地球が鋳型だとすれば

地球がくしゃみをしている。
地球が鼻水をたらしている。
地球が熱を出している。

私は、全ては鋳型であると思っている。

細胞は自分の、
自分は家や家族の、
家族は社会の、
社会は国の、
国は地球の、
地球は宇宙の 鋳型。

だから、その最小単位である自分をしっかり見る。

 4444
 
先日の瞑想中に降りてきたメッセージ。

〜 〜 〜 〜 〜 

 どこか遠い場所、
 大元の綿菓子みたいな「意識」は
 自分では動けないので
 カラダという不動産をもらって
 そのなかへ分けられた「意識」を詰め込まれ
 地球へ降りてきました。

 自分の区分された分だけを連れて
 地球上でいろいろな経験をするのです。
 そして、いずれ時が来れば、
 元の綿菓子みたいな「意識」へと帰って行くのです。

 だから、他人のことを気にせずに
 自分が分け与えられた部分としっかり付き合う。
 それを綺麗にしたり、
 喜びや悲しみや、数々の感情という
 たくさんの色を経験させるのです。
 そんな素敵なじぶんを
 いずれ綿菓子に戻すのです。

 自分しか掃除できない箇所や、
 自分しか癒せない場所を、
 自分でしっかり受けもちなさい。
 
 それだけでいい。
 それだけでいい。

〜 〜 〜 〜 〜 
 
台風近辺から
体がカオスのように地球と同調している。
細胞がカオス。
ぶるぶるしながら、意識が拡大しているのがわかる。
それはドキドキだったり
恐怖だったり
うわあ!だったり。。。
 
地球=わたし。
 

だとしたら、
私が地球の代わりにカオスを踊ったら?
  
 ・
 ・
 ・

手綱を締め直し、
地球にグラウンディングする。

だから今、このタイミングで
5リズム。
 
==========

金沢、大阪、東京、名古屋、九州、京都
5リズムのワークショップをします。
 
5リズムは踊りという手法を使った
「思考を止めるのに一番手っ取り早い方法」の
動く瞑想です。

 
「あ、必要だ!」と思う方、
私と一緒に、プラクティスしませんか?
 
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日米、電話カスタマーサービス

6日関空着の飛行機に乗るはずだった。
台風による関空の閉鎖のニュースを聞いたのが、私が本来出発するはずだった24時間前。

数日後の出発ならともかく「明日」なので思わずJALさんに電話。

電話が通じるまでに1時間くらい。
ひたすらスピーカーフォンにして待つ。
コーヒーを飲みながら、他のことをしながら、待つ。
 
こんな大変な時に日本人のオペレーターさんはとても親切に対応してくださった。
結局、私はエクスペディアで買ったので、
エクスペディアから変更しなくてはならない、とのことだった。
  
大変ですが頑張ってくださいね、と告げると
ご本人の声が見え隠れし、ちょっと気持ちが通じ合ったようになって嬉しかった。
 
===

こちらも繋がるまでに1時間待ったエクスペディア。
エクスペディアは日本語の選択はない。英語。

この場合の「英語」は、必ずしもアメリカ人の英語とは限らない。
過去に多かったのは、メキシコ訛りとインド訛り。慣れていないので聞き取れない。。。
母国語ではないので意思の疎通が難しいのは覚悟してのぞむ。
 
とにかく、今回の若い女性(メキシコ訛り)は、ひとつ質問をするたびに「スーパーバイザーに聞きに行くからホールドして」と言い、帰ってきたら棒読み早口のビジネス英語的丁寧語まみれで言うので、「簡単に言えばこういうことですか?」と毎回聞き直す。その度に「スーパーバイザーに聞いてくる」と。そして、メモにとっていないらじく、まとめて確かめると、またスーパーバイザーに聞きに行くのだった。

通話時間が2時間を超えた頃、スーパーバイザー本人が出てきた。
「あなたの場合、航空会社が対応しなければいけないのですが、私がなんとかがんばって対応し、あなたの無理押しを聞いてあげようとしているのです」と。ちょっと話が噛み合わなかった。
 
