとすれば、
呼吸でその詰まりを掃除してあげて」

すると皆の視線が一気に集まったのを感じた。
今度はそれを英語で言う。
すると会場にいた全員が面白いようにカラダ全体で呼吸を始めた。

日本人とのハーフのLenaが私のところへ即座に来て
「マサヨ、日本語最高!あなたのエナジーがそのまま伝わる!響く!」
そう、母国言語に乗せた音はダイレクト。

そしてリナは左の眉毛を上げながらこう付け加えた
「しかも、日本語だとマサヨ、賢そうに見える!」

ウケル。
実は英語がイマイチ不自由ってことで軽視されてアホっぽく見られてたのが、日本語で話すことにより、一気に「知的でクール」に見えたワケだ。だよね、だよね、どこの国もこの効果あるよね。

〜〜〜

2ラウンド目、
ブライアンがドラムを叩き始めると、
生ドラムで皆がより生き生きし始めた。
目の輝きが変わった。

誰かがネイティブアメリカンみたいに声を出し始めた。
うわ、最高!

「みんな、音出そう!自分の声、足の音、手拍子、どんなでもいいから、自分を楽器として参加させて!」
とアオると、ドラムに乗せて、手拍子足拍子、それぞれの歌声、ヒャッホー!とかになって、エラい騒ぎになった。

ヤバい、めっちゃ楽しい!!!

そして、さらに嬉しいハプニングが起こった。

〜〜〜〜〜〜〜

明日に続く

 

話し方のクセ 2

話し方のクセ 1

そもそも、言葉の揚げ足をとるというのは、年寄りのやることだ。

だが私はソコソコ年を取っている。だから年寄りと言われても構わない。なんとでも言って。

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友人に、話し方のクセを指摘した事がある。

「アタシってー、◯◯な感じ かも〜」

「あ〜〜、このお料理、美味しいかも〜」

「セロリ、意外とスキ かも〜」

「でも、ナマのタマネギは嫌 かも〜」

「◯◯◯ 意外と〜 かっこいい かも〜」

「コーヒー、私はミルクいらない かも〜」

 

妙に耳に障った。

「ねえ、好きなの? 好きじゃないの?」

と聞くと

「え?だから言ったじゃん。意外と好きかも〜」

 

かも、は 可能性を示す言葉である。

意外と、は、予想に反して、というときに使う 言葉である。

生タマネギが食えないんなら 「嫌かも」、じゃなくて「嫌」なんじゃん!

 

この二つに隠された、裏の心理はなんだ?

自分の感覚に自信がなく、自分の感覚を否定された時に「だから かも、って言ったじゃん」と逃げられる道筋を残しておける便利な言葉。

誰を好きだろうが何を好きだろうが、逃げようが逃げまいが、本人の勝手なので、私個人としてはそこは否定する気など一切ないのだが、肝心なのは、「本人がその真理や意味合い」「その言葉から及ぼす影響」をわかって言葉を使っているのか? ということだ。わかってなかったらソンだからだけじゃなく、そういう心理状態を自分で作り続けるということだ。

自信がないときには、得てして自信のない言葉遣いをする。

だからあえてソイツには

「〜かも」を使わないで話してみて。

と提案してみたワケだ。

その時は「マサヨったら人の揚げ足をとる、ひどい女!」と思ったらしい。目に涙を浮かべて「もう帰るっ!」と帰って行った。

「どうしたらいいと思う?なんでも言って〜!」と言ってウチに来たにもかかわらず。。。

ま、図星ってキツいからね。

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あの時は泣いていたソイツも、後になって

「あんなこと言われて、超ムカついて、アンタのこと憎らしかったけど、

アレは効いた”かも〜〜”!」

と言って、二人で笑った。

 

その3に続く