元の目的は?

リビングから冷蔵庫へ、
例えば「醤油」を取りに行くとする。

冷蔵庫へ着く頃には
はて?なぜ私は冷蔵庫前にいるのだ?
何を取りに来たんだっけ?

ということはありませんか?

「ようこそ、ボケの世代へ」
と誰かが言っていた。

これは
もともとの目的がすり変わり
「冷蔵庫へ行くこと自体」が目的になってしまった例だ。

実は同じように、
日々の中でもこういうことがよくある。

〜 〜 〜

「彼氏が欲しい」から
「痩せたい!」のに

気がつけば
「痩せること」が目的になり、
どう考えたった愛されないような
異様なガンバりかたをしたり
出会いの場へ行くことを惜しんで
もっともっと、とダイエットや自己鍛錬して
チャンスを逃したり。。。

〜 〜 〜

仲良く長生きしたいから「健康になろうと決めた」のに
健康論議で喧嘩をしてしまう老夫婦がいたり

「健康のためなら死ねる!」

的な不思議な考えに陥ったり

〜 〜 〜

幸せになりたいから
この壁を超えたかったのに

「壁を越えること」
「困難を克服すること」
自体が目的にすり替わっていたり。

〜 〜 〜

”1日を有効に使いたい”から
早起きして、
これとこれをしよう、
ルーティンを決めたのに
必死で早く起きて、
ルーティンをすること自体が目的になり
それ「のみ」が日々の日課になり
疲れて他のことがおざなりになったり。。。

〜 〜 〜

すべてそう。

これをやっていたら、
堂々巡りなんだよね。

そして、ヤバいのは、この堂々巡りのプロセスって
案外「生きてる感」があるので
そこにハマりやすい傾向がある。

・・・

時々、もともとの目的を
言い聞かせる必要がある。

なぜやるか?
何のためにやるのか?

それをリマインドすること。

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