「関西国際空港が台風で現在閉鎖されているのをご存知ないのですか?」と聞くと知らなかったようだ。
さすがにその後の対応は変わった。
 
私との通話中、通話時間が3時間に突入する直前に、航空会社の判断やエクスペディア側の判断が決定したらしく、今まで言った事もバタバタと変更されていった。明日のもう少し早い時間に、成田行きへ変更と告げられたが、成田に夕方着だとその日のうちにも実家へ着けない。説明をしたが、相手には土地勘もなく、通じない。
 
これはキャンセル&払い戻しで、一から取り直した方が全てにおいて都合がいい。とにかく、またあの女性職員とこの先1時間、チケット変更のために話すチカラは残っていなかった。
本来は無理だと言われたが、ここまできたら無理を押すしかないので、がんばって押した。
 
朝の8時から電話をかけはじめ、この時点で午後3時を軽く超えていた。
 
結局、大幅にスケジュール変更をし、9日発10日着にチケットをとりなおし、全てが終わったのが午後4時だった。

これはこれで面白い1日となったが、ひとつ、教訓を得た。
 
 
教訓:
災害、公共の事故の場合、早く動いても、決定してなかったり仲介の人が知らないケースもある。
ゆっくり構えてあとから連絡したほうが、かえって早い場合もある。

叔母とのティーパーティー

7月末、最愛の叔母が亡くなった。
私の応援団長であり、私を否定したことは一度もなく、心を開き合えるとても濃い関係の叔母だった。
 
叔母は実家の近所に住み、脳溢血で入院中の母と同じ病院で、最初は母のお見舞いに一緒にいっていた。
実は検診でひっかかり、気になる腫瘍があるから「ちょっと手術すませてくるわ。早よようなって、すぐにねえさん(うちの母)の面倒見るさかいな」と言っていたのに、術後の経過が悪く急変した。
私は同じ病院内の母の病室と叔母の病室を行ったり来たりし、看護婦さんにお願いできないこと(化粧水をつけたりマッサージしたり)等をしていたが、徐々に良くなる母とは反対に、叔母はICUへ逆戻り。
 
そういったわけで6月の終わりから1ヶ月ほどは、日本に滞在していたが、覚悟はしていた。私がロスへ戻って来てから、4〜5日後くらいに、叔母が亡くなったと連絡が入った。

最後までできることはしたので後悔はないものの、実感がわかなかった。
「あんたんちのコーヒーが飲みたいわ」と言った叔母の言葉がよぎり、私はコチラで一人で、コーヒーを淹れて叔母のお葬式をした。

それ以来、毎日叔母にコーヒーを淹れ、お供えではなく、私と叔母とのティーパーティーをしている。これが毎日の日課になっている。
 
これは儀式なので、マグカップではなくカップ&ソーサーに二人分のコーヒーを入れ、ベランダのお気に入りのブルーのテーブルにお花やクリスタルやキャンドルを飾り、セージで清め、場を作ってから、そこに叔母の魂を呼んでのお茶会。かなりアヤシイことは否めない。

最初の日からしばらくは、本当に叔母がそこに座っているようで、叔母の口から出て来そうな言葉がポンポン聞こえてくるのだった。
「いやあ、楽やわあ。体がないとこんなにも楽やなんてなあ〜、知らんかったわ。必死でガマンせなんだらよかった〜」と叔母は笑った。

叔母とはいっぱい話をした。私にしか言わないことも叔母は言った。
(私の妄想かもしれないけど、そう叔母が言っているようにしか思えなかった)
叔母との会話は私へのセラピーでもあった。
 
 
二週間くらいたったとき、叔母の立ち位置が変わった。
「あのなあ、『私』っていう存在が薄まっていく気がする。私は、私じゃなかったんやなあ。元に戻るっていうか、なんかな、楽やけど変な感じ」と叔母は言った。
そのころ、叔母は普段着から若干、紅白の小林幸子さん的な神がかった衣装に変わっていた。
 
 
その数日後、30年前に亡くなった祖母が出て来て、叔母へのヒーリングを一緒にしてくれるように言った。
「魂は傷つかないと思うやろ?でもな、あれだけの痛みを伴ったら、魂も傷つくから、一緒に修復してあげてほしい。ちゃんとキレイにしてから上へ行けるように」と。
 
祖母のリードで呼吸を使ったヒーリングをし、半分がセメント色に見えた叔母の体が、綺麗な他の色と同じになったように思えた。

最近では、叔母は時々濃くなって、時々薄くなって、
面白いバランスで現れてくれる。
 
そして、薄くなった時は私はあまり集中できなくなって、お茶会をしていても、少し叔母のことを忘れて他のことを考えてしまう。
 
 
日本の皮膚から汗が吹き出す6月7月を経て、
ロスの真夏の日差しの強いバルコニーではじめたお茶会に
ここのところは肌寒い風が心地よく吹く。
 
こうやって、癒えていくのかもしれないな。

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ホピはなぜ踊る?

十数年前、セドナでのスエットロッジの時に
ホピ族のイーグルダンスを見せてもらった。
 
ホピの若きリーダー、ルーベンはこういった。
 
「我々は祈る。
 だが祈るだけではなく、
 それを行動に移す事が大事。
 
 だからその象徴として踊る」
 
 
ファイブ・リズムは私にとって生き方の象徴であり、
有機的なエネルギーのシフトを教えてくれる人生の比喩である。
 
  
だから踊るのだ。

 
 
  困難をアート(ダンス)に
  アート(ダンス)を気づきに
  気づきを行動に
   
     ガブリエル・ロス
 
〜 〜 〜 〜 〜
 
 
ファイブ・リズム
 
9月、10月、ワークショップ&クラス、あります。 
http://creativerain.wixsite.com/masayodance/copy-of-home
お申し込み画面、一覧はこちらから
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イケてる施設のZENマスター

5リズムを作ったガブリエル・ロスは、子供達や年寄り、統合失調症の患者さんにレクリエーションの一環としてダンスやお芝居を教えていた時、人間の動きを観察し、誰しも皆、動きの中に5つのパターンやリズムがあるということを発見した。
 
老人ホームや統合失調症の施設などでの生徒のことを「私にとっての最初のZen(禅)の師匠たち」と、ガブリエルの著書「マップス・トゥ・エクスタシー」にも書かれている。
 
晩年のガブリエルは「社会のために5リズムを!」と、5リズム・リーチアウトという活動を始めた。
その思いはそれぞれのティーチャーに反映され、老人ホーム、障がい者施設、病院、幼稚園、また戦地での兵士への慰問や、中には監獄(ジェイル)でクラスを持ったりする先生もいる。
私もロサンゼルスの老人ホームでやっていた(80人の車椅子は圧巻だった)
 
日本では、ここのところ、奈良にご縁をいただき(たけおちゃん、たまちゃん、ありがとう)天理市の障がい者生活介護事業所、NPOの福祉施設「ぽかぽか工房」さんでやらせていただいている。
障がいのある方たちが、木工をしたり、織物をしたり、お酒を作ったりして、それらが本当に素敵すぎて、去年、そこで作られたお酒をいただいたんだけど、笑顔で作ってるから本当に美味しい!全く邪念がない。(うさと服みたいだね!)

特に、ここの木工の銀杏の木から手作りされた銀杏のお箸置きは、美智子皇后様がいらした時に「持って帰っていいかしら?」とお持ち帰りになったというシロモノなのだそうだ。
 
 
特筆すべきは、ここ、ぽかぽか工房さんは理事長はじめ、働いている職員の男性がやたらカッコいい。本当にカッコ良い人たちだよなあ、と思う。そして、皆、クリエイティブなアーティスト。こういう人が働いてる施設って最高。ちなみに理事長はヨーロッパに長く住んでおられた写真家で、奥様はフランス人、木寺さんはネイティブアメリカンと生活を共にしていたことがある人で、もう一人の男性はディジュリドゥを吹くミュージシャン。彼らの指導のもと、木の船や、布のクラフト、そしてお酒づくりが展開されている。私はここに関わらせていただいて、本当に幸せだと思う。
 
  
東京からも、地元からも、5リズムを普段踊ってくれている人たちがお手伝いに来てくれるんだが、お手伝いに来てくれた人の方が感動して帰る。
 
 
そもそも私たちは、自由に踊りなさい、自分らしく踊りなさいと言われ、いくら自分の殻を脱いだつもりでも、ぽかぽか工房さんでの、皆さんの超自由な踊りを見ると、ビックリする。彼らは自分独自のリズムそのもので生きており、どんな時も超自分。
今、こうやってたかと思ったら急に飽きる。つまらなさそうにしてたかと思うと、いきなり走り始めたり、すっごく踊り始めたり。人に見られるから、ここに合わせるから、という概念で動いていない。だけど、決して人を傷つけない。愛そのもの。
それはまさにガブリエルが言ったZENのマスターたち。
 
そして、彼らはまた、お笑いのマスターでもある。
 
一人づつ名前を言いましょう、というと、真似して前の人の名前を言う男の子もいる。
「アンナです」
はい、次の人
「アンナです」
え? 笑 
「お前、違うやろ? XXやろ?」と職員さん。
「XXヨシヒコです」
「それ、お父さんの名前やないかい!?」と職員さん。
 
全員爆笑。
 
途中で、イイーーところで
「はい、もう終わりましょう」
というオジサンもいて、全員がツボにハマって爆笑。
 
彼らと最初にやらせていただいたのが11月だったが、
その時に、職員さん曰く、思いの外効果があったのだそうだ。
 
そして障がい者さんだけじゃなくて、その保護者の方達が
「私が楽になりました」と。
 
びっくりするのは、保護者さんが楽しむと、途端に障害のある皆さんが自由になる!
それは物凄くハッキリと!
 
今回2回目やらせていただいたのだけれども、
ありえないほどに色んなことができて、本当に驚いた。
 
人間の能力ってハンパないし、ワクを外せばそれはただただ広がる。
障害があるなし、関わらず、全てには裏と表があって、どっちが正しいかなんて全くわからない。単に裏と表、AとB、背が低い高い、大きい小さい、右と左、みたいな、そんな違いだけなのだ。
必ず人は完璧だ。
 
 
一般参加者さんの中で
「私ねえ、障害ある人、かわいそう、って、悪く言ったら見下した見方してたかもしれへん。だけど今回出させていただいて、あれ、全然違うやん、って思った。行ってよかったわ」
と言ってくださった方もいる。
 
 
次回9月は、ぽかぽか工房さん以外にも、
もう一つ別な施設でもやらせていただくことになった。
また、ZENのマスターたちが増える!

(一番最初の写真は、ぽかぽか工房さんで作られた織物と、木の船)

 

こうしたら、こうなるんだよね?

今日、友人と話してら、彼女が 
「あ!わかった!
 ”こうこうしたら、こうなるってことだよね?”」
と言った。
 
私はクスクス笑った。
 
私が笑っているのを聞いて
「どうして笑ってるの〜〜〜!?」
と。
 
彼女はいつも、こういうんだ。
「こうしたら、こうなるんだよね?」
彼女は方程式を作りたい人。
こうしたら、こうなる、
これの次にこれがくる、って決めたい人。
決めると落ち着く人。
 
とても可愛い。
 
でも、そうならないかもしれないのが人生なのだ。
 
「ねえ、方程式とか好きだよね」
と指摘したら、彼女、
あ!!と言った後、
「ほんとだねー!」
と爆笑。
 
 
こうしたらこうなる、っていうのは
単なるテストケースなだけで、
こうしたら、こうなる、を100覚えるの
大変じゃない?
 
ひとつひとつに答えを求めて
それをパッケージに入れて行くの
もう撲滅したいと思うよ。
 
と私。
 
 
 
世の中は確かなことなど何もないのだ。
「絶えず変わり続ける」
それだけが不変の真実なのだ。
 
だから、限界までがんばって
その次は
委ねる。
未知のものに委ねる。
 
いや、委ねるしかないのだ。
 
がんばって委ねる、を繰り返して
自分のワクを大きくしていくのだ。
 
 
5リズムと同じ。
5リズムはその練習だ。
(頭で知っても意味がないから、
ぜひワークショップへ! 笑)
 
 〜 〜 〜
 
実は、他でもよく聞かれるんだ。

A は B なんですね?
ということは、これはこうなんですね?
こうしたら、こうなるんですよね?
ってことは、こういうことですか?
 
答えは欲しい。そこはわかる。
だけど、答えは自分にしかわからないし
状況によっていつも変わるのだ。
 
 
あんまり質問ぜめになると
知るかっ!!
と言いたいところをグっとがまんして

「自分の脳を使わないと錆びるわよ〜ん」
と笑顔でいう私は、

やさしい。
 
 houteishiki
 
==================== 
そんな、やさしい私のワークショップです。
 
4月、日本での5リズム

8日(金)1デイ 
神戸では「Rock’n “ROLE(役割)”」
https://www.facebook.com/events/210359202845040/

14〜15(土日)2デイズ
名古屋では「Dance with me(Ritual theater 儀式の劇場)」
https://www.facebook.com/events/2297101430316004/

21〜22(土日)2デイズ
東京では「No rain, No rainbow」
https://www.facebook.com/events/211664642744854/
 
=========== 

そして、

福岡でのはじめての1デイは「コミットメント」
https://www.facebook.com/events/193464011416175/
 
=========== 

また、各夜のクラスは以下のとおりです。

単発の大阪夜クラス (7日 土、夜)
https://www.facebook.com/events/149110229119097/

名古屋夜 オープンクラス(13日 金)
https://www.facebook.com/events/340966449745409/

東京夜、オープンクラス(20日 金)
https://www.facebook.com/events/196028840985511/

金沢の夜クラス、(17日 火)
https://www.facebook.com/events/339577789886017/
 

 
=========== 
 
全ての情報は
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/ <img

体現化

ここのところ、
体現化、という言葉を用いた話題がよく出る。

上手、下手、できた、できない、ではなく
体がそれを表すほどに染み付いた、的なコト。
 
 
 
その昔、
 
ステップ1)ーーー
はじめてアメリカに観光で来た時
1件のレストランの印象だけで
「アメリカってさ〜〜」と人に言って回ったものだった。
そのお店は私に全米を背負わされたコトになる。
 
ステップ2)ーーー
在住、5年くらいの時、色々少しづつわかり始め、
「アメリカ」って一概に言えない、と思い始めたころ。
在住20年の先輩から
「ようやくアメリカの一部が見えてきはじめた頃でしょ?」
と言われビビった。
 
ステップ3)ーーー
そんな私も気がつけば米在住20年。
私はようやく、アメリカのことなど何もわかっちゃいないのだと知る。
が、日本へ帰ると、あきらかに浮く。
 
 
これ、何にでもあてはまると思う。
 
 
知らないヤツほど、ウンチクたれる。
私も、たれる。
そして、それは大概バレる。
 
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バレたっぽい顔。
学びの途中がよく見て取れる写真 by あっこちゃん
 
 
 
(1)ーーー
数回だけの経験は
それをとても「おおごと」にし、
その時見たことが「全て」であり、
(ある意味、それはアタリである)
わかったつもりになる。

 
(2)ーーー
真剣に30回くらい以上の経験。
けっこう学んだので、
「何がわからないか」が明確になりつつある。
故に、むやみやたらに発言できなくなる。

「人は知れば知るほど、無口になるのよねえ」
桃井かおりさんの有名なコトバが身にしみるころ。
 
このプロセスの終わりで何度もゲシュタルト崩壊して、、、
 
 
(3)ーーー
それが日常化した何百回も何千回もの経験は
それが「日常に」なり、あがくことをやめ委ねる。
そして20年もすれば、体から雰囲気がこぼれ出る。
 
 
 
 
まあ、20年という年数はアレにしても、
コミットして必死でそれに取り組む。
すると、2)〜 3)にシフトしていくのだろう。
 
語らなくなったころの、
染み付いた行動を伴なった、風情だのそんなものを、
「Embodiment(体現化)」してる、という。
 
   
 

私は、5リズムを通して
一生これを学び続けるのだろう。
 
 
  
ウソのない、無理をしない、
小さくもならず、
大きくも見せようとしない、
様々なことから目をそらさず、
でも暗くもならず、
明るくも見せようともしない、
 
そんな自分がますます気に入っている。
 
 
 
独り言につきあってくれて、ありがとう❤️
 
 

 ーーーーー
 
 
5リズム 2018年、4月。
生クラスならびにワークショップ
7日からはじまります!
 
 
スケジュールは以下から。
http://www.masayodance.com
 または
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/

 
 

100願うよりも

5リズムのスペースホルダーになった
さえちゃんと、TKを連れて
私のLAのふるさと、
パラマハンサ・ヨガナンダさんの
セルフリラクゼーションセンター、レイクシュラインへ
ひっさしぶりに行ってきた。
 
 
で、
ヨガナンダさんの本、
「人間の永遠の探求」に書いてあった言葉を思い出した。
 
 
「なぜ、人は、願い事を100も200も願うのだろう?
 魔法使いになってしまった方が早いのに。。。」

 
 
一言一句同じではないと思うが、このようなこと。
 
 
 
 
 
100の呪文を覚えるのではなく
魔法使いになってしまえば
呪文のコアを知ってるので、覚える必要もない。
 
 呪文を否定するのではない、
 呪文に固執するなということ。

 ツールを否定するわけではないけど
 ツールに振り回されるな、ということ。
 
 
魔法使いマスターは「魔法の本」とかいらないのだ。
 
意識だけでも、
こっちでありたいな、と思う。
 
 
 
他の言葉や比喩に例えれば
 
 

葉っぱを見るな、幹や樹を見よ。

 葉っぱを否定するのではない、
 葉っぱに固執するな、ということだと思う。
 

樹を見るな、森を見よ。

 樹を否定するのではない、
 樹に固執するな、ということだと思う。

 または、

抽象度をあげよ。
 
 
 
 
笑い話なんだけど、
アイアンガーやパッタビ・ジョイスは
ヨガを教えるにあたって
「全米ヨガアライアンス」の資格など持ってないのだ。
 
 
呪文を覚える必要はない。
 
魔法使いになれ。
 
 
 
お話の続きは
気が向いたらまた後ほど。
 
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===== お知らせ =====
 
 
ガイドと自分の身体の声をききながら自由に踊る
動く瞑想、5リズム。
 
 
今回は5リズムのもう一つの特徴である、演劇的な「役割」や「アーキタイプ」を入れ込んだワークショップを首都圏(3都)ではとりいれてやっていきます。
母、妻、役職などといった日常の役割や、自分の中の隠されたキャラクターを探し、楽しみながら表現していくことを入れ込んだワークをやります。
 
自分開花!!
スカーフ、コスチューム、着たい洋服、気に入って買ったはいいけど普段着られない洋服などがある人は、持ってきてぜひともトライ!
 
  
8日(金)1デイ 
神戸では「Rock’n “ROLE(役割)”」
https://www.facebook.com/events/210359202845040/

14〜15(土日)2デイズ
名古屋では「Dance with me(Ritual theater 儀式の劇場)」
https://www.facebook.com/events/2297101430316004/

21〜22(土日)2デイズ
東京では「No rain, No rainbow」
https://www.facebook.com/events/211664642744854/
 
=========== 

そして、

福岡でのはじめての1デイは「コミットメント」
https://www.facebook.com/events/193464011416175/
 
=========== 

また、各夜のクラスは以下のとおりです。

単発の大阪夜クラス (7日 土)
https://www.facebook.com/events/149110229119097/

名古屋夜 オープンクラス(13日 金)
https://www.facebook.com/events/340966449745409/

東京夜、オープンクラス(20日 金)
https://www.facebook.com/events/196028840985511/

金沢の夜クラス、(17日 火)
https://www.facebook.com/events/339577789886017/
 
そして、奈良では、障がい者とご家族のクラス(7日、朝)
 
をやります。
 
=========== 
 
全ての情報は
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/
masayodance.com
 
メッセージ、メールは
masayo.cc@gmail.com
までお願いいたします。
 
皆さまとお会いできるのを楽しみにしています!

「やめちまえ」と言ってくれる人

桐朋学園演劇科で習った 
永曽信夫先生。
去年なくなった。
 
日本の俳優教育に多大な貢献をされた
永曽先生の言葉をふと思い出した。
 
 
「入学したあなたたちへ
  
 僕はおめでとうとは言わない。
 そして僕は君たちを褒めません。
  
 僕は君たちに
 『芝居なんかやめちまえ』
 と、ずっと言い続けます。
 
 それに抵抗して、
 続けていくものだけが
 役者として残るのです」
 
 
 
こんなことに耐えられない神経の人は
北島マヤにはなれないし、
いじめがあっても耐えられない。
 
でも、それ以上に自分をさらけ出す仕事など
できない。
 
 
30年以上たった今なら、
このメンタリティがわかる。
 
 
芝居では「ダメ出し」の時間があるが
その時に
「誰かに自分のことをどうこう言われた」
など、いちいち気にしていたら
役者は無理だろう。
 
 
私はエゴとプライドが強かったので
批判を言われないように、言われないように、
自分の欠点を必死で隠し、
城壁を固めてきていた。
 
 
そこが一番のポイントで、
これじゃ役者じゃなくても
何も達成できないわ、と気づき、 
 
それに立ち向かいはじめたのが
5リズムをはじめてからだ。
比較的最近だ。
 
  
とにかく、
 
「やめちまえ!」
 

こういうことを言ってくれた人がいるって宝だ。
すごいことだと今更ながら思う。
 

  
boo
 
 
ーーーーー

5リズム 2018年、4月。
生クラスならびにワークショップ
7日からはじまります!
 
 
http://5rjp.com/teacher/masayo-benoist/
 
まだ、アップが追いついて居ませんが、
 
 7日、奈良(天理)福祉施設チャリティ
 7日夜、大阪夜クラス
 17日金沢、夜クラス
 
もあります。

罪悪感と恥

罪と罰じゃない。
罪と恥。
いや、
罪悪感と恥。

ティムとケイトの
5リズムのワークショップでも
大好きなブレネーブラウンの言葉を借りて
この話題がでたのでちょっとシェア。
 
 
言葉の表面だけをみると
「罪」は深そうで
「恥」は日本人の感覚からすると
少しへりくだっただけの
けっこう美徳系にすら感じられたりしたものだけど。。。
 
 
いろんな感情の波動を測定すると
Dawkinsの測定では 
「恥」は一番低い波動だという結果がでている。
怒りや恐怖よりも、低い。
  
ブレネー・ブラウンも本やTED TALKで
罪悪感と恥、責める、そして弱さをさらけ出すことを言っている。
 
罪、罪悪感とは
「ガラスを割った」
「車をぶつけた」
「人を傷つけた」
「失敗をしてしまった」I made mistake
など、物事にたいして後悔や申し訳ない気持ちを持つこと。
・・・
事象否定。
 
 
それに対して 恥とは
「(ガラスを割った私に)価値がない」
「(車をぶつけた私は)ダメだ」
「(失敗しちゃう”私自身”が)”失敗”、”失脚”だ」I AM a mistake
・・・
自己否定。
 
 
 
こうやって文にして見てみると
罪には未来があるが
恥には未来がない。
 
 
私たちが持つとしたら
どっちがより悪影響を自分に与えるか?
 

おもしろいね。
 
 map-of-consciousness

聖なる役者

「ザ・松田の言葉」からの続き。
 
「おまえ、役者やめんなよ。続けろよ」
 
と、ザ・松田に言われた舌の根も乾かぬうちに
私は役者をやめた。
 
選んでやめたわけではない。
仕事がなかったのだ。
 
それを言うのは、エエかっこしいの私には
かなりカッコ悪い。
  
  
役者だの、ダンサーだの、歌手だの、
いわゆる「芸」の道を目指したのは
もともと演劇少女だったからで、とても真剣にやる演劇の中では
パフォーマンスとしての演劇、いわゆる「フリ」はできるが、
「自分の様々な”本当”をさらすこと」が
怖くて怖くて逃げ出した。
 
ここは演者の質の大きなポイント。
 
カッコ悪い自分、
鼻垂らして泣いたり、
それはたとえ演技上のことでも、
ウケ狙いで、そのフリならばできるけれども、
本気が出れば出るほど、
私の当時のエゴには、ソレが耐えられなかったのだ。
 
 
それから数十年経ち、
私は違う形式で、
同じコンセプトをやっている。 
 
それが5リズム。
 
 
 
5リズムのバイブル、ガブリエルロスの本の中でも、
「意識的に生きる」ということは「演じる」のと同じ、と。
だから人は皆「ホーリー・アクター(聖なる役者)」なのだ、と。
 
 
18から学んだ桐朋学園の演劇のメソッドの中では、
まるで5リズムの上級レベル、
サイクルズやミラーズのようなこともやった。
 
私は怖くて耐えられなくて、
知らんぷりをし、なにかのミスを装って、
その学科のクラスを逃げ出した。
 
が、結局「そこ」の本質から逃げ出すことはできず
数十年経った後に、似たようなワークショップに
もっとガッツリと出なくてはいけないハメになっているばかりか
ティーチャーになった。
  
 
 
「意識的に動きを再現する」
 
「リチュアル・シアター(儀式の劇場)」
 
の要素。
 
 
よくも悪くも、私の一番、スペシャルな分野だ。
 

「人は皆、表現したい生き物である」

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(写真は、アンバーとロルカのリチュアルシアター@ジョシュアツリー より)